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3話
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第3話 秘密の夜の施術
夜の帳が下りた騎士団宿舎。
ガドリエル団長の個室の前で、僕は大きく深呼吸をした。
手には、最高級のアロマオイル。
そして心には、これから拝めるであろう「聖域」への畏敬の念。
(……落ち着け、レオ。これは医療行為だ。あくまで治療だ。決して、個人的な欲望を満たすためだけの行為ではない……!)
自分自身に言い訳をしつつ、ノックをする。
「入れ」という短い返事を聞き、扉を開けた。
部屋は間接照明のみで薄暗い。
中央のベッドには、すでにシャツのボタンを外し終えたガドリエルが腰掛けていた。
「……待っていたぞ」
彼が振り返り、シャツを肩から滑り落とす。
その瞬間、僕は息を呑んだ。
――あぁ、神よ。
そこには、完璧な逆三角形が存在した。
肩幅の広さに対して、きゅっと引き締まった腰のライン。
そして何より、背中を覆う広背筋の広がり。それはまるで、これから大空へ羽ばたく巨鳥の翼のようだった。
「どうした? 突っ立って」
「い、いえ……! あまりに美しい……いや、深刻な凝り具合だなと思いまして!」
僕は慌てて駆け寄り、ベッドに膝立ちになった。
ガドリエルの背後に回る。
至近距離で見ると、その迫力は倍増した。
背骨に沿って二本の龍が昇るような脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)。
肩甲骨周りの複雑な起伏。
肌は白く、しかし触れれば火傷しそうなほどの熱を帯びている。
「では、失礼します……」
震える手で、オイルを馴染ませた掌を彼の背中に添えた。
――ピクリ。
ガドリエルの肩が大きく跳ねた。
「っ……!」
「団長、力抜いてください。岩みたいに硬くなってますよ」
「すまない……。人に背中を預けるのは、戦場以外では慣れていなくてな」
彼はそう言って苦笑したが、その背中は依然として鉄板のように硬直していた。
指が沈み込まない。
表面は滑らかな皮膚なのに、その数ミリ下には鍛え抜かれた鋼の層が待ち構えている。
(くうぅ……! この拒絶感! 最高だ!)
僕は理性を総動員して「治癒師」の顔を作った。
「では、少し強めにいきますね。魔力を流し込みながら、深層筋までほぐします」
親指に魔力を集中させる。
狙うは、肩甲骨の内側。菱形筋(りょうけいきん)の奥にある、凝りの親玉だ。
ぐっ、と親指をねじ込む。
ガドリエルの呼吸が止まる気配がした。
「……ぐ、ぅッ!?」
「あー、ここですね。ゴリゴリ言ってます。溜まってますねぇ、団長」
「待て……そこは……響く……ッ!」
ガドリエルがシーツを握りしめる。
上腕三頭筋が盛り上がり、素晴らしい陰影を作り出す。
僕はその光景をおかずに、さらに指圧の強度を上げた。
「ダメです、逃げないでください。ここを流さないと、魔力が循環しませんから」
ぬるり、とオイルが滑る音。
硬い筋肉と格闘する指の感触。
指圧の瞬間に波打つ僧帽筋のうねり……これだけで白飯三杯はいける。
「ん……くっ、あぁ……! そ、そこは……!」
普段、部下には絶対に見せないであろう、苦悶とも快楽ともつかない低い声が漏れる。
氷の騎士団長が、僕の指一本で翻弄されている。
この征服感。
そして指先から吸い上げる、極上の魔力。
「はぁ、はぁ……レオ、もっと……奥だ……」
「はい、もっと深くですね? 遠慮なくいきますよ」
僕は体重を乗せ、肘を使ってさらに深く圧をかけた。
ガドリエルの背中が弓なりに反る。
「あ゛あぁーーッ!! す、凄い……入ってくる……熱いのが……!」
「いい声ですね団長! もっと力を抜いて、僕に身を委ねてください!」
――その時だった。
廊下の向こう側。
夜警の見回りをしていた二人の騎士が、扉の前で足を止めていた。
「……おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた。団長があんな乱れた声を……」
分厚い扉を通して聞こえてくるのは、断片的な言葉と、湿った衣擦れの音。
『もっと……奥だ……』
『遠慮なくいきますよ』
『あ゛あぁーーッ!! す、凄い……入ってくる……!』
『いい声ですね団長!』
二人の騎士は顔を見合わせ、青ざめた。
「マジかよ……新入り……あんな華奢な体で、団長をあそこまで泣かせるのか……?」
「『入ってくる』って……まさか、そういう……」
「聞かなかったことにしよう。これは国家機密だ」
二人は無言で敬礼し、足早に去っていった。
翌日、騎士団の極秘ファイルに『レオ・エヴァンズ:要注意人物』という項目が追加されることを、僕はまだ知らない。
部屋の中では、ようやく施術が終わりを迎えようとしていた。
「ふぅ……どうですか、団長」
僕は(興奮で)汗だくになりながら、最後の一押しを終えた。
ガドリエルはベッドに突っ伏したまま、荒い息を整えている。
その背中は、施術前よりも血色が良く、ほんのりと桜色に染まっていた。
「……信じられん」
ガドリエルがゆっくりと体を起こす。
その顔は、憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
乱れた前髪の隙間から覗く瞳が、熱っぽく潤んでいる。
「体が……羽のように軽い。長年背負っていた重りが、嘘のように消えた」
「それは良かったです! たっぷりと魔力も頂きましたし、お互い様ですね!」
僕もまた、満タンになった魔力タンクのおかげで肌ツヤが最高潮だった。
ガドリエルは僕の手を取り、その甲に唇を寄せた――かと思いきや、ぐっと強く握りしめた。
「レオ。お前の手は……魔法の手だ。もう、他の誰にも触れさせたくない」
彼は真剣そのものだった。
極上のマッサージ師を独占したい、という純粋な称賛。
だが、その熱烈な眼差しは、どう見てもプロポーズのそれだった。
「(……ん? なんか重いな?)」
少しだけ違和感を覚えたが、目の前の大胸筋がプルンと揺れたので、僕はすべてを忘れて笑顔で頷いた。
「はい! 明日は『ふくらはぎ』を重点的に攻めましょうね!」
夜の帳が下りた騎士団宿舎。
ガドリエル団長の個室の前で、僕は大きく深呼吸をした。
手には、最高級のアロマオイル。
そして心には、これから拝めるであろう「聖域」への畏敬の念。
(……落ち着け、レオ。これは医療行為だ。あくまで治療だ。決して、個人的な欲望を満たすためだけの行為ではない……!)
自分自身に言い訳をしつつ、ノックをする。
「入れ」という短い返事を聞き、扉を開けた。
部屋は間接照明のみで薄暗い。
中央のベッドには、すでにシャツのボタンを外し終えたガドリエルが腰掛けていた。
「……待っていたぞ」
彼が振り返り、シャツを肩から滑り落とす。
その瞬間、僕は息を呑んだ。
――あぁ、神よ。
そこには、完璧な逆三角形が存在した。
肩幅の広さに対して、きゅっと引き締まった腰のライン。
そして何より、背中を覆う広背筋の広がり。それはまるで、これから大空へ羽ばたく巨鳥の翼のようだった。
「どうした? 突っ立って」
「い、いえ……! あまりに美しい……いや、深刻な凝り具合だなと思いまして!」
僕は慌てて駆け寄り、ベッドに膝立ちになった。
ガドリエルの背後に回る。
至近距離で見ると、その迫力は倍増した。
背骨に沿って二本の龍が昇るような脊柱起立筋(せきちゅうきりつきん)。
肩甲骨周りの複雑な起伏。
肌は白く、しかし触れれば火傷しそうなほどの熱を帯びている。
「では、失礼します……」
震える手で、オイルを馴染ませた掌を彼の背中に添えた。
――ピクリ。
ガドリエルの肩が大きく跳ねた。
「っ……!」
「団長、力抜いてください。岩みたいに硬くなってますよ」
「すまない……。人に背中を預けるのは、戦場以外では慣れていなくてな」
彼はそう言って苦笑したが、その背中は依然として鉄板のように硬直していた。
指が沈み込まない。
表面は滑らかな皮膚なのに、その数ミリ下には鍛え抜かれた鋼の層が待ち構えている。
(くうぅ……! この拒絶感! 最高だ!)
僕は理性を総動員して「治癒師」の顔を作った。
「では、少し強めにいきますね。魔力を流し込みながら、深層筋までほぐします」
親指に魔力を集中させる。
狙うは、肩甲骨の内側。菱形筋(りょうけいきん)の奥にある、凝りの親玉だ。
ぐっ、と親指をねじ込む。
ガドリエルの呼吸が止まる気配がした。
「……ぐ、ぅッ!?」
「あー、ここですね。ゴリゴリ言ってます。溜まってますねぇ、団長」
「待て……そこは……響く……ッ!」
ガドリエルがシーツを握りしめる。
上腕三頭筋が盛り上がり、素晴らしい陰影を作り出す。
僕はその光景をおかずに、さらに指圧の強度を上げた。
「ダメです、逃げないでください。ここを流さないと、魔力が循環しませんから」
ぬるり、とオイルが滑る音。
硬い筋肉と格闘する指の感触。
指圧の瞬間に波打つ僧帽筋のうねり……これだけで白飯三杯はいける。
「ん……くっ、あぁ……! そ、そこは……!」
普段、部下には絶対に見せないであろう、苦悶とも快楽ともつかない低い声が漏れる。
氷の騎士団長が、僕の指一本で翻弄されている。
この征服感。
そして指先から吸い上げる、極上の魔力。
「はぁ、はぁ……レオ、もっと……奥だ……」
「はい、もっと深くですね? 遠慮なくいきますよ」
僕は体重を乗せ、肘を使ってさらに深く圧をかけた。
ガドリエルの背中が弓なりに反る。
「あ゛あぁーーッ!! す、凄い……入ってくる……熱いのが……!」
「いい声ですね団長! もっと力を抜いて、僕に身を委ねてください!」
――その時だった。
廊下の向こう側。
夜警の見回りをしていた二人の騎士が、扉の前で足を止めていた。
「……おい、聞いたか?」
「ああ、聞いた。団長があんな乱れた声を……」
分厚い扉を通して聞こえてくるのは、断片的な言葉と、湿った衣擦れの音。
『もっと……奥だ……』
『遠慮なくいきますよ』
『あ゛あぁーーッ!! す、凄い……入ってくる……!』
『いい声ですね団長!』
二人の騎士は顔を見合わせ、青ざめた。
「マジかよ……新入り……あんな華奢な体で、団長をあそこまで泣かせるのか……?」
「『入ってくる』って……まさか、そういう……」
「聞かなかったことにしよう。これは国家機密だ」
二人は無言で敬礼し、足早に去っていった。
翌日、騎士団の極秘ファイルに『レオ・エヴァンズ:要注意人物』という項目が追加されることを、僕はまだ知らない。
部屋の中では、ようやく施術が終わりを迎えようとしていた。
「ふぅ……どうですか、団長」
僕は(興奮で)汗だくになりながら、最後の一押しを終えた。
ガドリエルはベッドに突っ伏したまま、荒い息を整えている。
その背中は、施術前よりも血色が良く、ほんのりと桜色に染まっていた。
「……信じられん」
ガドリエルがゆっくりと体を起こす。
その顔は、憑き物が落ちたようにスッキリとしていた。
乱れた前髪の隙間から覗く瞳が、熱っぽく潤んでいる。
「体が……羽のように軽い。長年背負っていた重りが、嘘のように消えた」
「それは良かったです! たっぷりと魔力も頂きましたし、お互い様ですね!」
僕もまた、満タンになった魔力タンクのおかげで肌ツヤが最高潮だった。
ガドリエルは僕の手を取り、その甲に唇を寄せた――かと思いきや、ぐっと強く握りしめた。
「レオ。お前の手は……魔法の手だ。もう、他の誰にも触れさせたくない」
彼は真剣そのものだった。
極上のマッサージ師を独占したい、という純粋な称賛。
だが、その熱烈な眼差しは、どう見てもプロポーズのそれだった。
「(……ん? なんか重いな?)」
少しだけ違和感を覚えたが、目の前の大胸筋がプルンと揺れたので、僕はすべてを忘れて笑顔で頷いた。
「はい! 明日は『ふくらはぎ』を重点的に攻めましょうね!」
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