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004 二人はクロードの家に向かう。

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 冒険者ギルドを後にした二人は、クロードの案内で街を歩く。
 ギルドのある辺りは喧騒にあふれていたが、歩くに連れて閑静な街並みに変わっていく。
 貴族や富裕層の巨大な邸宅が立ち並ぶ中、こじんまりとした一軒家にたどりつく。

「ほう、ここか。悪くない」

 庶民の家にしたら十分な大きさだが、周囲の豪邸とは比べるまでもない小さな家。
 その第一印象は――質実剛健。
 一切の装飾を排した石造りの二階建て。知らぬ者が見たら、兵舎かと思うくらいだ。

「陛下のご趣味に合わせました。お気に召していただけるかと」
「ああ、気に入ったぞ」

 皇帝ユリウスは華美な装飾を嫌った。

 ――どれだけ希少で高価なものを使ったか、どれだけ手間暇をかけたか。
 ――そんなのは貧乏人の見栄だ。
 ――小さな自分を大きく見せようする愚かな行いだ。
 ――余の上には誰もおらん。
 ――張り合う必要なぞまったくない。

 そう言って、効率性を最優先させた。

 ユーリは満足した様子で、入り口のドアに向かって歩き出す。
 クロードは先回りして、ドアを開ける。

「まずは着替えだ。動きにくくて、どうも落ち着かん」

 ユーリはヒラヒラのドレスの裾をつまみ、眉間にしわを寄せる。
 彼女が身にまとうのは、装飾過多のドレスだ。
 このような服では、敵に襲撃された際に、咄嗟《とっさ》に反応できない。
 敵が多かったユリウスには、我慢のならない格好であった。

「どちらに致しましょうか?」

 クロードがふたつの服を見せる。
 ともにユーリのサイズに合った服で、男物と女物だ。
 庶民が着るようなシンプルなデザインだが、生地は一級品。
 着心地と動きやすさを追求したものだった。

「ほう、用意周到だな」

 ユーリは満足気に頷く。
 クロードは、主君がいつどうような姿で現れてもいいように、男性用と女性用、すべてのサイズを取り揃えていた。
 その万端さに「前世でもそうだったな」とユーリは笑う。

「せっかくこの身体になったのだ。女物で構わん」

 着替えを受け取ったユーリはためらわずに服を脱ごうとし――。

「陛下」
「ん?」

 慌てて後ろを向いたクロードを見て、ユーリは気づく――今の自分は幼女であることに。

「ああ、構わん。こんな貧相な身体で男も女もない。それとも、其方《そち》は幼女趣味か?」
「いえ、失礼いたしました」

 背を向けたクロードには構わず、ユーリは手早く着替えを済ませる。手慣れたものだった。
 というのも、皇帝であったときも身の回りのことは自分でやっていたからだ。

 もちろん、望めば些末《さまつ》なことはすべて他人に任せられた。
 だがユリウスはそうしなかった。

 着替えに人を使うくらいなら、他の有用な使い方をするべきだと考えたし、なにより、他人に気を許しておらず、無防備な姿を晒したくなかった。

「もういいぞ」

 その声にクロードは振り向き、はっとする。
 ドレスを脱ぎ、質素なワンピース姿だ。
 それでも、その高貴さは失われない。。

 ――やはり、この御方は陛下だ。

 どのような姿であっても、隠しきれない覇気。
 人の上に立ち、世を統べるべき御方。
 クロードはあらためて、忠誠を誓う。

 ――今生も、我が命はこの御方のためにある。

 感激しているクロードに、ユーリは着ていたドレスを手渡す。

「それは必要ない。適当に処分しろ」
「かしこまりました。では、こちらに」

 クロードはリビングに案内する。
 飾り気のない部屋に頑丈なテーブル。
 見渡したユーリは満足そうに頷く。

「お飲み物はいかが致しましょうか?」

 席についたユーリにクロードが尋ねる。

「余の好みは知っておるだろ?」
「もちろんでございます」

 クロードはうやうやしく頭を下げるとキッチンに向かった。
 戻って来た彼の手には、ワイン瓶が一本にグラスひとつ。

 前世のユリウスは白ワインを好んだ。
 赤ワインは血を思い出させるし、強い酒で酩酊するわけにはいかなかった。

 ツマミは必要ない。
 せっかくの酒の味が濁ると、ユリウスは好まなかった。

 栓を空けると、グラスにひと口注ぎ、飲み干す。
 毒が入ってないと示すためだ。
 それからグラスを拭い、今度は並々と注ぐ。
 グラスの中のさざ波が収まると、ユーリの前にすっと差し出した。

 クロードは立ったまま動かない。
 ユーリはクロードを見上げる。

 ――そういえば、こいつはこういう生真面目な奴だったな。

「なにを突っ立ってる。其方《そち》のグラスも持って来い」
「かしこまりました」

 クロードはキッチンからもうひとつのグラスを取って来る。
 ユーリを見た彼は、小さく眉を動かす。
 その小さな手に瓶が握られていたからだ。

「まあ、座れ」

 クロードは戸惑いを覚える。
 同じテーブルにつくなど、前世ではとても考えられなかった。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、ユーリの向かいに腰を下ろした。
 同じ言葉を繰り返させるわけにはいかなかったから。

「ほら、グラス」

 クロードが差し出したグラスにユーリが酌をする。
 その際、ユーリの手が震え、ワインが少しこぼれた。

「この身体は難儀だな」

 未だ慣れぬ幼き身体。
 ただのワイン瓶が大剣よりも重かった。
 自嘲気味につぶやいたユーリは、クロードのグラスに自分のグラスを軽く当てる。

「新しい人生に乾杯だ」


【後書き】
次回――『ユーリとクロードは語る。』
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