Magia

桐戸李泉

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パンドラ編

第二話 シン

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 鳥の鳴き声で目を覚ました。
 森の奥から差し込む夕日が頬を撫でる。どうやら、シンが再び起きるのを待つ間に眠ってしまったらしい。
 シンが横たわっていた場所に目を移すと、彼は既に起きていた。
 淡い赤の瞳。
 彼は何も言わず、ただ遠くを見つめていた。
 その先には、私の村。
 崩れた屋根と、枯れた畑の並ぶ場所。

「……何を見てるの?」

「別に」

 冷たいようで、どこか柔らかい声。
 私は彼の隣に腰を下ろした。

 少しの沈黙。風が木の葉を揺らす。

「さっきは、私が助けたんだよ。……見つけたとき、死んでるかと思った」
「そうか」
「そうか、じゃないよっ! もっと感謝とかあるんじゃないの!」

 思わず笑ってしまった。
 彼はきょとんとした顔をして、それがおかしくてまた笑ってしまった。

 ――そのとき。
 ぐぅ、と音が鳴った。
 夕暮れ時に響くお腹の音。
 私は反射的に体を丸めて、恥ずかしさで顔を隠した。

「……」
「……今のは」
「……ち、違うの!」

 思わず両手でお腹を押さえる。
 恥ずかしさで頬が熱くなる。

「朝ごはん、まだで……昨日は魚に逃げられちゃったし……」
「食料がないのか?」
「そ、そう! 今日は森で木の実を探そうと思ってたんだけど……」

 言い訳をしている間にも、また小さく鳴る。
 彼は一瞬だけ眉を上げたあと、ため息をついた。

「人間が食べられるものであれば、何でもいいのか?」
「え? う、うん……たぶん?」

 次の瞬間、風がふっと動いた。
 そのわずかな風圧のあと、頭上から影が落ちてくる。
 鳥だった。抱えられるほど大きな灰色の鳥がシンの足元に落ちた。
 鳥は完全に息絶えていた。

「……これでどうだ?」
「え、ええ!? なに今の、魔法? っていうか、どうやって……」
「ただ止めただけだ、簡単なことだろう?」

 彼は淡々と答える。
 まるでそれが当たり前のことのように。

「……生きるため、にな」

 その言葉が、胸の奥に残った。
 ――生きるために、命を止める。
 そんな矛盾を、彼はまっすぐ言う。
 不思議と怖くはなかった。
 むしろ、どこか正しいことのように思えた。

*****

 夜、彼と一緒に私の家へ戻った。
 古びた木の扉を開けると、薬草と紙の匂いが迎えてくれる。
 本棚の中から一冊の魔導書を私は手に取る。

「これ、お母さんの本なんだ」
「魔導書……か?」
「うん。料理の魔法書。お母さんが遺してくれたんだよ」

 ページをめくる。文字は震えて読みにくいけど、手の感触が懐かしい。
 ……もう一年になるんだ、お母さんが呪いで死んでから。

 けれど、悲しいっていうより、なんだか優しい記憶だった。
 だって、今でもその味を覚えてるから。

「まさか、ここから先のページのご飯が食べられるとは思わなかったな……」

 そう言って、私は鳥を調理する。
 調理を始めると、母の声が聞こえる気がした。
 「焦がさないように」「調味料は少しだけ」――少しずつ思い出す。

 できあがった皿をシンに差し出すと、彼は首を横に振った。

「俺の身体には必要ない」
「でも、おいしいよ? せっかくだし」
「……食べても意味がない」
「意味ならあるよ。ほら、『一緒に食べるとおいしい』って言うでしょ!」

 シンはしばらく出された料理を見つめていた。
 まるで、それが何かを壊す道具のように。
 それでも、ゆっくりと手を伸ばした。

「……おいしい」
「でしょ!」

 私は思わず笑ってしまった。
 食事が終わるころ、私は一つの疑問をシンに投げかけてみる。
 
「ねえ、シンさん」
「なんだ?」
「シンさんって人間なの? 治癒の魔法をかけた時に変な感じがしたの」

 私の言葉にシンは天井を見上げる。
 言葉を探すように口を何度か動かし、やがて低く答えた。

「……俺は、厳密にいえば人間ではない」
「そっか、そうなんだ」

 疑問が解決した。
 人間でないのであれば納得ができる。

「……それだけか?」
「うん。人にはいろいろあるでしょ。この村にだって、呪いがあるんだから」
「……呪い?」

 彼の眉がわずかに動く。
 そして、部屋の外を見た。
 その目が急に鋭くなる。

「やはりな、黒い靄が見える。あっちの方角だ」
「え……?」
「明日、確かめてみよう。お前の言う『呪い』が一体どんなものなのか」

 私は小さくうなずいた。
 心の奥で、何かが確かに動いた気がした。
 焚き火の火が、静かに鳴る。
 窓から入った夜風に流れて、二人の影が寄り添うように揺れた。
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