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44.別れの準備
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それからは予想通り、一斉摘発の事後処理に慌ただしくなった。残党の報復を警戒し、行動は引き続き制限された。崚介もその捜査と逮捕に奔走し、夜遅くに帰ってくることが多かった。
一週間もすれば残党の捜査もあらかた目途がつき、沙羅は日本に連絡を取ることを許された。まず神崎の家に電話をした。娘の怜は神崎家で保護されていた。ビデオ通話で一月振りに話すと元気そうにはしゃいでいた。正直肩透かしというか、沙羅の方が寂しく感じてしまった。
通話を切ったあとで過去一番に泣き叫んで「おかあさんにあいたい」と駄々をこねたと自宅療養中の誠也からメッセージが届き、沙羅も思わず涙した。
沙羅は証人として、諸々の裁判に出席しなければならなかった。それが落ち着くまでは帰国できない。毎日日本の家族とビデオ通話で話した。怜の情緒も少しずつ安定していったように思う。
「ただいま」
「お帰り」
帰宅した崚介がネクタイを緩める姿にも見慣れた。
「今日は何してんたんだ?」
「出かける用事がなかったから、仕事をしていた。発売延期にさせてしまったから急がないと。夕食はもう食べる?」
「ありがとう。腹ペコだ」
沙羅はタブレットを片付けた。家族に連絡を取ることを許されたすぐ後、追加の許可が出たので出版社にも連絡をした。日本では神崎家から失踪届けが出されていたため、担当編集の向井には電話の向こうで号泣されてしまい、編集長が電話を代わった。
沙羅は過去のことを話していなかったため、実はアメリカ時代に司法機関に勤めていて、その関係で失踪せざるを得なかったと説明した。そしてまだ可能なら仕事を続けさせてほしいと頼むと、編集長は是非にと快諾してくれた。中止になったのではないかと心配していた新刊の発売も、編集長の計らいで延期にされていた。沙羅さえ作業できるならと進められることになった。
沙羅はアメリカでクレジットカードの再発行をし、仕事用にタブレットPCを購入した。これまでは組織に足取りを辿られないよう、なるべく痕跡を残さないようにと許可されなかったのだが、その警戒も解かれた。
そうして身の回りのものを整え、崚介が不在の昼間はこうして仕事をしている。久しぶりに日本語に触れていると、少しずつ日常という気がしてくる。ここに娘の怜がいないことに違和感を覚えるくらいだ。
夕食のあと、それぞれシャワーを浴びてソファに並んで座り、テレビを観るのが日課になりつつあった。
「沙羅」
「うん?」
名を呼ばれて、彼にもたれたまま顔を上げる。青い瞳が何かを言いたげに沙羅を見つめていた。けれどその唇は言葉を紡ごうとしない。
無言で見つめ合う時間が生まれる。やがてどちらからともなく唇を重ねた。
唇が顎から首筋、鎖骨へと下りていく。大きな手が沙羅の腰を捕え、反対の手がTシャツの中に滑り込んでくる。ゆっくりとした動きで素肌をなぞられる。
ベッドはずっと一緒だ。以前のような激しさや情熱はなくなって、ゆっくりとしたセックスをする日や、穏やかに会話だけして眠る日が増えている。かと思えば唐突に、疲れ果てて眠りに落ちるほど激しく抱かれることもあった。
互いになにか言いたいことがある。けれどそれを言えなくて、言わなくて済むようにキスをしてセックスが始まる。パスポートが再発行された日は殊更激しく抱かれた。気のせいではないと思う。
今夜の崚介は、感情が見えない。愛撫はひたすら丁寧で、けれど時折意地悪く沙羅を焦らした。青い瞳はどこか冷静で、沙羅だけが翻弄される不安。幼い子どものように崚介に縋った。
セックスの後ベッドに運ばれ、崚介の腕枕でうとうととまどろんでいた。崚介は枕にしている方の手でゆっくりと沙羅の髪を撫でている。心地よくて、寝かしつけられる子どもの気分になる。
「沙羅」
不意に崚介が静かに呼んだ。
「うん?」
「次の裁判の証言が終わったら、帰国していいと許可が出たよ。ジョンの裁判は長引くから、またこっちに来てもらわなきゃならなくなるとは思うが」
「わかった」
短く答えると、崚介が髪を撫でていた手でぽんぽんと軽く頭を叩いた。沙羅はそのまま目を閉じた。終わりが近い。それを知って少し切なかった。
「寝不足?」
尋ねたカレンがにやりと笑う。何を想像しているのか手に取るようにわかるし、カレンもそのつもりで聞いている。半分は彼女の予想通りだが、もう半分は違う。
「帰国する前に崚介とどう話そうかなと悩んでいるんだ。それで寝つきが悪くて」
目を伏せた沙羅にカレンが顔色を変えた。
「別れるつもりなの?」
「私も崚介もそれぞれの国での生活があるし、娘のことがあるから縁が切れることはないと思うけれど」
日本とアメリカは遠い。
「確かに気軽に遠距離恋愛できる距離じゃないけれど、あなたたちなら」
「恋愛って……私と崚介は恋人じゃないよ」
「何言ってるの。愛してるんでしょ?」
「私はそうだけど、崚介は違うだろう?」
カレンがぎゅっと眉間にしわを刻み、額に指をあてた。
「ちょっと待って。一緒に住んでるのよね? 実はあなただけホテルに泊まってるとかないわよね?」
「え? うん、まあ」
なんだかんだ成り行きで崚介の部屋に同棲状態のままだ。
「で、彼と寝てるのよね?」
「う、うん」
「それはアメリカでは恋人というんだけど、日本では違うの?」
「日本でもそうだよ。というかアメリカほどセックスに対してオープンな考え方じゃないし」
「それでどうしてリョウと恋人じゃないなんて話になるのよ?」
「彼との同居は私が間借りしていたところに彼の潜入捜査が終わったっていう成り行きだったし、彼が私と寝たのも、私が弱っていたから慰めてくれただけだ。私が彼の優しさに甘えて頼り切ってしまっているから、こうして同居も関係も続いているけれど」
再会してから初めてベッドに入ったあの夜、誘惑したのは沙羅の方だ。五年前関係を持ったことが崚介に知れて、一度はセックスをしなくなった。そのとき同居を続けたのも、崚介が組織に狙われる沙羅を放っておけなかっただけだ。
「始まりがどうだったとしても、リョウはそんな無責任にずるずる関係を続ける人じゃないわ」
「もちろん大切にされていることを疑ってはいないよ。彼と過ごした時間の中で生まれた絆も信じてる。むしろ責任感が強いからだろうね。娘がいるから完全に他人とも言えなくなったわけだし……でもそれが恋愛感情かというとまた別の話だろう」
カレンが目と口を開いたまま絶句している。
「どうかした?」
「ちょっと待って、混乱してるの。どう説明したらいいか……というか、さすがにリョウが可哀そうになってきたわ」
「どういう意味?」
そのとき、ノックする音が聞こえた。振り返ると崚介がいて、彼は客人を連れていた。後頭部で結んだ長髪を肩に流した日本人男性が、崚介の側でにっこりと笑っている。
「ハァイ沙羅」
「朔……⁉ 怜‼」
呼び終わるより先に、足元に愛娘が所在なさげに朔人の足に縋りついているのを見つける。考えるよりも足が動き、膝をついて娘を抱きしめていた。
「おかーさん!」
数カ月ぶりの娘の温もりと匂い。懐かしさと愛しさに涙が滲む。久しぶりに抱きしめた娘は少し重くなっていた。離れていた時間を実感して、罪悪感が込み上げる。
「怜……! ごめん、ごめんね怜。会いたかった」
親友を見上げると、朔人は綺麗なウインクをした。
「来ちゃった」
「ありがとう、ありがとう……!」
「誰?」
「ドクター天谷だ。沙羅の主治医の」
崚介の説明にカレンが顔を輝かせ、手を差し出しながら挨拶をした。
「あなたの研究は素晴らしいわ。今回の捜査でもかなり助けられました。カレンです」
「天谷朔人です。お役に立てたならよかった」
朔人も握手に応じながらにこやかに笑う。
「アメリカの病院に勤務されていたこともあるとか」
「ええ。アメリカは五年ぶりなので懐かしいです。英語を話すのは久しぶりなので、言葉が変かもしれません」
「とんでもない。お上手ですわ」
沙羅は朔人に疑問を投げかけた。
「朔人、どうしてここに」
「沙羅の所在が正式に明かされてから、茂さんがずっとアメリカ大使館に交渉してたのよ。沙羅の帰国が駄目なら自分たちが行くって。で、今回やっと許可とビザが下りたってわけ」
「父さんたちも来てるの?」
「それが百合子さんの御親戚に不幸があったそうでね。誠也もまだリハビリ前だし、アタシが代理で来たってわけ。さおりさんの研究資料にも興味あったしね」
百合子の親戚に不幸があったというのは嘘ではないかもしれないが、方便のような気がする。早坂の両親が死んで以来、茂がこの国を避けていると言っていたのは百合子だ。
沙羅は娘を腕から解放すると、愛らしい顔を覗き込んだ。
「怜。元気そうでよかった。ここに来るまで長かっただろう。我儘言わなかった?」
「いってないよぅ!」
反論する怜はむくれたが、どことなく嬉しそうだ。
それを見ていたカレンが崚介を小突いたのが視界の端に映った。
「娘に取られちゃったわね」
カレンと同じようにニヤニヤと笑いながら、朔人が「アンタも混ざったら?」と崚介にけしかける、
「いや、俺はそんな資格はないよ」
「そうかしら。アンタ、なんでしょ」
朔人が意味深な目を崚介に向けた。朔人も、そしておそらく誠也も最初に会ったときから気づいていたのだろう。怜と崚介はよく似ているから。
崚介はかぶりを振った。
「まだ許可をもらえてないんだ。許可をもらうまではと彼女と約束した」
それを聞いた朔人は少しだけ目を丸くして、すぐに笑みを浮かべた。
「……そう。少しだけわかった気がするわ」
「何が?」
「アタシじゃ駄目だった理由」
少しだけ切なそうに答えた朔人の言葉は、愛娘との再会に忙しい沙羅には意味がよくわからなかった。
「サラ。折角だから四人でランチでもしてきたら? いいでしょ、ウィル」
カレンの視線の先を追うと、いつの間にかウィリアムが側にいた。ルイスの姿もある。ウィルはにこやかに頷いた。
「ああ、もちろんだとも」
「三人で行ってらっしゃいよ。アタシはカレン女史に話を伺いたいわ」
気を遣っているのか本心なのか、朔人がそんな提案をする。カレンも嬉しそうに頷いた。
「だったらルイスも交えて話しましょうか。彼も今回の捜査に加わった優秀な科学者です。ルイス。ドクター・アマヤよ」
状況が飲み込めないという顔をしていたルイスが、朔人の名を聞いた途端表情を輝かせた。
「ワオ、それは確かに話を聞きたいね」
「でしょ? サラ、リョウ。三人で行ってらっしゃいな」
甘えてしまってもいいだろうか。けれど怜にとってはほとんど初対面の男性だ。どう説明しよう。沙羅が少し迷っている時だった。
「――その前に、時間をくれないか」
一週間もすれば残党の捜査もあらかた目途がつき、沙羅は日本に連絡を取ることを許された。まず神崎の家に電話をした。娘の怜は神崎家で保護されていた。ビデオ通話で一月振りに話すと元気そうにはしゃいでいた。正直肩透かしというか、沙羅の方が寂しく感じてしまった。
通話を切ったあとで過去一番に泣き叫んで「おかあさんにあいたい」と駄々をこねたと自宅療養中の誠也からメッセージが届き、沙羅も思わず涙した。
沙羅は証人として、諸々の裁判に出席しなければならなかった。それが落ち着くまでは帰国できない。毎日日本の家族とビデオ通話で話した。怜の情緒も少しずつ安定していったように思う。
「ただいま」
「お帰り」
帰宅した崚介がネクタイを緩める姿にも見慣れた。
「今日は何してんたんだ?」
「出かける用事がなかったから、仕事をしていた。発売延期にさせてしまったから急がないと。夕食はもう食べる?」
「ありがとう。腹ペコだ」
沙羅はタブレットを片付けた。家族に連絡を取ることを許されたすぐ後、追加の許可が出たので出版社にも連絡をした。日本では神崎家から失踪届けが出されていたため、担当編集の向井には電話の向こうで号泣されてしまい、編集長が電話を代わった。
沙羅は過去のことを話していなかったため、実はアメリカ時代に司法機関に勤めていて、その関係で失踪せざるを得なかったと説明した。そしてまだ可能なら仕事を続けさせてほしいと頼むと、編集長は是非にと快諾してくれた。中止になったのではないかと心配していた新刊の発売も、編集長の計らいで延期にされていた。沙羅さえ作業できるならと進められることになった。
沙羅はアメリカでクレジットカードの再発行をし、仕事用にタブレットPCを購入した。これまでは組織に足取りを辿られないよう、なるべく痕跡を残さないようにと許可されなかったのだが、その警戒も解かれた。
そうして身の回りのものを整え、崚介が不在の昼間はこうして仕事をしている。久しぶりに日本語に触れていると、少しずつ日常という気がしてくる。ここに娘の怜がいないことに違和感を覚えるくらいだ。
夕食のあと、それぞれシャワーを浴びてソファに並んで座り、テレビを観るのが日課になりつつあった。
「沙羅」
「うん?」
名を呼ばれて、彼にもたれたまま顔を上げる。青い瞳が何かを言いたげに沙羅を見つめていた。けれどその唇は言葉を紡ごうとしない。
無言で見つめ合う時間が生まれる。やがてどちらからともなく唇を重ねた。
唇が顎から首筋、鎖骨へと下りていく。大きな手が沙羅の腰を捕え、反対の手がTシャツの中に滑り込んでくる。ゆっくりとした動きで素肌をなぞられる。
ベッドはずっと一緒だ。以前のような激しさや情熱はなくなって、ゆっくりとしたセックスをする日や、穏やかに会話だけして眠る日が増えている。かと思えば唐突に、疲れ果てて眠りに落ちるほど激しく抱かれることもあった。
互いになにか言いたいことがある。けれどそれを言えなくて、言わなくて済むようにキスをしてセックスが始まる。パスポートが再発行された日は殊更激しく抱かれた。気のせいではないと思う。
今夜の崚介は、感情が見えない。愛撫はひたすら丁寧で、けれど時折意地悪く沙羅を焦らした。青い瞳はどこか冷静で、沙羅だけが翻弄される不安。幼い子どものように崚介に縋った。
セックスの後ベッドに運ばれ、崚介の腕枕でうとうととまどろんでいた。崚介は枕にしている方の手でゆっくりと沙羅の髪を撫でている。心地よくて、寝かしつけられる子どもの気分になる。
「沙羅」
不意に崚介が静かに呼んだ。
「うん?」
「次の裁判の証言が終わったら、帰国していいと許可が出たよ。ジョンの裁判は長引くから、またこっちに来てもらわなきゃならなくなるとは思うが」
「わかった」
短く答えると、崚介が髪を撫でていた手でぽんぽんと軽く頭を叩いた。沙羅はそのまま目を閉じた。終わりが近い。それを知って少し切なかった。
「寝不足?」
尋ねたカレンがにやりと笑う。何を想像しているのか手に取るようにわかるし、カレンもそのつもりで聞いている。半分は彼女の予想通りだが、もう半分は違う。
「帰国する前に崚介とどう話そうかなと悩んでいるんだ。それで寝つきが悪くて」
目を伏せた沙羅にカレンが顔色を変えた。
「別れるつもりなの?」
「私も崚介もそれぞれの国での生活があるし、娘のことがあるから縁が切れることはないと思うけれど」
日本とアメリカは遠い。
「確かに気軽に遠距離恋愛できる距離じゃないけれど、あなたたちなら」
「恋愛って……私と崚介は恋人じゃないよ」
「何言ってるの。愛してるんでしょ?」
「私はそうだけど、崚介は違うだろう?」
カレンがぎゅっと眉間にしわを刻み、額に指をあてた。
「ちょっと待って。一緒に住んでるのよね? 実はあなただけホテルに泊まってるとかないわよね?」
「え? うん、まあ」
なんだかんだ成り行きで崚介の部屋に同棲状態のままだ。
「で、彼と寝てるのよね?」
「う、うん」
「それはアメリカでは恋人というんだけど、日本では違うの?」
「日本でもそうだよ。というかアメリカほどセックスに対してオープンな考え方じゃないし」
「それでどうしてリョウと恋人じゃないなんて話になるのよ?」
「彼との同居は私が間借りしていたところに彼の潜入捜査が終わったっていう成り行きだったし、彼が私と寝たのも、私が弱っていたから慰めてくれただけだ。私が彼の優しさに甘えて頼り切ってしまっているから、こうして同居も関係も続いているけれど」
再会してから初めてベッドに入ったあの夜、誘惑したのは沙羅の方だ。五年前関係を持ったことが崚介に知れて、一度はセックスをしなくなった。そのとき同居を続けたのも、崚介が組織に狙われる沙羅を放っておけなかっただけだ。
「始まりがどうだったとしても、リョウはそんな無責任にずるずる関係を続ける人じゃないわ」
「もちろん大切にされていることを疑ってはいないよ。彼と過ごした時間の中で生まれた絆も信じてる。むしろ責任感が強いからだろうね。娘がいるから完全に他人とも言えなくなったわけだし……でもそれが恋愛感情かというとまた別の話だろう」
カレンが目と口を開いたまま絶句している。
「どうかした?」
「ちょっと待って、混乱してるの。どう説明したらいいか……というか、さすがにリョウが可哀そうになってきたわ」
「どういう意味?」
そのとき、ノックする音が聞こえた。振り返ると崚介がいて、彼は客人を連れていた。後頭部で結んだ長髪を肩に流した日本人男性が、崚介の側でにっこりと笑っている。
「ハァイ沙羅」
「朔……⁉ 怜‼」
呼び終わるより先に、足元に愛娘が所在なさげに朔人の足に縋りついているのを見つける。考えるよりも足が動き、膝をついて娘を抱きしめていた。
「おかーさん!」
数カ月ぶりの娘の温もりと匂い。懐かしさと愛しさに涙が滲む。久しぶりに抱きしめた娘は少し重くなっていた。離れていた時間を実感して、罪悪感が込み上げる。
「怜……! ごめん、ごめんね怜。会いたかった」
親友を見上げると、朔人は綺麗なウインクをした。
「来ちゃった」
「ありがとう、ありがとう……!」
「誰?」
「ドクター天谷だ。沙羅の主治医の」
崚介の説明にカレンが顔を輝かせ、手を差し出しながら挨拶をした。
「あなたの研究は素晴らしいわ。今回の捜査でもかなり助けられました。カレンです」
「天谷朔人です。お役に立てたならよかった」
朔人も握手に応じながらにこやかに笑う。
「アメリカの病院に勤務されていたこともあるとか」
「ええ。アメリカは五年ぶりなので懐かしいです。英語を話すのは久しぶりなので、言葉が変かもしれません」
「とんでもない。お上手ですわ」
沙羅は朔人に疑問を投げかけた。
「朔人、どうしてここに」
「沙羅の所在が正式に明かされてから、茂さんがずっとアメリカ大使館に交渉してたのよ。沙羅の帰国が駄目なら自分たちが行くって。で、今回やっと許可とビザが下りたってわけ」
「父さんたちも来てるの?」
「それが百合子さんの御親戚に不幸があったそうでね。誠也もまだリハビリ前だし、アタシが代理で来たってわけ。さおりさんの研究資料にも興味あったしね」
百合子の親戚に不幸があったというのは嘘ではないかもしれないが、方便のような気がする。早坂の両親が死んで以来、茂がこの国を避けていると言っていたのは百合子だ。
沙羅は娘を腕から解放すると、愛らしい顔を覗き込んだ。
「怜。元気そうでよかった。ここに来るまで長かっただろう。我儘言わなかった?」
「いってないよぅ!」
反論する怜はむくれたが、どことなく嬉しそうだ。
それを見ていたカレンが崚介を小突いたのが視界の端に映った。
「娘に取られちゃったわね」
カレンと同じようにニヤニヤと笑いながら、朔人が「アンタも混ざったら?」と崚介にけしかける、
「いや、俺はそんな資格はないよ」
「そうかしら。アンタ、なんでしょ」
朔人が意味深な目を崚介に向けた。朔人も、そしておそらく誠也も最初に会ったときから気づいていたのだろう。怜と崚介はよく似ているから。
崚介はかぶりを振った。
「まだ許可をもらえてないんだ。許可をもらうまではと彼女と約束した」
それを聞いた朔人は少しだけ目を丸くして、すぐに笑みを浮かべた。
「……そう。少しだけわかった気がするわ」
「何が?」
「アタシじゃ駄目だった理由」
少しだけ切なそうに答えた朔人の言葉は、愛娘との再会に忙しい沙羅には意味がよくわからなかった。
「サラ。折角だから四人でランチでもしてきたら? いいでしょ、ウィル」
カレンの視線の先を追うと、いつの間にかウィリアムが側にいた。ルイスの姿もある。ウィルはにこやかに頷いた。
「ああ、もちろんだとも」
「三人で行ってらっしゃいよ。アタシはカレン女史に話を伺いたいわ」
気を遣っているのか本心なのか、朔人がそんな提案をする。カレンも嬉しそうに頷いた。
「だったらルイスも交えて話しましょうか。彼も今回の捜査に加わった優秀な科学者です。ルイス。ドクター・アマヤよ」
状況が飲み込めないという顔をしていたルイスが、朔人の名を聞いた途端表情を輝かせた。
「ワオ、それは確かに話を聞きたいね」
「でしょ? サラ、リョウ。三人で行ってらっしゃいな」
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