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雨の日が好きだ
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雨の日が好きだ。
ぱらり、ぽろり、と、屋根に雨が当たる音が好きだ。
ガラス窓に水滴が垂れて、風景が歪んで見えるのが好きだ。
湿った土の匂いが好きだ。
薄暗い昇降口は、もうあまり生徒の姿は残っていない。それもそのはず、ホームルームが終わってから一時間半以上経っているからだ。
「すっかり遅くなっちゃったね」
私は前を歩く竹内くんに話しかけた。
「武田さんは、時間大丈夫なの?」
「平気。今日は何も予定ないから」
「そっか。それにしても、いきなり仕事が増えるなんて聞いてないからびっくりした」
声に少し疲れが混じっているようだった。それもそうだろう。今日の日直の仕事はいきなり多くなったのだから。
「きりーつ、れーい」
間延びした号令のあと、「さようなら」という声がばらばらに聞こえた。そして、すぐに教室の中から生徒が飛び出す。
「今日の日直、誰だ?」
担任の先生が聞くので、手をあげた。
「はーい、私です」
「あ、俺も日直です」
「竹内と武田か。ゴミ出し終わったら職員室に来てくれ」
これは追加の仕事確定だな、と思いながら私は飛び跳ねそうになっていた。
だって竹内くんと一緒にいられる時間が伸びるからだ。先生に心の中でお礼を言う。が、こんなところで喜んでいるのを見られたら仕事が大好きな変人に見られて、これからも沢山雑用を押し付けられかねないので適当に返事をしておく。
「はーい」
私が喜ぶのは竹内くんが一緒だからだ。他は面倒なのでお断り。
「武田さん、仕事、早く終わらせちゃおうよ」
「そうだね。絶対めんどくさいの押し付けられるよ」
まずは並んで黒板を消す。
高校の黒板は中学の黒板よりも高いところまであるので、小柄な私じゃ上の方は届かない。うんと背伸びをして黒板消しでこする。
さっと私の手よりも上にあった白い文字が消える。
「そんなに上の方は無理しなくていいよ。俺がそのへん消すから」
「ごめんね、ありがとう!」
そんな小さなことでも、ふわっとからだが軽くなって、世界がきらめきであふれる。
だって、竹内くんだからだ。
私は竹内くんに恋をしているのだ。
きっかけなんてわからないけれど、気がつけば目で追うようになっていた。バレー部に入っている竹内くんは、肩幅が広くて、腕も足も鍛え上げられていてかっこいい。短く刈り上げられた黒い髪は、さっぱりとした印象でそんなところも素敵だなと思う。そしてなによりも、優しくて、話が面白くて、ひまわりみたいな笑顔がよく似合うところが、もっと一緒にいたいなと思うのだ。
黒板消しが動くたび、袖口と袖口がふれあいそうになる。そんな一瞬にドキッとしてしまう。
「さてと、ゴミ出しに行くか」
黒板が端から端まで緑色になったので、竹内くんはそういった。
「普通のゴミはかなり溜まっているから俺が持つよ。武田さんはペットボトルとカンのバケツをお願いしてもいい?」
「わかった。でも、いいの?」
ペットボトルのバケツも、カンのバケツも、数本ずつしか入っていない。
「いいよ。そのほうが適材適所ってやつでしょ」
ゴミ捨て場に続く渡り廊下にはすのこが敷いてある。上履きが汚れてしまうのでその上を通らなければならないのだが、二人横に並ぶとぶつかりそうになってしまう。しかも、雨のせいですのこの下は水が来ているので、すのこから降りるわけにも行かない。
こんな近くに竹内くんがいるだなんて、雨に感謝だ。
少しでも力が抜けると顔に出てしまいそうだったので、下を向いて歩く。
「で、次は何を頼まれるんだろうね」
ゴミ出しを終えて、校舎の中へ戻り、職員室へ向かう。
「ああ、ふたりとも早かったな。これ、まとめてホッチキスで留めておいてくれ」
担任の先生に渡されたのは、どっさりと積み上げられた紙の束。これは地道な作業になりそうだ。
「わかりました」
「終わったら教卓に置いて、そのまま帰っていいぞ」
「はーい」
めんどくさそうなふりをする。
でも本当は、ちょっと嬉しい。こういうちまちまとした作業は、話しながら出来るからだ。
「教室でやろっか」
紙の束を半分ずつ持って教室に戻る。
それから他愛のない話をしながら、作業を続けた。
古典の先生のモノマネ、体育の授業でバスケをした話、生徒総会で寝ていたら公民の先生に見つかってあとから大目玉を食らった話、最近読んだ小説の話、はやりの漫画の話、部活の試合の話。
話は途切れることなく、手は動き続けた。
そして、作業開始から一時間。
「やっと終わったー!」
「流石にちょっと多かったよ」
そして私達は昇降口へ向かうのだった。
外はまだ銀色の細い雨がしとしとと降り続いていた。
「竹内くんは今日、自転車じゃないの?」
普段自転車通学の竹内くんだが、今日は黒い傘を手にしている。自転車に乗るときは合羽を着るのが校則なのだが。
「うん。かっぱ着るの、めんどくさかったからね。今日は電車なんだ」
「電車でも通えるのに、なんでいつも自転車なの?」
自転車のほうが色々と大変だと思うのだが、どうなのだろう。
「筋トレとか、そんなかんじ。武田さんも駅の方?」
「そうだよ」
「一緒に帰ってもいい?」
そんなふうに言われる日が来るなんて、思ってもいなかった。たまたまの重なりであるのはわかっているが、こう言われると思わず飛び上がりそうになってしまう。口元が緩んでしまうのを、抑えきれない。
「うん!」
二つの傘が並んで駅へ向かっていった。
雨の日が好きだ。
ぱらり、ぽろり、と、屋根に雨が当たる音が好きだ。
ガラス窓に水滴が垂れて、風景が歪んで見えるのが好きだ。
湿った土の匂いが好きだ。
竹内くんとの距離が近くなるから好きだ。
ぱらり、ぽろり、と、屋根に雨が当たる音が好きだ。
ガラス窓に水滴が垂れて、風景が歪んで見えるのが好きだ。
湿った土の匂いが好きだ。
薄暗い昇降口は、もうあまり生徒の姿は残っていない。それもそのはず、ホームルームが終わってから一時間半以上経っているからだ。
「すっかり遅くなっちゃったね」
私は前を歩く竹内くんに話しかけた。
「武田さんは、時間大丈夫なの?」
「平気。今日は何も予定ないから」
「そっか。それにしても、いきなり仕事が増えるなんて聞いてないからびっくりした」
声に少し疲れが混じっているようだった。それもそうだろう。今日の日直の仕事はいきなり多くなったのだから。
「きりーつ、れーい」
間延びした号令のあと、「さようなら」という声がばらばらに聞こえた。そして、すぐに教室の中から生徒が飛び出す。
「今日の日直、誰だ?」
担任の先生が聞くので、手をあげた。
「はーい、私です」
「あ、俺も日直です」
「竹内と武田か。ゴミ出し終わったら職員室に来てくれ」
これは追加の仕事確定だな、と思いながら私は飛び跳ねそうになっていた。
だって竹内くんと一緒にいられる時間が伸びるからだ。先生に心の中でお礼を言う。が、こんなところで喜んでいるのを見られたら仕事が大好きな変人に見られて、これからも沢山雑用を押し付けられかねないので適当に返事をしておく。
「はーい」
私が喜ぶのは竹内くんが一緒だからだ。他は面倒なのでお断り。
「武田さん、仕事、早く終わらせちゃおうよ」
「そうだね。絶対めんどくさいの押し付けられるよ」
まずは並んで黒板を消す。
高校の黒板は中学の黒板よりも高いところまであるので、小柄な私じゃ上の方は届かない。うんと背伸びをして黒板消しでこする。
さっと私の手よりも上にあった白い文字が消える。
「そんなに上の方は無理しなくていいよ。俺がそのへん消すから」
「ごめんね、ありがとう!」
そんな小さなことでも、ふわっとからだが軽くなって、世界がきらめきであふれる。
だって、竹内くんだからだ。
私は竹内くんに恋をしているのだ。
きっかけなんてわからないけれど、気がつけば目で追うようになっていた。バレー部に入っている竹内くんは、肩幅が広くて、腕も足も鍛え上げられていてかっこいい。短く刈り上げられた黒い髪は、さっぱりとした印象でそんなところも素敵だなと思う。そしてなによりも、優しくて、話が面白くて、ひまわりみたいな笑顔がよく似合うところが、もっと一緒にいたいなと思うのだ。
黒板消しが動くたび、袖口と袖口がふれあいそうになる。そんな一瞬にドキッとしてしまう。
「さてと、ゴミ出しに行くか」
黒板が端から端まで緑色になったので、竹内くんはそういった。
「普通のゴミはかなり溜まっているから俺が持つよ。武田さんはペットボトルとカンのバケツをお願いしてもいい?」
「わかった。でも、いいの?」
ペットボトルのバケツも、カンのバケツも、数本ずつしか入っていない。
「いいよ。そのほうが適材適所ってやつでしょ」
ゴミ捨て場に続く渡り廊下にはすのこが敷いてある。上履きが汚れてしまうのでその上を通らなければならないのだが、二人横に並ぶとぶつかりそうになってしまう。しかも、雨のせいですのこの下は水が来ているので、すのこから降りるわけにも行かない。
こんな近くに竹内くんがいるだなんて、雨に感謝だ。
少しでも力が抜けると顔に出てしまいそうだったので、下を向いて歩く。
「で、次は何を頼まれるんだろうね」
ゴミ出しを終えて、校舎の中へ戻り、職員室へ向かう。
「ああ、ふたりとも早かったな。これ、まとめてホッチキスで留めておいてくれ」
担任の先生に渡されたのは、どっさりと積み上げられた紙の束。これは地道な作業になりそうだ。
「わかりました」
「終わったら教卓に置いて、そのまま帰っていいぞ」
「はーい」
めんどくさそうなふりをする。
でも本当は、ちょっと嬉しい。こういうちまちまとした作業は、話しながら出来るからだ。
「教室でやろっか」
紙の束を半分ずつ持って教室に戻る。
それから他愛のない話をしながら、作業を続けた。
古典の先生のモノマネ、体育の授業でバスケをした話、生徒総会で寝ていたら公民の先生に見つかってあとから大目玉を食らった話、最近読んだ小説の話、はやりの漫画の話、部活の試合の話。
話は途切れることなく、手は動き続けた。
そして、作業開始から一時間。
「やっと終わったー!」
「流石にちょっと多かったよ」
そして私達は昇降口へ向かうのだった。
外はまだ銀色の細い雨がしとしとと降り続いていた。
「竹内くんは今日、自転車じゃないの?」
普段自転車通学の竹内くんだが、今日は黒い傘を手にしている。自転車に乗るときは合羽を着るのが校則なのだが。
「うん。かっぱ着るの、めんどくさかったからね。今日は電車なんだ」
「電車でも通えるのに、なんでいつも自転車なの?」
自転車のほうが色々と大変だと思うのだが、どうなのだろう。
「筋トレとか、そんなかんじ。武田さんも駅の方?」
「そうだよ」
「一緒に帰ってもいい?」
そんなふうに言われる日が来るなんて、思ってもいなかった。たまたまの重なりであるのはわかっているが、こう言われると思わず飛び上がりそうになってしまう。口元が緩んでしまうのを、抑えきれない。
「うん!」
二つの傘が並んで駅へ向かっていった。
雨の日が好きだ。
ぱらり、ぽろり、と、屋根に雨が当たる音が好きだ。
ガラス窓に水滴が垂れて、風景が歪んで見えるのが好きだ。
湿った土の匂いが好きだ。
竹内くんとの距離が近くなるから好きだ。
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いつもコメントありがとうございます。
甘酸っぱい、青春です。