17 / 21
17話
しおりを挟む
屋敷に帰り着くと、ルカはさっそく、皆が集まっている食堂へと足を運んだ。
「うわっ、すげえ! これ、王都の職人が作ったっていう高い獣毛ブラシじゃないっすか!」
お土産のブラシを受け取ったディーが、目を輝かせてピョンピョンと跳ねた。
「ありがとうございます、ルカ様! 大事に使います! ……あーあ、でも俺も一緒に街へ行きたかったっす! 次は絶対に俺も連れてってくださいね!」
「こらディー、ルカ様を困らせるな。……ルカ様、わざわざ俺のために選んでくださって、本当にありがとうございます」
アランは大きな手でスパイスの小瓶を大切そうに包み込み、満面の笑みを浮かべた。
「よし! 今夜の夕食は、これを使ってとびきり美味い肉料理を作りますからね! 期待しててください!」
そして、執事のエルザさんは、繊細なガラスペンが入った小箱を両手で受け取ると、ピタリと動きを止めた。
「……エルザさん? あの、あまり趣味じゃなかったですか……?」
「……いえ」
エルザさんは眼鏡をクイッと押し上げ、相変わらずの全くの無表情のまま、俺に向かって深々と一礼した。
「ルカ様。お気遣い、心より感謝いたします」
顔こそ無表情だが、心做しか嬉しそうだ。
気に入ってくれて良かった。
「みんな、いつもありがとう」
賑やかに笑い合うディーとアラン、そして静かにペンを見つめるエルザさん。少し離れた場所では、メイとガルドが「私のヘアピンの方が絶対可愛い!」「砥石の実用性には敵わねぇだろ!」とまだ言い争っている。
そんな騒がしくも温かい屋敷の日常を、俺は心の底から愛おしく思いながら見つめていた。
夕方。
窓の外が茜色に染まる頃、ルカはラーク様の執務室の前に立っていた。
ポケットに入った小さな包みをそっと握りしめ、小さく深呼吸をしてからノックをする。
「ラーク様、俺です。入ってもいいですか?」
「あぁ、ルカか。入ってくれ」
分厚い扉を開けると、デスクに向かっていたラーク様が、少しだけホッとしたような柔らかい顔でこちらを振り向いた。
「今日も、魔力を流しに来ました」
「すまない、いつも君に甘えてしまって。……街歩きで疲れていないか?」
「全然平気ですよ。すごく楽しかったです」
いつものように、ラーク様の向かいのソファに腰を下ろした。
ラーク様が向かい合わせに座り、俺の手に触れようと大きな手を差し出してくる。だが、俺はその手を取る前に、ポケットから小さな包みを取り出した。
「ラーク様。魔力を繋ぐ前に……これ、受け取ってください」
「……これは?」
「今日、職人通りで買ったんです」
俺が包みを開けると、中から漆黒と銀色の糸が美しく編み込まれた、大剣用の飾り組紐が現れた。
「あんまり高価なものじゃないんですけど……。ラーク様の瞳と、黒い軍服にすごく似合うと思って」
「……」
ラーク様は、その組紐と俺の顔を交互に見つめ、恐る恐る、震える大きな手でその組紐を受け取った。
「俺に……買ってくれたのか。あの時、隠れて……俺のために」
「はい。いつも俺を守ってくれて、優しくしてくれるお礼です。……迷惑、じゃなかったですか?」
俺が少し不安になって上目遣いで尋ねると、ラーク様はハッと息を呑み、そして、泣きそうなほど切なく、ひどく甘い表情で微笑んだ。
「迷惑なはずがないだろう。……嬉しい。本当に、俺の生涯の宝にする」
「ふふっ、大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか。君が俺のことを考えて選んでくれたんだ。これ以上の喜びなど、この世に存在しない」
ラーク様は組紐を胸元で大切そうに握りしめると、空いたもう片方の手で、俺の右手をそっと取った。
いつもの『魔力共有』のための接触だと思った、その時。
ラーク様はそのままゆっくりと身を屈め、俺の右手を自分の顔の高さまで引き上げた。
そして、まるで女神に祈りを捧げる騎士のように恭しく目を伏せ――俺の手の甲に、そっと柔らかい唇を落とした。
「……えっ、」
ちゅっ、という微かな音。
手の甲に触れた、ラーク様の熱い唇の感触。
ドクンッ!! と、俺の胸の奥で、今まで感じたことのないほど大きな音が鳴った。
全身の血が一気に沸騰したように、顔がカッと熱くなる。
「ラー、ク様……?」
「あ……っ!!」
俺の震える声に、ラーク様は弾かれたように顔を上げた。
その銀色の瞳が見開かれ、彼自身の顔も耳の先まで真っ赤に染まっている。
「す、すまない!! あまりにも嬉しくて、つい、その……! 決して君を不快にさせるつもりでは……ッ!!」
パニックを起こして狼狽えているラークの言葉に返事をすることもできず、ただ自分の手の甲に微かに残る熱に、呆然としていた。
(なんだろう……顔が、すごく熱い。心臓が、うるさい……)
「ルカ……? 大丈夫か、顔が赤いぞ」
「あ、えと……魔力、流しますね!!」
俺は爆発しそうな心臓を誤魔化すように、組紐を握っていないラーク様のもう片方の手を両手でギュッと掴み、慌てて光の魔力を流し込んだ。
静かな執務室の中、窓から差し込む夕日が二人を照らしている。
(なんでこんなにドキドキしてるんだ……)
繋いだ手から伝わる互いの熱と、言葉にできない甘い空気。
俺は下を向いたまま、このドクドクと高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようと、ただひたすらに温かい魔力を送り続けるのだった。
「うわっ、すげえ! これ、王都の職人が作ったっていう高い獣毛ブラシじゃないっすか!」
お土産のブラシを受け取ったディーが、目を輝かせてピョンピョンと跳ねた。
「ありがとうございます、ルカ様! 大事に使います! ……あーあ、でも俺も一緒に街へ行きたかったっす! 次は絶対に俺も連れてってくださいね!」
「こらディー、ルカ様を困らせるな。……ルカ様、わざわざ俺のために選んでくださって、本当にありがとうございます」
アランは大きな手でスパイスの小瓶を大切そうに包み込み、満面の笑みを浮かべた。
「よし! 今夜の夕食は、これを使ってとびきり美味い肉料理を作りますからね! 期待しててください!」
そして、執事のエルザさんは、繊細なガラスペンが入った小箱を両手で受け取ると、ピタリと動きを止めた。
「……エルザさん? あの、あまり趣味じゃなかったですか……?」
「……いえ」
エルザさんは眼鏡をクイッと押し上げ、相変わらずの全くの無表情のまま、俺に向かって深々と一礼した。
「ルカ様。お気遣い、心より感謝いたします」
顔こそ無表情だが、心做しか嬉しそうだ。
気に入ってくれて良かった。
「みんな、いつもありがとう」
賑やかに笑い合うディーとアラン、そして静かにペンを見つめるエルザさん。少し離れた場所では、メイとガルドが「私のヘアピンの方が絶対可愛い!」「砥石の実用性には敵わねぇだろ!」とまだ言い争っている。
そんな騒がしくも温かい屋敷の日常を、俺は心の底から愛おしく思いながら見つめていた。
夕方。
窓の外が茜色に染まる頃、ルカはラーク様の執務室の前に立っていた。
ポケットに入った小さな包みをそっと握りしめ、小さく深呼吸をしてからノックをする。
「ラーク様、俺です。入ってもいいですか?」
「あぁ、ルカか。入ってくれ」
分厚い扉を開けると、デスクに向かっていたラーク様が、少しだけホッとしたような柔らかい顔でこちらを振り向いた。
「今日も、魔力を流しに来ました」
「すまない、いつも君に甘えてしまって。……街歩きで疲れていないか?」
「全然平気ですよ。すごく楽しかったです」
いつものように、ラーク様の向かいのソファに腰を下ろした。
ラーク様が向かい合わせに座り、俺の手に触れようと大きな手を差し出してくる。だが、俺はその手を取る前に、ポケットから小さな包みを取り出した。
「ラーク様。魔力を繋ぐ前に……これ、受け取ってください」
「……これは?」
「今日、職人通りで買ったんです」
俺が包みを開けると、中から漆黒と銀色の糸が美しく編み込まれた、大剣用の飾り組紐が現れた。
「あんまり高価なものじゃないんですけど……。ラーク様の瞳と、黒い軍服にすごく似合うと思って」
「……」
ラーク様は、その組紐と俺の顔を交互に見つめ、恐る恐る、震える大きな手でその組紐を受け取った。
「俺に……買ってくれたのか。あの時、隠れて……俺のために」
「はい。いつも俺を守ってくれて、優しくしてくれるお礼です。……迷惑、じゃなかったですか?」
俺が少し不安になって上目遣いで尋ねると、ラーク様はハッと息を呑み、そして、泣きそうなほど切なく、ひどく甘い表情で微笑んだ。
「迷惑なはずがないだろう。……嬉しい。本当に、俺の生涯の宝にする」
「ふふっ、大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか。君が俺のことを考えて選んでくれたんだ。これ以上の喜びなど、この世に存在しない」
ラーク様は組紐を胸元で大切そうに握りしめると、空いたもう片方の手で、俺の右手をそっと取った。
いつもの『魔力共有』のための接触だと思った、その時。
ラーク様はそのままゆっくりと身を屈め、俺の右手を自分の顔の高さまで引き上げた。
そして、まるで女神に祈りを捧げる騎士のように恭しく目を伏せ――俺の手の甲に、そっと柔らかい唇を落とした。
「……えっ、」
ちゅっ、という微かな音。
手の甲に触れた、ラーク様の熱い唇の感触。
ドクンッ!! と、俺の胸の奥で、今まで感じたことのないほど大きな音が鳴った。
全身の血が一気に沸騰したように、顔がカッと熱くなる。
「ラー、ク様……?」
「あ……っ!!」
俺の震える声に、ラーク様は弾かれたように顔を上げた。
その銀色の瞳が見開かれ、彼自身の顔も耳の先まで真っ赤に染まっている。
「す、すまない!! あまりにも嬉しくて、つい、その……! 決して君を不快にさせるつもりでは……ッ!!」
パニックを起こして狼狽えているラークの言葉に返事をすることもできず、ただ自分の手の甲に微かに残る熱に、呆然としていた。
(なんだろう……顔が、すごく熱い。心臓が、うるさい……)
「ルカ……? 大丈夫か、顔が赤いぞ」
「あ、えと……魔力、流しますね!!」
俺は爆発しそうな心臓を誤魔化すように、組紐を握っていないラーク様のもう片方の手を両手でギュッと掴み、慌てて光の魔力を流し込んだ。
静かな執務室の中、窓から差し込む夕日が二人を照らしている。
(なんでこんなにドキドキしてるんだ……)
繋いだ手から伝わる互いの熱と、言葉にできない甘い空気。
俺は下を向いたまま、このドクドクと高鳴る鼓動を必死に落ち着かせようと、ただひたすらに温かい魔力を送り続けるのだった。
46
あなたにおすすめの小説
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした
Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち
その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話
:注意:
作者は素人です
傍観者視点の話
人(?)×人
安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
身代わりの出来損ない令息ですが冷酷無比な次期公爵閣下に「離さない」と極上の愛で溶かされています~今更戻ってこいと言われてももう遅いです〜
たら昆布
BL
冷酷無比な死神公爵 × 虐げられた身代わり令息
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる