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29.怜の父親
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沙羅が席を外した後、崚介は神妙な顔でモニターを見つめた。資料が盗まれたということは、純粋な協力者だと思っていたパターソン科学研究所が捜査対象に代わってしまった。慎重に動く必要がある。
「リョウ。聞きたいことがある。彼女のことだ」
ウィルが難しい顔で言った。彼が示す先には少女の写真が映し出されている。天谷医師がカルテとともに送ってくれた、沙羅の娘の写真。
「やっぱりお前たち、五年前からそういう関係だったのか」
崚介は何を言われたのか分からず、ぽかんとした。ウィルが沙羅にコーヒーを頼んだのに違和感があったが、この話をするために場を外させたのか。
「しらばっくれるな。こんなの、どう見たってお前の娘じゃないか」
「あ?」
崚介は間抜けな声を出した。わざわざ沙羅を外させてまでする話が冗談とは。笑い飛ばそうかと思ったが、ウィルの表情は真剣だった。
「ほら、よく似ている。カレンだってそう思うだろう?」
話を振られたカレンが、気まずそうに崚介を見た。何かを迷う素振りを見せたが、最終的にはぎこちなく頷いた。
「ええ。DNA鑑定しないと確実なことは言えないけど、耳の形が一緒だから間違いないと思うわ」
「耳?」
「耳は遺伝的特徴が出やすい部分のひとつと言われているの」
カレンの言葉に崚介は愕然とした。心臓が早鐘を打つ。一体なんの話をされている。沙羅と関係を持ったのはあの狙撃事件の夜が初めてだったはずだ。五年前はキスすらしたことがないというのに。
だが崚介はずっと彼女に惹かれていた。夢に見るほどに彼女を抱きたかった。ただの思い違いと笑い飛ばすことができない。
「君は……君も、怜が俺の娘だと考えているんだな。いつからだ? 驚かないということは、最初からそう考えていたのか」
カレンは目を伏せた。それは肯定。
「サラにも考えがあるんでしょう。だから言わなかったの。あなたたちがよりを戻したようだったから、もしかして話すのかしらと思っていたんだけど」
崚介は写真を見た。沙羅に似た愛らしい笑顔。だが瞳の色が自分に似ている。鼻の形だって。どうして今まで気付かなかった。
時折フラッシュバックする光景。現実感がなかった。だからただの願望や欲求なのだと思っていた。思いこもうとした。獣じみた己の欲望だけがリアルに思い出せる。
もしあれが夢ではなかったのだとしたら。本当に怜が崚介の娘だというなら。崚介は、沙羅を。
「そんな、まさか……」
その様子を見たウィルもまた驚いたように怒りを収める。
「リョウ。お前、本当に知らなかったのか? その可能性を考えなかったと?」
そのとき、コーヒーを手にした沙羅が戻ってきた。
「お待たせ。みんなブラックでいいかな? 砂糖を取ってくるのを忘れたのに今気づいたんだけど――あれ。なにかあった?」
気まずい空気の立ち込めているのに気づき、沙羅が首を傾げる。
崚介はすぐさま沙羅に詰め寄った。
「五年前、俺たちに何があったんだ」
「え?」
「怜は俺の娘なんだろう?」
沙羅が目を見開く。言葉が出てこないようだった。その様子になけなしの希望も打ち砕かれた。否定しないということは、やはり。
困惑した沙羅はまるで助けを求めるかのようにカレンやウィルを見た。
「その、すまない。君の娘があまりにもリョウに似ているものだから、リョウが知らないと思わなくて」
ウィルが申し訳なさそうに告げる。沙羅は諦めたように視線を下げた。近くのテーブルにコーヒーを置く。
「いや。いずれは、話さなければならないことだったから」
崚介は犯罪者になった気分だった。いや。事実、犯罪者か。
「俺はいつ、君を」
「第三ラボの襲撃があったあの日」
その言葉にすべてが繋がる。確かにあの日の記憶は途切れている。
「現場からあなたを連れ出したのは私だ」
崚介は目を見開いた。あの日、飛散したドラッグを吸い込んだことは覚えている。気づいたときには丸一日近くたっていて、全裸で自宅のベッドに横たわっていた。自分で帰り着いたと思っていたが、まさか沙羅に救い出されていたとは。もし助け出されず現場にいたら、オーバードーズで命を落としていたかもしれない。或いは銃撃戦に巻き込まれて死んでもおかしくなかった。
「第三ラボって、アスモデウスの開発をしてたっていう?」
カレンの問いに沙羅が頷く。
「ああ。薬物が飛散し、多くの人間がそれを吸い込んでオーバードーズを起こした。崚介もその一人だった。あのままでは命の危険があると判断し、リチャード……崚介を脱出させた。病院は彼が頑なに拒んだから、仕方なく彼の自宅に連れていった。私も少しドラッグの影響が出ていて、崚介と関係を持った」
必死で記憶を探っても、銃撃戦が始まったところで記憶が途切れている。それ以外に思い出せることといったら、泣きながら揺さぶられる沙羅の姿。まだ長い黒髪が白い肌にまとわりつくのがなまめかしかった。妄想だと思っていたのに、あれは実際にあったことだったのか。
脳裏に浮かんだ光景を振り切るように目元を覆った。命の恩人でもある彼女に、崚介はなんてことを。
「……俺が君をレイプしたんだな」
「待って、違う」
「じゃなきゃ君が妊娠なんてするはずないだろ!」
崚介が怒鳴り、沙羅が目を見開く。崚介は感情に任せてまくし立てた。
「君はあのドラッグにも耐えられるだけじゃない。君は家族のために、こんな遠い国で一人危険に飛び込んだ。今は一般人の君が! 君はこんなにも勇敢で正義感が強いのに。捜査官だった君ならなおさら自分から捜査を中断するなんてこと、そんな事態を引き起こすなんてあり得ない! 俺が、俺が君を無理やり」
「やめて!」
沙羅が叫ぶ。崚介ははっと我に返った。黒い瞳が悲しそうに揺れている。
「怜を授かった夜を、そんな風に言わないで」
崚介は二の句がつげなかった。沙羅の娘への愛情を疑ってはいない。けれどこれは別の話だ。崚介は男で、沙羅は女性で。理性的であれば絶対にそんなことはしないが、それでも崚介は、彼女を暴力的に扱えるだけの力を持っている。
「リョウ、サラ。二人で話した方がいいわ。ねえウィル。二人を帰していいわよね?」
ウィルはそれを了承した。了承せざるを得なかったといった方が正しいだろう。もう仕事どころの空気ではなかった。崚介は沙羅に連れられてFBIを出た。
「リョウ。聞きたいことがある。彼女のことだ」
ウィルが難しい顔で言った。彼が示す先には少女の写真が映し出されている。天谷医師がカルテとともに送ってくれた、沙羅の娘の写真。
「やっぱりお前たち、五年前からそういう関係だったのか」
崚介は何を言われたのか分からず、ぽかんとした。ウィルが沙羅にコーヒーを頼んだのに違和感があったが、この話をするために場を外させたのか。
「しらばっくれるな。こんなの、どう見たってお前の娘じゃないか」
「あ?」
崚介は間抜けな声を出した。わざわざ沙羅を外させてまでする話が冗談とは。笑い飛ばそうかと思ったが、ウィルの表情は真剣だった。
「ほら、よく似ている。カレンだってそう思うだろう?」
話を振られたカレンが、気まずそうに崚介を見た。何かを迷う素振りを見せたが、最終的にはぎこちなく頷いた。
「ええ。DNA鑑定しないと確実なことは言えないけど、耳の形が一緒だから間違いないと思うわ」
「耳?」
「耳は遺伝的特徴が出やすい部分のひとつと言われているの」
カレンの言葉に崚介は愕然とした。心臓が早鐘を打つ。一体なんの話をされている。沙羅と関係を持ったのはあの狙撃事件の夜が初めてだったはずだ。五年前はキスすらしたことがないというのに。
だが崚介はずっと彼女に惹かれていた。夢に見るほどに彼女を抱きたかった。ただの思い違いと笑い飛ばすことができない。
「君は……君も、怜が俺の娘だと考えているんだな。いつからだ? 驚かないということは、最初からそう考えていたのか」
カレンは目を伏せた。それは肯定。
「サラにも考えがあるんでしょう。だから言わなかったの。あなたたちがよりを戻したようだったから、もしかして話すのかしらと思っていたんだけど」
崚介は写真を見た。沙羅に似た愛らしい笑顔。だが瞳の色が自分に似ている。鼻の形だって。どうして今まで気付かなかった。
時折フラッシュバックする光景。現実感がなかった。だからただの願望や欲求なのだと思っていた。思いこもうとした。獣じみた己の欲望だけがリアルに思い出せる。
もしあれが夢ではなかったのだとしたら。本当に怜が崚介の娘だというなら。崚介は、沙羅を。
「そんな、まさか……」
その様子を見たウィルもまた驚いたように怒りを収める。
「リョウ。お前、本当に知らなかったのか? その可能性を考えなかったと?」
そのとき、コーヒーを手にした沙羅が戻ってきた。
「お待たせ。みんなブラックでいいかな? 砂糖を取ってくるのを忘れたのに今気づいたんだけど――あれ。なにかあった?」
気まずい空気の立ち込めているのに気づき、沙羅が首を傾げる。
崚介はすぐさま沙羅に詰め寄った。
「五年前、俺たちに何があったんだ」
「え?」
「怜は俺の娘なんだろう?」
沙羅が目を見開く。言葉が出てこないようだった。その様子になけなしの希望も打ち砕かれた。否定しないということは、やはり。
困惑した沙羅はまるで助けを求めるかのようにカレンやウィルを見た。
「その、すまない。君の娘があまりにもリョウに似ているものだから、リョウが知らないと思わなくて」
ウィルが申し訳なさそうに告げる。沙羅は諦めたように視線を下げた。近くのテーブルにコーヒーを置く。
「いや。いずれは、話さなければならないことだったから」
崚介は犯罪者になった気分だった。いや。事実、犯罪者か。
「俺はいつ、君を」
「第三ラボの襲撃があったあの日」
その言葉にすべてが繋がる。確かにあの日の記憶は途切れている。
「現場からあなたを連れ出したのは私だ」
崚介は目を見開いた。あの日、飛散したドラッグを吸い込んだことは覚えている。気づいたときには丸一日近くたっていて、全裸で自宅のベッドに横たわっていた。自分で帰り着いたと思っていたが、まさか沙羅に救い出されていたとは。もし助け出されず現場にいたら、オーバードーズで命を落としていたかもしれない。或いは銃撃戦に巻き込まれて死んでもおかしくなかった。
「第三ラボって、アスモデウスの開発をしてたっていう?」
カレンの問いに沙羅が頷く。
「ああ。薬物が飛散し、多くの人間がそれを吸い込んでオーバードーズを起こした。崚介もその一人だった。あのままでは命の危険があると判断し、リチャード……崚介を脱出させた。病院は彼が頑なに拒んだから、仕方なく彼の自宅に連れていった。私も少しドラッグの影響が出ていて、崚介と関係を持った」
必死で記憶を探っても、銃撃戦が始まったところで記憶が途切れている。それ以外に思い出せることといったら、泣きながら揺さぶられる沙羅の姿。まだ長い黒髪が白い肌にまとわりつくのがなまめかしかった。妄想だと思っていたのに、あれは実際にあったことだったのか。
脳裏に浮かんだ光景を振り切るように目元を覆った。命の恩人でもある彼女に、崚介はなんてことを。
「……俺が君をレイプしたんだな」
「待って、違う」
「じゃなきゃ君が妊娠なんてするはずないだろ!」
崚介が怒鳴り、沙羅が目を見開く。崚介は感情に任せてまくし立てた。
「君はあのドラッグにも耐えられるだけじゃない。君は家族のために、こんな遠い国で一人危険に飛び込んだ。今は一般人の君が! 君はこんなにも勇敢で正義感が強いのに。捜査官だった君ならなおさら自分から捜査を中断するなんてこと、そんな事態を引き起こすなんてあり得ない! 俺が、俺が君を無理やり」
「やめて!」
沙羅が叫ぶ。崚介ははっと我に返った。黒い瞳が悲しそうに揺れている。
「怜を授かった夜を、そんな風に言わないで」
崚介は二の句がつげなかった。沙羅の娘への愛情を疑ってはいない。けれどこれは別の話だ。崚介は男で、沙羅は女性で。理性的であれば絶対にそんなことはしないが、それでも崚介は、彼女を暴力的に扱えるだけの力を持っている。
「リョウ、サラ。二人で話した方がいいわ。ねえウィル。二人を帰していいわよね?」
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