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24.記憶の欠片
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気に入っている店でチキンスープとサンドイッチのテイクアウトを買い、自宅に向かう。店員に機嫌がよさそうだとからかわれた。顔なじみというわけでもない相手に言われるなど、そんなにわかりやすいだろうかと己の口元に触れて引き締める。これでも潜入捜査官としてポーカーフェイスには自信があったのだが。
昨日の事件のことを思えば浮かれてもいられない。だがいつも気丈な態度を崩さない彼女が崚介を頼り、肌を許してくれた。弱った彼女に付け込んだのは気が引けるが、それを差し引いても控えめに言って幸せだ。
部屋に戻ると妙に静かだった。嫌な予感がして寝室に駆け込む。穏やかな寝息を立てる彼女の姿に、焦りが取り越し苦労であったと知ってほっとする。
崚介のベッドで、崚介の寝具にくるまって。しなやかな肢体はシーツに同化しそうなほど白く清廉で、なのに酷く煽情的だ。布団に隠された体が生まれたままの姿だと知っているからだろうか。それとも昨夜の記憶がまだ鮮烈に残るからだろうか。
ベッドの縁に腰かける。眠っている彼女に構わず、この体に溺れたい欲望が湧き上がる。それと同じくらい、彼女の眠りを守りたいとも願った。昨夜少しうなされていた。事件の後では仕方ないことだが、悪夢を取り払ってやれないのが歯がゆかった。
肩につかない程度に切り揃えられた髪が、白い頬を隠す。五年前は腰にかかるくらい長かった。艶やかで柔らかそうなその髪に触れたいと、かつて何度も思った。それが再会したときはばっさりと切り落とされていた。すべて幼い娘のために。
「娘に嫉妬してどうすんだ、俺は」
自嘲の笑みが零れる。
出がけに彼女に言ってしまった。「君の娘が羨ましい」と。幸い聞こえていなかったようで、なんとか誤魔化した。いつか崚介のために伸ばしてくれないかとそんなことを考える自分が滑稽だ。沙羅がこの関係をどうしたいのかもわからないのに。
沙羅は事件が片付いたら帰国する。当然だ。日本には彼女がなによりも愛する娘がいるのだから。そのとき崚介はどうするだろう。沙羅と離れられるのか。
沙羅が身じろぎ、頬にかかる髪が口に入る。ひとつ笑みを零して、それを払ってやろうと手を伸ばした。その時だ。
――待って、リチャード。やぁっ……。
「……っ」
突然脳裏に浮かんだ光景に、崚介は指が触れる寸前で手を止めた。心臓が早鐘を打つ。
白い肌、形のいい胸、潤んだ瞳、崚介に縋る手足。それだけならば昨夜見たものだ。だがベッドに散る長い髪――。
「なんだ、今の」
五年前、確かにシズカに惹かれていた。けれど当時彼女とベッドを共にしていないどころか、キスすらしたことがない。ないはずだ。それなのに。
妄想と呼ぶにはリアルすぎる光景に動揺する。
「ん……りょうすけ?」
少し掠れた声がして、崚介は我に返った。
「また寝ちゃったのか……ごめん。いい匂いがする」
寝起きのぼんやりとした様子で、沙羅が柔らかく微笑む。その無防備な様子がたまらなく可愛くて、崚介はキスをした。唐突なキスを不思議そうに、けれど笑みをこぼしながら沙羅が受け入れてくれる。
あれはきっと、かつての自分の願望が見せた幻に過ぎない。沙羅にキスをして幸せに浸っていると、不安が消えていった。
昨日の事件のことを思えば浮かれてもいられない。だがいつも気丈な態度を崩さない彼女が崚介を頼り、肌を許してくれた。弱った彼女に付け込んだのは気が引けるが、それを差し引いても控えめに言って幸せだ。
部屋に戻ると妙に静かだった。嫌な予感がして寝室に駆け込む。穏やかな寝息を立てる彼女の姿に、焦りが取り越し苦労であったと知ってほっとする。
崚介のベッドで、崚介の寝具にくるまって。しなやかな肢体はシーツに同化しそうなほど白く清廉で、なのに酷く煽情的だ。布団に隠された体が生まれたままの姿だと知っているからだろうか。それとも昨夜の記憶がまだ鮮烈に残るからだろうか。
ベッドの縁に腰かける。眠っている彼女に構わず、この体に溺れたい欲望が湧き上がる。それと同じくらい、彼女の眠りを守りたいとも願った。昨夜少しうなされていた。事件の後では仕方ないことだが、悪夢を取り払ってやれないのが歯がゆかった。
肩につかない程度に切り揃えられた髪が、白い頬を隠す。五年前は腰にかかるくらい長かった。艶やかで柔らかそうなその髪に触れたいと、かつて何度も思った。それが再会したときはばっさりと切り落とされていた。すべて幼い娘のために。
「娘に嫉妬してどうすんだ、俺は」
自嘲の笑みが零れる。
出がけに彼女に言ってしまった。「君の娘が羨ましい」と。幸い聞こえていなかったようで、なんとか誤魔化した。いつか崚介のために伸ばしてくれないかとそんなことを考える自分が滑稽だ。沙羅がこの関係をどうしたいのかもわからないのに。
沙羅は事件が片付いたら帰国する。当然だ。日本には彼女がなによりも愛する娘がいるのだから。そのとき崚介はどうするだろう。沙羅と離れられるのか。
沙羅が身じろぎ、頬にかかる髪が口に入る。ひとつ笑みを零して、それを払ってやろうと手を伸ばした。その時だ。
――待って、リチャード。やぁっ……。
「……っ」
突然脳裏に浮かんだ光景に、崚介は指が触れる寸前で手を止めた。心臓が早鐘を打つ。
白い肌、形のいい胸、潤んだ瞳、崚介に縋る手足。それだけならば昨夜見たものだ。だがベッドに散る長い髪――。
「なんだ、今の」
五年前、確かにシズカに惹かれていた。けれど当時彼女とベッドを共にしていないどころか、キスすらしたことがない。ないはずだ。それなのに。
妄想と呼ぶにはリアルすぎる光景に動揺する。
「ん……りょうすけ?」
少し掠れた声がして、崚介は我に返った。
「また寝ちゃったのか……ごめん。いい匂いがする」
寝起きのぼんやりとした様子で、沙羅が柔らかく微笑む。その無防備な様子がたまらなく可愛くて、崚介はキスをした。唐突なキスを不思議そうに、けれど笑みをこぼしながら沙羅が受け入れてくれる。
あれはきっと、かつての自分の願望が見せた幻に過ぎない。沙羅にキスをして幸せに浸っていると、不安が消えていった。
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