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第七章 沈む名前
しおりを挟む面会室での静寂を破ったのは、美咲の低い声だった。
「彼を殺したのは……私じゃない」
その言葉は、真琴の胸に鋭く突き刺さった。
自白したはずの女が、今になって否定する――しかしそれは、“ただの否認”ではなかった。
言葉の奥に、確信があった。
「じゃあ、誰なんですか? 本当の犯人は」
「それを語るには……過去に戻らないといけない。
私たちが“嘘の小説”を紡いだ、あの夏へ」
美咲が語り出したのは、二十年前の出来事だった。
作家・葉山怜司とともに“ある共著作品”を執筆していた頃。
正式には発表されることのなかったその作品――タイトルは『水面に浮かぶ嘘』。
だが、それはフィクションではなかった。
登場人物たちは皆、実在の誰かに酷似していた。
“自殺した作家”“盗作を疑われる新人”“湖の館に集う六人”――。
そしてその中に、“犯人”として描かれた人物がいた。
それが、現在の文芸評論家・雨宮敬一だった。
「彼はかつて、葉山と大学で同じ研究室にいた。
だが彼は嫉妬深く、自分には書けないものを葉山が書けることに耐えられなかった。
そして……葉山の書いた草稿を盗んだの。
わかりにくい形でリライトして、自分の名で雑誌に載せた。
その作品が文学賞の最終選考に残って、葉山は絶望した」
「雨宮さんが、盗作を?」
「証拠は、なかった。でも葉山は知っていた。
だからこそ、彼は“そのすべてを暴く物語”を書こうとしたの。
最初は自分一人で。でも途中から、私にも書かせるようになった。
……私も、雨宮の嘘を知っていたから」
真琴はその名を反芻した。
雨宮敬一――文芸評論界の重鎮。西園寺彰人を最初に発掘した人物。
その雨宮が、葉山の過去を隠すために動いていたのなら――
「……じゃあ、西園寺が原稿で告発しようとしていたのは、あなたじゃなくて……?」
「そう。彼の狙いは、私ではなく“雨宮”だった。
でも私は、その事実を恐れた。
彼が世間に晒されるよりも、私が“犯人”として終わったほうが楽だった。
だから、あの夜――」
美咲はそこで一瞬言葉を詰まらせた。
その表情には、深い悔いと覚悟が浮かんでいた。
「私は西園寺に“原稿を出すな”と頼んだ。
彼は拒否した。正しいことをしたかったのだと思う。
その夜、私は彼の部屋に忍び込んで、原稿を探した。
でも、浴室から聞こえた音に驚いて、扉を開けた――
そこにいたのは、倒れている西園寺と、逃げ出す黒い影だった」
「……影?」
「ええ。顔は見えなかった。だけど、雨宮だったと確信してる。
彼も西園寺が原稿を持っていることに気づいていたの。
たぶん彼は、奪いに来て……でも、西園寺は渡さなかった。
揉み合いの末、彼を――」
美咲の声が震えた。
「私は、密室を作って自分が犯人だと思わせた。
彼が死んだ真相を隠すことで、雨宮の存在を守ってしまった。
……それが、私の罪」
すべてが繋がり始めていた。
美咲が罪を“かぶった”理由。
西園寺が遺した“二つの原稿”。
そして、“犯人の名前”が最後まで明かされなかった理由――
すべては、“水面に浮かぶ嘘”として塗り固められていたのだ。
真琴は面会を終えたあと、編集部の田淵に会いに行った。
「雨宮敬一について調べたいんです。何か、西園寺さんと彼の間でトラブルはありませんでしたか?」
田淵は、しばらく黙った後、ぽつりとつぶやいた。
「……あったよ。西園寺が『文藝センタ』を離れる数か月前、雨宮と激しく言い争ってた」
「内容は?」
「聞いてない。けど、西園寺は“これ以上、文壇に嘘を残すべきじゃない”って言ってた」
真琴の脳裏に、西園寺の最後の一文がよみがえった。
「読者よ。
この物語を“真実”と呼ぶか、“虚構”と呼ぶかは、あなた次第だ。
だが、沈んだ名前は、必ず浮かび上がる。
嘘の水面の上に」
“沈む名前”――それは、雨宮敬一。
真琴は決意した。
この真実を、暴く。たとえそれが文壇の巨塔を崩すことになろうとも。
そして、“最後の証拠”を探す旅が始まる。
その証拠とは、西園寺が密かに預けた“第三の原稿”。
それは“本当の殺人の瞬間”を描いた、唯一の“記録”だった。
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