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6話
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第6話 ライバル
王都の門前に、熱気が渦巻いていた。
今回、魔獣討伐の遠征任務にあたり、我が騎士団は「赤き疾風」の異名を持つ傭兵団と合同作戦を行うことになったのだ。
整列する騎士たちの重厚な金属音。
それに対し、傭兵たちのラフで野性的な笑い声。
(……素晴らしい。なんて豊作なんだ!)
僕は馬車の窓から、眼下に広がる光景を眺めて震えていた。
騎士団の「規律ある筋肉」と、傭兵団の「実戦で鍛え上げられた不規則な筋肉」。
この二つが混ざり合うなんて、もはや筋肉の異種格闘技戦だ。
「レオ。鼻息が荒いぞ」
隣に座るガドリエルが、呆れたように、しかし鋭い視線で僕を牽制した。
彼は今日、いつにも増して機嫌が悪い。
なぜなら、僕が朝からずっとソワソワしているからだ。
「すみません団長。でも、見てくださいあのふくらはぎ! 傭兵の方々は軽装だから、筋肉の収縮がダイレクトに見えるんです!」
「……俺のふくらはぎでは不満か?」
「いえ! 団長のは別格です! 殿堂入りです! ただ、たまには味変というか、市場調査も必要かと……」
僕が言い訳をしていると、馬車のドアがコンコンと叩かれた。
「よう、お堅い騎士団長様。挨拶に来てやったぜ」
扉を開けて顔を出したのは、一人の男だった。
赤茶色の髪を無造作にかき上げ、不敵な笑みを浮かべている。
傭兵団長、ジーク
ガドリエルが氷のような無表情で応じる。
「……ジークか。時間は守れと言ったはずだが」
「堅いこと言うなよ。お、そっちの可愛いのは誰だ?」
ジークの視線が僕に向けられた。
次の瞬間、彼は猫のような身軽さで馬車に乗り込んできた。
「っ!?」
狭い車内。
ジークは遠慮なく僕の隣――ガドリエルとは反対側――に腰を下ろし、慣れなれしく僕の肩を抱いた。
「へぇ、美味そうな匂いがするな。騎士団の新しいマスコットか?」
「あ、あの、僕は治癒師の……」
自己紹介しようとした僕の思考は、そこで停止した。
ジークが肩に回した腕。そして、密着した彼の脇腹。
そこから伝わってくる感触が、ガドリエルとは全く異質だったのだ。
(……なんだ、この弾力は!?)
ガドリエルが「岩盤」なら、ジークは「ゴムまり」だ。
いや、もっとしなやかで、粘り気がある。
僕は思わず、自分の腰に回された彼の手首を掴み、そこから繋がる筋肉の動きを逆算した。
(この捻り……外腹斜筋の発達が異常だ!)
傭兵特有の、変則的な動きに対応するための筋肉。
骨盤から肋骨にかけて斜めに走るその筋肉は、まるで極上の生ハムのように薄く、しかし強靭な層を成している。
触れれば指が吸い込まれ、離せばビヨンと弾き返す。
「ほぅ……いい目をしてるじゃねぇか」
僕がうっとりと彼の脇腹を見つめていると、ジークが面白そうに目を細めた。
彼はわざとらしく、自身の腹筋を誇示するように身を反らせた。
その瞬間、シャツの上からでもわかるほど、腹斜筋と腸腰筋のラインがくっきりと浮き出た。
「どうだ? 俺の体は、騎士様たちのカチコチボディとは一味違うだろ?」
「はい……! まるで鞭のようなしなやかさです! この柔軟性は、瞬発力と持久力を兼ね備えた芸術品……!」
僕が感動のあまり拍手しようとした、その時だ。
ガシッ。
巨大な手が、ジークの腕を僕の肩から引き剥がした。
万力のような握力。
ガドリエルだ。
「……気安く触るな」
低い。
地獄の底から響くような声だった。
ガドリエルの背後から、目に見えるほどの黒いオーラが立ち昇っている。
車内の温度が一気に氷点下まで下がった。
「その治癒師は、俺の専属だ。指一本、髪の毛一本たりとも、他人に触れさせるつもりはない」
ガドリエルは僕を抱き寄せ、自分のマントで包み込むように隠した。
硬い大胸筋が僕の顔に押し当てられる。
彼の心臓の音が、怒りのボルテージに合わせて早くなっていた。
ジークは痛そうに手首を振りながら、しかし余裕の笑みを崩さなかった。
「へぇ……噂の『氷の団長』が、随分と熱くなってるじゃねぇか。独占欲か? それとも愛か?」
「……殺されたいのか?」
「冗談だよ。ま、減るもんじゃないし、仲良くやろうぜ」
ジークは軽くウインクをして、馬車を飛び降りていった。
嵐のような男だった。
残された車内には、重苦しい沈黙と、ガドリエルの嫉妬の炎だけが残った。
「……レオ」
頭上から降ってくる声に、僕は恐る恐る顔を上げた。
ガドリエルは眉間に深いシワを刻み、不満げに口を尖らせていた。
「あの男の筋肉は、そんなに良かったか?」
「えっ? あ、いや、その……珍しいタイプだったので、つい学術的な興味が……」
「……ふん」
彼は鼻を鳴らし、僕を抱く腕の力を強めた。
逃がさない、という意思表示だ。
「俺の筋肉だけを見ていればいい。他は不要だ」
それは命令というより、どこか拗ねた子供のような響きがあった。
僕は彼の分厚い胸板に顔を埋めながら、心の中でガッツポーズをした。
(団長のヤキモチ……いただきました!)
こうして、波乱含みの遠征が幕を開けたのだった。
王都の門前に、熱気が渦巻いていた。
今回、魔獣討伐の遠征任務にあたり、我が騎士団は「赤き疾風」の異名を持つ傭兵団と合同作戦を行うことになったのだ。
整列する騎士たちの重厚な金属音。
それに対し、傭兵たちのラフで野性的な笑い声。
(……素晴らしい。なんて豊作なんだ!)
僕は馬車の窓から、眼下に広がる光景を眺めて震えていた。
騎士団の「規律ある筋肉」と、傭兵団の「実戦で鍛え上げられた不規則な筋肉」。
この二つが混ざり合うなんて、もはや筋肉の異種格闘技戦だ。
「レオ。鼻息が荒いぞ」
隣に座るガドリエルが、呆れたように、しかし鋭い視線で僕を牽制した。
彼は今日、いつにも増して機嫌が悪い。
なぜなら、僕が朝からずっとソワソワしているからだ。
「すみません団長。でも、見てくださいあのふくらはぎ! 傭兵の方々は軽装だから、筋肉の収縮がダイレクトに見えるんです!」
「……俺のふくらはぎでは不満か?」
「いえ! 団長のは別格です! 殿堂入りです! ただ、たまには味変というか、市場調査も必要かと……」
僕が言い訳をしていると、馬車のドアがコンコンと叩かれた。
「よう、お堅い騎士団長様。挨拶に来てやったぜ」
扉を開けて顔を出したのは、一人の男だった。
赤茶色の髪を無造作にかき上げ、不敵な笑みを浮かべている。
傭兵団長、ジーク
ガドリエルが氷のような無表情で応じる。
「……ジークか。時間は守れと言ったはずだが」
「堅いこと言うなよ。お、そっちの可愛いのは誰だ?」
ジークの視線が僕に向けられた。
次の瞬間、彼は猫のような身軽さで馬車に乗り込んできた。
「っ!?」
狭い車内。
ジークは遠慮なく僕の隣――ガドリエルとは反対側――に腰を下ろし、慣れなれしく僕の肩を抱いた。
「へぇ、美味そうな匂いがするな。騎士団の新しいマスコットか?」
「あ、あの、僕は治癒師の……」
自己紹介しようとした僕の思考は、そこで停止した。
ジークが肩に回した腕。そして、密着した彼の脇腹。
そこから伝わってくる感触が、ガドリエルとは全く異質だったのだ。
(……なんだ、この弾力は!?)
ガドリエルが「岩盤」なら、ジークは「ゴムまり」だ。
いや、もっとしなやかで、粘り気がある。
僕は思わず、自分の腰に回された彼の手首を掴み、そこから繋がる筋肉の動きを逆算した。
(この捻り……外腹斜筋の発達が異常だ!)
傭兵特有の、変則的な動きに対応するための筋肉。
骨盤から肋骨にかけて斜めに走るその筋肉は、まるで極上の生ハムのように薄く、しかし強靭な層を成している。
触れれば指が吸い込まれ、離せばビヨンと弾き返す。
「ほぅ……いい目をしてるじゃねぇか」
僕がうっとりと彼の脇腹を見つめていると、ジークが面白そうに目を細めた。
彼はわざとらしく、自身の腹筋を誇示するように身を反らせた。
その瞬間、シャツの上からでもわかるほど、腹斜筋と腸腰筋のラインがくっきりと浮き出た。
「どうだ? 俺の体は、騎士様たちのカチコチボディとは一味違うだろ?」
「はい……! まるで鞭のようなしなやかさです! この柔軟性は、瞬発力と持久力を兼ね備えた芸術品……!」
僕が感動のあまり拍手しようとした、その時だ。
ガシッ。
巨大な手が、ジークの腕を僕の肩から引き剥がした。
万力のような握力。
ガドリエルだ。
「……気安く触るな」
低い。
地獄の底から響くような声だった。
ガドリエルの背後から、目に見えるほどの黒いオーラが立ち昇っている。
車内の温度が一気に氷点下まで下がった。
「その治癒師は、俺の専属だ。指一本、髪の毛一本たりとも、他人に触れさせるつもりはない」
ガドリエルは僕を抱き寄せ、自分のマントで包み込むように隠した。
硬い大胸筋が僕の顔に押し当てられる。
彼の心臓の音が、怒りのボルテージに合わせて早くなっていた。
ジークは痛そうに手首を振りながら、しかし余裕の笑みを崩さなかった。
「へぇ……噂の『氷の団長』が、随分と熱くなってるじゃねぇか。独占欲か? それとも愛か?」
「……殺されたいのか?」
「冗談だよ。ま、減るもんじゃないし、仲良くやろうぜ」
ジークは軽くウインクをして、馬車を飛び降りていった。
嵐のような男だった。
残された車内には、重苦しい沈黙と、ガドリエルの嫉妬の炎だけが残った。
「……レオ」
頭上から降ってくる声に、僕は恐る恐る顔を上げた。
ガドリエルは眉間に深いシワを刻み、不満げに口を尖らせていた。
「あの男の筋肉は、そんなに良かったか?」
「えっ? あ、いや、その……珍しいタイプだったので、つい学術的な興味が……」
「……ふん」
彼は鼻を鳴らし、僕を抱く腕の力を強めた。
逃がさない、という意思表示だ。
「俺の筋肉だけを見ていればいい。他は不要だ」
それは命令というより、どこか拗ねた子供のような響きがあった。
僕は彼の分厚い胸板に顔を埋めながら、心の中でガッツポーズをした。
(団長のヤキモチ……いただきました!)
こうして、波乱含みの遠征が幕を開けたのだった。
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