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12話
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テラスでのティータイムを終え、自室に戻ったルカは、ふかふかのソファに身を沈めて小さく息をついた。
(……毎日、本当に幸せだな)
温かいベッドで目覚め、美味しいご飯を食べ、メイやディー、アランたちと笑い合う。
かつての理不尽な暴力と痛みに満ちた日々が嘘のように、ここでの生活はどこまでも穏やかで、優しかった。ルカは心の底から、この静かな日々がずっと続けばいいと願っている。
(でも……さすがにそろそろ、何か役に立つことを探さないと)
前世の記憶があるからだろうか。ただ食べて寝て、みんなに甘やかされるだけの「完全なニート生活」に、少しだけむず痒いような抵抗を感じ始めていた。
『働かざる者食うべからず』
(僕にできること……掃除や料理はメイやアランたちがいるし……。あ、そうだ。僕の魔力、今はどうなってるんだろう)
搾取されていた時は常に枯渇状態で、絞り出されるたびに内臓を引きちぎられるような激痛があった。しかし、この屋敷に来てからしっかりと栄養を取り、ゆっくり休んだことで、体内の奥底に小さな泉のようなものが戻ってきているのを感じる。
(ちょっとだけ、練ってみようかな)
ルカは目を閉じ、胸の奥にある泉に意識を集中させる。
すると、ひどく静かで、温かい力が体の内側からじんわりと湧き上がってきた。
そっと目を開け、両手を開く。
手のひらの上に、淡く優しい、真珠のような白い光の玉がふわりと浮かび上がった。
(わぁ……綺麗。全然痛くないし、これならもっと出せそう)
想像以上に魔力が回復していることに気づき、ルカは嬉しくなった。
これなら、ラークたちの役に立てるかもしれない。そう思い、さらに光の玉を大きくしようと集中した、その時だった。
「――ッ! ルカ!!」
ちょうど執務の合間に様子を見に来たラークが、血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。
「え? ラーク様?」
ラークはルカの手のひらに浮かぶ魔力の光を見るなり、両手をガシッと包み込むように握りしめた。
「何をしている! 魔力を使うな、すぐに練るのをやめるんだ!」
「わっ……と。大丈夫ですよ、ラーク様。痛くないですから」
突然大声を出して掴みかかられても、今のルカに恐怖は一切なかった。
目の前の不器用な男が、ただ純粋に自分を心配してパニックになっているだけだと、痛いほど分かっていたから。
「大丈夫なものか! 君はあれほど酷い魔力枯渇を起こしていたんだぞ。後遺症で命に関わるかもしれないのに、無理をするな、 どこか苦しくないか!?」
「本当に平気です。ほら、顔色も悪くないでしょう?」
ルカがふわりと笑って首を傾げると、ラークはハッとしてルカの顔をまじまじと見つめた。
確かに顔色は悪くない。むしろ、魔力を巡らせたことで、少し血色が良くなっているようにすら見える。
それでも、ラークはルカの手を握ったまま、泣きそうなほど眉間を寄せていた。
「……なぜ、魔力出そうとしたんだ」
「あ…、俺、このままずっと何もしないでお世話になり続けるのが、少し心苦しくて」
「心苦しい?」
「…みんなすごく優しいし、ご飯も美味しいし、この生活は大好きです。でも、俺もちゃんと働いて、ラーク様たちの役に立ちたいんです」
ルカがまっすぐにアメジストの瞳を向けてそう告げると、ラークは息を呑み、そして苦しげに目を伏せた。
「……役に立とうなんて、思わなくていい。君に働かせるために保護したわけじゃないと言ったはずだ」
「分かってます。ラーク様が僕に何も求めてないことは」
ルカは、自分を包み込んでいるラークの大きな手を、内側からそっと握り返した。
「でも、俺がやりたいんです。大切な人たちから一方的にもらうだけじゃなくて、自分の力で恩返しがしたい。……駄目ですか?」
「…………ッ」
『大切な人たち』。
その言葉の響きと、ルカの手から伝わってくる温かな魔力の波動に、ラークの胸の奥がギュッと締め付けられた。
ルカの手に触れているだけで、雪解けのようにスッと染み渡っていく、あまりにも純粋で、心地の良い魔力。
「……駄目、とは言えないな。君がそこまで言うのなら」
ラークは観念したように深く息を吐き出し、ルカの手を包み込む力を少しだけ緩めた。
「だが、約束してくれ。絶対に無理はしないこと。少しでも疲れたら、すぐにやめること。……君がまた倒れるようなことがあれば、俺は今度こそ、己の不甲斐なさに絶望して立ち直れなくなる」
「ふふっ、大袈裟ですね。分かりました、約束します」
ルカが嬉しそうに笑うと、ラークはようやくその険しい顔を和らげた。
「……それにしても、不思議な魔力だな。ひどく温かくて……触れているだけで、体の疲れが抜けていくようだ」
「本当ですか? よかった。じゃあ、これからはラーク様がお仕事で疲れた時、俺がこうして魔力を分けてあげますね」
ルカは無邪気にそう言うと、ラークの大きな手を両手で挟み込み、ぽかぽかとした光の魔力を流し込んだ。
(……あぁ。俺は本当に、この手を手放せなくなってしまうな)
心地よい魔力の波と、自分を見上げて笑うルカの笑顔。
ラークは、自分の胸の奥で燻っていた黒い独占欲すらもが、ルカの温もりによって静かに浄化されていくのを感じながら、ただ静かにその小さな手を握り返した。
(……毎日、本当に幸せだな)
温かいベッドで目覚め、美味しいご飯を食べ、メイやディー、アランたちと笑い合う。
かつての理不尽な暴力と痛みに満ちた日々が嘘のように、ここでの生活はどこまでも穏やかで、優しかった。ルカは心の底から、この静かな日々がずっと続けばいいと願っている。
(でも……さすがにそろそろ、何か役に立つことを探さないと)
前世の記憶があるからだろうか。ただ食べて寝て、みんなに甘やかされるだけの「完全なニート生活」に、少しだけむず痒いような抵抗を感じ始めていた。
『働かざる者食うべからず』
(僕にできること……掃除や料理はメイやアランたちがいるし……。あ、そうだ。僕の魔力、今はどうなってるんだろう)
搾取されていた時は常に枯渇状態で、絞り出されるたびに内臓を引きちぎられるような激痛があった。しかし、この屋敷に来てからしっかりと栄養を取り、ゆっくり休んだことで、体内の奥底に小さな泉のようなものが戻ってきているのを感じる。
(ちょっとだけ、練ってみようかな)
ルカは目を閉じ、胸の奥にある泉に意識を集中させる。
すると、ひどく静かで、温かい力が体の内側からじんわりと湧き上がってきた。
そっと目を開け、両手を開く。
手のひらの上に、淡く優しい、真珠のような白い光の玉がふわりと浮かび上がった。
(わぁ……綺麗。全然痛くないし、これならもっと出せそう)
想像以上に魔力が回復していることに気づき、ルカは嬉しくなった。
これなら、ラークたちの役に立てるかもしれない。そう思い、さらに光の玉を大きくしようと集中した、その時だった。
「――ッ! ルカ!!」
ちょうど執務の合間に様子を見に来たラークが、血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。
「え? ラーク様?」
ラークはルカの手のひらに浮かぶ魔力の光を見るなり、両手をガシッと包み込むように握りしめた。
「何をしている! 魔力を使うな、すぐに練るのをやめるんだ!」
「わっ……と。大丈夫ですよ、ラーク様。痛くないですから」
突然大声を出して掴みかかられても、今のルカに恐怖は一切なかった。
目の前の不器用な男が、ただ純粋に自分を心配してパニックになっているだけだと、痛いほど分かっていたから。
「大丈夫なものか! 君はあれほど酷い魔力枯渇を起こしていたんだぞ。後遺症で命に関わるかもしれないのに、無理をするな、 どこか苦しくないか!?」
「本当に平気です。ほら、顔色も悪くないでしょう?」
ルカがふわりと笑って首を傾げると、ラークはハッとしてルカの顔をまじまじと見つめた。
確かに顔色は悪くない。むしろ、魔力を巡らせたことで、少し血色が良くなっているようにすら見える。
それでも、ラークはルカの手を握ったまま、泣きそうなほど眉間を寄せていた。
「……なぜ、魔力出そうとしたんだ」
「あ…、俺、このままずっと何もしないでお世話になり続けるのが、少し心苦しくて」
「心苦しい?」
「…みんなすごく優しいし、ご飯も美味しいし、この生活は大好きです。でも、俺もちゃんと働いて、ラーク様たちの役に立ちたいんです」
ルカがまっすぐにアメジストの瞳を向けてそう告げると、ラークは息を呑み、そして苦しげに目を伏せた。
「……役に立とうなんて、思わなくていい。君に働かせるために保護したわけじゃないと言ったはずだ」
「分かってます。ラーク様が僕に何も求めてないことは」
ルカは、自分を包み込んでいるラークの大きな手を、内側からそっと握り返した。
「でも、俺がやりたいんです。大切な人たちから一方的にもらうだけじゃなくて、自分の力で恩返しがしたい。……駄目ですか?」
「…………ッ」
『大切な人たち』。
その言葉の響きと、ルカの手から伝わってくる温かな魔力の波動に、ラークの胸の奥がギュッと締め付けられた。
ルカの手に触れているだけで、雪解けのようにスッと染み渡っていく、あまりにも純粋で、心地の良い魔力。
「……駄目、とは言えないな。君がそこまで言うのなら」
ラークは観念したように深く息を吐き出し、ルカの手を包み込む力を少しだけ緩めた。
「だが、約束してくれ。絶対に無理はしないこと。少しでも疲れたら、すぐにやめること。……君がまた倒れるようなことがあれば、俺は今度こそ、己の不甲斐なさに絶望して立ち直れなくなる」
「ふふっ、大袈裟ですね。分かりました、約束します」
ルカが嬉しそうに笑うと、ラークはようやくその険しい顔を和らげた。
「……それにしても、不思議な魔力だな。ひどく温かくて……触れているだけで、体の疲れが抜けていくようだ」
「本当ですか? よかった。じゃあ、これからはラーク様がお仕事で疲れた時、俺がこうして魔力を分けてあげますね」
ルカは無邪気にそう言うと、ラークの大きな手を両手で挟み込み、ぽかぽかとした光の魔力を流し込んだ。
(……あぁ。俺は本当に、この手を手放せなくなってしまうな)
心地よい魔力の波と、自分を見上げて笑うルカの笑顔。
ラークは、自分の胸の奥で燻っていた黒い独占欲すらもが、ルカの温もりによって静かに浄化されていくのを感じながら、ただ静かにその小さな手を握り返した。
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