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第4章 声だけカワイイ俺は見えてる侯爵子息に認識される
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翌日。俺は仕事のため、リズとして〈新室〉を訪れた。
すると、到着早々、アルベルトから呼び出しがかかる。
一瞬どきりとしたが、聞けば呼び出しの理由は「本を読んでほしい」といういつもどおりの内容。ほっと胸を撫でおろす。
そうだよな。ちょっと気にし過ぎだ。
たしかに昨日は予想外の出会い方をしてしまったけれど、あの時俺は一切声を出さなかった。俺=リズだとバレるようなヘマはしていない。だから、なんの問題もない。そのはずだ。
気を取り直して、俺はアルベルトの部屋の扉をノックする。
そして、扉を開けて中に入り――固まった。
視線の先には、ソファに横になって寛いでいるアルベルト。
そこまではいい。いつもどおりだ。
だが、そのアルベルトの腹の上に乗っている白いトゲトゲは――
……おまっ、お前、もしかしなくても昨日のハリネズミもどきでは……!?
見るな! こっちを見るな!
必死の願いも虚しく、ハリネズミもどきが俺に気づく。ぴょんとアルベルトの上から飛び降り、嬉しそうに床を跳ねながら俺の元へやってくる。
ぎゃあああ!
「いらっしゃいリズ。……あれ。その子、君に懐いてる?」
「ははは、」
口から乾いた笑いが出た。
アルベルトは、じっとこちらを見つめてくる。
嫌な汗が止まらない。
やめてくれ。この場で魔眼の発動だけは本当に勘弁して。
「えっとー……ど、どうしたんですか、このー……魔物……?」
俺から意識を逸らすため、話題を振ってみると。
「……ん、ちょっとね。僕も戸惑ってるんだけど」
ゆっくり、気だるげに起き上がったアルベルトが、髪をかきあげながらソファの背もたれに身を預ける。
「この〈新室〉って特別な部屋なのか、ここにいると塔の中で明らかな異常が発生した時、なんとなく分かるんだ。それで昨日、異常を感じたから様子を見に行ってみたんだけど、……書庫に、その子がいて。なんの魔物かも分からないし、何よりダンジョンから出て塔の中を歩き回る魔物なんて、僕も初めてで驚いたよ。
……傍にいた青年にすごく懐いてるみたいだったから、彼が使役したのかとも思ったんだけど」
話が自分のことに及んだ瞬間、大きく心臓が跳ねる。
内心はらはらしていると、アルベルトが「でも」と続ける。
「魔力を感じなかったから、彼はテイマーじゃないだろうし。こうしてリズにも懐いてるところを見ると、単に人懐っこい魔物なのかな……とりあえず、しばらく手元において様子を見ようと思う」
これは、俺についてはバレてないってことでいいのか? いいんだよな??
アルベルトは、小さく息を吐いて目を閉じる。
「? お疲れですか?」
「いや……ただ、ちょっと反省して」
「反省」
「相手が宿してる魔力を元に、いつも周囲の人間の位置を把握してるんだけど。魔力を持ってない人も世の中にはいるんだよな。スティビアではほとんどの人間が魔力持ちだから失念してた」
魔眼に頼りすぎるのも考えものだ、と苦笑いするアルベルト。
ああ、それであんなふうに俺とぶつかりそうになったのか……
場所が〈音無しの書庫〉で、相手が魔力ゼロの俺で、おまけにアルベルト本人も魔眼による気配察知にだけ意識を向けていたから。直前まで俺の存在にまったく気づかなかったのだ。
「そうですね。私の生まれた国では、魔力を持たない人の方が多数派でしたよ」
再発を防ぐため、それとなく伝えておく。
実際、この〈標の塔〉には大陸中から人が集まる。昨日の様子を見る限り、本当に男が駄目そうだったし、アルベルトは気をつけた方がいいだろう。
アルベルトが再び息を吐く。
そして、おもむろにソファに横になった。
「……ごめん。魔眼が暴走しかけた影響で、やっぱり少し疲れてる。リズ、本読んでくれない?」
あれは完全な事故で、俺だけが悪いわけではないけれど。なんだか申し訳ない気分になってくる。
「ええ、勿論。……あの、大丈夫ですか? こういう時って、お薬とか、」
「大丈夫。今はこうやって休める場所があるから。ちょっとくらい暴走しても平気」
何か言おうとして――でも、かけるべき言葉が何も見つからず、俺は口を噤む。
常に魔眼が発動し続けていたという数年間、アルベルトはどれだけ大変な生活を送っていたのだろう。
そして、やっとの思いで手に入れた、この大切な安息地。
それを、成り行きとはいえ、俺は勝手に侵しているわけで――
「リズ?」
「っ、すみません。今、準備しますね……!」
軽く首を振って、気持ちを切り替える。
ここで罪悪感を抱いてどうする。そんなことよりも、今はアルベルトのケアが先だ。
アルベルトが、それで少しでも心が休まるというのなら、俺は彼のためにこの声を使おう。
罪滅ぼし、なんて言うにはおこがましいが。実際、それくらいしか俺にできることはないわけだし。
ちらりとアルベルトの横顔を見て、俺は目を伏せる。
願わくば、この仕事を終える最後の瞬間まで、俺の正体がバレませんように――
俺自身のためにも、そしてアルベルトのためにも。
俺は「ちょっと声が気に入っただけの、ただのメイドのリズ」として、一切の後腐れなく、ここを去れたらいい。
すると、到着早々、アルベルトから呼び出しがかかる。
一瞬どきりとしたが、聞けば呼び出しの理由は「本を読んでほしい」といういつもどおりの内容。ほっと胸を撫でおろす。
そうだよな。ちょっと気にし過ぎだ。
たしかに昨日は予想外の出会い方をしてしまったけれど、あの時俺は一切声を出さなかった。俺=リズだとバレるようなヘマはしていない。だから、なんの問題もない。そのはずだ。
気を取り直して、俺はアルベルトの部屋の扉をノックする。
そして、扉を開けて中に入り――固まった。
視線の先には、ソファに横になって寛いでいるアルベルト。
そこまではいい。いつもどおりだ。
だが、そのアルベルトの腹の上に乗っている白いトゲトゲは――
……おまっ、お前、もしかしなくても昨日のハリネズミもどきでは……!?
見るな! こっちを見るな!
必死の願いも虚しく、ハリネズミもどきが俺に気づく。ぴょんとアルベルトの上から飛び降り、嬉しそうに床を跳ねながら俺の元へやってくる。
ぎゃあああ!
「いらっしゃいリズ。……あれ。その子、君に懐いてる?」
「ははは、」
口から乾いた笑いが出た。
アルベルトは、じっとこちらを見つめてくる。
嫌な汗が止まらない。
やめてくれ。この場で魔眼の発動だけは本当に勘弁して。
「えっとー……ど、どうしたんですか、このー……魔物……?」
俺から意識を逸らすため、話題を振ってみると。
「……ん、ちょっとね。僕も戸惑ってるんだけど」
ゆっくり、気だるげに起き上がったアルベルトが、髪をかきあげながらソファの背もたれに身を預ける。
「この〈新室〉って特別な部屋なのか、ここにいると塔の中で明らかな異常が発生した時、なんとなく分かるんだ。それで昨日、異常を感じたから様子を見に行ってみたんだけど、……書庫に、その子がいて。なんの魔物かも分からないし、何よりダンジョンから出て塔の中を歩き回る魔物なんて、僕も初めてで驚いたよ。
……傍にいた青年にすごく懐いてるみたいだったから、彼が使役したのかとも思ったんだけど」
話が自分のことに及んだ瞬間、大きく心臓が跳ねる。
内心はらはらしていると、アルベルトが「でも」と続ける。
「魔力を感じなかったから、彼はテイマーじゃないだろうし。こうしてリズにも懐いてるところを見ると、単に人懐っこい魔物なのかな……とりあえず、しばらく手元において様子を見ようと思う」
これは、俺についてはバレてないってことでいいのか? いいんだよな??
アルベルトは、小さく息を吐いて目を閉じる。
「? お疲れですか?」
「いや……ただ、ちょっと反省して」
「反省」
「相手が宿してる魔力を元に、いつも周囲の人間の位置を把握してるんだけど。魔力を持ってない人も世の中にはいるんだよな。スティビアではほとんどの人間が魔力持ちだから失念してた」
魔眼に頼りすぎるのも考えものだ、と苦笑いするアルベルト。
ああ、それであんなふうに俺とぶつかりそうになったのか……
場所が〈音無しの書庫〉で、相手が魔力ゼロの俺で、おまけにアルベルト本人も魔眼による気配察知にだけ意識を向けていたから。直前まで俺の存在にまったく気づかなかったのだ。
「そうですね。私の生まれた国では、魔力を持たない人の方が多数派でしたよ」
再発を防ぐため、それとなく伝えておく。
実際、この〈標の塔〉には大陸中から人が集まる。昨日の様子を見る限り、本当に男が駄目そうだったし、アルベルトは気をつけた方がいいだろう。
アルベルトが再び息を吐く。
そして、おもむろにソファに横になった。
「……ごめん。魔眼が暴走しかけた影響で、やっぱり少し疲れてる。リズ、本読んでくれない?」
あれは完全な事故で、俺だけが悪いわけではないけれど。なんだか申し訳ない気分になってくる。
「ええ、勿論。……あの、大丈夫ですか? こういう時って、お薬とか、」
「大丈夫。今はこうやって休める場所があるから。ちょっとくらい暴走しても平気」
何か言おうとして――でも、かけるべき言葉が何も見つからず、俺は口を噤む。
常に魔眼が発動し続けていたという数年間、アルベルトはどれだけ大変な生活を送っていたのだろう。
そして、やっとの思いで手に入れた、この大切な安息地。
それを、成り行きとはいえ、俺は勝手に侵しているわけで――
「リズ?」
「っ、すみません。今、準備しますね……!」
軽く首を振って、気持ちを切り替える。
ここで罪悪感を抱いてどうする。そんなことよりも、今はアルベルトのケアが先だ。
アルベルトが、それで少しでも心が休まるというのなら、俺は彼のためにこの声を使おう。
罪滅ぼし、なんて言うにはおこがましいが。実際、それくらいしか俺にできることはないわけだし。
ちらりとアルベルトの横顔を見て、俺は目を伏せる。
願わくば、この仕事を終える最後の瞬間まで、俺の正体がバレませんように――
俺自身のためにも、そしてアルベルトのためにも。
俺は「ちょっと声が気に入っただけの、ただのメイドのリズ」として、一切の後腐れなく、ここを去れたらいい。
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