アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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8.襲撃

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 次の食事から、見張りが直接持ってくることはなくなった。扉の下部に取り付けられた小窓から差し入れられる。食事よりも先に錠剤に飛びついた。そして外にいる見張りや研究者に見せつけるように自慰行為をする。
 ザックが訪れたのは翌日の夜だった。
 ドアが開く音に即座に反応する。まるでドラッグを、男を待っていたと言わんばかりに。そうして現れたのがザックだと気づく。
「私を犯しに来たのか」
 精一杯強がっていると装う。ザックがポケットから錠剤を取り出した。沙羅さらはそれに釘付けになり、手を伸ばす。ザックがニヤリと笑った。
 沙羅は伸ばした手で宙をかいた。ザックがドラッグを持つ手を寸前で高くしたからだ。手錠の長い鎖がジャラリと虚しく鳴る。
「早くそれをよこせ」
 荒い言葉遣いとは裏腹に口調は弱々しく、視線は誘惑するように熱っぽくザックを見つめる。ザックは満足げに笑った。ように見えたのに。
「大した女優だ」
 目の前の男の口から発せられた言葉に、沙羅は耳を疑った。
「お前、アスモデウスがほとんど効いていないな?」
「どういう意味だ」
「お前に与えた薬、その内いくつかはただの睡眠薬だった」
 沙羅は目を見開いた。そして失敗したと思った。はったりの可能性もある。動揺を見せてはいけなかったのに。
「パブロフの犬かとも思ったが、それにしても睡眠薬の効果が出ないのもおかしい。だから試しに二倍量のアスモデウスを与えた。だが 反応があまり変わらなかった」
 効かないということは症状が出ない。違う薬を与えられたことに気づかなかった。
 沙羅は誤魔化すことを諦めた。熱っぽい視線や仕草をやめ、ベッドに横柄な態度で座る。
「そんな知恵があんたにあったとはな」
「なんてことだ。すっかり騙されたよ。正気を無くしたところを輪姦(まわ)させようかと思っていたが……気が変わった。俺自ら確かめてやる」
 そう言ってザックは注射器を取り出した。
「これはアスモデウスの原液だ。この量を投与されれば、さすがのお前も発情するんじゃないか? 善がり狂うのが先か死ぬのが先が、見物だ」
 少量でも強力なドラッグだ。あの量を注射されたら沙羅でもどうなるか。
「やめてほしければ言え。お前は本当は何者だ」
 ザックの言葉に疑問を覚えた。
 ――条件が屈服ではなく正体の告白?
 そういえば、以前もやたらと沙羅の本名を気にしていた。ザックは何かを知りたがっている――?
 相手の目的がわからない以上、下手に情報を与えられない。まだザックが沙羅の素性をつかめていないということは、FBIが上手く隠してくれているのだろう。
 沙羅が口を噤んだままでいると、焦れたザックが注射器を太ももに突き立てた。
「あぅっ」
 突然容赦なく刺され、思わず声が出る。注射器の中身がゆっくりと自分の体に投与されていくのを沙羅は眺めているしかなかった。
 どくん、と心臓が高鳴る。
 そもそも反応が早いドラッグだ。針が刺されたところから、全身に熱が伝播していくような気がした。
「はっ……」
 吐息を漏らす。体が内側から作り替えられそうな不快感。ザックが残忍な笑みを浮かべた。
 乱暴に胸元に手がかけられて、来ていたシャツが破かれる。
「……つっ」
 首筋に鈍い痛みが走った。ネックレスのチェーンにザックの指が引っかかったのだ。そのまま強引に引きちぎられる。首の圧迫が無くなり、シャツのボタンとともにカメオもそのあたりに散った。はずみでブラジャーもズレて、白い胸がまろび出る。
「やっとお前を犯せる。随分長いお預けを食らったからな」
 胸に舌が這う。不快感に声が漏れた。
「さすがに感じているようだな。気の強い女が屈辱に耐える顔はやはりそそる」
「ドラッグに頼らなければ女を満足させられないのか、下手くそ」
 挑発すると、右頬が打たれた。乾いた音が響き、口の中に鉄の味が広がる。それでも沙羅は目をそらさず、馬乗りになるザックを見据えた。
「いつまでその調子が続くかな」
 下着ごとボトムを脱がされ、足を大きく開かされる。
 不躾な手が沙羅の足の間に触れる。乱暴な手つきに痛みが走り、沙羅は表情を歪めたが意地でも声は飲み込んだ。
「アスモデウスを注射されてまだ濡れていないとは。一体どんな手を使った?」
 やはり体質を知っているわけではないようだ。ならばザックは沙羅に何を言わせたいのか。何のために日本から誘拐したのか。
 ザックが自身のベルトに手をかけ、ペニスを取り出す。その醜悪さに目をそらしたくなった。無意識に心の中で彼の名を呼ぶ。――そのときだった。
 にわかにドアの外が騒がしくなる。そして。
 ――バアァァァアンッ。
「なんだ⁉」
 外の様子を確かめるより早く、轟音とともにドアが吹き飛んだ。
「まさか」
 期待を込めて顔を上げると、そこにはフルフェイスマスクの男が立っていた。銃を所持している。
「なんだ貴様!」
 ザックが自分の懐の銃を手にする。だがそれを侵入者に向けるより、侵入者が引き金を引く方が早かった。
 ――違う。彼じゃない。
 確認ではなく直感したとき、視界が朱に染まる。それが自分の血かザックの血か、すぐにはわからなかった。
 だが一瞬の迷いが命取りになる。沙羅は反動をつけてベッドから転がり出ると、ザックの銃を拾って侵入者に向けた。繋がれた鎖が邪魔でもどかしい。
 向こうに撃つ隙を与えないよう、走りながら発砲する。撃ち切った銃を顔に投げつけ、手錠で拘束されたままの両手を相手の腕の間に差し込んだ。そのまま回転させる。普通なら銃を取り落とすところだが、男は耐えた。やはりプロだ。
 鎖で首を絞めようとするがかわされる。何度かもみ合い、沙羅は手錠の鎖を銃口に引っ掛けることに成功した。銃のセーフティはもちろんはずれている。そのまま男の鳩尾に膝を叩きこむと反動で男が引き金を引いた。衝撃で両腕が痺れたが、自由になったことの方が大きい。
 男が体勢を立て直す前に沙羅は男に回し蹴りを食らわせた。男が倒れ、立ち上がる前に銃を蹴飛ばして離させる。馬乗りになって首を後ろから締め上げた。何度か抜けられそうになったが沙羅は緩めなかった。
 ほとんど裸の状態でやるにはかなり抵抗があるが、構ってなどいられない。三十秒ほどで男は動かなくなった。通常であれば十秒前後で落ちるはずだが、少しでも力を緩めれば抜けられそうだった。落とせて正直ほっとした。
 沙羅は無事だった下着とズボンを手早く身に着けた。上はザックに破かれてしまったので、侵入者のレザージャケットを拝借する。男を拘束しようとしたところで、戸口に別の気配と殺気を感じた。同じようなフルフェイスマスクをした男と、向けられた銃口が見える。
 迷っている暇はなかった。先ほど奪った銃で窓を撃つ。ひびが入った窓に体当たりして、沙羅は外に飛び出した。
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