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21.懺悔
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騒ぎに乗じて、崚介と沙羅は現場を離脱した。本来なら事情聴取を受けなければならないが、沙羅は狙われる身だ。崚介がFBIを通じて後で報告すると言った。
二人とも無言のまま、崚介のアパートに戻る。
「シャワーを浴びた方がいい。それとも湯をためるか? 日本人は好きだろ、風呂」
明るく振舞ってくれる崚介に微笑みかけようとして失敗した。たぶん、互いに。
「あなたの手当を」
「俺は服に穴が空いた程度だ。先に温まってくると良い」
頭ひとつ分高いところから、優しさとも憐れみともつかない視線が向けられる。違う。後悔と安堵だ。
崚介は正しかった。あのまま沙羅の駄々を受け入れていたら沙羅は死んでいた。そうならなかったのは崚介が理性的に行動したから。けれど少年を見殺しにしたことへの後悔は拭えない。本当にああするしかなかったのか、もっと早くミハイルが目覚めたことに気づいていたらあるいは。
沙羅は崚介の視線から逃れるようにバスルームに入った。シャワーを浴びて血や煤を洗い流すと、いくらか温まる。
裸のまま鏡の前に立つ。そういえば着替えは部屋の中だ。汚れた服や下着はところどころ焦げてもいて、もう身に着ける気にならない。とりあえずバスローブを身に着けた。
バスローブ姿とはいえ下着もつけず異性の待つ部屋に戻るのは抵抗があったが、仕方ない。崚介は気にしないだろうし、彼がシャワーを浴びている間に着替えることにする。
とりあえず服を持って戻ろうと手を伸ばしたそのとき、急に現場の光景がフラッシュバックした。
「……っ」
温まったはずの体が強張る。足がもつれて転倒してしまった。その拍子にドアに体をぶつける。
「沙羅⁉」
音を聞きつけたのだろう。焦ったような声が、どこか遠くに聞こえる。己の鼓動の方がよほど耳に響いた。火にのまれる少年の顔が、娘の顔に見えて――。
「沙羅‼」
「りょ……すけ」
崚介の蒼い瞳が、沙羅を覗き込んでいる。気づけば崚介がバスルームの中にいて、両腕が痛いほど掴まれていた。大きな手から熱が伝わる。
「どうした。どこか怪我を?」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫って顔色じゃないだろう」
「そう、か。そうだな……。でも、怪我がないのは本当だ」
「やっぱりまだショックが大きかったか。立てるか?」
沙羅は頷いたが、ほとんど崚介に抱えられる形で部屋に戻った。ソファに座らされ、崚介も隣に座った。
「話したいことがあれば聞く」
アメリカの知人や同僚たちは、何かあると「話を聞こうか?」と申し出てくれる。最初は何故特別親しいわけでもない人に話さなくてはならないのかと思っていたけれど、この人たちは辛いことは一人で抱え込めないことを知っているのだ。だから積極的にカウンセラーも利用するし、近しい人にもそうあろうとする。
「たす、たすけた、かった」
声が震えた。
「わかってる。あなたは正しかった。あなたのお陰で私はまだ生きている。でも火に飲まれたあの子の姿が、目に焼きついたみたいに忘れられない」
崚介が慰めるように沙羅の肩を抱き、さする。温もりに触れるうち、隠したかった本音を吐露したい気持ちになった。
「安心、したんだ」
崚介が少し戸惑うのがわかった。自分の身勝手さが嫌になる。沙羅は続けて告白した。
「今日巻き込まれたのが娘じゃなくてよかったと思ってしまったんだ。ミハイルだってなんの罪もない子どもなのに。私のせいなのに」
「君のせいじゃない。娘の無事を喜ぶのは親として当然のことだ。巻き込まれた少年は気の毒だが、悪いのはあの事件を引き起こした連中だ。君は狙われた被害者なんだ」
「日本でもあなたが気づいてくれなかったら私と誠也は死んでいたかもしれない。もしあのとき娘が一緒だったらと思うと怖くなる。私はいい。でも娘だけは」
「自分はいいなんて言わないでくれ。君は娘のために俺に協力してついてきてくれた。俺はそれに絶対報いる」
「崚介」
膝に置いた手が、温かな手に包まれる。大きな手が片手で沙羅の両手を温めた。自分の手が思いの外冷えていたことを実感した。反対の手はまだ沙羅の肩をさすって必死に温めようとしている。
「冷えてしまったな。酒でも……って、もうないんだった。やはり湯をためるか」
風呂を気に入っているのは崚介のほうではないだろうか。やっと少し笑えた。
二人とも無言のまま、崚介のアパートに戻る。
「シャワーを浴びた方がいい。それとも湯をためるか? 日本人は好きだろ、風呂」
明るく振舞ってくれる崚介に微笑みかけようとして失敗した。たぶん、互いに。
「あなたの手当を」
「俺は服に穴が空いた程度だ。先に温まってくると良い」
頭ひとつ分高いところから、優しさとも憐れみともつかない視線が向けられる。違う。後悔と安堵だ。
崚介は正しかった。あのまま沙羅の駄々を受け入れていたら沙羅は死んでいた。そうならなかったのは崚介が理性的に行動したから。けれど少年を見殺しにしたことへの後悔は拭えない。本当にああするしかなかったのか、もっと早くミハイルが目覚めたことに気づいていたらあるいは。
沙羅は崚介の視線から逃れるようにバスルームに入った。シャワーを浴びて血や煤を洗い流すと、いくらか温まる。
裸のまま鏡の前に立つ。そういえば着替えは部屋の中だ。汚れた服や下着はところどころ焦げてもいて、もう身に着ける気にならない。とりあえずバスローブを身に着けた。
バスローブ姿とはいえ下着もつけず異性の待つ部屋に戻るのは抵抗があったが、仕方ない。崚介は気にしないだろうし、彼がシャワーを浴びている間に着替えることにする。
とりあえず服を持って戻ろうと手を伸ばしたそのとき、急に現場の光景がフラッシュバックした。
「……っ」
温まったはずの体が強張る。足がもつれて転倒してしまった。その拍子にドアに体をぶつける。
「沙羅⁉」
音を聞きつけたのだろう。焦ったような声が、どこか遠くに聞こえる。己の鼓動の方がよほど耳に響いた。火にのまれる少年の顔が、娘の顔に見えて――。
「沙羅‼」
「りょ……すけ」
崚介の蒼い瞳が、沙羅を覗き込んでいる。気づけば崚介がバスルームの中にいて、両腕が痛いほど掴まれていた。大きな手から熱が伝わる。
「どうした。どこか怪我を?」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫って顔色じゃないだろう」
「そう、か。そうだな……。でも、怪我がないのは本当だ」
「やっぱりまだショックが大きかったか。立てるか?」
沙羅は頷いたが、ほとんど崚介に抱えられる形で部屋に戻った。ソファに座らされ、崚介も隣に座った。
「話したいことがあれば聞く」
アメリカの知人や同僚たちは、何かあると「話を聞こうか?」と申し出てくれる。最初は何故特別親しいわけでもない人に話さなくてはならないのかと思っていたけれど、この人たちは辛いことは一人で抱え込めないことを知っているのだ。だから積極的にカウンセラーも利用するし、近しい人にもそうあろうとする。
「たす、たすけた、かった」
声が震えた。
「わかってる。あなたは正しかった。あなたのお陰で私はまだ生きている。でも火に飲まれたあの子の姿が、目に焼きついたみたいに忘れられない」
崚介が慰めるように沙羅の肩を抱き、さする。温もりに触れるうち、隠したかった本音を吐露したい気持ちになった。
「安心、したんだ」
崚介が少し戸惑うのがわかった。自分の身勝手さが嫌になる。沙羅は続けて告白した。
「今日巻き込まれたのが娘じゃなくてよかったと思ってしまったんだ。ミハイルだってなんの罪もない子どもなのに。私のせいなのに」
「君のせいじゃない。娘の無事を喜ぶのは親として当然のことだ。巻き込まれた少年は気の毒だが、悪いのはあの事件を引き起こした連中だ。君は狙われた被害者なんだ」
「日本でもあなたが気づいてくれなかったら私と誠也は死んでいたかもしれない。もしあのとき娘が一緒だったらと思うと怖くなる。私はいい。でも娘だけは」
「自分はいいなんて言わないでくれ。君は娘のために俺に協力してついてきてくれた。俺はそれに絶対報いる」
「崚介」
膝に置いた手が、温かな手に包まれる。大きな手が片手で沙羅の両手を温めた。自分の手が思いの外冷えていたことを実感した。反対の手はまだ沙羅の肩をさすって必死に温めようとしている。
「冷えてしまったな。酒でも……って、もうないんだった。やはり湯をためるか」
風呂を気に入っているのは崚介のほうではないだろうか。やっと少し笑えた。
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