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もう花束も届けられないけど
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花言葉、という存在を知ったのは君がいたからだと思う。君がいなかったら、花になんて僕は興味も持たなかっただろう。
「お兄さん、なにかお探しで?」
古びた駅前の商店街。シャッターの多いこの通りで営業している店は、もう片手の指の本数にも足りない。そんな数少ない店の一つが、この花屋だ。
「あ、えっと」
「ええのよ。ゆっくり見ていき」
口ごもってしまう僕に対して、店番をしていたおばあさんはニコニコと目を細める。そして、よいしょ、と椅子に座り直すのだった。
一通り店の中を見て、店番のおばあさんを呼ぼうと大きくひとつ深呼吸をした。甘い香りが、肺に満たされていく。甘い香りと言っても、電車の中で嗅ぐ香水みたいな臭いではない。優しくて、柔らかくて。
君が笑った時みたいだ。
眩しいほどの君を瞼の裏に浮かべてしまうが、ギュッと目を閉じてその幻を消した。目を何度かしぱしぱと瞬きさせ、何も無いただの現実に戻ったことを確認する。
「すみません。この、ひまわりで花束をお願いします」
「他に入れる花はありますかね」
「いえ、ひまわりだけでお願いしたいのですが。あの、出来ますか?」
かまわんよ、とだけ言うと、おばあさんは慣れた手つきでひまわりをひとまとめにした。ひまわりと同じ色をした、薄い不織布で周りをぐるりと包むと、さらにその上からフラワーラップをかける。
「リボンの色、何色がいいですかね?」
「じゃあ、水色で」
「水色だとね、この辺があるんだけどどっちがいいですかね」
出されたのはツルツルした無地サテンのリボンと、水色と白のギンガムチェックのリボン。君の筆箱についていたリボンと同じ、ギンガムチェックのリボン。汚れる前の、ギンガムチェックのリボン。
「こっちで」
そう指さす僕の手は、少し震えていた。
お代を払って、花束を受け取る。店を出たら右手に三百メートル。線路沿いに戻って、山の方へ歩いていく。西に傾き始めた太陽は眩しくて、下を向きながらでないと歩けない。自分の影を踏みしめて、僕は前に進んでいく。
君に初めて会ったのは、五年前。高校一年生の時だった。ただ、その時に話したことはない。君はいつもクラスの中心にいて、僕はいつもクラスの端っこにいたから。
眩しいと思っていた。
羨ましいと思ったこともある。
でも僕みたいな陰キャが君みたいな陽キャに思うことなんて、だいたいそういうことだろう。ホームルームになれば担任に気さくに話しかけ、行事が近づけば張り切って役割以上に盛り上がって準備する。
そんな君の姿は眩しくて、そして少し羨ましかった。
僕には何も出来ないから。
窓から三番目、前から二番目の君が特別だっただなんて、その時の僕は思ってもいなかったんだ。ただ、眩しい君を目で追いかけていた。
僕には何も出来ないから。
二年生に進級しても、僕と君は同じクラスだった。席替えでたまたま前後になったこともあった。でも、一度も目を合わせることが出来なかった。プリントをまわす時でさえ、僕は君と目を合わせることが出来なかった。
プリントの枚数をサッと数え後ろに四人もいるのに、足りないと気づくと直ぐに立ち上がって取りに行く。そんな君だった。
地毛が茶髪な上、天然パーマだから先生に何度も怒られている。そんな君だった。
小さなギンガムチェックのリボンがついた白い筆箱。ひまわりのついた手帳型スマホケース。スクールバッグには遊園地のマスコットキャラクターのキーホルダー。
僕にはギンガムチェックもマスコットキャラクターの名前すらも、知らないことだった。君が楽しそうに誰かと話しているのを、後ろの席からそっと聞いていた。影に隠れるように、黙って聞いていた。
「あたし、ひまわりも好きでさ」
知ってる。そのスマホケース、実は四年目なんでしょ。
「花言葉もいいんだよね」
花言葉って、何?
「私はあなただけを見つめるって、なんかエモいじゃん?」
他にも憧れってのもあるんだね。
「ロマンチストじゃないけどさぁ。ほら、あるじゃん、そーゆーのって」
わからなくは、ないかな。
「花言葉って面白いからさ」
なんでそんなに知ってるの?
「ばーちゃんが花屋しててさ。あ、もう店は畳んじゃったんだよ。んで、あたしも小さい時はお手伝いしてたってわけ」
君が花屋さんに立つの、とっても似合うと思うな。
会話にならない会話。聞きたいことは直接聞けなくても、他の人との会話から答えは聞けた。それで十分だった。
僕には何も出来ないから。
君の好きなものが知れた。君が知っている物が知れた。君が思っていることが知れた。
それで十分だった。
状況が変わったのは、二学期の後半、修学旅行から帰ってきてすぐの事だった。
君の机の周りは今まで友達がよく来ていたのに、誰も来なくなっていた。君が休み時間にどこかへ行くことが増えた。君が笑わない日が増えた。
朝来たら机が汚れていることがあった。君の服が汚れていることがあった。白い筆箱が汚れていることがあった。
でも君はずっと変わらず君だった。
眩しいままの君だった。
僕はずっと、何も出来ないでいた。
でもある日、君は学校に来なくなった。席替えをして遠くなった君の席が、ぽっかりと空いているのを授業中もずっと見てしまっていた。
そして君は橋から落ちて亡くなったらしい。
らしい、というのは僕はその現場を見ていないからだ。担任から話を聞いて、みんなで黙祷した。クラス委員か誰かが汚れていた君の机に花を飾っていた。
僕はずっと、何も出来ないままだった。何一つ、出来なかった。
だから今日、君が亡くなった日と同じ日に、この道を歩いている。君が亡くなったと言われている橋へ、歩いている。
強い西日に晒されて、ひまわりが少しだけ下を向いたような気がする。坂道を歩き続けたから、少し膝が痛いような気がする。
頬を伝った汗がぽたり、と、アスファルトの色を変えた。
スマホに表示させた地図アプリの指示に従い、左折。そのまま山の中へと入っていく。今にも虫が飛んできそうな青臭さが溢れているが、ここは我慢だ。
「本当にあってるのかよ」
悪態のひとつも着きたくなるものだ。二十歳がくると老化を感じる、と噂を聞いたことがある。もっと早くに来ていたら、少しは違ったのだろうか。
そう考えながらも、今日行こうと思い立った自分を少し恨めしくも思う。
ざざぁと風が吹き、木々を揺らす。遠くでさわさわと水が流れる音がする。
地図アプリで現在地を確認すると、目的地はもうすぐそこだったらしいことに安堵する。ポケットにスマホをしまい、花束を握りしめた。
「たっか……」
橋の上について最初に出た言葉は、それだった。
予想の三倍は高い。足がすくむ。
でも君はここから飛び降りたのだろう。この高いところから。
僕は何も出来なかった。
何も。何ひとつも。
僕は何も伝えられなかった。
何も。何ひとつも。
ひまわり七本の花束をぎゅっと握りしめる。
もう君には届かないけれど。こんな行為は無駄かもしれないけれど。
「えいっ」
おおきく振りかぶって、花束を投げる。綺麗な放物線を描いて、花束は川の中に落ちる。水音は遠く、耳には届かない。
さよなら、僕の眩しい君。
さよなら、何も出来なかった僕。
さよなら、僕の気持ち。
「お兄さん、なにかお探しで?」
古びた駅前の商店街。シャッターの多いこの通りで営業している店は、もう片手の指の本数にも足りない。そんな数少ない店の一つが、この花屋だ。
「あ、えっと」
「ええのよ。ゆっくり見ていき」
口ごもってしまう僕に対して、店番をしていたおばあさんはニコニコと目を細める。そして、よいしょ、と椅子に座り直すのだった。
一通り店の中を見て、店番のおばあさんを呼ぼうと大きくひとつ深呼吸をした。甘い香りが、肺に満たされていく。甘い香りと言っても、電車の中で嗅ぐ香水みたいな臭いではない。優しくて、柔らかくて。
君が笑った時みたいだ。
眩しいほどの君を瞼の裏に浮かべてしまうが、ギュッと目を閉じてその幻を消した。目を何度かしぱしぱと瞬きさせ、何も無いただの現実に戻ったことを確認する。
「すみません。この、ひまわりで花束をお願いします」
「他に入れる花はありますかね」
「いえ、ひまわりだけでお願いしたいのですが。あの、出来ますか?」
かまわんよ、とだけ言うと、おばあさんは慣れた手つきでひまわりをひとまとめにした。ひまわりと同じ色をした、薄い不織布で周りをぐるりと包むと、さらにその上からフラワーラップをかける。
「リボンの色、何色がいいですかね?」
「じゃあ、水色で」
「水色だとね、この辺があるんだけどどっちがいいですかね」
出されたのはツルツルした無地サテンのリボンと、水色と白のギンガムチェックのリボン。君の筆箱についていたリボンと同じ、ギンガムチェックのリボン。汚れる前の、ギンガムチェックのリボン。
「こっちで」
そう指さす僕の手は、少し震えていた。
お代を払って、花束を受け取る。店を出たら右手に三百メートル。線路沿いに戻って、山の方へ歩いていく。西に傾き始めた太陽は眩しくて、下を向きながらでないと歩けない。自分の影を踏みしめて、僕は前に進んでいく。
君に初めて会ったのは、五年前。高校一年生の時だった。ただ、その時に話したことはない。君はいつもクラスの中心にいて、僕はいつもクラスの端っこにいたから。
眩しいと思っていた。
羨ましいと思ったこともある。
でも僕みたいな陰キャが君みたいな陽キャに思うことなんて、だいたいそういうことだろう。ホームルームになれば担任に気さくに話しかけ、行事が近づけば張り切って役割以上に盛り上がって準備する。
そんな君の姿は眩しくて、そして少し羨ましかった。
僕には何も出来ないから。
窓から三番目、前から二番目の君が特別だっただなんて、その時の僕は思ってもいなかったんだ。ただ、眩しい君を目で追いかけていた。
僕には何も出来ないから。
二年生に進級しても、僕と君は同じクラスだった。席替えでたまたま前後になったこともあった。でも、一度も目を合わせることが出来なかった。プリントをまわす時でさえ、僕は君と目を合わせることが出来なかった。
プリントの枚数をサッと数え後ろに四人もいるのに、足りないと気づくと直ぐに立ち上がって取りに行く。そんな君だった。
地毛が茶髪な上、天然パーマだから先生に何度も怒られている。そんな君だった。
小さなギンガムチェックのリボンがついた白い筆箱。ひまわりのついた手帳型スマホケース。スクールバッグには遊園地のマスコットキャラクターのキーホルダー。
僕にはギンガムチェックもマスコットキャラクターの名前すらも、知らないことだった。君が楽しそうに誰かと話しているのを、後ろの席からそっと聞いていた。影に隠れるように、黙って聞いていた。
「あたし、ひまわりも好きでさ」
知ってる。そのスマホケース、実は四年目なんでしょ。
「花言葉もいいんだよね」
花言葉って、何?
「私はあなただけを見つめるって、なんかエモいじゃん?」
他にも憧れってのもあるんだね。
「ロマンチストじゃないけどさぁ。ほら、あるじゃん、そーゆーのって」
わからなくは、ないかな。
「花言葉って面白いからさ」
なんでそんなに知ってるの?
「ばーちゃんが花屋しててさ。あ、もう店は畳んじゃったんだよ。んで、あたしも小さい時はお手伝いしてたってわけ」
君が花屋さんに立つの、とっても似合うと思うな。
会話にならない会話。聞きたいことは直接聞けなくても、他の人との会話から答えは聞けた。それで十分だった。
僕には何も出来ないから。
君の好きなものが知れた。君が知っている物が知れた。君が思っていることが知れた。
それで十分だった。
状況が変わったのは、二学期の後半、修学旅行から帰ってきてすぐの事だった。
君の机の周りは今まで友達がよく来ていたのに、誰も来なくなっていた。君が休み時間にどこかへ行くことが増えた。君が笑わない日が増えた。
朝来たら机が汚れていることがあった。君の服が汚れていることがあった。白い筆箱が汚れていることがあった。
でも君はずっと変わらず君だった。
眩しいままの君だった。
僕はずっと、何も出来ないでいた。
でもある日、君は学校に来なくなった。席替えをして遠くなった君の席が、ぽっかりと空いているのを授業中もずっと見てしまっていた。
そして君は橋から落ちて亡くなったらしい。
らしい、というのは僕はその現場を見ていないからだ。担任から話を聞いて、みんなで黙祷した。クラス委員か誰かが汚れていた君の机に花を飾っていた。
僕はずっと、何も出来ないままだった。何一つ、出来なかった。
だから今日、君が亡くなった日と同じ日に、この道を歩いている。君が亡くなったと言われている橋へ、歩いている。
強い西日に晒されて、ひまわりが少しだけ下を向いたような気がする。坂道を歩き続けたから、少し膝が痛いような気がする。
頬を伝った汗がぽたり、と、アスファルトの色を変えた。
スマホに表示させた地図アプリの指示に従い、左折。そのまま山の中へと入っていく。今にも虫が飛んできそうな青臭さが溢れているが、ここは我慢だ。
「本当にあってるのかよ」
悪態のひとつも着きたくなるものだ。二十歳がくると老化を感じる、と噂を聞いたことがある。もっと早くに来ていたら、少しは違ったのだろうか。
そう考えながらも、今日行こうと思い立った自分を少し恨めしくも思う。
ざざぁと風が吹き、木々を揺らす。遠くでさわさわと水が流れる音がする。
地図アプリで現在地を確認すると、目的地はもうすぐそこだったらしいことに安堵する。ポケットにスマホをしまい、花束を握りしめた。
「たっか……」
橋の上について最初に出た言葉は、それだった。
予想の三倍は高い。足がすくむ。
でも君はここから飛び降りたのだろう。この高いところから。
僕は何も出来なかった。
何も。何ひとつも。
僕は何も伝えられなかった。
何も。何ひとつも。
ひまわり七本の花束をぎゅっと握りしめる。
もう君には届かないけれど。こんな行為は無駄かもしれないけれど。
「えいっ」
おおきく振りかぶって、花束を投げる。綺麗な放物線を描いて、花束は川の中に落ちる。水音は遠く、耳には届かない。
さよなら、僕の眩しい君。
さよなら、何も出来なかった僕。
さよなら、僕の気持ち。
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