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第三章 原稿という名の遺書
しおりを挟むその原稿は、少し湿っていた。
真琴は翡翠荘の書斎――宿泊者共有の読書スペースで、誰もいないのを確認してから封筒を開いた。
中には、古びたワープロで打たれた50枚ほどの原稿用紙が綴られていた。
タイトルは、何の変哲もない四文字。
『湖畔の夜に』
真琴はページをめくりながら、やがて顔をこわばらせた。
そこに綴られていたのは、“翡翠荘で起きた殺人”――まさに、今朝起きた事件と酷似する内容だった。
登場人物は六人。
作家、評論家、編集者、助手、古書店主、そして読者。
全員が湖畔の館に集まり、ある「未発表原稿」について語り合う。
そして翌朝、評論家が浴室で死体となって発見される――密室の中で、胸をナイフで刺されて。
まるで、予言された事件。
あるいは、この原稿を模した“犯行計画”。
だが、真琴の目は一か所で止まった。
「――死ぬべき人間は、誰か。
真の読者なら、見誤らないはずだ」
原稿の中の語り手は、まるで“読者”に向かって語りかけてくる。
そして次のページには、謎めいた記述があった。
「その嘘は、水面のように静かで、深く、誰の目にも映らない。
だが、水の底に沈められた真実は、必ず浮かび上がる。
鍵は、過去だ」
過去――。
真琴は立ち上がった。
この原稿は、ただの小説ではない。
それは、西園寺彰人が誰かに向けた「遺書」なのではないか。
あるいは、彼自身が死を予感していたとすれば……これは、最後の“告発”なのではないか?
そのとき、書斎の扉がゆっくりと開いた。
「真琴さん、いらっしゃいましたか」
入ってきたのは、一之瀬美咲だった。
彼女は扉の前に立ったまま、小さく息をついた。
「実は……お伝えしたいことがあって」
「なんですか?」
「西園寺さんと、以前会ったことがあるんです。――でも、それを隠していました」
真琴は目を細めた。
「どういうことですか?」
「大学時代です。私は学生で、彼は講演会のゲストでした。
でも……そのあと、偶然会ったカフェで話しかけられて。
彼は酔っていて、“作品を読んでほしい”と、原稿のコピーを私に渡してきたんです」
「原稿……?」
「ええ。でも、それは“ある事件”をモデルにしたものでした。
――実際に起きた、未解決の殺人事件。
私は怖くなって、その原稿をすぐに捨ててしまいました。
でも、それを誰かが知っていたのかもしれません。私が西園寺さんと過去に関わっていたことを……」
真琴はその話を聞きながら、一つの仮説を立てていた。
過去に西園寺が書いた“問題作”。それを捨てた美咲。
しかし、その原稿は残っていて、何者かがそれを“再現”している――。
では、その“事件”とは?
そして、なぜ今、それが翡翠荘で再び“演じられている”のか?
夜、サロンには人がまばらだった。
雨は強くなり、窓に打ちつける音が館の静けさを不気味に強調していた。
「真琴さん、少し話がある」
声をかけてきたのは、伊沢直樹だった。
彼はかつて澄子の編集を担当していたというが、今はフリーの編集者だという。
「実は……澄子先生が、亡くなった作家の“日記”を預かっていたんです。
それは、西園寺さんとも関係がある人物で……」
「その作家とは?」
「葉山怜司――二十年前、湖畔で溺死した新人作家です。
デビューを目前にして急死。事故とされましたが、当時から不可解な点が多くて……」
葉山怜司。
その名前は、翡翠荘の資料室にあった古い雑誌の片隅にも載っていた。
“幻のデビュー作家”。
そして、その死には、澄子、西園寺、伊沢……関係者が多く絡んでいたという。
真琴の頭に一つの線が浮かぶ。
西園寺彰人は、二十年前の“葉山の死”について何かを知っていた。
そして、それを原稿に書いた。
今、その原稿を“遺書”のようにして残したのは、誰かに罪を暴かせるため――。
だとすれば、犯人は西園寺に“口を封じられる”前に殺したのではないか?
いや、それとも逆に――西園寺自身が、自らの死を使って“何か”を明らかにしようとしたのか?
深夜、真琴はこっそりと廊下を歩いていた。
向かう先は、澄子の部屋――
そこには、葉山怜司の“日記”があるという。
もしそれが事実なら、この事件の背後にある「過去の罪」が明かされるはずだ。
しかし、扉に手をかけようとしたその瞬間――背後から、足音がした。
「こんな時間に、どこへ行くつもりですか?」
低く、硬い声だった。
振り返ると、そこには朝倉陽一が立っていた。
その眼には、真琴の行動すべてを見透かすような光が宿っていた。
「あなたこそ、“原稿の意味”を理解しすぎている。……まるで、書いた本人のように」
その言葉に、真琴の心臓が一瞬止まった。
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