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1話
第1話 国宝級の大胸筋と、死の呪い
「あ、これ死ぬわ」
路地裏の冷たい石畳の上で、僕は薄れゆく意識の中でそう確信した。
前世の記憶を持って異世界に転生して、早三年。
僕、レオナルド・エヴァンズ(十八歳)
生まれつきの『魔力欠乏症』という呪いに蝕まれている。
この世界では、人は体内で魔力を生成して生命活動を維持する。だが僕の身体はザルだ。魔力を作れないどころか、外部から摂取しなければ乾いたスポンジのように干からびて死んでしまう。
そして今、僕の魔力タンクは完全に空っぽだった。
指一本動かせない。心臓の音が、頼りないリズムを刻んでいる。寒い。暗い。
(……無念だ。まだ、この世界で『至高の筋肉』を拝んでいないのに……!)
そう、僕の唯一の心残りはそれだった。
前世で過労死した僕は、ハードワークな人生の癒やしとして「筋肉鑑賞」を趣味にしていた。
ジムに通うマッチョたちの汗、隆起する血管、限界に挑む際の苦悶の表情。それらを見るだけで、明日への活力が湧いてきたものだ。
異世界なら、さぞかし素晴らしい肉体美を持つ戦士がいるだろうと期待していたのに。
辺境の村で貧しく暮らし、魔力不足で野垂れ死ぬなんて。
(神様、もし生まれ変われるなら……次はプロテインになりたい……)
そんなふざけた辞世の句を脳内で詠んだ、その時だった。
カツ、カツ、カツ。
重厚感のある足音が近づいてくる。
金属が擦れる微かな音。これは鎧の音だ。
「おい、大丈夫か」
頭上から降ってきたのは、地の底から響くような低音ボイス。
霞む視界を無理やり上げると、そこには――壁があった。
いや、壁ではない。人だ。
逆光で顔は見えないが、そのシルエットは異常だった。
肩幅が、広い。広すぎる。冷蔵庫か? いや、それ以上の質量を感じる。
「……息が浅いな。魔力切れか」
男が屈み込む。
巨大な手が、僕の身体を軽々と掬い上げた。
お姫様抱っこ。乙女ならときめくシチュエーションだが、今の僕にはそれどころでは――
「んぐっ……!?」
その瞬間、僕の全身に電流が走った。
いや、正確には「衝撃」だ。
男の腕の中に収まった僕の頬が、彼の胸元に押し付けられたのだ。
ひんやりとした軍服の生地越しに伝わる、圧倒的な熱量。
そして何より――この、弾力。
(か、硬い……ッ!!)
岩石のように強固でありながら、内側にはゴムのようなしなやかさを秘めている。
呼吸に合わせて上下するその大胸筋は、まるで生き物のように僕の頬を押し返してきた。
吸い付くような高密度の筋繊維。
無駄な脂肪が一切なく、鍛え抜かれた鋼(はがね)だけが持つ、神聖な反発力。
(これは……パンだ……最高級小麦を使って、熟練の職人が三日三晩寝かせずに練り上げた、奇跡のパン生地だ……!)
その瞬間、僕の枯渇していた体内に、奔流のような力が流れ込んできた。
「あ、ぁぁ……っ!」
魔力だ。
この男、ただのマッチョではない。溢れんばかりの膨大な魔力を、その筋肉の鎧の下に蓄えている。
接触した部分から、僕の乾いた身体が勝手に彼の魔力を――いや、生命力を貪るように吸い取っていく。
「おい、しっかりしろ! 今、治療院へ連れて行く!」
男が走り出す。
振動が伝わる。走るたびに、彼の大胸筋がわずかに躍動し、僕の頬を打つ。
そのたびに濃密な魔力が注入され、死にかけていた細胞が歓喜の悲鳴を上げた。
もっと。もっとだ。
離れたくない。この極上の筋肉(命綱)から離れたら、僕はまた死んでしまう!
「は、離さないで……ください……ッ!」
僕は最後の力を振り絞り、男の軍服を鷲掴みにした。
生地が悲鳴を上げるほど強く、その胸板にしがみつく。
「……ッ!?」
男が驚いたように息を呑む気配がした。
当然だ。道端で拾った浮浪者同然の小僧が、いきなり胸に顔を埋めてきたのだから。
だが、僕は止まれない。
これは生存本能であり、魂の叫びだ。
「あなたの……その、豊満で……硬い……『命』がないと……僕は死んでしまうんです……!」
涙目で訴える。
僕の言葉は、魔力という「生命力」と、筋肉という「物体」への賛美が入り混じっていた。
男は足を止め、腕の中の僕を見下ろした。
月明かりに照らされたその顔は、彫刻のように整った美貌だった。
鋭い氷のような青い瞳。眉間には深いシワが刻まれている。
王都を守護する「氷の騎士団長」、ガドリエル・ヴォルフレア。
泣く子も黙る冷徹な英雄。
だが、今の彼は、僕の必死な形相を見て――その瞳をわずかに揺らした。
「(……命だと? 初対面の俺にすがりつき、震えながら命乞いをするとは……)」
ガドリエルの視点では、僕は死の淵で恐怖に怯え、温もりを求めて縋り付く儚い少年に見えているのだろう。
実際は、大胸筋の感触を頬ずりで確かめている変態なのだが。
「(なんと……健気な)」
勘違いの音が、カチリと鳴った。
ガドリエルは、僕を抱える腕に力を込めた。
上腕二頭筋が膨張し、僕の背中をがっしりとホールドする。
その硬度に、僕は恍惚のため息を漏らした。
「安心しろ。俺がいる限り、死なせはしない」
低く、甘く響く声。
彼は僕の懇願を「助けて」と受け取り、僕は彼の宣言を「一生揉ませてやる」と受け取った。
「はい……! 一生、離しません……!」
こうして。
国宝級の筋肉を持つ騎士団長と、その筋肉を狙う最弱治癒師の、歪んだ契約(勘違い)が成立したのだった。
「あ、これ死ぬわ」
路地裏の冷たい石畳の上で、僕は薄れゆく意識の中でそう確信した。
前世の記憶を持って異世界に転生して、早三年。
僕、レオナルド・エヴァンズ(十八歳)
生まれつきの『魔力欠乏症』という呪いに蝕まれている。
この世界では、人は体内で魔力を生成して生命活動を維持する。だが僕の身体はザルだ。魔力を作れないどころか、外部から摂取しなければ乾いたスポンジのように干からびて死んでしまう。
そして今、僕の魔力タンクは完全に空っぽだった。
指一本動かせない。心臓の音が、頼りないリズムを刻んでいる。寒い。暗い。
(……無念だ。まだ、この世界で『至高の筋肉』を拝んでいないのに……!)
そう、僕の唯一の心残りはそれだった。
前世で過労死した僕は、ハードワークな人生の癒やしとして「筋肉鑑賞」を趣味にしていた。
ジムに通うマッチョたちの汗、隆起する血管、限界に挑む際の苦悶の表情。それらを見るだけで、明日への活力が湧いてきたものだ。
異世界なら、さぞかし素晴らしい肉体美を持つ戦士がいるだろうと期待していたのに。
辺境の村で貧しく暮らし、魔力不足で野垂れ死ぬなんて。
(神様、もし生まれ変われるなら……次はプロテインになりたい……)
そんなふざけた辞世の句を脳内で詠んだ、その時だった。
カツ、カツ、カツ。
重厚感のある足音が近づいてくる。
金属が擦れる微かな音。これは鎧の音だ。
「おい、大丈夫か」
頭上から降ってきたのは、地の底から響くような低音ボイス。
霞む視界を無理やり上げると、そこには――壁があった。
いや、壁ではない。人だ。
逆光で顔は見えないが、そのシルエットは異常だった。
肩幅が、広い。広すぎる。冷蔵庫か? いや、それ以上の質量を感じる。
「……息が浅いな。魔力切れか」
男が屈み込む。
巨大な手が、僕の身体を軽々と掬い上げた。
お姫様抱っこ。乙女ならときめくシチュエーションだが、今の僕にはそれどころでは――
「んぐっ……!?」
その瞬間、僕の全身に電流が走った。
いや、正確には「衝撃」だ。
男の腕の中に収まった僕の頬が、彼の胸元に押し付けられたのだ。
ひんやりとした軍服の生地越しに伝わる、圧倒的な熱量。
そして何より――この、弾力。
(か、硬い……ッ!!)
岩石のように強固でありながら、内側にはゴムのようなしなやかさを秘めている。
呼吸に合わせて上下するその大胸筋は、まるで生き物のように僕の頬を押し返してきた。
吸い付くような高密度の筋繊維。
無駄な脂肪が一切なく、鍛え抜かれた鋼(はがね)だけが持つ、神聖な反発力。
(これは……パンだ……最高級小麦を使って、熟練の職人が三日三晩寝かせずに練り上げた、奇跡のパン生地だ……!)
その瞬間、僕の枯渇していた体内に、奔流のような力が流れ込んできた。
「あ、ぁぁ……っ!」
魔力だ。
この男、ただのマッチョではない。溢れんばかりの膨大な魔力を、その筋肉の鎧の下に蓄えている。
接触した部分から、僕の乾いた身体が勝手に彼の魔力を――いや、生命力を貪るように吸い取っていく。
「おい、しっかりしろ! 今、治療院へ連れて行く!」
男が走り出す。
振動が伝わる。走るたびに、彼の大胸筋がわずかに躍動し、僕の頬を打つ。
そのたびに濃密な魔力が注入され、死にかけていた細胞が歓喜の悲鳴を上げた。
もっと。もっとだ。
離れたくない。この極上の筋肉(命綱)から離れたら、僕はまた死んでしまう!
「は、離さないで……ください……ッ!」
僕は最後の力を振り絞り、男の軍服を鷲掴みにした。
生地が悲鳴を上げるほど強く、その胸板にしがみつく。
「……ッ!?」
男が驚いたように息を呑む気配がした。
当然だ。道端で拾った浮浪者同然の小僧が、いきなり胸に顔を埋めてきたのだから。
だが、僕は止まれない。
これは生存本能であり、魂の叫びだ。
「あなたの……その、豊満で……硬い……『命』がないと……僕は死んでしまうんです……!」
涙目で訴える。
僕の言葉は、魔力という「生命力」と、筋肉という「物体」への賛美が入り混じっていた。
男は足を止め、腕の中の僕を見下ろした。
月明かりに照らされたその顔は、彫刻のように整った美貌だった。
鋭い氷のような青い瞳。眉間には深いシワが刻まれている。
王都を守護する「氷の騎士団長」、ガドリエル・ヴォルフレア。
泣く子も黙る冷徹な英雄。
だが、今の彼は、僕の必死な形相を見て――その瞳をわずかに揺らした。
「(……命だと? 初対面の俺にすがりつき、震えながら命乞いをするとは……)」
ガドリエルの視点では、僕は死の淵で恐怖に怯え、温もりを求めて縋り付く儚い少年に見えているのだろう。
実際は、大胸筋の感触を頬ずりで確かめている変態なのだが。
「(なんと……健気な)」
勘違いの音が、カチリと鳴った。
ガドリエルは、僕を抱える腕に力を込めた。
上腕二頭筋が膨張し、僕の背中をがっしりとホールドする。
その硬度に、僕は恍惚のため息を漏らした。
「安心しろ。俺がいる限り、死なせはしない」
低く、甘く響く声。
彼は僕の懇願を「助けて」と受け取り、僕は彼の宣言を「一生揉ませてやる」と受け取った。
「はい……! 一生、離しません……!」
こうして。
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