​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン

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19話

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 ​執務室の窓から差し込む朝の光の中、ラークは大剣の柄に結び付けられた新しい組紐を、愛おしげに指でなぞっていた。

 ​黒と銀の糸が美しく交差するその紐は、昨日ルカが照れくさそうに笑いながら贈ってくれたものだ。手の甲に口付けをした時の、ルカの驚いたような、そしてほんのりと朱に染まった顔を思い出すだけで、ラークの胸の奥は甘い熱で満たされていく。

 ​(……この穏やかな日々を、絶対に守り抜かなければな)

 ​コンコン
 静寂を破るように、重く硬いノックの音が響いた。

 ​「旦那様。よろしいでしょうか」
「あぁ、入れ」

 ​入ってきたのは、分厚い報告書を抱えた執事のエルザだった。
 彼女の足取りはいつも通り隙がないが、眼鏡の奥の瞳には、いつになく冷ややかな光が宿っていた。エルザは執務室の扉を確実に施錠し、防音の魔術具を起動させてから、ラークのデスクの前に立った。

 ​「……例の要注意人物について、不穏な動きがありました」

 ​その言葉を聞いた瞬間、ラークの顔から甘さが消え去り、『氷の死神』の貌へと切り替わった。

 ​「ポテトか」
「はい」

 ​ルカを魔物の森で保護したあの日。
 ラークは、ルカの全身に刻まれた無惨な虐待の痕と、異常なまでの魔力枯渇状態を見て、即座にエルザに身辺調査を命じていた。

 ​実家からの追放、ポテトという男との理不尽な婚約破棄、そして地下室での非人道的な監禁生活。
 そのすべてを知った時、ラークは怒りのあまり執務室の机を素手で粉砕したほどだった。以来、ラークはポテトを「最重要警戒対象」として密かに監視させ続けていた。

 ​「王都の密偵からの報告によりますと、現在ポテトの派閥は著しく評価を落とし、孤立しつつあるとのことです。ルカ様という膨大な魔力源を失ったことで、これまでの『功績』が偽りであったと露呈するのも時間の問題かと」
「自業自得だな。それで?」
「昨日、ルカ様が職人通りへお出かけになった際、運悪くポテトの息のかかった商人に姿を見られたようです。ポテトは密かに人員を動かし、辺境伯領の周辺に『ルカ様らしき人物』を探るための探りを入れてきています」

 ​エルザの淡々とした報告に、執務室の空気が凍りついた。
 ​己の無能さを棚に上げ、ルカが生きていると知るや否や、再びあの小さな身体から魔力を搾り取ろうと画策しているのだ。そのおぞましい思考回路に、ラークの銀色の瞳が昏い殺意に染まる。

 ​「……あの愚か者め。まだルカを己の所有物だとでも思っているのか」
「身の程知らずにも程がありますね。我が領地の、いえ、旦那様の逆鱗に触れることになるとも知らずに」

 ​エルザは眼鏡を押し上げ、冷酷な笑みを浮かべた。

「旦那様。領地へ入り込もうとするネズミ共は、いかようにも処理できますが……いかがなさいますか?」
 ​「……ルカには、この件を一切悟られるな」

 ​ラークは低く、静かな声で命じた。

 ​「あいつは今、ようやく過去の恐怖から解放され、前を向いて笑えるようになったばかりだ。あんなクズの存在を思い出して、これ以上心を痛める必要など塵ほどもない」

「承知いたしました。ルカ様の耳には、一片の不安も届かせません」

「領地に入り込んだ密偵は泳がせておけ。ポテト本人がしびれを切らして尻尾を出した時、二度とルカに近づくという発想すら湧かないよう、根こそぎ叩き潰す」

 ​大剣の柄に結ばれた組紐にそっと触れながら、ラークは冷酷な決意を固める。
 ルカがくれたこの温かい繋がりを、そして彼の穏やかな日常を脅かす者は、誰であろうと容赦はしない。

 ​「引き続き監視を強めろ。ルカの外出の際は、俺かお前、あるいはメイたちの中で必ず護衛をつける。あいつの指一本、髪の毛一本たりとも、奴らには触れさせない」

「御意。ルカ様を狙う害虫は、わたくしたちも総出で駆除にあたります」

 ​エルザが深く一礼し、執務室を出ていく。
 再び一人になった部屋で、ラークは鋭い眼光を窓の外――ルカがいるであろう中庭の方角へと向け、彼を守り抜く誓いを新たに噛み締めるのだった。
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