魔法少女なんていなければよかったのに

天野蒼空

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  その日の夕方のことだ。
 私はいつもどおり学校を一人で出て、電車を乗り継ぎ、最寄り駅まで帰ってきた。
 駅の前には寂れた商店街がある。今は殆どの店がシャッターを下ろしてしまったけれど、私が幼い頃はもう少し賑わっていた。
 商店街を半分くらい歩いた頃、私は後ろから何かがついてくるのに気がついた。そっと後ろを振り返る。
 そこには猫がいた。でも、ただの猫じゃない。
 そいつは服を着ていた。白いシャツに、茶色のベスト。同じ色のズボンを履いていて、おまけに紺色のネクタイまで締めている。
 今朝、ホームルームで先生が話していたことが思い出される。「しっかりした服を着た猫」というのはこの猫のことか。でも、学校からここまでかなりの距離があるのだが。

「ねえ、君」

 誰かが喋った。それは、少年のような少し高い男の声だった。
 誰が喋ったのだろうかとあたりを見回すも、ここは寂れた商店街。目の前の猫と私しかここにはいない。

「君だってば」

 その声はもう一度喋った。

「もしかして、僕の声、聞こえていない?そんなことないよね。目の前にいるんですけど。」

 認めたくはないのだが、誰かのいたずらじゃなさそうだし。ついに、私、幻聴が聞こえるようになってしまったのか。

「早く帰って寝よう。疲れているのね」

「幻聴とかじゃないから!」

 急に猫が鞄に飛びついてきた。

「わあ!なによ、急に」

「だから僕が喋っているんだって」

「猫って喋るの?声帯とか、どうなっているの?」

「それは僕が君の心に喋りかけているから。いわゆる、テレパシーってやつだね」

「やっぱり幻聴かな?」

「違うんだってば」

「いや、どう考えても、こんなことなんて普通ありえないでしょ」

 頭が痛い。なんなの、これは。

「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。そんなことより、僕は君に大事な使命を持ってきたんだ」

「大事な使命?」

「そう。おめでとう。君、いや、木原茉桜は千六百七十一番目の魔法少女に選ばれたんだ」

 魔法少女、というのはどういうものなのだろうか。アニメや漫画の中の、短いスカートを履いて悪の組織と戦う、あんな子達に私はなるのだろうか。

「急にそんな事言われたって、何をするのよ」

「簡単さ、世界に少しだけ奇跡を起こすんだよ。君にはその能力があるんだ」

「そんなの無理よ」

 だって、私は何もできない。いつも教室の隅でひっそりと一人でいる。世界だなんて、奇跡だなんて、そんなの私には無理だ。

「無理かどうかはやってみないとわからないよ。さ、手を出して。いいものをあげる」

 言われるがままに両手をそっと前に出す。

「これが魔法少女のためのアイテムさ」

 空から何かが降ってきた。それは、金属光沢のある銀色の細長い棒だった。大きさは両手に収まるくらいのもの。先端には薄ピンク色の石。花の形がかたどられている。

「それを片手で握って、勢いよく振ってみて」

 右手でその棒を握り、上から下へビュンと振る。
 すると、何ということだろうか。その棒は長くなった。少しデザインも変わって、ただの棒じゃなく、それは古い木のように緩く捻れている。石も棒のサイズに合わせて大きくなった。それだけじゃない。周りがなんだか、キラキラしている。まるで私の周りだけ光の粉が舞い散っているようだ。少し、体が軽くなったような気がする。

「よし、成功だ」

「これは、何?」

「まあまあ、こっちに来てごらん」

 カーブミラーの前に立つ。そこで初めて私は自分の服が変わっていることに気がついた。

 おさげにしていた黒髪は、高い位置でツインテールにされていて、レースの付いたリボンがついている。
 制服のセーラー服は、白いノースリーブのミニワンピに変わっていた。肩の部分にはひらひらとしたレース。胸の前には大きいピンク色のリボン。結び目には、銀色に光る花の形のブローチ。ウエストを同じピンク色のベルトが締めている。スカートはたくさんのギャザーが施され、布を大量に使ったパニエも履いており、全体的にふんわりとしている。部分ごとに薄ピンクの切り返しも入っているので、全体的に可愛らしくまとまっている。
 そして、足には白いニーハイソックスと銀のハイヒール。アンクレットに細いベルトがついていて、可愛すぎないように調整されているようだ。

「ええっと、これ、どういうこと?」

 何が起こったのかよくわからない。いや、わかってはいる。けど、頭が整理しきれない。

「魔法少女に変身したのさ。正確には、魔力の塊であるその衣装を纏うことで、君の魔力が安定するんだ。おめでとう。これで君は正真正銘、魔法少女だ。僕は君の使い魔になるルイズリー。これから宜しくね」

 ルイズリーは私に一冊の本を渡した。
 茶色い革の表紙がかけられていて、鋲も打たれている、古そうな少し厚みのある本。なんでも、これは魔法の書だそうだ。私はその本を一緒に渡されたホルスターを使って腰に下げた。

「なんだか、やれそうな気がするの」

 こうして私は魔法少女になった。
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