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5話
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第5話 浮気現場
食堂を出て、訓練場の横を通りかかったとき。
「――っ!?」
僕は足を止めた。
そこには、朝練に励む騎士たちの集団がいた。
汗。怒号。ぶつかり合う肉体。
剣を振るうたびに弾ける上腕三頭筋。踏み込むたびに隆起する大腿四頭筋。
(ここは……天国か……!?)
ガドリエルという最高級ステーキもいいが、ここにはビュッフェ形式の筋肉が山ほどある。
僕の目が、獲物を狙うハイエナのように輝き出した。
その視線に気づいたガドリエルが、ピタリと足を止める。
ドッ、ガキン!
金属と金属がぶつかり合い、男たちの太い掛け声が響く。
舞い散る土埃。滴り落ちる汗。
(……素晴らしい。なんて光景だ!)
移動する足を止め、フェンスに張り付いていた。
ガドリエルの隣を歩いていたはずが、気づけば体が勝手に吸い寄せられていたのだ。
目の前では、二人の騎士が模擬戦を行っている。
片方は、重厚な鎧を着込んだパワータイプ。
もう片方は、軽装で素早さを活かしたスピードタイプ。
スピードタイプの騎士が、鋭く踏み込む。
その瞬間、彼の太ももの筋肉――大腿四頭筋が、ズボンの生地を内側から食い破らんばかりに膨張した。
「ハッ!」
剣を振るう動作に合わせて、上腕三頭筋が馬の蹄のようにくっきりと浮かび上がる。
汗に濡れた肌は、陽の光を浴びてオイルを塗ったかのように輝いていた。
(ガドリエル団長が最高級のフィレ肉だとしたら、彼らは野性味あふれるスペアリブ……! 噛みごたえがありそうだ……!)
僕の目は、完全に捕食者のそれになっていた。
「あっ、そこの彼! ちょっと足の運びが乱れてるよ! たぶんヒラメ筋が疲労してる!」
僕は思わず声をかけた。
模擬戦を終えて肩で息をしていた騎士が、不思議そうに振り返る。
「え? ああ、確かに少しつりそうだが……」
「ダメだよ、放置しちゃ! 肉離れ起こしてからじゃ遅いんだから!」
僕は駆け寄り、騎士の前に膝をついた。
彼の汗ばんだふくらはぎ。
そこには、見事な腓腹筋の双丘がそびえ立っていた。
「失礼します!」
騎士が止める間もなく、僕はその筋肉を鷲掴みにした。
うん、いい張りだ。若さ特有の弾力がある。ガドリエルほどの硬度はないが、これはこれで――
「……何をしている」
その時。
訓練場の気温が、一気に氷点下まで下がった気がした。
背筋に走る悪寒。
恐る恐る振り返ると、そこには絶対零度の視線を放つガドリエルが立っていた。
彼は怒っていた。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気がビリビリと震えている。
その威圧感に、訓練場にいた他の騎士たちも動きを止め、直立不動になった。
「だ、団長……? これは、その、人命救助的な……」
僕が言い訳をする間もなく、ガドリエルがズカズカと歩み寄ってきた。
そして、無言で僕の首根っこを掴み、騎士から引き剥がした。
「ひゃっ!?」
ガドリエルは、治療を受けていた騎士を一瞥した。
「……持ち場に戻れ。自分の体の管理もできんとは、鍛え方が足りないようだな」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
騎士は脱兎のごとく逃げ出した。
残されたのは、宙吊りの僕と、不機嫌なガドリエル。
「レオ」
低く、地を這うような声。
ガドリエルの腕に力がこもる。
怒りで血管が浮き出ているのが、服の上からでもわかった。
「俺との契約を忘れたわけではないだろうな?」
「め、滅相もありません! ただ、あんなに素晴らしい筋肉が苦しそうにしていたので、つい……!」
「……そうか。俺以外の筋肉に、うつつを抜かす余裕があるとはな」
ガドリエルの瞳が怪しく光った。
彼は僕を抱え直すと、自分の背後に隠すように立ちはだかった。
まるで、大事な宝物を泥棒から守るドラゴンのようだ。
「お前の治療は、すべて俺が買い取ったはずだ。一瞬でも、他人に施すことは許さん」
それは契約主としての言葉だったが、そこに含まれる感情は明らかに「嫉妬」だった。
自分以外の男に触れてほしくない。
自分以外の男に、その癒やしの手を使ってほしくない。
だが、鈍感な僕には、その独占欲が別の意味で刺さった。
(なんて……なんて素晴らしい独占欲……!)
怒りで硬直した彼の大胸筋が、僕の背中に押し当てられている。
緊張によって極限まで高められた筋肉密度。
リラックス時とは違う、戦闘モードの鋼鉄のような感触。
「……罰が必要だな」
ガドリエルが呟いた。
「執務室に戻るぞ。今日は徹底的に、俺の『治療』に専念してもらう」
「はいっ! 謹んでお受けします!」
僕は二つ返事で了承した。
周囲の騎士たちは、「哀れな新入り……団長の怒りを買って、どんなお仕置きをされるんだ……」と震え上がっていたが、僕にとってはご褒美以外の何物でもなかった。
こうして、僕はガドリエルに連行され、訓練場を後にした。
食堂を出て、訓練場の横を通りかかったとき。
「――っ!?」
僕は足を止めた。
そこには、朝練に励む騎士たちの集団がいた。
汗。怒号。ぶつかり合う肉体。
剣を振るうたびに弾ける上腕三頭筋。踏み込むたびに隆起する大腿四頭筋。
(ここは……天国か……!?)
ガドリエルという最高級ステーキもいいが、ここにはビュッフェ形式の筋肉が山ほどある。
僕の目が、獲物を狙うハイエナのように輝き出した。
その視線に気づいたガドリエルが、ピタリと足を止める。
ドッ、ガキン!
金属と金属がぶつかり合い、男たちの太い掛け声が響く。
舞い散る土埃。滴り落ちる汗。
(……素晴らしい。なんて光景だ!)
移動する足を止め、フェンスに張り付いていた。
ガドリエルの隣を歩いていたはずが、気づけば体が勝手に吸い寄せられていたのだ。
目の前では、二人の騎士が模擬戦を行っている。
片方は、重厚な鎧を着込んだパワータイプ。
もう片方は、軽装で素早さを活かしたスピードタイプ。
スピードタイプの騎士が、鋭く踏み込む。
その瞬間、彼の太ももの筋肉――大腿四頭筋が、ズボンの生地を内側から食い破らんばかりに膨張した。
「ハッ!」
剣を振るう動作に合わせて、上腕三頭筋が馬の蹄のようにくっきりと浮かび上がる。
汗に濡れた肌は、陽の光を浴びてオイルを塗ったかのように輝いていた。
(ガドリエル団長が最高級のフィレ肉だとしたら、彼らは野性味あふれるスペアリブ……! 噛みごたえがありそうだ……!)
僕の目は、完全に捕食者のそれになっていた。
「あっ、そこの彼! ちょっと足の運びが乱れてるよ! たぶんヒラメ筋が疲労してる!」
僕は思わず声をかけた。
模擬戦を終えて肩で息をしていた騎士が、不思議そうに振り返る。
「え? ああ、確かに少しつりそうだが……」
「ダメだよ、放置しちゃ! 肉離れ起こしてからじゃ遅いんだから!」
僕は駆け寄り、騎士の前に膝をついた。
彼の汗ばんだふくらはぎ。
そこには、見事な腓腹筋の双丘がそびえ立っていた。
「失礼します!」
騎士が止める間もなく、僕はその筋肉を鷲掴みにした。
うん、いい張りだ。若さ特有の弾力がある。ガドリエルほどの硬度はないが、これはこれで――
「……何をしている」
その時。
訓練場の気温が、一気に氷点下まで下がった気がした。
背筋に走る悪寒。
恐る恐る振り返ると、そこには絶対零度の視線を放つガドリエルが立っていた。
彼は怒っていた。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気がビリビリと震えている。
その威圧感に、訓練場にいた他の騎士たちも動きを止め、直立不動になった。
「だ、団長……? これは、その、人命救助的な……」
僕が言い訳をする間もなく、ガドリエルがズカズカと歩み寄ってきた。
そして、無言で僕の首根っこを掴み、騎士から引き剥がした。
「ひゃっ!?」
ガドリエルは、治療を受けていた騎士を一瞥した。
「……持ち場に戻れ。自分の体の管理もできんとは、鍛え方が足りないようだな」
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
騎士は脱兎のごとく逃げ出した。
残されたのは、宙吊りの僕と、不機嫌なガドリエル。
「レオ」
低く、地を這うような声。
ガドリエルの腕に力がこもる。
怒りで血管が浮き出ているのが、服の上からでもわかった。
「俺との契約を忘れたわけではないだろうな?」
「め、滅相もありません! ただ、あんなに素晴らしい筋肉が苦しそうにしていたので、つい……!」
「……そうか。俺以外の筋肉に、うつつを抜かす余裕があるとはな」
ガドリエルの瞳が怪しく光った。
彼は僕を抱え直すと、自分の背後に隠すように立ちはだかった。
まるで、大事な宝物を泥棒から守るドラゴンのようだ。
「お前の治療は、すべて俺が買い取ったはずだ。一瞬でも、他人に施すことは許さん」
それは契約主としての言葉だったが、そこに含まれる感情は明らかに「嫉妬」だった。
自分以外の男に触れてほしくない。
自分以外の男に、その癒やしの手を使ってほしくない。
だが、鈍感な僕には、その独占欲が別の意味で刺さった。
(なんて……なんて素晴らしい独占欲……!)
怒りで硬直した彼の大胸筋が、僕の背中に押し当てられている。
緊張によって極限まで高められた筋肉密度。
リラックス時とは違う、戦闘モードの鋼鉄のような感触。
「……罰が必要だな」
ガドリエルが呟いた。
「執務室に戻るぞ。今日は徹底的に、俺の『治療』に専念してもらう」
「はいっ! 謹んでお受けします!」
僕は二つ返事で了承した。
周囲の騎士たちは、「哀れな新入り……団長の怒りを買って、どんなお仕置きをされるんだ……」と震え上がっていたが、僕にとってはご褒美以外の何物でもなかった。
こうして、僕はガドリエルに連行され、訓練場を後にした。
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