拝啓、秘密の後継者さま。普通の私が、普通の中の普通をお教えいたします。【完結済】

キミノ

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第三章

3-3 これからの人生

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 理人さんが部屋へ戻った後、リビングには田村さんと私だけが残された。さっきまで張り詰めていた空気が、今はどこか重くのしかかるように感じる。
 静かな間が流れる中で、田村さんが口を開いた。

「佐藤さん、先ほどお話ししたことは全て事実です。そして、もう一つお伝えしなければならないことがあります」

 その穏やかな声に隠された悲しげな響きが、ズキンと胸の奥に刺さる。これからの理人さんを支えるのは私だ。全てを受け止める覚悟で、小さく肯定を返す。

「理人さんが今日会社に行かれたのは、高雅様が理人さんに重要な話をするためでした。おそらく、先ほど私が話した内容以上に、彼にとっては受け入れ難い現実を知らされたことでしょう」

「それって、どういう…?」

 聞いてしまった言葉が、怖くてたまらなかった。だけど、知らなければ私は理人さんを支えることができない。それだけはわかっている。

 田村さんは私を真っ直ぐ見つめ、苦しそうに眉を寄せた。

「藤原家の主である高雅様は、ついに理人さんを『後継者候補』として扱う覚悟を決められました。これまでは理人さんを影として扱い、表舞台に立たせることはありませんでしたが……彼がもう守られるだけの子どもではなくなったと判断されたのでしょう」

 田村さんの声には深い重みがあった。

「現在の後継者候補である雅人様は、成長につれ健康面の心配は無くなりました。しかし先ほどのように強引で傲慢な性格です。部下を見下し、社員の間での評判も芳しくありません。グループの未来を託すには、あまりにも不安が多い。そこで高雅様は理人さんを鍛え、雅人様と切磋琢磨させることで、どちらが適任かを見極めるおつもりなのです」

 藤原家の・・・世界規模の、大企業の後継者問題。私はその言葉の重さに息を飲んだ。

「これまで家のために隔離されて、疎外されて育ったのに。今度は会社のために生きろだなんて・・・。やっと自由になったはずなのに」

「ええ。今日、高雅様が直接お伝えになっているはずです。理人さんが会社へ行くことを急に決められたのもそのためです。彼にとっては、これまで隠されてきた自分の存在理由を知るとともに、新たな役割を背負わされる場面だったのでしょう」

 私は理人さんの顔を思い浮かべた。リビングを去る時の虚ろな瞳。何もかもが繋がった気がして、胸がギュッと締め付けられる。

「理人さんがどんな気持ちで聞いていたのか、想像もつきません。突然そんな話をされて・・・普通なら耐えられるんでしょうか?」

「それは理人さんご自身の成長にかかっています。そして……佐藤さん、今の理人さんにはあなたの存在が大きな支えとなっているはずです」

 田村さんの視線は優しいが、どこか切実だった。

「理人さんがこの試練を乗り越えるために、私たちができることを考えましょう。藤原家の後継者争いは簡単な話ではありません。ですが、理人さんにとっても避けては通れない道です」

 私は静かに頷いた。理人さんが背負わされた重さを思うと胸が痛む。私なんかにできることはあるのだろうか。なんと声をかけていいかもわからない。けれど、私は理人さんの絶対の味方でいたい。
 彼のために、今の私ができること。わからないけれど、私は今あなたを強く抱き締めたい。

 溢れる気持ちは簡単に表せるものじゃなくて、色んな感情が嵐の海のように荒れ狂ってザブンと打ちつけてくる。体幹なんかじゃ耐えきれなくて体ごと攫われてしまいそうで、流されて仕舞えば楽なのにそうはしていられない。私は理人さんを守りたい。いいや、守るんじゃないし守られるだけでもない。一緒に乗り越えていきたいの。

「田村さん」

 想像よりも低く出た声が、田村さんへと染み込んでいく。視線が合い、でも言葉は交わさない。多分二人ともわかっているから。

「理人さんを、お願いします」

 深々と下げられた額はテーブルに着くほど低く、田村さんの理人さんへの想いも深く伝わってくる。
 全身の血が沸き立つように熱くなる。このままじっとしているなんて無理だ。私には何もできないかもしれない。でも、今すぐあの人の側にいきたい。それだけで、理由は十分。もう理人さんを一人にはしない。

 はやる気持ちを抑えて立ち上がり、ニ階への階段を駆け上がる。


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