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20.狙撃
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身を堅くする沙羅を、崚介が近くの建物に誘導しようとする。すると二人の間に銃弾が撃ち込まれ、咄嗟に二人とも飛びのいた。追いかけてくる銃弾の射線から方角を判断し、逆方向に逃げる。ちらと視線をやると、崚介がしまったという顔をした。銃撃のせいで合流できない。
何とかビルの柱の陰に身を隠す。崚介も一本先の柱の陰にいるのが見えた。反対側からなら銃撃を避けて回り込めることに気づき、沙羅は素早く崚介の元に駆け寄る。
「沙羅、怪我は?」
崚介が腰から銃を取り出しながら尋ねた。
「ない。あなたは」
「俺も大丈夫だ。沙羅、銃は撃てるな?」
予備の銃を渡され、素早くグリップと安全装置の位置を確認する。
「撃ち方はわかるけど、精度は期待しないで」
射撃の成績はあまりよくなかった。腕力や握力が足りないせいで、発砲の衝撃を受けきれずどうしても弾道が微妙にぶれる。現場を五年も離れた今はなおさら、沙羅には援護射撃がせいぜいだ。
大きな破裂音がした。思わず身を乗り出してしまった沙羅を、崚介が引き戻す。
「馬鹿、出るな!」
銃弾がまた何発か地面にめり込み壁を削る。
「崚介、バスが」
タイヤに銃弾が当たったらしい。タイヤがパンクしたバスはコントロールを失っている。
バスは沙羅たちの目の前で街灯に突っ込んだ。それでも止まり切らず街灯をへし折って進み、横転して十数メートル横滑りしてようやく停まった。道路がふさがれ、車が次々に突っ込む。
沙羅と崚介はそれを眺めていることしかできなかった。
周囲が騒然とする。いつの間にか狙撃はやんでいた。騒ぎが大きくなり、諦めたのだろう。
沙羅は駆け出した。崚介の制止する声がするが、やはり銃弾は追って来ない。
横転したバスに駆け寄ると、比較的軽傷の大人たちが乗客たちを助け出そうと集まっていた。しかし乗降口が下になっていて難航している。一般人だけでは連携も取れていない。
追いついてきた崚介が叫んだ。
「FBIだ!」
崚介の言葉に全員が振り向く。
「あんた、消防と救急に通報を。それから人手を集めてくれ。乗客を外に出す」
司令塔がはっきりすると多少なりとも場が統制される。崚介に指示された者たちがそれぞれの指示を全うしようと走り出した。
「おい、少し離れてくれ。ガラスを割って外に出られるようにする!」
すでにひびが入っているフロントガラス。崚介が銃のグリップを使って何度か殴ったが割れない。すぐさま銃をホルスターに戻し、崚介は体当たりした。
沙羅は周囲を見渡す。側にあった店先に消火器が置いてあるのに気づき、咄嗟に崚介に渡した。
崚介は受け取ると、消火器を鈍器がわりにガラスを割った。脱出の妨げになる部分を念入りに砕く。沙羅は着ていた上着を脱いで、マット代わりにフロントの縁に敷いた。乗客が這って出る際にガラスで傷つくのを防ぐためだ。
崚介がそこに腹ばいになり、気絶している運転手を引っ張り出す。沙羅も手を貸して彼を道に横たえた。駆け寄ってきた男性たちがそれを引き継いで彼を遠くに運んで行く。連携ができているのと見届け、バスに視線を戻した。
崚介が車内に向かって叫ぶ。
「前の人から順番に出るんだ! いいか、順番だぞ!」
腹ばいになったまま手を伸ばす崚介に、沙羅は声をかけた。
「後ろからも出られないか、やってみる!」
「頼む。無茶はするな」
「わかってる。誰か、手を貸してくれ!」
沙羅が叫ぶと、消火器を置いていた店の店主がバールを持って現れた。修理用の工具を探してきてくれたらしい。
バスの後ろに回ると、子どもたちの姿が見えた。スクールバスだったのだ。沙羅は頭に血が上るのを感じた。
店主が身振りを交えて車内の一番手前にいた少女に声をかける。
「嬢ちゃん、どいてな!」
そのままバールで勢いよく窓を割った。同じように縁のガラスをなるべく粉々にする。さっきの沙羅の様子を見ていた誰かが、店の玄関マットを持ってきてくれた。それを敷いて子どもたちを一人ずつ引っ張り出す。沙羅はそれぞれの怪我の状態を確かめ、応急処置をしながら離れたところに座らせた。幸い重傷を負った子はいない。
「ホラ坊主、手を伸ばせ!」
「ミハイルが動かないんだよ!」
中から声がした。沙羅も覗き込むと、十歳にも満たないだろう少年が顔をくしゃくしゃにしていた。友達が脱出できないから、自分が出るのをためらっているのだ。
「わかった。ミハイルは後で必ず出してやるから、お前は先にこっちに来い!」
店主が叫ぶ。少年が渋々といった様子で、何度も振り返りながら這って出てきた。
そのうち崚介が車体の後ろにやってくる。
「これで全員か」
「いや、まだ中に一人いるらしい。私が入るよ。崚介は窓から出せないか考えて」
沙羅の提案に崚介が難色を示す。だが細身の沙羅の方が身動きがとりやすいのは事実だった。
しかし。
「ガソリンが漏れてる!」
誰かが叫んだ。
「なんだって⁉」
崚介と沙羅は咄嗟に周囲を見渡した。玉つき事故を起こしたあたりで小さな火災が起きている。
「爆発するぞ、離れろ!」
崚介が叫んだ。
怪我人を連れ、周囲の人たちも現場から離れていく。沙羅は急がなければと思った。だが崚介に待ったをかけられる。
「沙羅、駄目だ!」
「まだ中に」
「分かってる! でも駄目だ。消防が来るまでは下がるんだ!」
「嫌だ!」
駄々っ子のようにバスへ入ろうとする沙羅を、崚介が羽交い絞めにした。
「崚介!」
そのまま胴を抱いて担ぐように、沙羅を強引に現場から連れ出す。
「俺は君を怜に返すと誓ったんだ!」
娘の名を出されて、沙羅は言葉に詰まって唇を噛んだ。
早く、早く消防やレスキューが来てくれ。そうすれば助け出せるかもしれない。
沙羅はバスの中に人影を見た。ミハイルが目を覚ましたのだ。バスから出ようと、必死に這うのが見えた。
「待って崚介、ミハイルが!」
目が覚めたなら、手を伸ばせばすぐに救出できるかもしれない。同じことを思ったのか、崚介が一瞬足を止めて振り返ろうとする。そのとき。
轟音と供にバスが火に包まれた。爆発のように一瞬で炎上し、熱風で崚介もろとも吹き飛ばされる。痛みもなにも無視して体を起こすが、火の海となったバスにもう人影は見えなかった。
何とかビルの柱の陰に身を隠す。崚介も一本先の柱の陰にいるのが見えた。反対側からなら銃撃を避けて回り込めることに気づき、沙羅は素早く崚介の元に駆け寄る。
「沙羅、怪我は?」
崚介が腰から銃を取り出しながら尋ねた。
「ない。あなたは」
「俺も大丈夫だ。沙羅、銃は撃てるな?」
予備の銃を渡され、素早くグリップと安全装置の位置を確認する。
「撃ち方はわかるけど、精度は期待しないで」
射撃の成績はあまりよくなかった。腕力や握力が足りないせいで、発砲の衝撃を受けきれずどうしても弾道が微妙にぶれる。現場を五年も離れた今はなおさら、沙羅には援護射撃がせいぜいだ。
大きな破裂音がした。思わず身を乗り出してしまった沙羅を、崚介が引き戻す。
「馬鹿、出るな!」
銃弾がまた何発か地面にめり込み壁を削る。
「崚介、バスが」
タイヤに銃弾が当たったらしい。タイヤがパンクしたバスはコントロールを失っている。
バスは沙羅たちの目の前で街灯に突っ込んだ。それでも止まり切らず街灯をへし折って進み、横転して十数メートル横滑りしてようやく停まった。道路がふさがれ、車が次々に突っ込む。
沙羅と崚介はそれを眺めていることしかできなかった。
周囲が騒然とする。いつの間にか狙撃はやんでいた。騒ぎが大きくなり、諦めたのだろう。
沙羅は駆け出した。崚介の制止する声がするが、やはり銃弾は追って来ない。
横転したバスに駆け寄ると、比較的軽傷の大人たちが乗客たちを助け出そうと集まっていた。しかし乗降口が下になっていて難航している。一般人だけでは連携も取れていない。
追いついてきた崚介が叫んだ。
「FBIだ!」
崚介の言葉に全員が振り向く。
「あんた、消防と救急に通報を。それから人手を集めてくれ。乗客を外に出す」
司令塔がはっきりすると多少なりとも場が統制される。崚介に指示された者たちがそれぞれの指示を全うしようと走り出した。
「おい、少し離れてくれ。ガラスを割って外に出られるようにする!」
すでにひびが入っているフロントガラス。崚介が銃のグリップを使って何度か殴ったが割れない。すぐさま銃をホルスターに戻し、崚介は体当たりした。
沙羅は周囲を見渡す。側にあった店先に消火器が置いてあるのに気づき、咄嗟に崚介に渡した。
崚介は受け取ると、消火器を鈍器がわりにガラスを割った。脱出の妨げになる部分を念入りに砕く。沙羅は着ていた上着を脱いで、マット代わりにフロントの縁に敷いた。乗客が這って出る際にガラスで傷つくのを防ぐためだ。
崚介がそこに腹ばいになり、気絶している運転手を引っ張り出す。沙羅も手を貸して彼を道に横たえた。駆け寄ってきた男性たちがそれを引き継いで彼を遠くに運んで行く。連携ができているのと見届け、バスに視線を戻した。
崚介が車内に向かって叫ぶ。
「前の人から順番に出るんだ! いいか、順番だぞ!」
腹ばいになったまま手を伸ばす崚介に、沙羅は声をかけた。
「後ろからも出られないか、やってみる!」
「頼む。無茶はするな」
「わかってる。誰か、手を貸してくれ!」
沙羅が叫ぶと、消火器を置いていた店の店主がバールを持って現れた。修理用の工具を探してきてくれたらしい。
バスの後ろに回ると、子どもたちの姿が見えた。スクールバスだったのだ。沙羅は頭に血が上るのを感じた。
店主が身振りを交えて車内の一番手前にいた少女に声をかける。
「嬢ちゃん、どいてな!」
そのままバールで勢いよく窓を割った。同じように縁のガラスをなるべく粉々にする。さっきの沙羅の様子を見ていた誰かが、店の玄関マットを持ってきてくれた。それを敷いて子どもたちを一人ずつ引っ張り出す。沙羅はそれぞれの怪我の状態を確かめ、応急処置をしながら離れたところに座らせた。幸い重傷を負った子はいない。
「ホラ坊主、手を伸ばせ!」
「ミハイルが動かないんだよ!」
中から声がした。沙羅も覗き込むと、十歳にも満たないだろう少年が顔をくしゃくしゃにしていた。友達が脱出できないから、自分が出るのをためらっているのだ。
「わかった。ミハイルは後で必ず出してやるから、お前は先にこっちに来い!」
店主が叫ぶ。少年が渋々といった様子で、何度も振り返りながら這って出てきた。
そのうち崚介が車体の後ろにやってくる。
「これで全員か」
「いや、まだ中に一人いるらしい。私が入るよ。崚介は窓から出せないか考えて」
沙羅の提案に崚介が難色を示す。だが細身の沙羅の方が身動きがとりやすいのは事実だった。
しかし。
「ガソリンが漏れてる!」
誰かが叫んだ。
「なんだって⁉」
崚介と沙羅は咄嗟に周囲を見渡した。玉つき事故を起こしたあたりで小さな火災が起きている。
「爆発するぞ、離れろ!」
崚介が叫んだ。
怪我人を連れ、周囲の人たちも現場から離れていく。沙羅は急がなければと思った。だが崚介に待ったをかけられる。
「沙羅、駄目だ!」
「まだ中に」
「分かってる! でも駄目だ。消防が来るまでは下がるんだ!」
「嫌だ!」
駄々っ子のようにバスへ入ろうとする沙羅を、崚介が羽交い絞めにした。
「崚介!」
そのまま胴を抱いて担ぐように、沙羅を強引に現場から連れ出す。
「俺は君を怜に返すと誓ったんだ!」
娘の名を出されて、沙羅は言葉に詰まって唇を噛んだ。
早く、早く消防やレスキューが来てくれ。そうすれば助け出せるかもしれない。
沙羅はバスの中に人影を見た。ミハイルが目を覚ましたのだ。バスから出ようと、必死に這うのが見えた。
「待って崚介、ミハイルが!」
目が覚めたなら、手を伸ばせばすぐに救出できるかもしれない。同じことを思ったのか、崚介が一瞬足を止めて振り返ろうとする。そのとき。
轟音と供にバスが火に包まれた。爆発のように一瞬で炎上し、熱風で崚介もろとも吹き飛ばされる。痛みもなにも無視して体を起こすが、火の海となったバスにもう人影は見えなかった。
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