アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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27.アズモス

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 崚介りょうすけの謹慎明け、沙羅さらは崚介とともにFBIに来ていた。
 リチャードの捜索は続けられているらしいが、そもそも正式な組織の人間ではなかった。そのためさほど気合の入った捜索活動は行われていないらしい。程度でいえば沙羅の方が危険度が高いとのことだった。
 その温度感にますます疑問が深まる。正式な組織の人間でないといえばそうだが、潜入期間は沙羅よりもよほど長かった。それでも沙羅の方が重要視される理由とはなんだ。
 崚介は捜査に戻るが、沙羅はこのまま軟禁状態になってしまうのでは。そんな心配が頭をもたげる。けれどカレンの提案がそれを回避してくれた。
「サラには引き続き私のオフィスに来て欲しいわ。資料の解読を手伝ってほしいの」
 カレンによると早坂さおりの研究資料の解読はあらかた済んだ。しかしどうしてもわからない部分があるという。
「研究者じゃない私が力になれるかな?」
「ドクター・アマヤもサオリもあなたの体質を研究しているんだから、その研究対象が協力してくれるのは大きな意味を持つわ。それに日本人的な感性は私にはわからないから、その辺りに気づいたら教えてくれると嬉しい。ちなみにこれって日本にある言葉?」
 ただでさえ難しそうな単語が並ぶ中で、カレンが一つの単語を指す。
「いや、わからないな」
「そう」
 カレンが残念そうに眉を下げた。
「なんて読むんだこれ。ええと、アス、エイ……」
 覗き込んだ崚介も眉を寄せる。
「『Asmosアズモス』だと思う。これがサオリの研究していた薬の名前よ。それでこの『アズモス・プランツ』が原材料を指すみたい。薬はともかく、原材料については意図的に明言が避けられているの。『アズモス』という単語はないし、既存の植物の隠語なのか新しい植物なのかわからなくて。日本語にある言葉なら、推測できるかと思ったんだけれど」
「そうか。聞き覚えがなくてすまない」
「おそらくこのアズモス・プランツについては、別の研究資料が存在すると思うわ。それにあなたのことも」
「私のこと?」
「前にも言った通り、サオリが研究していた薬――『アズモス』はあなたの体質そのものよ。それならサオリが解析しなかったはずがない。けれど不自然なほどあなたについてのデータや記述が存在しないの」
「でも、母の研究資料はそれで全部だと思う。研究所に寄贈したとき、神崎かんざきの父にも確認したんだ。ほかにあれば一緒にと思ったから。神崎の父は遺品にそんなものはなかった、すべて研究所にあったんだろうと言っていた」
「でも、絶対これじゃ足りないわ。待って、この記述って……」
 途中から読みながら話していたカレンは、そのままぶつぶつと呟きながら自分の世界に戻っていった。
 沙羅が身の置き所がわからず戸惑っていると、同じくタイミングを外していたらしい崚介が苦笑しながら沙羅に視線を向けた。
「君がカレンの仕事を手伝うことについては、俺からウィルに話しておく。また夕方迎えに来るよ」
 頬に軽くキスをして、崚介はオフィスを出ていった。
 友人同士で頬にキスをするくらいなら普通だが、久しぶりのアメリカだ。日本人的にはどうにも慣れない。それに深い仲となった今では、親密な関係を匂わせてしまうのではないかと落ち着かなくなる。沙羅はFBIの人間ではないが、崚介にとっては職場だ。公私混同は避けたいのだが。
 そんなことを考えていたとき、現実に戻って来たらしいカレンに唐突に尋ねられた。
「ピルは必要?」
「えっ」
「ドクター・アマヤが送ってくれたカルテにあなた専用の処方箋があったの。必要なら私がこっちの薬局向けに処方箋書くわよ。リョウと寝たんでしょ?」
 あけすけなカレンの指摘に、誤魔化すべきが一瞬迷う。とはいえ確信を持った言葉に下手な誤魔化しは無意味だと悟った。以前は友情のキスもしなかったのだから、崚介は二人の関係を隠すつもりがないのだろう。
「その……一応、お願いするよ」
 一応の部分を強調する。五年前の妊娠は想定外だった。それを知っているからか、崚介は避妊にかなり気を付けてくれている。三日間部屋にこもって、多くの時間触れ合って過ごした。その結果昨日の夜に避妊具を切らしてしまったのだが、その後は絶対に挿入しなかった。その分、ある意味濃密な夜になったが。
 思い出すだけで顔が火照る。ぱたぱたと手で仰いで頬を覚まそうとする。
「なあに、変な顔して」
「その、そんなにわかりやすいかな。崚介とのこと」
「リョウとは長い付き合いだからわかるだけよ。あなたはいつも通りクールだったわ。さっきまでね。まあ、一つ屋根の下でこれまで何もなかった方が驚きだけど」
 アメリカでは男女のルームシェアも珍しいことではない。だから気にされていないのだと思っていたが、そうなっても構わない前提だったということか。ということは、最初から崚介への好意を見抜かれていたということなのだろう。なんだか居たたまれない。
「五年前は処方されてなかったの?」
 暗になぜ妊娠したのかと問われる。処方されていたし、きちんと服用していた。けれど。
「あのときは色々、不測の事態で」
「不測って?」
 当然の疑問だが、沙羅は微笑むに留めた。それを話せば妊娠した経緯を、彼のことを話すことになってしまう。
 カレンはそれ以上追及しないでくれた。
 それから数日沙羅はカレンの補佐、崚介も内勤で規則的なオフィスワーカーのような生活を送った。朝二人で出勤し、それぞれ仕事をし、夕方崚介が迎えにきて二人でアパートに帰る。一緒に夕食を取り、夜はシャワーを浴びて同じベッドで眠った。幸いにして組織の追手に見つかることもなく、不自然なほどに平穏な日々が続いた。
 ただ進展しない捜査に、互いに焦りのようなものを募らせていった。
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