​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン

文字の大きさ
9 / 21

9話

しおりを挟む
 ​あの日から、体調の良い午後に庭を散歩するのがルカの日課になった。

 ​「いやぁ、今日のルカ様は一段と顔色がいいな! ちゃんと肉も食ってるか?」
「うん。メイがいっぱいお皿に乗せてくるから、少しずつだけど食べてるよ」
「ふふっ、ルカ様はもっとお肉をつけてふっくらされた方が可愛らしいですからね!」

 ​庭の片隅にある、蔓バラが絡まる休憩スペース。
 木漏れ日が落ちるテーブルを囲んで、ルカはメイ、ガルドと三人でお茶を飲んでいた。
 ​この屋敷の人間は、誰もルカの過去を詮索しない。ただ「今」のルカを気遣い、温かく接してくれる。
二人の裏表のない優しさに触れるうち、自然とここで談笑の時間を楽しむようになっていた。
 
 ​「……あのさ。ラーク様のことなんだけど」

「はい、旦那様がどうかされましたか?」

 ​ティーカップを置いたルカが真剣な顔で切り出すと、メイとガルドが動きを止めた。

 ​「毎日、夜になると部屋に様子を見に来てくれるのは変わらないんだけど……その、明らかに目を合わせてくれなくて」
「ほう……」
「『ありがとうございます』って近づこうとすると、すごく挙動不審になって、ビクッ!て後ずさりされるんだ。……俺、何かラーク様を怒らせるようなこと、したのかな」

 ​ルカが不安げに眉を下げた瞬間。
 ​「……ブフッ」
「ごふぉっ、げほっげほっ!」

 ​メイとガルドが盛大にお茶を吹き出しそうになっている。

 ​「えっ、だ、大丈夫!?」
「げほっ、だ、大丈夫です……っ、ルカ様、気になさらないで……っ」

肩を震わせ、メイは必死に笑いを堪えている。ガルドも天を仰ぎ、「あの『氷の死神』が……後ずさり、ねぇ……」と顔を引きつらせていた。

 ​「怒らせたなんて、とんでもない! 逆ですよ、逆!」
「逆……?」
「旦那様はね、ルカ様が可愛すぎて、どう接したらいいか分からずパニックを起こしているだけなんです!この前なんか、ルカ様が笑ってくれたのが嬉しすぎて、執務室で剣の素振りを三千回もして騎士団員からドン引きされてたんですよ!」
「……えぇ?」

 ​予想外すぎる答えに、ルカはぽかんと口を開けた。

 ​「旦那様は、戦場じゃあ無敵の化け物だがね。……ルカ様みたいに、綺麗なもんには免疫が全くねぇんだよ」

 ​ガルドが呆れたように笑いながら、ポンとルカの頭を大きな手で撫でる。

「だからルカ様。今日旦那様が来たら、ルカ様の方からほんの少しだけ、触れてやってくれ。……多分、石像みたいに固まると思うがね」
 ​     



 夕方。
 いつものように控えめなノックの音がして、ラークが部屋を訪れた。

 ​「……体調は、どうだ。どこか痛むところは」

 ​相変わらずの低い声。しかしその鋭い銀色の瞳は、ルカから視線を逸らすように少しだけ床に向けられている。
 昼間のメイとガルドの言葉を思い出したルカは、ベッドからふらりと立ち上がり、ラークの方へと一歩足を踏み出した。

 ​「あっ、無理に立たなくていい……!」

 ​ルカが近づこうとすると、ラークはあからさまに肩を震わせ、大きな体を縮こまらせるようにして半歩後ずさった。

(……本当に、俺から距離を取ろうとしてる)

 ​ルカがもう一歩踏み出そうとした、その時。
 まだ完全に体力が戻りきっていない足が絨毯の縁に引っかかり、ルカの体が大きく前へ傾いた。

「あっ……」
「ッ!」

 ​転ぶ、と目を閉じた瞬間。
 ラークの逞しい腕が、ルカの華奢な体をしっかりと抱き留めた。

 ​「……っ」

 ​顔を上げると、すぐ目の前にラークの広い胸があった。
 軍服越しに伝わってくる、岩のように硬く逞しい腕。そして、冷徹な「氷の死神」という二つ名からは想像もつかないほど、ひどく温かく、安心する体温。

 ​(……温かい。なんだか、全然嫌じゃないな)

 ​ルカは身をよじることもせず、ただ静かに、その温もりを感じながらラークの顔をじっと見上げた。

 ​「だ、大丈夫か!? どこか痛めていないか!?」
「あ……、大丈夫、です」
「す、すまない。すぐに離れる……っ」

 ​ルカが自分を見つめていることに気づいたラークは、弾かれたように腕を解き、再び慌てて距離を置こうとする。
 
 ​(どうしてこの人は、ここまで僕に気を使ってくれるんだろう……)

 ​「……ラーク様は、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」

 ​不意に口をついて出た、素直な疑問だった。
 ただの没落貴族で、魔力も枯渇した何の役にも立たない自分。それなのに、どうしてこんなにも大切に扱うのか。

「当たり前だろ、まだ体も治ってないのに、」
「そういう意味ではなく」

 ​問いかけられたラークは、苦しげに銀色の瞳を伏せた。

 ​「……俺は、俺の自己満足のために、死を望んでいた君を勝手に生かし、この屋敷に縛り付けている。……だからせめて、ここが君にとって、少しでも安らげる場所になればと思っている」

 ​懺悔のような、重く痛々しい声だった。
 それを聞いたルカの胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 ​たしかにあの魔物の森で助けられた瞬間は、「どうして殺してくれなかったんだ」と絶望し、ラークを恨みさえした。

 でも、今は違う。
 暖かい場所、美味しい食事、メイやガルドたちの裏表のない優しさ。そして何より、自分を壊れ物のように大切にしてくれる、目の前の不器用な人。
 こんなにも幸せな時間をくれたラークに、今はただ、深い感謝しかなかった。

 ​(ありがとうって、伝えたい。……でも、どう言葉にすればいいか分からない……)

 ​胸に込み上げる大きすぎる感情に戸惑い、ルカが黙り込んでしまったのを見て。
 ラークは、自分の言葉がルカを傷つけたと勘違いしたのか、泣きそうなほど困惑した顔でルカを見つめた。

 ​「……君が望むものなら、なんだって叶えよう。俺にできることなら、何でもする。だが……」

 ​ラークは祈るように、ルカの小さな手を両手でそっと包み込んだ。

 ​「どうか、死を望むことだけはしないでほしい……。すまない、俺の勝手なエゴだということは分かっている。それでも……君には、生きていてほしい」

 ​震える声で紡がれた、不器用すぎる願い。
 その言葉に、ルカは小さく息を呑んだ。そして、あることに気がつく。

 ​「……ラーク様。どうしてさっきから、目を合わせてくれないんですか?」
「え……?」
「ずっと、視線を逸らしてますよね。俺のこと、見たくないんですか?」

 ​ルカが首を傾げて尋ねると、ラークは包み込んでいたルカの手をビクッと震わせた。そして、耳の先まで真っ赤に染めながら、ひどくバツが悪そうに口を開く。

 ​「その……俺の顔は、怖いだろう。君を、怯えさせたくなくて……」
 ​「…………」

 ​ルカは、ぽかんと口を開けた。
 最強の騎士団長であり、誰もが恐れる辺境伯。その男が、あんなにも悲痛な顔で悩んでいた理由が、「自分の顔が怖いから」だったなんて。

 ​「……っ、ふふっ」
「ルカ……?」
「あははっ! な、なんだ……そんなこと、気にしてたんですか……っ」

 ​可笑しくて、愛おしくて。
 気づけばルカは、声を上げて綺麗に笑っていた。
 かつての虚ろな人形のような姿からは想像もつかない、年相応の無邪気で、輝くような笑顔だった。

 ​「たしかに、最初はすごく怖かったです。怒られるんじゃないかって、怯えてました」
「う……すまない」
「でも、今は全く怖くないですよ。……ラーク様が、すごく優しくて、温かい人だって知ってますから」

 ​ルカは、ラークの大きな手を逆にぎゅっと握り返した。

 ​「ラーク様。あの時、俺を助けてくれて……殺さずにいてくれて、本当にありがとうございました。今は、生きていてよかったって、心から思ってます」
「ルカ……」
「これからは、俺も何かお手伝いさせてください。ラーク様やメイ、ガルドたちに、ちゃんといっぱい恩返しがしたいんです」

 ​まっすぐに見上げてくる、アメジストの瞳。
 そこに宿る確かな生命の光と、自分に向けられた純粋な感謝の言葉に、ラークの心臓が大きく跳ねた。

 暗闇に沈んでいた少年の心を、ようやく陽の当たる場所へ引っ張り上げることができたのだと、心の底から歓喜が込み上げてくる。
 ​ラークは、目頭が熱くなるのを必死に堪えながら、柔らかく微笑んだ。
 
 ​「……恩返しなど、いらない。君がそうして笑って、元気でいてくれるなら……俺も、メイたちも、それだけで十分に幸せなんだ」
「ラーク様……」

 ​大きな手が、ルカの亜麻色の髪を優しく、愛おしげに撫でる。
 温かい体温に包まれながら、ルカは心地よい安心感に目を細めた。

 ​「もう夜も遅い。今日は色々と疲れただろう、ゆっくり休むといい」
「はい。……おやすみなさい、ラーク様」
「あぁ。おやすみ、ルカ」

 ​窓の外には、穏やかな夜の闇が降りていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。 8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。 序盤はBL要素薄め。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

処理中です...