アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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6.偽装

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 唇が何度も耳に触れる。そのとき愛撫するふりをして小さく尋ねられた。
「症状は?」
 沙羅さらにだけ聞こえるような囁き声。日本語だったのは万一ザックたちに聞かれても言い逃れるためだろう。沙羅はザックたちに見えないように、崚介りょうすけの胸を指で三回叩いた。二人で決めた「NO(いいえ)」の合図だ。
「嫌だろうが適当に合わせるんだ」
 崚介にはなにか考えがあるのだ。動揺を抑えきれないながら、今度は二回叩く。「YES(はい)」の合図。日本語の文字数で決めた。
 手錠で拘束された両腕を頭の後ろに上げさせられる。服は着ているが、タイトなシャツを着せられているために胸が強調される。その胸を掴まれて、沙羅はわざとらしいほどに反応してみせた。以前アスモデウスを一度だけ摂取したときは、かすかな刺激にも体が驚くほど反応したからだ。
 抵抗心を示すために声は出さない。簡単に喘ぐ女より、こういう耐えている顔の方がザックの嗜虐心を刺激するはずだ。正直どちらが正解かわからない。より手ひどい扱いを誘わないのはどういう反応なのか。
 首筋に崚介の唇が触れた。両足を開かされ、その間に崚介の体が割り込む。体が重なり合う格好になって、ザックたちからは少し隠される。崚介は沙羅の体をまさぐり、沙羅は喉をのけ反らせて耐えるように口を引き結んだ。時折耐えかねるようにはあっと吐息を漏らせば、崚介の肩越しに見る男たちが欲情の目を向けてくる。どう頑張っても、このあと沙羅はこの男たちに犯されるのかもしれない。
 崚介がキスを下に下ろしていく。足の間に顔を寄せたとき、さすがに狼狽えた。
「待っ……」
「エロい匂いがする」
 上目遣いの表情は本当に欲情しているようにも見えた。なんだその顔。役者でもやった方がいいんじゃないか。
 ズボンを脱がされ、崚介の体が足の間に割り込む。崚介が自分の指を舐め、そのまま下着の中に入り込ませた。演技なのにそんなところまで触れるのかと素で狼狽える。
「待っ……」
「すごいな。もうぐちゃぐちゃだ」
 興奮した声で崚介が言う。だが実際にはほとんど濡れていなくて、崚介の指をすぐには受け入れない。反対の手ではだけさせられたシャツの胸元を更に広げられ、胸に崚介の舌が触れる。何時間ものフライトでシャワーを浴びていない。下着や服は新しいもの――崚介が日本で調達した――だけれど、そんな肌を舐めないで欲しい。
 与えられる刺激に耐えていると、崚介が陰核に触れた。
「あっ」
 突然の強烈な刺激に思わず声が漏れる。咄嗟に足を閉じようとするが、崚介の体を挟んだだけで、むしろねだっているようになってしまった。
 羞恥心に消えたくなるが、アスモデウスの効果が出ているなら寧ろずっと喘がないのは不自然だ。わかっている。けれど崚介にそれを聞かれるのが恥ずかしくてたまらない。沙羅にアスモデウスが効いていないと崚介は知っているのだから。
 沙羅が声を漏らした後、クリトリスに触れる指が遠慮がちになった。そして膣口と陰核を行ったり来たりしている。さすがに膣の奥から愛液が染み出してきた。崚介はそれを膣口に塗り広げ、その指でクリトリスを愛撫した。
「ん、ああっ」
 沙羅は太ももを崚介に擦り付けて与えられる快感に耐えた。
「そのまま俺に委ねてくれ」
 愛撫の合間にこっそり囁かれて、沙羅は崚介の目的を察した。
 崚介は沙羅の体を開かせようとしている。この後犯されるときに、沙羅が辛くないように。ザックが犯す女に丁寧な愛撫をするような男だとは思えないから。
 崚介の優しさが、無性にかなしく感じた。
 彼の指が膣に入ってくるのを感じながら、沙羅は笑みを零した。何故笑ったのか自分でもよくわからなかった。
「もういい、やめろ」
 ザックの低い声が響く。我に返ってそちらを見ると、ザックの部下たちの欲情した視線とぶつかった。隠そうともしない欲望に嫌悪感が蘇ってくる。だがザックだけは、先ほどのような冷酷な目で薄ら笑いを浮かべていた。
「リチャード、聞こえなかったか? お前の出番はここまでだ」
 崚介は動きを止めた。沙羅の胸に突っ伏して、大袈裟にため息をつく。
「ザック、それはないですよ。せめて彼女をイカせてみたかったのに」
「悪いな。だが強情な女だ。少々時間がかかりそうだと思ってな」
「俺はそれも楽しいですが、あなたは退屈ですか」
「そう言うな。気が変わったんだ」
「というと?」
「この女の強情さには頭が下がる。だから趣向を変えてみよう」
「何をさせるんですか」
「八時間置きにアスモデウスを飲ませる」
 ザックの命令に、部下の男たちが様々な反応を見せた。下卑た笑みを浮かべる者、同情的な視線を向ける者。
「それは、拷問の方が楽だろうな」
 皮肉っぽく言って、崚介は沙羅から離れた。沙羅には錠剤タイプは効かない。過剰摂取したり間隔が短かったりすれば影響が出るかもしれないが、八時間も間隔をあければ影響はないに等しいはず。ザックたちに背を向ける崚介が、少し安心したように見えた。
 ザックが立ち上がった。沙羅を見下すように顎を上げる。
「どこまで正気を保っていられるか見物だな?」
 すでに勝ちを確信しているかのような笑み。側近たちを引き連れて、ザックは部屋を出ていった。側近に続いて崚介も出ていく。
 その場に一人残されて、沙羅は大きく息を吐いた。事態がどう転ぶかわからないがとりあえず、最初の関門を乗り切れた安堵感が勝った。
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