執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師

マンスーン

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8話

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​第8話 腹筋カイロ


​ 森の夜は、予想以上に過酷だった。
 日が落ちると同時に気温は急降下し、吐く息が白くなるほど冷え込んでいた。

​「うぅ……寒い……魔力が……凍る……」

​ 僕は支給された薄い毛布にくるまり、ガタガタと震えていた。

 魔力欠乏症の体は、自家発電機能が壊れたストーブのようなものだ。一度冷え切ると、外部からの熱源がない限り再起動しない。
​ 焚き火のそばにいても、背中から忍び寄る冷気が骨の髄まで染みてくる。

​「……レオ、顔色が悪いぞ」

​ 見回りを終えたガドリエルが戻ってきた。
 彼は眉をひそめ、僕の額に手を当てた。

​「氷のように冷たい……。これでは体が持たん」

​ ガドリエルの手は熱かった。
 その温もりに、僕は思わず頬をすり寄せた。

​「団長……あったかい……」
​「……仕方ない。俺のテントに入れ」

​ ガドリエルは僕を毛布ごと担ぎ上げ、自身の大型テントへと連れ込んだ。
 中は風が遮断されているとはいえ、それでも空気は冷たい。

​「俺の寝袋を使え。俺は入り口で見張りを……」
​「ダメです! 団長がいないと、僕、凍死します!」

​ 僕は必死にガドリエルの腕にしがみついた。
 これは生存戦略だ。この巨大な熱源(筋肉)を逃してなるものか。

​「……わかった。ならば、背中を貸そう。後ろから抱きついていろ」

​ ガドリエルは観念したように溜息をつき、軍服の上着を脱いで横になった。
 シャツ一枚になった彼の背中は、広大で頼もしい。
​ だが、僕は首を横に振った。

​「背中じゃ足りません! 背中は硬すぎて、接地面積が少ないんです!」
​「ではどうしろと……」
​「前です! お腹側の方が、柔らかくて包容力があって、熱伝導率が高いんです!」

​ 僕は言うや否や、ゴロリと寝返りを打ち、ガドリエルの懐に飛び込んだ。
 正面から抱きつく形だ。

​「っ!? おい、レオ……!」

​ ガドリエルが硬直する。
 だが僕は止まらない。
 シャツの裾を少しめくり、その内側に冷え切った両手を滑り込ませた。
​ ――ポカ
​ そんな音がしそうなほど、暖かい感触が指先を覆う

​(……あぁ、生き返る……!)

​ そこには、神が作りたもうた奇跡の暖房器具があった。
 腹直筋。いわゆるシックスパックだ。
 鍛え上げられた腹筋は、六つのブロックに美しく割れており、その溝の一つ一つが熱を帯びている。

​「な、なんて高性能な……天然のバイオヒーター……!」

​ 僕はうっとりと呟きながら、その溝を指でなぞった。
 ブロックの山を越え、谷を下る。
 僕の手が動くたびに、ガドリエルの腹筋がピク、ピクと波打ち、さらに熱を放出する。

​「レオ……手……冷たい……」

​ ガドリエルが苦悶の声を漏らす。
 彼の全身の筋肉が、カチコチに緊張していた。
 それは寒さのせいではない。僕の手が、彼のへそのあたりをうろちょろしているからだ。

​「すみません、すぐに温まりますから……じっとしていてくださいね」

​ 僕はさらに図々しく、顔まで彼の胸元に埋めた。
 心臓の音が、早鐘のように鳴っている。
 ドクン、ドクン、ドクン。
 そのリズムが心地よい子守唄になり、僕の意識は急速にトロトロと溶け始めた。 

​「……お前、本当に……無防備すぎるぞ……」

​ ガドリエルの腕が、躊躇いがちに僕の背中に回された。
 そして、力強く抱き締め返される。
 分厚い大胸筋と、硬い腹筋にサンドイッチされる至福。

​(ああ、これだ……。この圧力と熱量こそが、僕の求めていた……スー…)

​ 安心感に包まれ、僕は深い眠りに落ちていった。

 ガドリエルがその夜、一睡もできずに天井を見つめ続け、理性の崩壊と戦っていたことなど知る由もなく。


​ 翌朝。
 テントの入り口が開く音で目が覚めた。

​「よう、お熱いねぇ」

​ ニヤニヤした顔で覗き込んでいたのは、ジークだった。
 僕たちはまだ、ガッチリと抱き合ったままだった。

 しかも僕の手は、ガドリエルのシャツの中にしっかりと侵入したままだ。

​「……見たな」

​ ガドリエルが起き抜けの、とてつもなく低い声で唸った。
 その目は充血し、完全なる寝不足の様相を呈していた。
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