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紅い口紅ー1
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今日も暑い。このまま溶けてしまいそうだ。クーラーは付いているが、涼しく感じない。ベッドに横たわったまま、ぼーっとしながら思う。後のこいつが居なければ、もっと涼しいだろうに。
スマホを開くと、新しいメッセージが飛び込んできた。どうやら、新しい遊び相手が今日も出来たらしい。ニヤけるのを抑えながら返信していると、後ろで何やら音がした。振り返ると、さっきまで寝ていたはずの女がじっとこっちを見つめてくる。
「何してるの? 海くん」
「ん? いや、何でも無いよ」
微笑んでやると、何を勘違いしたのかまたこっちにすり寄ってきた。
『うぜぇ』思うことはそれ位だった。他に思うとしたら、『こいつは暑くねぇのか』とか、『こいつの名前なんだっけな』だった。
いくら思い出そうとしても浮かんでこない。昨日は呑み過ぎたからな。なんて言ってたっけか。
「ごめんね。俺、仕事があるからこの後直ぐに行かなくちゃ」
名前が思い出せないから、このままの雰囲気で乗り越えるしかない。
「え? もう……じゃあ、また連絡してね?」
待ってるから。と俯いて話す女に嫌気が差す。
「……うん。ありがとう、じゃあ……またね」
寂しそうな、名残惜しそうな表情を作りベッドから出て、着替えて部屋を後にする。着替えてるときも、女はずっとこっちを見続けていた。『変態かよ』なんて思いながらも、時々目を合わせて微笑めば女も明るい笑顔を見せた。そのまま部屋を出ていくときまで女はずっと見続けていた。まあ、別に俺としては何とも思わないが。
泊まっていたホテルから一歩外に出れば、暑い日差しが降り注ぐ。
運が良いことに、今日の遊び相手とは夜に会うことになっている。それまで一回家に帰って、シャワーでも浴びて、着替えて来ようか。今日会う子は、俺のタイプの子でかなり美人な子だ。女と会うのに浮ついた気分でいるのは、大分久しぶりだ。
「そういえば……」
今日のあの女、菜月って言ってたっけ。今更思い出しても仕方ないことなんだけど。取り敢えず、今はこれから会う子について考えなくては。今日は、今までで一番楽しい日なのかもしれない。
ニヤつく顔を手で隠し、『今日は何を着ていこうか』と考えながら少し早歩きで家に向かった。
◆
「あっちぃー……央人さん、俺達にアイス持ってきて」
住宅街の中にあるこぢんまりとしたカフェ、Artemis。そこに今日は、二人の客が来ていた。ドアにはCLOSEという看板が掛かっているが、用事がある為やむを得ず開けている。本来であれば(というか、こいつがちゃんとしてれば)久しぶりに家に籠もって優雅に過ごすはずだったのに。少し恨みを込めてその問題の男、橋本雅を見るが、こっちを見ようともせず呑気に「アイス食いてー」と呟いている。それを見ると阿呆らしく思えてきてた。
「はいはい、アイスね。分かりましたよ……光琉君、何味が良いかな?」
今日来ていたもう一人の客に聞く。橋本光琉、雅の実の弟だ。
「え? えっと……ぼく……なんでも食べられます」
「光琉、わがまま言って良いんだぞ? 好きなの食べな。あっ、どうせだったらパフェみたいにしてもらおうか!」
『おいおい……』心の中で思う。好き勝手言うのは良いけど、作るのは俺なんだからな。でも、まだ幼い光琉君の為なら構わない。この子は将来苦労するかもしれないから、少しでも幸せな記憶を多くしてあげたい。
「光琉君、パフェ食べたくない? 作ってあげるよ?」
そうすると、目をキラキラさせ始めた子供が二人。可笑しいな。子供は一人しか居なかったはずだが。
「光琉! 良かったな、作ってくれるって!」
「うん! ひろとさん、ありがとうございます!」
「……良いんだよ、ちょっと待っててね」
久し振りに、子供にお礼を言われた。少し小恥ずかしいが、やっぱり子供は好きだ。この純粋さを守り続けたい。俺みたいなのが言えることじゃないかもしれないけど。
少し頭を撫でれば、こういった経験が兄以外にないのか、吃驚した顔をしたがそのまま撫でさせてくれた。隣りに座ってる兄は、羨ましそうな顔をしているが。
「ちょっと央人さん?」
「よし、作るか!」
そのまま、気づかないふりをしてキッチンへ進む。
今日は、仕入れたばかりのスイカとメロンを使って作ったシャーベットとゼリーのパフェを作ろうと、意気込んで冷蔵庫を開ける。そうすると、兄弟の微笑ましい会話が聞こえてきた。
「光琉、オムライスは美味しかった?」
「うん、卵がふわふわで美味しかった……!」
「ふーん、そっか……お兄ちゃんのオムライスは?」
「え? えっと、えっと……ぼくは、お兄ちゃんのオムライスが好き。でも、ひろとさんのオムライスもおいしかったから……うーん、選べないよ」
「そっかそっか、お兄ちゃんのオムライスが好きか! オムライス好きだもんな、光琉は……また何時でも作ってやるからな! 食べたい物は何でも言って良いんだぞ? お兄ちゃんが作ってあげるし、央人さんのとこにも何時でも来よう! 央人さんも喜ぶし……」
「光琉君は何時来ても嬉しいけど、お前はやることやってしっかりしてから来いよ。お前が来る時、俺は大抵悲しい気分になるから」
「ちょっ、央人さんそんな事言わないでくださいよ……」
サッと作り終えたパフェを運びながら言う。今日は水色と透明のグラデーションカラーのパフェ用グラスを選んだ。夏らしくて爽やかな色合いに惚れて買った物だ。グラスの半分ぐらいまで、メロンとスイカのゼリーを入れ、その上にシャーベットを載せる。腹を壊すと困るから1種類だけだが、もし食べたければ2人でシェアしてもらえばいいと考えた上での判断だった。そしたら、メロンとスイカの果肉をくり抜いたものを1つずつ載せ、生クリームを絞って完成させた。面白みの欠片もないが、味は美味いはずだ。雅の言う事を無視して2人の前にパフェを置くと、また2人の目が輝きだした。
「おいしそう!」
「ヤバ! 美味そうだし綺麗!」
光琉君は、軽く口を開けたまま目を輝かせているが、雅は「映えそう!」と言いながら写真を撮り続けている。『女子かよ』とツッコみそうになるのを少し抑える。
「アイス溶けるから食べろよー」
「あ、そっか、じゃあ光琉! 食べようか」
「うん! いただきます!」
「いただきまーす」
2人が同時にシャーベットを口に運んだ。その数秒後、「「おいしい!」」と言う言葉が揃って出てきた。
今回のシャーベットとゼリーは自分でも満足のいく出来だった。それが評価されると凄く嬉しい。が、このままずっとこの様子を見続ける訳にはいかない。本題に入らなくては。
「雅、食べてるとこ悪いがちょっと話があるんだ」
「はいはーい。光琉、すぐ戻ってくるから食べて待ってて?」
「うん」
このカフェは2階まである。今のところ2階は央人の仕事場になってるが。
2階は仕事で使うパソコンが数台置いてある。何台かは開きっぱなしになってあるが。2階は1階に比べて、大分涼しい。
「今回の仕事は……」
「光琉ー! 大丈夫かー?」
「……大丈夫!」
「おい! 話聞け!」
「分かってるし……」
溜息が静かに溶け込む。確かに心配になるのは分かる。雅にとっては唯一の家族だ。職業が「殺し屋」なだけに、少しでも傍を離れると心配なんだろう。
「今回の依頼者は、数十人居る」
「は? そんなに? そしたらその数十人から絞ればいいか」
「いや、今回はそうはいかない。面白いことに、依頼者は皆女。尚且、男を殺してほしいと頼んできた。それも皆同じ男を」
「はあ?」
雅は思いっきり顔をしかめる。
俺も話を聞いた時は驚いた。ただ、それだけ殺してほしいと何回も色んな人から依頼されたら、どれ程の男なのか。興味が湧いてきた。きっと雅も同じことを思うだろう。
「どんな事したんだよその男は……そんないい男なのか?」
「写真を見たが、中々顔は整ってた。依頼者達も美人だったな。男は相当な面食いだったんだろう」
「はぁ!? 美人なお姉様方を誑かしてたのか! 許せねえ」
「何時もその調子で仕事してくれればなぁ……」
「央人さん写真! その男の写真はねぇのか?」
「うん? 嗚呼、さっきメールで送っといたよ。詳しい日時と場所も」
少し苛つきながらスマホを開く雅を見つめる。少しすると、しかめっ面から無表情になり、少し顔が引きつってきた。見ていて飽きない程、雅は面白い。
「……おぉ、け、結構イケメンじゃねぇか……」
「だろ? 見た時俺も驚いた。それで、今回この男に近付くのに、こういう作戦を思いついたんだ。それが…………」
耳元に近づいて話す。最初は黙って大人しく聞いていた雅だが、途中から殺気で満ち溢れてきたのが分かる。『相当怒ってるな』と思いながらも、ここで引く訳にはいかない。仕事をしてもらわないとこっちも困る。
「……それを、俺がやれって……? 冗談きついぜ? 央人さん」
目が笑っていない。それに何時もより声のトーンが低い。寒気がしてきた。きっとこれは、冷房が効きすぎてる訳では無いだろう。
「仕事なんだ……分かってくれないか……」
「いや、分かりたいけど……上手くいかないときもあるんだよ? 央人さん。俺今回この仕事パスしてもいいかな?」
「お前しか適任がいないんだよ」
「はあ!? 居るだろ、ひとりや二人ぐらい! 俺はやらねぇ!」
「……はぁ……今回は報酬を2倍に……いや、5倍にしてやる。これでどうだ?」
「うっ……い、いや、それだけじゃ俺は引き受けないぞ」
目線が左右に揺れた。少し揺らいだな。あと、もうひと押ぐらいだろうか。
「お前、光琉に贅沢させてあげたいって言ってただろ。報酬はほぼ貯金に回してるから、普段はあまり好きなようにさせてあげられないって。5倍になれば、好きなようにさせてあげられるんじゃないか? 貯金も、もうそろそろ貯まってきたって言ってたし」
「た、確かに……分かったよ。引き受ける」
大抵、雅は光琉君の話題を出せばコロッと考えを変える。卑怯かもしれないが、まぁ良いだろう。
「じゃあ、よろしく。ありがとな」
「はいはい……はぁ……光琉抱きしめて癒やされよ……」
何時も堂々と歩いている雅がこんなに肩を落として歩いてるのは珍しい。相当嫌だったんだろう。
そんな雅の肩を叩いて、「頑張れ」と少し笑いながら言う。そうすると雅は、「笑うんだったら央人さんがやれよお!」と涙目になりながら叫ぶ。そして、それを見ておどおどしながら「お兄ちゃん!」と駆け寄る光琉君。それを一歩後から眺める俺。柄でもないが、『こんな瞬間が永遠に続けば』なんて考えてしまった。
スマホを開くと、新しいメッセージが飛び込んできた。どうやら、新しい遊び相手が今日も出来たらしい。ニヤけるのを抑えながら返信していると、後ろで何やら音がした。振り返ると、さっきまで寝ていたはずの女がじっとこっちを見つめてくる。
「何してるの? 海くん」
「ん? いや、何でも無いよ」
微笑んでやると、何を勘違いしたのかまたこっちにすり寄ってきた。
『うぜぇ』思うことはそれ位だった。他に思うとしたら、『こいつは暑くねぇのか』とか、『こいつの名前なんだっけな』だった。
いくら思い出そうとしても浮かんでこない。昨日は呑み過ぎたからな。なんて言ってたっけか。
「ごめんね。俺、仕事があるからこの後直ぐに行かなくちゃ」
名前が思い出せないから、このままの雰囲気で乗り越えるしかない。
「え? もう……じゃあ、また連絡してね?」
待ってるから。と俯いて話す女に嫌気が差す。
「……うん。ありがとう、じゃあ……またね」
寂しそうな、名残惜しそうな表情を作りベッドから出て、着替えて部屋を後にする。着替えてるときも、女はずっとこっちを見続けていた。『変態かよ』なんて思いながらも、時々目を合わせて微笑めば女も明るい笑顔を見せた。そのまま部屋を出ていくときまで女はずっと見続けていた。まあ、別に俺としては何とも思わないが。
泊まっていたホテルから一歩外に出れば、暑い日差しが降り注ぐ。
運が良いことに、今日の遊び相手とは夜に会うことになっている。それまで一回家に帰って、シャワーでも浴びて、着替えて来ようか。今日会う子は、俺のタイプの子でかなり美人な子だ。女と会うのに浮ついた気分でいるのは、大分久しぶりだ。
「そういえば……」
今日のあの女、菜月って言ってたっけ。今更思い出しても仕方ないことなんだけど。取り敢えず、今はこれから会う子について考えなくては。今日は、今までで一番楽しい日なのかもしれない。
ニヤつく顔を手で隠し、『今日は何を着ていこうか』と考えながら少し早歩きで家に向かった。
◆
「あっちぃー……央人さん、俺達にアイス持ってきて」
住宅街の中にあるこぢんまりとしたカフェ、Artemis。そこに今日は、二人の客が来ていた。ドアにはCLOSEという看板が掛かっているが、用事がある為やむを得ず開けている。本来であれば(というか、こいつがちゃんとしてれば)久しぶりに家に籠もって優雅に過ごすはずだったのに。少し恨みを込めてその問題の男、橋本雅を見るが、こっちを見ようともせず呑気に「アイス食いてー」と呟いている。それを見ると阿呆らしく思えてきてた。
「はいはい、アイスね。分かりましたよ……光琉君、何味が良いかな?」
今日来ていたもう一人の客に聞く。橋本光琉、雅の実の弟だ。
「え? えっと……ぼく……なんでも食べられます」
「光琉、わがまま言って良いんだぞ? 好きなの食べな。あっ、どうせだったらパフェみたいにしてもらおうか!」
『おいおい……』心の中で思う。好き勝手言うのは良いけど、作るのは俺なんだからな。でも、まだ幼い光琉君の為なら構わない。この子は将来苦労するかもしれないから、少しでも幸せな記憶を多くしてあげたい。
「光琉君、パフェ食べたくない? 作ってあげるよ?」
そうすると、目をキラキラさせ始めた子供が二人。可笑しいな。子供は一人しか居なかったはずだが。
「光琉! 良かったな、作ってくれるって!」
「うん! ひろとさん、ありがとうございます!」
「……良いんだよ、ちょっと待っててね」
久し振りに、子供にお礼を言われた。少し小恥ずかしいが、やっぱり子供は好きだ。この純粋さを守り続けたい。俺みたいなのが言えることじゃないかもしれないけど。
少し頭を撫でれば、こういった経験が兄以外にないのか、吃驚した顔をしたがそのまま撫でさせてくれた。隣りに座ってる兄は、羨ましそうな顔をしているが。
「ちょっと央人さん?」
「よし、作るか!」
そのまま、気づかないふりをしてキッチンへ進む。
今日は、仕入れたばかりのスイカとメロンを使って作ったシャーベットとゼリーのパフェを作ろうと、意気込んで冷蔵庫を開ける。そうすると、兄弟の微笑ましい会話が聞こえてきた。
「光琉、オムライスは美味しかった?」
「うん、卵がふわふわで美味しかった……!」
「ふーん、そっか……お兄ちゃんのオムライスは?」
「え? えっと、えっと……ぼくは、お兄ちゃんのオムライスが好き。でも、ひろとさんのオムライスもおいしかったから……うーん、選べないよ」
「そっかそっか、お兄ちゃんのオムライスが好きか! オムライス好きだもんな、光琉は……また何時でも作ってやるからな! 食べたい物は何でも言って良いんだぞ? お兄ちゃんが作ってあげるし、央人さんのとこにも何時でも来よう! 央人さんも喜ぶし……」
「光琉君は何時来ても嬉しいけど、お前はやることやってしっかりしてから来いよ。お前が来る時、俺は大抵悲しい気分になるから」
「ちょっ、央人さんそんな事言わないでくださいよ……」
サッと作り終えたパフェを運びながら言う。今日は水色と透明のグラデーションカラーのパフェ用グラスを選んだ。夏らしくて爽やかな色合いに惚れて買った物だ。グラスの半分ぐらいまで、メロンとスイカのゼリーを入れ、その上にシャーベットを載せる。腹を壊すと困るから1種類だけだが、もし食べたければ2人でシェアしてもらえばいいと考えた上での判断だった。そしたら、メロンとスイカの果肉をくり抜いたものを1つずつ載せ、生クリームを絞って完成させた。面白みの欠片もないが、味は美味いはずだ。雅の言う事を無視して2人の前にパフェを置くと、また2人の目が輝きだした。
「おいしそう!」
「ヤバ! 美味そうだし綺麗!」
光琉君は、軽く口を開けたまま目を輝かせているが、雅は「映えそう!」と言いながら写真を撮り続けている。『女子かよ』とツッコみそうになるのを少し抑える。
「アイス溶けるから食べろよー」
「あ、そっか、じゃあ光琉! 食べようか」
「うん! いただきます!」
「いただきまーす」
2人が同時にシャーベットを口に運んだ。その数秒後、「「おいしい!」」と言う言葉が揃って出てきた。
今回のシャーベットとゼリーは自分でも満足のいく出来だった。それが評価されると凄く嬉しい。が、このままずっとこの様子を見続ける訳にはいかない。本題に入らなくては。
「雅、食べてるとこ悪いがちょっと話があるんだ」
「はいはーい。光琉、すぐ戻ってくるから食べて待ってて?」
「うん」
このカフェは2階まである。今のところ2階は央人の仕事場になってるが。
2階は仕事で使うパソコンが数台置いてある。何台かは開きっぱなしになってあるが。2階は1階に比べて、大分涼しい。
「今回の仕事は……」
「光琉ー! 大丈夫かー?」
「……大丈夫!」
「おい! 話聞け!」
「分かってるし……」
溜息が静かに溶け込む。確かに心配になるのは分かる。雅にとっては唯一の家族だ。職業が「殺し屋」なだけに、少しでも傍を離れると心配なんだろう。
「今回の依頼者は、数十人居る」
「は? そんなに? そしたらその数十人から絞ればいいか」
「いや、今回はそうはいかない。面白いことに、依頼者は皆女。尚且、男を殺してほしいと頼んできた。それも皆同じ男を」
「はあ?」
雅は思いっきり顔をしかめる。
俺も話を聞いた時は驚いた。ただ、それだけ殺してほしいと何回も色んな人から依頼されたら、どれ程の男なのか。興味が湧いてきた。きっと雅も同じことを思うだろう。
「どんな事したんだよその男は……そんないい男なのか?」
「写真を見たが、中々顔は整ってた。依頼者達も美人だったな。男は相当な面食いだったんだろう」
「はぁ!? 美人なお姉様方を誑かしてたのか! 許せねえ」
「何時もその調子で仕事してくれればなぁ……」
「央人さん写真! その男の写真はねぇのか?」
「うん? 嗚呼、さっきメールで送っといたよ。詳しい日時と場所も」
少し苛つきながらスマホを開く雅を見つめる。少しすると、しかめっ面から無表情になり、少し顔が引きつってきた。見ていて飽きない程、雅は面白い。
「……おぉ、け、結構イケメンじゃねぇか……」
「だろ? 見た時俺も驚いた。それで、今回この男に近付くのに、こういう作戦を思いついたんだ。それが…………」
耳元に近づいて話す。最初は黙って大人しく聞いていた雅だが、途中から殺気で満ち溢れてきたのが分かる。『相当怒ってるな』と思いながらも、ここで引く訳にはいかない。仕事をしてもらわないとこっちも困る。
「……それを、俺がやれって……? 冗談きついぜ? 央人さん」
目が笑っていない。それに何時もより声のトーンが低い。寒気がしてきた。きっとこれは、冷房が効きすぎてる訳では無いだろう。
「仕事なんだ……分かってくれないか……」
「いや、分かりたいけど……上手くいかないときもあるんだよ? 央人さん。俺今回この仕事パスしてもいいかな?」
「お前しか適任がいないんだよ」
「はあ!? 居るだろ、ひとりや二人ぐらい! 俺はやらねぇ!」
「……はぁ……今回は報酬を2倍に……いや、5倍にしてやる。これでどうだ?」
「うっ……い、いや、それだけじゃ俺は引き受けないぞ」
目線が左右に揺れた。少し揺らいだな。あと、もうひと押ぐらいだろうか。
「お前、光琉に贅沢させてあげたいって言ってただろ。報酬はほぼ貯金に回してるから、普段はあまり好きなようにさせてあげられないって。5倍になれば、好きなようにさせてあげられるんじゃないか? 貯金も、もうそろそろ貯まってきたって言ってたし」
「た、確かに……分かったよ。引き受ける」
大抵、雅は光琉君の話題を出せばコロッと考えを変える。卑怯かもしれないが、まぁ良いだろう。
「じゃあ、よろしく。ありがとな」
「はいはい……はぁ……光琉抱きしめて癒やされよ……」
何時も堂々と歩いている雅がこんなに肩を落として歩いてるのは珍しい。相当嫌だったんだろう。
そんな雅の肩を叩いて、「頑張れ」と少し笑いながら言う。そうすると雅は、「笑うんだったら央人さんがやれよお!」と涙目になりながら叫ぶ。そして、それを見ておどおどしながら「お兄ちゃん!」と駆け寄る光琉君。それを一歩後から眺める俺。柄でもないが、『こんな瞬間が永遠に続けば』なんて考えてしまった。
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