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6 残念なイケメン

5 赤い糸

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 いや、でも、早まってはいけない。技量があるのは良いことだけど、まだどんな人かよく分からないんだ。
 本格的に付き合うのなら、快楽だけあればいいわけじゃない。
 ちゃんとボクの愛を受け取って、できれば、しっかり返してくれる人じゃなくちゃ。


「無理だよね。あははっ!」


 ひとり言で自分を納得させる。さあ、この話は終わり。
 珍味実食倶楽部に荷物を置きに行くと――、


「あ、すごっ。噂をすればトキが来た」
「赤い糸なんだっちゃやー!」

 シノリアちゃんとピロカちゃんがテーブルを囲んで笑っていた――のは、いつもの光景。
 でもボクは目を見張った。それだけじゃなかった。



「――おお、我が愛しの運命よ!」


 高らかに叫んだのは、シノリアちゃんでもピロカちゃんでもなかった。
 堂々と居座っている人物がいたのだ。しかも、見覚えがある。

「逢いたかったぞ」

 息を飲んだボクに対し、その人は歓喜の声を上げた。
 白くてしなやかな腕を伸ばし、ボクのもとにふわりと舞い降る。

「えっ……? え?」

 ボクは目の前の人物ではなく、シノリアちゃん達に視線を送る。彼女は頬杖をついて目を細めるばかり。返事をくれない。
 ピロカちゃんも申し訳なさそうに笑うだけ。

「やはり、幻ではなかったのだな。我が運命よ」

 例の彼はまるで忠誠を誓うように膝をついた。あたたかな命を包み込むような仕草で、手のひらを差し出してくる。

「この私を忘れたとは言わせぬ」

 王子はボクを見つめてくる。穴が空きそうなほど熱烈に。長いまつげをぱたぱたさせつつ、透き通る海のようなグリーンの目を細めて。

「さあ、私の手を取れ。互いを感じ合いながら、この輝かしい世を愛でよう」

 状況が飲み込めないボクは後ずさりして、部屋を出ようとした。全速力で走って演劇部に逃げ込むという計画を脳内で練る。
 ゆっくりと息を吸い、体を動かそうとしたとき、

「――無駄だ」

 ボクは目の前で銀色の髪がなびくのを見た。そして次の瞬間、自分の身に何が起きているのかまったく分からなくなった。

「いかなる者も、この銀の牙から逃げることは許されない」

 気づくと、ボクは彼――ギンガという男――の腕の中だった。
 わけもわからず、その胸に顔をうずめてしまう。その胸板は随分と薄っぺらいけれど、バニラのような気品のある甘い香りがした。吸い込んだ途端、とろん、とした気持ちになる。

「素直になれ。私に身をゆだねよ」

「ん……」

「私はどうしても忘れられないのだ。あの熱く、濃密な――」

「はっ……!」

 慌てて我に返り、突き飛ばそうとしたけれど、想像以上に彼の力は強かった。
 ならば足を絡めて転ばせてやろうかと思ったけど、いくらやっても微動だにしない。手脚はすぐに折れてしまいそうなほど細いのに、体の芯が驚くほどしっかりとしている。
 この人、脱いだら結構凄いかもしれない――。
 邪念が脳裏をよぎる。

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