水面に浮かぶ嘘

taki

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第四章 二十年前の夜

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 廊下の空気が、凍りついたようだった。
 朝倉陽一の声は冷たく、だがどこか感情を抑え込んだような響きを持っていた。

 「――まさか、私が原稿を書いたと言いたいのですか?」

 真琴はその問いに答えず、慎重に距離を保った。
 朝倉は動かない。ただ、じっと真琴の表情を見つめている。

 「あなたの推理は、面白い。しかし、浅い。
 原稿を読んだ人間なら気づくはずだ――あれは“真実”を書いたものではない。“罠”だと」

 「罠?」

 「西園寺は、真実を伝えるために書いたわけじゃない。
 むしろ、読んだ者が“嘘”を信じるよう仕向けた文章だ。そうすることで、本当の犯人を暴くために」

 その言葉に、真琴はわずかに息を飲んだ。

 たしかに、原稿にはいくつもの“ミスリード”が仕込まれていた。
 登場人物たちの動機や過去があいまいに語られ、誰もが怪しく見えるような構成。
 だが、それは単なる推理小説の技巧ではなかったのか?

 「……つまり、あの原稿を“信じた”者こそが、犯人だと?」

 朝倉は答えず、真琴の横を通り過ぎた。
 「澄子の部屋に行くんだろう?」と一言だけ残して。

 

 澄子の部屋は、深夜でも整然としていた。

 本棚には書籍と資料がびっしりと詰め込まれており、その奥、机の引き出しから真琴は一冊のノートを発見した。
 それは革張りで、表紙にかすかに「葉山怜司」と鉛筆書きされている。

 恐る恐るページをめくると、達筆な文字でこう綴られていた。

「僕の物語は始まらない。
彼らが僕の“原稿”を盗んでいった日から、すべては歪んでしまった。
あの夜――湖畔の別荘で、彼女は笑いながら言ったんだ。“あなたの物語は私が育ててあげる”って」

 彼女。
 それは、誰のことを指しているのか。

 日記は続く。

「あの人のために書いた。だけど、あれは盗作だった。
僕が見た殺人を、あの人は“物語”にした。
僕は知っている。――あれは事故なんかじゃない」

 殺人。
 物語にされた“殺人”。

 真琴の頭の中で、二つの事件が重なった。
 二十年前の“葉山の死”。
 そして、今朝の“西園寺の死”。

 いずれも、作品と現実が交錯している。
 作家たちが描いた“嘘”が、現実を侵食していく。

 

 真琴は再び、書斎に戻った。
 原稿をもう一度、最初から読み直す。

 そこに描かれた館の構造。
 登場人物たちの関係。
 そして――犯行のトリック。

 「……浴室の鍵は、内側からかけられていた。
 でも、それは“ある方法”で外からでも施錠可能だ。
 そのヒントは、原稿のここにある……」

 真琴は指先でページをなぞった。

 >「彼女は、髪留めを鍵穴に差し込み、くるりと回した。子どもの頃、よくやった遊びだった」

 髪留め。
 古い洋館の鍵ならば、内部構造が単純で、ピンさえ押し上げれば施錠も解錠も可能。

 つまり、“密室”は作れる。

 そしてこの描写は――女性の犯人を示唆している?

 

 その瞬間、真琴の中で一つの名前が浮かんだ。

 一之瀬美咲。

 彼女は「原稿を捨てた」と言った。
 だが、もしそれが嘘なら?
 彼女こそ、最初に“問題の原稿”に触れた人物。

 さらに、西園寺とは過去に接触がある。
 葉山の死についても、もしかすると――?

 

 朝。
 雨が止み、薄明かりが湖畔を照らしていた。

 サロンには宿泊者が集まり、沈黙の中で朝食を囲んでいた。
 その静寂を破るように、真琴は立ち上がった。

 「皆さんにお伝えしなければならないことがあります。
 今回の事件――西園寺彰人さんの死は、事故ではありません。
 そして、それは“ある小説”の内容をなぞるように計画された殺人です」

 一同がざわめいた。

 真琴は手にした原稿を掲げる。

 「これは、西園寺さんが残した『湖畔の夜に』という作品。
 内容は今朝起きた殺人と酷似しており、犯人の手口、密室の構造まで描かれています。
 しかし、これは“単なるフィクション”ではありません。
 二十年前、この館で起きた――葉山怜司という新人作家の死。
 それが、この事件の“原点”です」

 沈黙の中、誰かが息をのむ音が聞こえた。

 「彼の死は事故とされていましたが、残された日記には“殺人”だったと書かれていた。
 そして、彼の作品――その“盗まれた原稿”を利用してデビューした人物がいる。
 西園寺さんは、その真相を突き止め、小説として“暴露”しようとした。
 その結果、口を封じられたのです」

 真琴はゆっくりと顔を上げる。

 「犯人は、“真実が書かれた原稿”の存在を知り、それを奪おうとした。
 しかし同時に、原稿の内容を利用して、事件そのものを“演出”した。
 ――犯人は、二十年前の嘘を“もう一度”繰り返したのです」

 そのとき、椅子が軋んだ。

 一之瀬美咲が立ち上がっていた。
 その表情には、怒りでも、恐怖でもない――静かな覚悟があった。

 「その原稿……まだ残っていたんですね」

 その声に、誰もが注目した。

 

 そして次章――
 **第5章「読者の罪」**にて、ついに“犯人”が名乗りを上げる。
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