執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師

マンスーン

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10話

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​第10話 独占治療


​ 戦闘が終わり、騎士団と傭兵団が撤収作業に入った頃。
 僕はガドリエルの傍らで、タオルと水筒を持って待機していた。
​ そこへ、軽い足取りでジークが近寄ってきた。

​「いやぁ、ひどい目にあった。なぁ治癒師くん、俺の肩も診てくれないか? 変な体勢で避けちまって、筋を違えたみたいなんだ」

​ ジークは人懐っこい笑みを浮かべ、自身の肩を叩いた。
 確かに、彼のしなやかな筋肉も魅力的だ。治療という名目で、あの生ハムのような外腹斜筋を触るチャンスでもある。
​ だが、僕は即座に首を横に振った。

​「申し訳ありません、ジークさん。今は無理です」
​「あん? なんでだよ。魔力なら余ってるだろ?」
​「魔力の問題じゃありません。……鮮度の問題です!」

​ 僕は隣に立つガドリエルを指差した。

​「見てください、今の団長を! 戦闘直後の興奮状態で、全身の筋肉がパンプアップしているんです!」

​ そう、今のガドリエルは通常時とは訳が違う。
 激しい運動により、筋肉に血液が集中し、一回り大きく膨張している状態。
 いわば、焼きたてのパン。揚げたてのドーナツ。
 湯気を立てんばかりの熱量と、はち切れんばかりの張り。

​「この状態を逃すなんて、料理人が最高の食材を前にして調理を放棄するようなものです! 一刻も早く揉みほぐして、乳酸を流しつつ、その硬度を堪能しなければならないんです!」

​ 僕の熱弁に、ジークはぽかんと口を開けた。

 一方、ガドリエルは「フン」と鼻を鳴らし、これ以上ないほどのドヤ顔を浮かべた。

​「……聞いたか。レオは忙しい」
​「はぁ……勝てねぇな、こりゃ」

​ ジークは降参するように両手を挙げ、苦笑しながら去っていった。
 ライバル撤退。
 ガドリエルは満足げに頷くと、僕の手首を掴んだ。

​「行くぞ、レオ。お前の望み通り、たっぷりと『堪能』させてやる」

​ そのまま僕は、ガドリエルのテントへと連行された。
​ 


​ テントの中は、熱気で満ちていた。
 ガドリエルが軍服を脱ぎ捨て、シャツの前を寛げる。
 汗に濡れた肌が、ランプの光を反射して艶めかしく輝いていた。

​「……さあ、好きにしろ」

​ 彼が簡易ベッドに座り、太い腕を広げる。
 僕はゴクリと喉を鳴らし、その腕に飛びついた。

​「いただきます!」

​ 両手で上腕二頭筋を包み込む。

 熱い。
 火傷しそうなほどの熱量だ。
 そして、硬い。普段の「岩」のような硬さとは違い、内側からパンパンに張ったゴムタイヤのような弾力がある。

​「すごい……血管が……暴れている……!」

​ 肌の下を走る静脈が、指先に脈打つビートを伝えてくる。

 夢中で指を滑らせ、上腕から三角筋、そして大胸筋へと揉み進めた。

​「ん……くっ、そこだ……」

​ ガドリエルが低く唸る。
 戦闘の高揚感がまだ残っているのか、彼の吐息は荒く、肌は敏感になっていた。

 僕が凝りを押すたびに、ビクンと筋肉が跳ね、彼自身も微かに背を反らす。

​「レオ……」

​ 不意に、ガドリエルの手が僕の腰を引き寄せた。
 僕の顔が、彼の汗ばんだ胸板に埋まる。
 濃厚な雄の匂いと、鉄の匂い。

​「もう……よそ見はするな」

​ 頭上から降ってきたのは、命令ではなく、懇願に近い声だった。

​「俺以外の男に触れるな。俺以外の筋肉を褒めるな。……お前の目は、俺だけを見ていればいい」

​ それは、普段の冷徹な騎士団長からは想像もできないほど、弱く、そして甘い言葉だった。
 嫉妬。独占欲。そして、執着。
 それらが混ざり合った感情の重さに、僕は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

​(……なんて素敵な筋肉愛なんだ!)

​ 僕は感動に打ち震えた。
 彼ほど自分の筋肉に誇りを持ち、僕という専属治癒士を必要としてくれる人はいない。

 これこそが、僕が求めていた理想の雇用主だ。

​「はい、団長! 約束します! 僕は一生、あなたの筋肉の虜です!」


​ 僕が満面の笑みで答えると、ガドリエルは一瞬きょとんとし、それから深く、安堵の息を吐いた。

​「……そうか。ならば、よし」

​ 彼は僕の頭を強く抱きしめた。
 その腕の中で、僕は誓った。
 この世界で一番硬く、熱く、美しい筋肉を、死ぬまで守り抜こうと。

​ テントの外では、夜風が吹き抜けていたが、僕たちの空間だけは真夏のように熱かった。
 こうして、波乱の遠征任務は、二人の(主にガドリエルの)愛を深める結果となり、幕を閉じたのだった。
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