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3.決断
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誠也は命に別状はなかった。けれど右腕と左足を骨折しており、リハビリも含めて職場復帰にはかなり時間がかかるだろうと言われた。
医師の説明を受けて部屋を出ると、病院の待合室で警察官が待っていた。セイヤの上司でもあり沙羅も顔見知りだった。
事情聴取には崚介が立ち会ってくれた。彼は本名を名乗ったが、FBI捜査官であることは伏せた。自分はアメリカでの顔なじみだった沙羅に会いに来ており、暴走したトラックの事故であることを証言した。運転手は亡くなっていた。
正式な聴取は後日ということになり、警察官たちは見舞いの言葉を述べて帰っていった。崚介とともに待合室に残っていると、廊下の向こうから呼びかけられた。
「沙羅!」
顔を上げると、体格のいい男性が院内を駆けてきた。肩まで伸ばした髪を後頭部で結んでいる。彼の腕には娘の怜が抱かれていた。もう遅いから瞼が重そうで、半分眠っている。
「彼は?」
崚介に尋ねられて、沙羅は朔人を紹介した。
「天谷朔人。私たち家族の昔からの友人で、主治医でもある。今日は非番だったから、あなたと話をする間娘を預かってもらったんだ」
「沙羅。誠也は?」
「命に別状はない。まだ手術の麻酔が切れてなくて眠っているよ。すまないな。遅くまで怜を預かってもらって」
「そんなのいいから。沙羅は? 怪我してない?」
「私は平気だ。誠也が庇ってくれたから。でも誠也が……私の、せいで」
「そんなわけないでしょ。不幸な事故よ」
朔人はいわゆるオネエだ。対して沙羅は口調が凛々しくやや男性的なので、周囲にはよく口調が男女逆転と言われる。外見は互いに体の性別としっかり一致しているので、余計にちぐはぐに映るようだ。
沙羅を慰めようとした朔人を、崚介が固い声音で否定する。
「いや、沙羅を狙ってのことかもしれない」
崚介の言葉に、朔人がやや硬い笑みを浮かべた。
「沙羅。そろそろこのイケメン、アタシにも紹介してくれない?」
軽口を装ってはいるが、朔人の目は笑っていない。
「彼は崚介。アメリカ時代の顔なじみだ。日本に来ているというから、少し話を」
「アタシに怜を預けて、誠也と一緒に?」
朔人が訝しむように問いを重ねる。
どこまで話したものか迷う。さっき崚介は日本の警察に対して事件を誤魔化した気がする。
崚介と再会したタイミングでこれは、ナーヴェやザックが無関係とは思えない。あれがナーヴェの犯行ならば、崚介がFBI捜査官であることや事件に関わったことを知られるのはリスクが高い。
それでも側にいてくれて心強かった。元捜査官が聞いてあきれる。身内のこととなるとこうも取り乱すとは。
やがて何かを悟ったのか、沙羅の言葉を待たずに朔人が切り出した。
「沙羅。今日はこのまま怜を預かるわ。アンタも疲れてるでしょ」
「でも、そこまで迷惑は」
「迷惑じゃないから。……彼と話があるんじゃないの?」
そう言われて、正直に頷いた。朔人も沙羅がアメリカでDEAの捜査官だったことは知っている。多くを話せないこともわかってくれていて、詳細を聞こうとはせずにこうして気を回してくれるのだ。
「信用できる人なのよね?」
朔人は沙羅の耳に口を寄せてこっそりと尋ねた。
「それは、うん。大丈夫」
沙羅は自分でも驚くほど素直に頷いていた。長年犯罪者だと思っていた彼のことを、沙羅はもう信頼している。その判断が正しいのか不安になるほどに。
「彼は君の恋人か?」
崚介がややぶっきらぼうに尋ねた。
朔人とは幼い頃から家族同然に親しくしている。そのため恋人なのではと邪推されることは正直よくあるが、沙羅にとっては兄か姉のような存在である。
「違うわよ」
朔人も慣れた様子で否定した。だがそこに続く言葉に、沙羅は驚いた。
「プロポーズしたことはあるけど」
「は?」
「ちょっと、朔人」
事実ではあるが、それを自分から人に話すことはなかった。誠也ですら知らないのだ。それを敢えて話すことに違和感を覚える。小さく制止したが、朔人はやめなかった。
「アタシ一応バイセクシャルだけど、ほとんどゲイなのよ。セックスは男性との方がよくて」
「朔人。それは言わなくていい」
沙羅は小声で嗜めた。朔人はどうもこの手の話題にオープンすぎる。
「だから子どもを持つことは諦めてるの。それで沙羅が妊娠したとき一緒になるのもいいかと思ってプロポーズしたのよね。アメリカではルームシェアしてたし」
「じゃあ彼女の夫なのか」
「ちょっと、さっきのアタシの言葉聞いてた? 『違う』って。ちゃんとふられてるわよ」
朔人は得意げに崚介に向かってウィンクした。崚介が悔しそうな顔をする。
沙羅はそれが何故なのかよくわからなかったが、おちょくられて少し気を悪くしたのだろうと結論づけた。誠也の件でざわついていた胸中が少し落ち着く。朔人の陽気さにいつも救われている。
医師の説明を受けて部屋を出ると、病院の待合室で警察官が待っていた。セイヤの上司でもあり沙羅も顔見知りだった。
事情聴取には崚介が立ち会ってくれた。彼は本名を名乗ったが、FBI捜査官であることは伏せた。自分はアメリカでの顔なじみだった沙羅に会いに来ており、暴走したトラックの事故であることを証言した。運転手は亡くなっていた。
正式な聴取は後日ということになり、警察官たちは見舞いの言葉を述べて帰っていった。崚介とともに待合室に残っていると、廊下の向こうから呼びかけられた。
「沙羅!」
顔を上げると、体格のいい男性が院内を駆けてきた。肩まで伸ばした髪を後頭部で結んでいる。彼の腕には娘の怜が抱かれていた。もう遅いから瞼が重そうで、半分眠っている。
「彼は?」
崚介に尋ねられて、沙羅は朔人を紹介した。
「天谷朔人。私たち家族の昔からの友人で、主治医でもある。今日は非番だったから、あなたと話をする間娘を預かってもらったんだ」
「沙羅。誠也は?」
「命に別状はない。まだ手術の麻酔が切れてなくて眠っているよ。すまないな。遅くまで怜を預かってもらって」
「そんなのいいから。沙羅は? 怪我してない?」
「私は平気だ。誠也が庇ってくれたから。でも誠也が……私の、せいで」
「そんなわけないでしょ。不幸な事故よ」
朔人はいわゆるオネエだ。対して沙羅は口調が凛々しくやや男性的なので、周囲にはよく口調が男女逆転と言われる。外見は互いに体の性別としっかり一致しているので、余計にちぐはぐに映るようだ。
沙羅を慰めようとした朔人を、崚介が固い声音で否定する。
「いや、沙羅を狙ってのことかもしれない」
崚介の言葉に、朔人がやや硬い笑みを浮かべた。
「沙羅。そろそろこのイケメン、アタシにも紹介してくれない?」
軽口を装ってはいるが、朔人の目は笑っていない。
「彼は崚介。アメリカ時代の顔なじみだ。日本に来ているというから、少し話を」
「アタシに怜を預けて、誠也と一緒に?」
朔人が訝しむように問いを重ねる。
どこまで話したものか迷う。さっき崚介は日本の警察に対して事件を誤魔化した気がする。
崚介と再会したタイミングでこれは、ナーヴェやザックが無関係とは思えない。あれがナーヴェの犯行ならば、崚介がFBI捜査官であることや事件に関わったことを知られるのはリスクが高い。
それでも側にいてくれて心強かった。元捜査官が聞いてあきれる。身内のこととなるとこうも取り乱すとは。
やがて何かを悟ったのか、沙羅の言葉を待たずに朔人が切り出した。
「沙羅。今日はこのまま怜を預かるわ。アンタも疲れてるでしょ」
「でも、そこまで迷惑は」
「迷惑じゃないから。……彼と話があるんじゃないの?」
そう言われて、正直に頷いた。朔人も沙羅がアメリカでDEAの捜査官だったことは知っている。多くを話せないこともわかってくれていて、詳細を聞こうとはせずにこうして気を回してくれるのだ。
「信用できる人なのよね?」
朔人は沙羅の耳に口を寄せてこっそりと尋ねた。
「それは、うん。大丈夫」
沙羅は自分でも驚くほど素直に頷いていた。長年犯罪者だと思っていた彼のことを、沙羅はもう信頼している。その判断が正しいのか不安になるほどに。
「彼は君の恋人か?」
崚介がややぶっきらぼうに尋ねた。
朔人とは幼い頃から家族同然に親しくしている。そのため恋人なのではと邪推されることは正直よくあるが、沙羅にとっては兄か姉のような存在である。
「違うわよ」
朔人も慣れた様子で否定した。だがそこに続く言葉に、沙羅は驚いた。
「プロポーズしたことはあるけど」
「は?」
「ちょっと、朔人」
事実ではあるが、それを自分から人に話すことはなかった。誠也ですら知らないのだ。それを敢えて話すことに違和感を覚える。小さく制止したが、朔人はやめなかった。
「アタシ一応バイセクシャルだけど、ほとんどゲイなのよ。セックスは男性との方がよくて」
「朔人。それは言わなくていい」
沙羅は小声で嗜めた。朔人はどうもこの手の話題にオープンすぎる。
「だから子どもを持つことは諦めてるの。それで沙羅が妊娠したとき一緒になるのもいいかと思ってプロポーズしたのよね。アメリカではルームシェアしてたし」
「じゃあ彼女の夫なのか」
「ちょっと、さっきのアタシの言葉聞いてた? 『違う』って。ちゃんとふられてるわよ」
朔人は得意げに崚介に向かってウィンクした。崚介が悔しそうな顔をする。
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