コーデリア魔法研究所

tiroro

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39.約束

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 バルシア帝国の大使一行と合流した護衛隊は、ゼルナートを迂回する道を慎重に進んでいた。

 空は穏やかに晴れ渡り、乾いた風が草原を撫でる。馬車の車輪が石畳ではなく土道を踏みしめる音が、一定のリズムで響いている。

 フィオルは先頭で進路を確保しながら、ちらりと後方を振り返った。馬車のすぐ後ろにはユリウスが控えており、彼の赤みがかった髪が夕陽を受けてかすかに光って見える。

「……時間はかかったが、随分と平和な道中だったな」

 気楽な調子で呟くと、ユリウスは淡々と返す。

「今のところは、な」

「何か気になることが?」

「順調過ぎると思ってな……」

 確かに、ゼルナートを避けるルートとはいえ、ここまで何の障害もないのは予想外だった。

「まあ、無事に進めるならそれに越したことはないさ」

「油断はするな」

「わかってるよ」

 しばらくの間、会話もなく隊列は進み続けた。道の脇には小さな森が広がっている。木々の間からは小鳥のさえずりが聞こえ、辺りには平和な空気が漂っていた。

 夕暮れが近づくと、一行は開けた場所で小休止を取ることになった。大使は馬車の中で書類を整理しているようで、護衛の兵士たちは手早く焚き火の準備を進めていた。

 フィオルはユリウスの方へと歩み寄る。

「そっちはどうだ?」

「特に異常はない」

 火が焚かれ、兵士たちが交代で休息を取り始める。
 フィオルは焚き火の揺らめく光を眺めていた。

 ふと、研究所の人々の顔が脳裏をよぎる。

 ミアは今ごろ、どんな顔をしているだろうか。
 俺の無事を願ってくれているだろうか。
 急なことで断れなかったとはいえ、ミアを悲しませてしまった。
 護衛任務ということで、亡くなった友人と俺を重ねてしまったのだろう。
 早く、ミアに会いたい……。
 口に出すことはないが、そう思うだけで胸の奥が少しだけ温かくなる。

 その時、森の奥から複数人の足音が聞こえてくるのを感じた。

「来たか」

 エルデリアまではあと10日ほどの距離。
 このまま無事で終わればいいと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。

「フィオル……」

「わかってる……」

 フィオルは兵に大使の乗った馬車の守りを固めさせた。
 大使との合流まで何も無かったのはこの為か。
 揃ったところを一網打尽、これがゼルナートの狙いだった。
 焚き火の炎が風に揺れる。

「【ワイド・ストーンアロー】」

 ユリウスは近づいてくる足音に向け、無詠唱の土魔法をぶつけた。この森の中、迂闊に火の魔法は使えない。
 「ギャッ」という声が聞こえ、残った足音が散開した。ユリウスは次の魔法に備える。
 単一属性の発現者は、自分の属性以外は中級までしか修められない。
 森の中ではユリウスの火属性魔法は使えない。
 これも、奴らの狙いなのだろう。

「【ワイド・アクアランス】!」

 近づいてくる敵の兵をフィオルも魔法で薙ぎ払う。
 辺りからは、武器同士の衝突音が聞こえてきた。魔導士たちは近接からの攻撃に弱い。
 ユリウスとフィオルは下がらざるを得ず、連れてきた兵と、バルシア帝国側の兵のサポートに回る。

「──【フォース】」

 男の低い声での詠唱が響いた。
 白い閃光が駆け抜けたかと思うと、敵国の兵と戦闘中のバルシアの兵にぶつかる。
 そして、光が膨れ上がり、兵の悲鳴と同時に周りを巻き込んで爆発した。

 (あれは……聖属性魔法!?)

「──【ボルテクス・デオ・インフェルノ】」

 森では火属性の魔法は使えない等気にしている場合では無い。
 ユリウスは火の上級魔法を解禁し、詠唱が聞こえた方へとぶつける。

「──【セイクリッド・ヴェール】」

 詠唱とともに前方に白く光る壁が出現し、ユリウスの魔法を掻き消した。

「おいおい、森を火事にする気か?」

 漆黒に溶けるような黒い髪と黒い瞳──その姿はカエデに近いものを感じる。
 光る長剣を携え、男は突撃してきた。

 (魔法だけではなく、剣までも扱えるのか!)

 敵味方関係無く兵達を薙ぎ払い、男は馬車へと近づく。
 ユリウスは男の顔を掴み、ゼロ距離でボルテクス・インフェルノを放った。

「貴様がゼルナートの勇者か」

 そして、そのまま空に向けて飛翔する。

「あんたがエルデリア最強の魔導士、ユリウスだな?」

 勇者は大火傷を負った体のまま、ニヤリと笑いユリウスの腕を掴んで引き離そうとした。

「落ちろ!」

 ユリウスは地面に向けて急降下し、再びボルテクス・インフェルノを放った。
 衝撃で地面に大穴が開き、そこから柱のように炎が吹き荒れる。
 普通ならこれで死んでいる……だが、ユリウスは警戒を解かない。その額には珍しく汗が滲んでいる。
 ユリウスはあの状況で勇者に斬りつけられていた。
 フィオルは急いでヒーリングを唱える。

「所詮はそんなもんか……あんたも、俺にとっては数いるボスキャラのうちの一人に過ぎない」

 勇者は無傷で大穴から出てきた。
 先に受けていた大火傷も、着ている鎧や衣服以外からはその痕跡も見られない。

「遊びは終わりだ」

 勇者は左手を上空に掲げた。

「〈共鳴天星〉」

 謎の言葉を発したかと思うと、次の瞬間空に亀裂が走った。光に包まれた巨大な隕石が亀裂から現れる。
 ゆっくりと下降を始める隕石を前に、敵味方関係無く兵たちが逃げ始めた。馬車から大使たちも降り、遠くへと避難を始める。
 だが、その巨大さは少し逃げたくらいでは間に合わないほどの面積を持っていた。
 光に包まれ燃え盛る隕石は、既に周囲の木々を燃やし始めている。

 (あの地震は……これが原因だったのか……!)

 その光景に絶望したフィオルの脳裏には、走馬灯のようなものが流れ始めていた。

 『必ず生きて……生きて、帰ってきて……』

 そうだ……約束したんだ。
 俺は、生きて──

 絶望を払いのけ、フィオルは詠唱を始めた。

「万象を巡る霜の息吹よ、天より流れ、地を覆え。
 蒼穹を舞う氷の刃よ、時の流れを凍てつかせ、生命を抱く大地の鼓動を、無慈悲なる静寂へと導け……」

 フィオルの体から青い魔力が立ち上る。

「極北の風よ、今こそ目覚め、白銀の嵐となりて万物を覆え。
 古の理を超えし凍結の支配者よ、悠久の氷河を砕き、世界を氷塵に変えよ……」

 次に、緑色の魔力が溢れ出し、混ざり合った魔力が周囲を冷やす程の冷気となり、燃えていた木々の炎を鎮火していく。
 何かがまずい……そう思った勇者は、詠唱中のフィオルへ向けフォースの魔法を放った。

「邪魔はさせん!」

 それをユリウスが魔法で弾き飛ばす。

「銀嶺を統べる吹雪の王たちよ!
 汝らの名のもとに、氷嵐を解き放つ──
 【ミリューガ・ミストラル・ブリザード】!」

 前に構えたフィオルの両手から、隕石を覆い尽くすほどの吹雪が放たれた。
 急速に冷やされた隕石は粉々に砕け散り、砕けた隕石による多少の被害は出しつつも、その被害を最小限に収めた。
 吹雪は隕石だけではなく、勇者にも襲い掛かる。

「な、何だこれは……!?
 聞いてねえ……こんな奴がいるなんて聞いてねえぞ!」

 吹雪から庇った勇者の両手が凍り付いていく。
 その状況に戦慄した勇者は、堪らずその場から逃亡した。

 吹雪の放出が止まり、フィオルは膝をついたまま力なく崩れ落ちた。

「フィオル!」

 魔力切れを起こしたフィオルの体を、ユリウスが受け止める。

「しっかりしろ、フィオル!!」

 ユリウスからのその問いかけにフィオルが答えることは無く、ただ静かに目を瞑っているだけだった。
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