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11話
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よく晴れた午後のティータイム。
屋敷の庭に面した日当たりの良いテラス席で、ルカはぽかぽかとした陽気に包まれながら、静かにまどろんでいた。
「ルカ様ー! 起きてますかー!」
そんな平和な空気を明るく打ち破るように、元気な声がテラスに響いた。
バンッ!と勢いよく扉を開けて現れたのは、この屋敷で馬番をしている若い使用人、ディー。
ほんのりと干し草の匂いをさせた彼は、太陽のように人懐っこい笑顔を浮かべ、迷うことなくルカの隣の椅子にドスッと腰を下ろした。
「ディー。お疲れ様」
「へへっ、今ちょうど馬舎の掃除とブラッシングが終わったとこっす! ルカ様の顔見たら疲れなんか吹っ飛びましたよ! 今日も日向ぼっこっすか? いいなぁ、俺も混ざっていいっすか?」
ディーは、馬や魔獣の世話をする外仕事で鍛えられた快活さで、出会った初日からルカのパーソナルスペースにズカズカと踏み込んできた。動物に接するような裏表のない明るさに救われ、彼はルカにとって「初めての気楽な同年代の友人」のような存在になっていた。
(…前世も合わせたら、だいぶ年上だけど)
「こらディー。土まみれのままルカ様に変なちょっかいかけるな。俺の力作が台無しになるだろうが」
後ろから呆れたような声がして、今度は巨体の料理長・アランが大きなトレイを持って現れた。
熊のように大きくて厳つい男だが、その手には可愛らしい花柄のティーカップと、焼き立ての甘い匂いを漂わせるパウンドケーキが乗っている。
「うわっ、アランさんの新作だ! 俺も食う!」
「お前のは厨房に置いてある。これは、細すぎるルカ様を健康的にふっくらさせるための大事な栄養源だ」
アランはディーの伸ばした手をピシャリと叩き落すと、ルカの前にケーキの皿をことりと置いた。
「さあルカ様。今日は蜂蜜と林檎をたっぷり使ってみました。絶対美味いんで、ほら、口開けて。あーん」
「えっ、あ、自分で食べられるよ……?」
「いいからいいから。俺が食べさせたいんです。あーん」
有無を言わさぬ、しかし圧倒的な包容力を持つお兄さんオーラ。
ルカは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せながらも、素直に小さく口を開けた。
「……ん。……美味しい」
「 そうでしょうそうでしょう。もっと食べてください!」
咀嚼してふにゃりと柔らかく笑ったルカを見て、アランは満足げに腕を組み、何度も大きく頷いている。
「あーあ、アランさんまたルカ様を甘やかして餌付けしてる。……でもまぁ、仕方ないっすよね。ルカ様、最近ますます可愛くなったし」
「ちょ、ディー……からかわないでよ」
「からかってないっすよ! 俺ですらこうなんだから、旦那様なんてもう、毎日デレデレのメロメロじゃないっすか」
ディーがニヤニヤしながら身を乗り出してくると、ルカは不思議そうに小首を傾げた。
「デレデレ? ラーク様が?」
「えっ、自覚ないんすか!? あの『氷の死神』がですよ!? ルカ様を見る時だけ、なんかこう……目尻がデロンデロンに下がってて、周りには見えない花が舞ってるんすよ!」
「いや、そんなことないと思うけど……。ラーク様は、ただすごく優しくて、いい人なだけだよ」
ルカが本気でそう言うと、ディーとアランは顔を見合わせ、同時に天を仰いだ。
「出たよ。ルカ様の『ラーク様ただのいい人』説」
「ルカ様……旦那様が優しいのは、この世でルカ様だけです。先週、ルカ様が少し咳き込んだだけで、ルカ様の部屋の前をずっとウロウロしてたんすよ! そしたら看病してたメイさんに『邪魔です! 鬱陶しい!!』ってガチギレされて追い払われてたの、知らないんすか?」
「えっ? そうなの?」
初耳の事実にルカが目を丸くすると、ディーが「そうっすよ!」とバンバン机を叩いた。
「この前は、ルカ様が俺に手引かれて馬舎見に来てくれた時、旦那様、遠くからめっちゃ怖い顔でこっち見てたんすから! あれ絶対、俺に嫉妬してましたって!」
「嫉妬って……大袈裟だなあ。ラーク様は領主様なんだから、そんなことで怒ったりしないよ。きっと仕事のことで難しい顔をしてただけじゃない?」
全くピンときていない様子で、ルカが呑気に二口目のケーキをパクリと食べる。
そのあまりにも無自覚で穏やかな反応に、ディーは「あーもう! 旦那様も不器用だけど、ルカ様も天然すぎ!」と笑いながら、ルカの肩にガバッと腕を回して抱きついた。
「わっ、ちょっとディー」
「いいじゃないっすかー! 旦那様があわあわしてるうちに、俺がいっぱい可愛がっとこーっと!」
「こらディー、ルカ様が食べにくいだろうが。ほらルカ様、口元にクリームついてますよ」
アランも笑いながら、大きな指でルカの口元のクリームを優しく拭い、ポンポンと頭を撫でる。
ルカも「二人とも子ども扱いしないでよ」と困ったように笑いながら、されるがままになっていた。
……同時刻。
屋敷の二階、執務室の窓辺。
書類仕事の合間に、ふと中庭を見下ろしたラークは、そこに見えた光景にピタリと動きを止めていた。
太陽の下、楽しそうに談笑する三人。
同年代のディーに肩を抱き寄せられ、嬉しそうに笑うルカ。
料理長のアランに口元を拭われ、頭を撫でられて、無防備に目を細めるルカ。
(……ルカが屋敷の者と打ち解けているのは、とても喜ばしいことだ)
ラークは静かに目を伏せた。
ディーは歳も近く、気の良い青年だ。アランも面倒見が良い。自分の大切な使用人たちが、ルカを温かく迎え入れ、笑い合ってくれているのは、領主として誇らしく、大変ありがたいことだと思っている。
(だが……)
なぜだろう。
ルカの肩を抱くディーの腕や、口元を拭うアランの手を見ると、胸の奥がひどくざわつく。
(俺には……あんな風に、気安く触れることなどできないというのに)
「……複雑な気分だ」
ギュッ、と。
無意識のうちに窓枠に置いた手に力が入り、ミシ……と頑丈なはずの木枠が小さな悲鳴を上げた。
「……旦那様? 窓枠を粉砕するのはおやめください。修理費がかさみます」
「あっ、す、すまないエルザ……」
背後から執事のエルザにツッコミを入れられ、ラークはハッと我に返る。
しかし、再び窓の外のルカたちに視線を戻すと、やはり胸の奥で燻るモヤモヤとした感情は消えなかった。
屋敷の庭に面した日当たりの良いテラス席で、ルカはぽかぽかとした陽気に包まれながら、静かにまどろんでいた。
「ルカ様ー! 起きてますかー!」
そんな平和な空気を明るく打ち破るように、元気な声がテラスに響いた。
バンッ!と勢いよく扉を開けて現れたのは、この屋敷で馬番をしている若い使用人、ディー。
ほんのりと干し草の匂いをさせた彼は、太陽のように人懐っこい笑顔を浮かべ、迷うことなくルカの隣の椅子にドスッと腰を下ろした。
「ディー。お疲れ様」
「へへっ、今ちょうど馬舎の掃除とブラッシングが終わったとこっす! ルカ様の顔見たら疲れなんか吹っ飛びましたよ! 今日も日向ぼっこっすか? いいなぁ、俺も混ざっていいっすか?」
ディーは、馬や魔獣の世話をする外仕事で鍛えられた快活さで、出会った初日からルカのパーソナルスペースにズカズカと踏み込んできた。動物に接するような裏表のない明るさに救われ、彼はルカにとって「初めての気楽な同年代の友人」のような存在になっていた。
(…前世も合わせたら、だいぶ年上だけど)
「こらディー。土まみれのままルカ様に変なちょっかいかけるな。俺の力作が台無しになるだろうが」
後ろから呆れたような声がして、今度は巨体の料理長・アランが大きなトレイを持って現れた。
熊のように大きくて厳つい男だが、その手には可愛らしい花柄のティーカップと、焼き立ての甘い匂いを漂わせるパウンドケーキが乗っている。
「うわっ、アランさんの新作だ! 俺も食う!」
「お前のは厨房に置いてある。これは、細すぎるルカ様を健康的にふっくらさせるための大事な栄養源だ」
アランはディーの伸ばした手をピシャリと叩き落すと、ルカの前にケーキの皿をことりと置いた。
「さあルカ様。今日は蜂蜜と林檎をたっぷり使ってみました。絶対美味いんで、ほら、口開けて。あーん」
「えっ、あ、自分で食べられるよ……?」
「いいからいいから。俺が食べさせたいんです。あーん」
有無を言わさぬ、しかし圧倒的な包容力を持つお兄さんオーラ。
ルカは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せながらも、素直に小さく口を開けた。
「……ん。……美味しい」
「 そうでしょうそうでしょう。もっと食べてください!」
咀嚼してふにゃりと柔らかく笑ったルカを見て、アランは満足げに腕を組み、何度も大きく頷いている。
「あーあ、アランさんまたルカ様を甘やかして餌付けしてる。……でもまぁ、仕方ないっすよね。ルカ様、最近ますます可愛くなったし」
「ちょ、ディー……からかわないでよ」
「からかってないっすよ! 俺ですらこうなんだから、旦那様なんてもう、毎日デレデレのメロメロじゃないっすか」
ディーがニヤニヤしながら身を乗り出してくると、ルカは不思議そうに小首を傾げた。
「デレデレ? ラーク様が?」
「えっ、自覚ないんすか!? あの『氷の死神』がですよ!? ルカ様を見る時だけ、なんかこう……目尻がデロンデロンに下がってて、周りには見えない花が舞ってるんすよ!」
「いや、そんなことないと思うけど……。ラーク様は、ただすごく優しくて、いい人なだけだよ」
ルカが本気でそう言うと、ディーとアランは顔を見合わせ、同時に天を仰いだ。
「出たよ。ルカ様の『ラーク様ただのいい人』説」
「ルカ様……旦那様が優しいのは、この世でルカ様だけです。先週、ルカ様が少し咳き込んだだけで、ルカ様の部屋の前をずっとウロウロしてたんすよ! そしたら看病してたメイさんに『邪魔です! 鬱陶しい!!』ってガチギレされて追い払われてたの、知らないんすか?」
「えっ? そうなの?」
初耳の事実にルカが目を丸くすると、ディーが「そうっすよ!」とバンバン机を叩いた。
「この前は、ルカ様が俺に手引かれて馬舎見に来てくれた時、旦那様、遠くからめっちゃ怖い顔でこっち見てたんすから! あれ絶対、俺に嫉妬してましたって!」
「嫉妬って……大袈裟だなあ。ラーク様は領主様なんだから、そんなことで怒ったりしないよ。きっと仕事のことで難しい顔をしてただけじゃない?」
全くピンときていない様子で、ルカが呑気に二口目のケーキをパクリと食べる。
そのあまりにも無自覚で穏やかな反応に、ディーは「あーもう! 旦那様も不器用だけど、ルカ様も天然すぎ!」と笑いながら、ルカの肩にガバッと腕を回して抱きついた。
「わっ、ちょっとディー」
「いいじゃないっすかー! 旦那様があわあわしてるうちに、俺がいっぱい可愛がっとこーっと!」
「こらディー、ルカ様が食べにくいだろうが。ほらルカ様、口元にクリームついてますよ」
アランも笑いながら、大きな指でルカの口元のクリームを優しく拭い、ポンポンと頭を撫でる。
ルカも「二人とも子ども扱いしないでよ」と困ったように笑いながら、されるがままになっていた。
……同時刻。
屋敷の二階、執務室の窓辺。
書類仕事の合間に、ふと中庭を見下ろしたラークは、そこに見えた光景にピタリと動きを止めていた。
太陽の下、楽しそうに談笑する三人。
同年代のディーに肩を抱き寄せられ、嬉しそうに笑うルカ。
料理長のアランに口元を拭われ、頭を撫でられて、無防備に目を細めるルカ。
(……ルカが屋敷の者と打ち解けているのは、とても喜ばしいことだ)
ラークは静かに目を伏せた。
ディーは歳も近く、気の良い青年だ。アランも面倒見が良い。自分の大切な使用人たちが、ルカを温かく迎え入れ、笑い合ってくれているのは、領主として誇らしく、大変ありがたいことだと思っている。
(だが……)
なぜだろう。
ルカの肩を抱くディーの腕や、口元を拭うアランの手を見ると、胸の奥がひどくざわつく。
(俺には……あんな風に、気安く触れることなどできないというのに)
「……複雑な気分だ」
ギュッ、と。
無意識のうちに窓枠に置いた手に力が入り、ミシ……と頑丈なはずの木枠が小さな悲鳴を上げた。
「……旦那様? 窓枠を粉砕するのはおやめください。修理費がかさみます」
「あっ、す、すまないエルザ……」
背後から執事のエルザにツッコミを入れられ、ラークはハッと我に返る。
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