4 / 9
第四章 二十年前の夜
しおりを挟む廊下の空気が、凍りついたようだった。
朝倉陽一の声は冷たく、だがどこか感情を抑え込んだような響きを持っていた。
「――まさか、私が原稿を書いたと言いたいのですか?」
真琴はその問いに答えず、慎重に距離を保った。
朝倉は動かない。ただ、じっと真琴の表情を見つめている。
「あなたの推理は、面白い。しかし、浅い。
原稿を読んだ人間なら気づくはずだ――あれは“真実”を書いたものではない。“罠”だと」
「罠?」
「西園寺は、真実を伝えるために書いたわけじゃない。
むしろ、読んだ者が“嘘”を信じるよう仕向けた文章だ。そうすることで、本当の犯人を暴くために」
その言葉に、真琴はわずかに息を飲んだ。
たしかに、原稿にはいくつもの“ミスリード”が仕込まれていた。
登場人物たちの動機や過去があいまいに語られ、誰もが怪しく見えるような構成。
だが、それは単なる推理小説の技巧ではなかったのか?
「……つまり、あの原稿を“信じた”者こそが、犯人だと?」
朝倉は答えず、真琴の横を通り過ぎた。
「澄子の部屋に行くんだろう?」と一言だけ残して。
澄子の部屋は、深夜でも整然としていた。
本棚には書籍と資料がびっしりと詰め込まれており、その奥、机の引き出しから真琴は一冊のノートを発見した。
それは革張りで、表紙にかすかに「葉山怜司」と鉛筆書きされている。
恐る恐るページをめくると、達筆な文字でこう綴られていた。
「僕の物語は始まらない。
彼らが僕の“原稿”を盗んでいった日から、すべては歪んでしまった。
あの夜――湖畔の別荘で、彼女は笑いながら言ったんだ。“あなたの物語は私が育ててあげる”って」
彼女。
それは、誰のことを指しているのか。
日記は続く。
「あの人のために書いた。だけど、あれは盗作だった。
僕が見た殺人を、あの人は“物語”にした。
僕は知っている。――あれは事故なんかじゃない」
殺人。
物語にされた“殺人”。
真琴の頭の中で、二つの事件が重なった。
二十年前の“葉山の死”。
そして、今朝の“西園寺の死”。
いずれも、作品と現実が交錯している。
作家たちが描いた“嘘”が、現実を侵食していく。
真琴は再び、書斎に戻った。
原稿をもう一度、最初から読み直す。
そこに描かれた館の構造。
登場人物たちの関係。
そして――犯行のトリック。
「……浴室の鍵は、内側からかけられていた。
でも、それは“ある方法”で外からでも施錠可能だ。
そのヒントは、原稿のここにある……」
真琴は指先でページをなぞった。
>「彼女は、髪留めを鍵穴に差し込み、くるりと回した。子どもの頃、よくやった遊びだった」
髪留め。
古い洋館の鍵ならば、内部構造が単純で、ピンさえ押し上げれば施錠も解錠も可能。
つまり、“密室”は作れる。
そしてこの描写は――女性の犯人を示唆している?
その瞬間、真琴の中で一つの名前が浮かんだ。
一之瀬美咲。
彼女は「原稿を捨てた」と言った。
だが、もしそれが嘘なら?
彼女こそ、最初に“問題の原稿”に触れた人物。
さらに、西園寺とは過去に接触がある。
葉山の死についても、もしかすると――?
朝。
雨が止み、薄明かりが湖畔を照らしていた。
サロンには宿泊者が集まり、沈黙の中で朝食を囲んでいた。
その静寂を破るように、真琴は立ち上がった。
「皆さんにお伝えしなければならないことがあります。
今回の事件――西園寺彰人さんの死は、事故ではありません。
そして、それは“ある小説”の内容をなぞるように計画された殺人です」
一同がざわめいた。
真琴は手にした原稿を掲げる。
「これは、西園寺さんが残した『湖畔の夜に』という作品。
内容は今朝起きた殺人と酷似しており、犯人の手口、密室の構造まで描かれています。
しかし、これは“単なるフィクション”ではありません。
二十年前、この館で起きた――葉山怜司という新人作家の死。
それが、この事件の“原点”です」
沈黙の中、誰かが息をのむ音が聞こえた。
「彼の死は事故とされていましたが、残された日記には“殺人”だったと書かれていた。
そして、彼の作品――その“盗まれた原稿”を利用してデビューした人物がいる。
西園寺さんは、その真相を突き止め、小説として“暴露”しようとした。
その結果、口を封じられたのです」
真琴はゆっくりと顔を上げる。
「犯人は、“真実が書かれた原稿”の存在を知り、それを奪おうとした。
しかし同時に、原稿の内容を利用して、事件そのものを“演出”した。
――犯人は、二十年前の嘘を“もう一度”繰り返したのです」
そのとき、椅子が軋んだ。
一之瀬美咲が立ち上がっていた。
その表情には、怒りでも、恐怖でもない――静かな覚悟があった。
「その原稿……まだ残っていたんですね」
その声に、誰もが注目した。
そして次章――
**第5章「読者の罪」**にて、ついに“犯人”が名乗りを上げる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる