3 / 8
3
しおりを挟む
その日の夕方のことだ。
私はいつもどおり学校を一人で出て、電車を乗り継ぎ、最寄り駅まで帰ってきた。
駅の前には寂れた商店街がある。今は殆どの店がシャッターを下ろしてしまったけれど、私が幼い頃はもう少し賑わっていた。
商店街を半分くらい歩いた頃、私は後ろから何かがついてくるのに気がついた。そっと後ろを振り返る。
そこには猫がいた。でも、ただの猫じゃない。
そいつは服を着ていた。白いシャツに、茶色のベスト。同じ色のズボンを履いていて、おまけに紺色のネクタイまで締めている。
今朝、ホームルームで先生が話していたことが思い出される。「しっかりした服を着た猫」というのはこの猫のことか。でも、学校からここまでかなりの距離があるのだが。
「ねえ、君」
誰かが喋った。それは、少年のような少し高い男の声だった。
誰が喋ったのだろうかとあたりを見回すも、ここは寂れた商店街。目の前の猫と私しかここにはいない。
「君だってば」
その声はもう一度喋った。
「もしかして、僕の声、聞こえていない?そんなことないよね。目の前にいるんですけど。」
認めたくはないのだが、誰かのいたずらじゃなさそうだし。ついに、私、幻聴が聞こえるようになってしまったのか。
「早く帰って寝よう。疲れているのね」
「幻聴とかじゃないから!」
急に猫が鞄に飛びついてきた。
「わあ!なによ、急に」
「だから僕が喋っているんだって」
「猫って喋るの?声帯とか、どうなっているの?」
「それは僕が君の心に喋りかけているから。いわゆる、テレパシーってやつだね」
「やっぱり幻聴かな?」
「違うんだってば」
「いや、どう考えても、こんなことなんて普通ありえないでしょ」
頭が痛い。なんなの、これは。
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。そんなことより、僕は君に大事な使命を持ってきたんだ」
「大事な使命?」
「そう。おめでとう。君、いや、木原茉桜は千六百七十一番目の魔法少女に選ばれたんだ」
魔法少女、というのはどういうものなのだろうか。アニメや漫画の中の、短いスカートを履いて悪の組織と戦う、あんな子達に私はなるのだろうか。
「急にそんな事言われたって、何をするのよ」
「簡単さ、世界に少しだけ奇跡を起こすんだよ。君にはその能力があるんだ」
「そんなの無理よ」
だって、私は何もできない。いつも教室の隅でひっそりと一人でいる。世界だなんて、奇跡だなんて、そんなの私には無理だ。
「無理かどうかはやってみないとわからないよ。さ、手を出して。いいものをあげる」
言われるがままに両手をそっと前に出す。
「これが魔法少女のためのアイテムさ」
空から何かが降ってきた。それは、金属光沢のある銀色の細長い棒だった。大きさは両手に収まるくらいのもの。先端には薄ピンク色の石。花の形がかたどられている。
「それを片手で握って、勢いよく振ってみて」
右手でその棒を握り、上から下へビュンと振る。
すると、何ということだろうか。その棒は長くなった。少しデザインも変わって、ただの棒じゃなく、それは古い木のように緩く捻れている。石も棒のサイズに合わせて大きくなった。それだけじゃない。周りがなんだか、キラキラしている。まるで私の周りだけ光の粉が舞い散っているようだ。少し、体が軽くなったような気がする。
「よし、成功だ」
「これは、何?」
「まあまあ、こっちに来てごらん」
カーブミラーの前に立つ。そこで初めて私は自分の服が変わっていることに気がついた。
おさげにしていた黒髪は、高い位置でツインテールにされていて、レースの付いたリボンがついている。
制服のセーラー服は、白いノースリーブのミニワンピに変わっていた。肩の部分にはひらひらとしたレース。胸の前には大きいピンク色のリボン。結び目には、銀色に光る花の形のブローチ。ウエストを同じピンク色のベルトが締めている。スカートはたくさんのギャザーが施され、布を大量に使ったパニエも履いており、全体的にふんわりとしている。部分ごとに薄ピンクの切り返しも入っているので、全体的に可愛らしくまとまっている。
そして、足には白いニーハイソックスと銀のハイヒール。アンクレットに細いベルトがついていて、可愛すぎないように調整されているようだ。
「ええっと、これ、どういうこと?」
何が起こったのかよくわからない。いや、わかってはいる。けど、頭が整理しきれない。
「魔法少女に変身したのさ。正確には、魔力の塊であるその衣装を纏うことで、君の魔力が安定するんだ。おめでとう。これで君は正真正銘、魔法少女だ。僕は君の使い魔になるルイズリー。これから宜しくね」
ルイズリーは私に一冊の本を渡した。
茶色い革の表紙がかけられていて、鋲も打たれている、古そうな少し厚みのある本。なんでも、これは魔法の書だそうだ。私はその本を一緒に渡されたホルスターを使って腰に下げた。
「なんだか、やれそうな気がするの」
こうして私は魔法少女になった。
私はいつもどおり学校を一人で出て、電車を乗り継ぎ、最寄り駅まで帰ってきた。
駅の前には寂れた商店街がある。今は殆どの店がシャッターを下ろしてしまったけれど、私が幼い頃はもう少し賑わっていた。
商店街を半分くらい歩いた頃、私は後ろから何かがついてくるのに気がついた。そっと後ろを振り返る。
そこには猫がいた。でも、ただの猫じゃない。
そいつは服を着ていた。白いシャツに、茶色のベスト。同じ色のズボンを履いていて、おまけに紺色のネクタイまで締めている。
今朝、ホームルームで先生が話していたことが思い出される。「しっかりした服を着た猫」というのはこの猫のことか。でも、学校からここまでかなりの距離があるのだが。
「ねえ、君」
誰かが喋った。それは、少年のような少し高い男の声だった。
誰が喋ったのだろうかとあたりを見回すも、ここは寂れた商店街。目の前の猫と私しかここにはいない。
「君だってば」
その声はもう一度喋った。
「もしかして、僕の声、聞こえていない?そんなことないよね。目の前にいるんですけど。」
認めたくはないのだが、誰かのいたずらじゃなさそうだし。ついに、私、幻聴が聞こえるようになってしまったのか。
「早く帰って寝よう。疲れているのね」
「幻聴とかじゃないから!」
急に猫が鞄に飛びついてきた。
「わあ!なによ、急に」
「だから僕が喋っているんだって」
「猫って喋るの?声帯とか、どうなっているの?」
「それは僕が君の心に喋りかけているから。いわゆる、テレパシーってやつだね」
「やっぱり幻聴かな?」
「違うんだってば」
「いや、どう考えても、こんなことなんて普通ありえないでしょ」
頭が痛い。なんなの、これは。
「まあまあ、細かいことはいいじゃないか。そんなことより、僕は君に大事な使命を持ってきたんだ」
「大事な使命?」
「そう。おめでとう。君、いや、木原茉桜は千六百七十一番目の魔法少女に選ばれたんだ」
魔法少女、というのはどういうものなのだろうか。アニメや漫画の中の、短いスカートを履いて悪の組織と戦う、あんな子達に私はなるのだろうか。
「急にそんな事言われたって、何をするのよ」
「簡単さ、世界に少しだけ奇跡を起こすんだよ。君にはその能力があるんだ」
「そんなの無理よ」
だって、私は何もできない。いつも教室の隅でひっそりと一人でいる。世界だなんて、奇跡だなんて、そんなの私には無理だ。
「無理かどうかはやってみないとわからないよ。さ、手を出して。いいものをあげる」
言われるがままに両手をそっと前に出す。
「これが魔法少女のためのアイテムさ」
空から何かが降ってきた。それは、金属光沢のある銀色の細長い棒だった。大きさは両手に収まるくらいのもの。先端には薄ピンク色の石。花の形がかたどられている。
「それを片手で握って、勢いよく振ってみて」
右手でその棒を握り、上から下へビュンと振る。
すると、何ということだろうか。その棒は長くなった。少しデザインも変わって、ただの棒じゃなく、それは古い木のように緩く捻れている。石も棒のサイズに合わせて大きくなった。それだけじゃない。周りがなんだか、キラキラしている。まるで私の周りだけ光の粉が舞い散っているようだ。少し、体が軽くなったような気がする。
「よし、成功だ」
「これは、何?」
「まあまあ、こっちに来てごらん」
カーブミラーの前に立つ。そこで初めて私は自分の服が変わっていることに気がついた。
おさげにしていた黒髪は、高い位置でツインテールにされていて、レースの付いたリボンがついている。
制服のセーラー服は、白いノースリーブのミニワンピに変わっていた。肩の部分にはひらひらとしたレース。胸の前には大きいピンク色のリボン。結び目には、銀色に光る花の形のブローチ。ウエストを同じピンク色のベルトが締めている。スカートはたくさんのギャザーが施され、布を大量に使ったパニエも履いており、全体的にふんわりとしている。部分ごとに薄ピンクの切り返しも入っているので、全体的に可愛らしくまとまっている。
そして、足には白いニーハイソックスと銀のハイヒール。アンクレットに細いベルトがついていて、可愛すぎないように調整されているようだ。
「ええっと、これ、どういうこと?」
何が起こったのかよくわからない。いや、わかってはいる。けど、頭が整理しきれない。
「魔法少女に変身したのさ。正確には、魔力の塊であるその衣装を纏うことで、君の魔力が安定するんだ。おめでとう。これで君は正真正銘、魔法少女だ。僕は君の使い魔になるルイズリー。これから宜しくね」
ルイズリーは私に一冊の本を渡した。
茶色い革の表紙がかけられていて、鋲も打たれている、古そうな少し厚みのある本。なんでも、これは魔法の書だそうだ。私はその本を一緒に渡されたホルスターを使って腰に下げた。
「なんだか、やれそうな気がするの」
こうして私は魔法少女になった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?
あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。
理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。
レイアは妹への処罰を伝える。
「あなたも婚約解消しなさい」
愚者による愚行と愚策の結果……《完結》
アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。
それが転落の始まり……ではなかった。
本当の愚者は誰だったのか。
誰を相手にしていたのか。
後悔は……してもし足りない。
全13話
☆他社でも公開します
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜
有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。
「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」
本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。
けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。
おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。
貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。
「ふふ、気づいた時には遅いのよ」
優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。
ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇!
勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる