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第四章
4-5 普通であること。 完
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翌日のネットニュースには『泥沼の白昼劇』という見出しと共に、見知った顔ぶれが並んでいた。
「んんんぅっ!」
三十代に入れば寝るだけで肩が凝るというものだ。伸びる勢いで肩甲骨がパキパキとなるのが気持ち良い。左右に上体を揺らせば思い出したかのように首の付け根も声を上げる。・・・なんて、残りの時間はピークから転がり落ちていくだけの人生だと思っていた。
大好きな匂いにつつまれたベッドに腰かけたまま、サイドテーブルに置いていたスマホを手に取る。寝起きの日課はいつも通りのはずだったのに、寝ている間にたくさんの通知がきていたみたい。寝たはずなのにだるい身体は昨日転んだせいではなく、あの後警察の対応をしていたからでもなく・・・久々の。
隣で瞼を閉じている綺麗な寝顔はやっぱり綺麗で、もちろん中身も大好きだけれど外見も大好きな人。羨ましいくらい癖のない、綺麗な黒髪を梳きながら思わず笑っていた。まるで母親の温かさをまとった美しい眼差しはまるで聖母のように・・・って、私がナレーション始めたらふざけてしまうからだめだめ。
スマホを元に戻してから愛しい胸元に猫のようにすり寄れば、寝ていたはずの腕が腰に巻き付いてくる。
「あれ、起きていたんですか?」
「・・・隣でぐふふって変な笑い声がしたあたりから」
「あー・・・そんな覚えはありませんね」
「じゃあ、荒い鼻息が前髪をなびかせたあたりかな」
「ちょっ!しつれいなぁっわppぅ」
巻き付いた腕がぎゅんぎゅんに締め付けてくるから、顔を上げることもできない。胸に抱き寄せられていると言えば聞こえはいいかもしれないが、今は私の生死を争う大問題だ。バタつく私を見て愉快そうにケラケラ笑う声が頭上から聞こえる。そうだ。私たちはこうだったんだ。お互いの立場とか年齢とか、これまでの人生とかそんなことどうでもよかった。ふたりで楽しく過ごしている時間が、最高に普通で幸せだったの。
ひとしきりいじり倒されたあと、理人さんの両腕から解放された私は絶対に痺れさせてやろうという硬い意志で彼に腕枕をされている。いつもなら少し気を使って重くしないようにするけれど、今はむしろどのようにしたら重くてしんどくさせられるかが論点だ。付け根よりもきっと肩と肘の真ん中あたりが、梁もなくウィークポイントなのではないか・・・。いやきっとこれは全人類にとってどうでもよいことだ。
「ネットニュースが凄いことになっているみたいです」
「そうだね。でも・・・これは普通じゃなかった藤原家にとって、必要なことだったんだと思う。これだけ注目されたんだ。心機一転頑張っていこうと思う」
「前向きですね。一年前の理人さんと同じ人間とは思えないです。背中にチャックでもついていて、中身は違ったりとか…?」
意表をつくように理人さんの背中とベッドの隙間に手を入れたつもりだったのに、さっと拾われた手はあっという間に頭上に縫い留められてしまった。さっきから二人してお遊びのプロレスをしているようなものだから、私に跨った理人さんも私も息が上がっている。無言で見降ろされれば昨夜を思い出して、心臓が跳ねてしまったのは絶対に秘密。
「か・・・家族や友人から、ニュースに出ているのは私じゃないかって連絡が来ています。どうしましょう?」
まっすぐに見上げてしまえば色気に目がくらんでしまうので、視線は理人さんの首のシワあたりに。正しく言えばシワはなくて、綺麗で長い首に喉ぼとけがあるパワースポットのあたり。
「有名になったみたいだな。もう普通には戻れないぞ。・・・逃げるなら、今だよ」
そう言って少し切なそうに見降ろしてくる瞳は、捨てられた子犬のように後ろ髪を引いてくる。縫い留められていた両手首が解放されて、「ほら、どうぞ?」と言わんばかりに手のひらを見せてくる。私の返事を理人さんはきっとわかっているし、期待しているはず。全部わかった上で、それでも私は悪戯でも彼をひとりにさせるつもりなんてない。
「普通ってつまんないと思っていました。一年前の自分は。でも普通って幸せなことだと理人さんが教えてくれました。そして私は残念ながら普通の女で、きっとこれからも普通なんです。普通の定義なんて十人十色で、普通じゃない出来事も乗り越えながら普通に暮らして行きたいんです」
「そうか」
ベッドに転がったままの私と、あぐらをかいて座っている理人さん。向こうを見ている理人さんの声は平静を装っていて、でも表情はきっと・・・野良猫のように警戒している。捨てる、なんて言ってないよ。
「理人さんと一緒に、ですよ」
その瞬間振り返った理人さんの表情を、私は一生忘れない。
ずっとつまらないと思っていた私の人生は、興味を惹かれる不思議な求人を手にした時から変わった。それはただのキッカケにすぎなくて、そのチャンスの糸を掴もうと思った私の意志が人生を変えたんだと思う。つまらない人生を変えられるかどうかは、その人生の主人公である私にしか変えられないし貴方にしか変えられない。
現状維持だと思っていたけれど、いつしか周りは結婚したり海外に行ったり、事業を始めたりして少しずつ進んでいた。現状維持は周りが進めば進むほど、自分は後退しているということになる。それに気付かせてくれたのも理人さんだった。置いていかれている不安はあまりにも大きく、私を重く揺さぶってきた。頑張りたくても頑張れなくて、それでももがいて目標を持って進めば必ず結果はついてくるんだ。
普通であることは何一つ悪いことではない。むしろ普通であることは難しく、最高である。その人生の中で『今だ』って思う瞬間は心が震えて、アドレナリンで馬鹿になれる。きっとそれでいい。勇者じゃなくていいよ。その人生の主人公は貴方なんだから。
ー完ー
「んんんぅっ!」
三十代に入れば寝るだけで肩が凝るというものだ。伸びる勢いで肩甲骨がパキパキとなるのが気持ち良い。左右に上体を揺らせば思い出したかのように首の付け根も声を上げる。・・・なんて、残りの時間はピークから転がり落ちていくだけの人生だと思っていた。
大好きな匂いにつつまれたベッドに腰かけたまま、サイドテーブルに置いていたスマホを手に取る。寝起きの日課はいつも通りのはずだったのに、寝ている間にたくさんの通知がきていたみたい。寝たはずなのにだるい身体は昨日転んだせいではなく、あの後警察の対応をしていたからでもなく・・・久々の。
隣で瞼を閉じている綺麗な寝顔はやっぱり綺麗で、もちろん中身も大好きだけれど外見も大好きな人。羨ましいくらい癖のない、綺麗な黒髪を梳きながら思わず笑っていた。まるで母親の温かさをまとった美しい眼差しはまるで聖母のように・・・って、私がナレーション始めたらふざけてしまうからだめだめ。
スマホを元に戻してから愛しい胸元に猫のようにすり寄れば、寝ていたはずの腕が腰に巻き付いてくる。
「あれ、起きていたんですか?」
「・・・隣でぐふふって変な笑い声がしたあたりから」
「あー・・・そんな覚えはありませんね」
「じゃあ、荒い鼻息が前髪をなびかせたあたりかな」
「ちょっ!しつれいなぁっわppぅ」
巻き付いた腕がぎゅんぎゅんに締め付けてくるから、顔を上げることもできない。胸に抱き寄せられていると言えば聞こえはいいかもしれないが、今は私の生死を争う大問題だ。バタつく私を見て愉快そうにケラケラ笑う声が頭上から聞こえる。そうだ。私たちはこうだったんだ。お互いの立場とか年齢とか、これまでの人生とかそんなことどうでもよかった。ふたりで楽しく過ごしている時間が、最高に普通で幸せだったの。
ひとしきりいじり倒されたあと、理人さんの両腕から解放された私は絶対に痺れさせてやろうという硬い意志で彼に腕枕をされている。いつもなら少し気を使って重くしないようにするけれど、今はむしろどのようにしたら重くてしんどくさせられるかが論点だ。付け根よりもきっと肩と肘の真ん中あたりが、梁もなくウィークポイントなのではないか・・・。いやきっとこれは全人類にとってどうでもよいことだ。
「ネットニュースが凄いことになっているみたいです」
「そうだね。でも・・・これは普通じゃなかった藤原家にとって、必要なことだったんだと思う。これだけ注目されたんだ。心機一転頑張っていこうと思う」
「前向きですね。一年前の理人さんと同じ人間とは思えないです。背中にチャックでもついていて、中身は違ったりとか…?」
意表をつくように理人さんの背中とベッドの隙間に手を入れたつもりだったのに、さっと拾われた手はあっという間に頭上に縫い留められてしまった。さっきから二人してお遊びのプロレスをしているようなものだから、私に跨った理人さんも私も息が上がっている。無言で見降ろされれば昨夜を思い出して、心臓が跳ねてしまったのは絶対に秘密。
「か・・・家族や友人から、ニュースに出ているのは私じゃないかって連絡が来ています。どうしましょう?」
まっすぐに見上げてしまえば色気に目がくらんでしまうので、視線は理人さんの首のシワあたりに。正しく言えばシワはなくて、綺麗で長い首に喉ぼとけがあるパワースポットのあたり。
「有名になったみたいだな。もう普通には戻れないぞ。・・・逃げるなら、今だよ」
そう言って少し切なそうに見降ろしてくる瞳は、捨てられた子犬のように後ろ髪を引いてくる。縫い留められていた両手首が解放されて、「ほら、どうぞ?」と言わんばかりに手のひらを見せてくる。私の返事を理人さんはきっとわかっているし、期待しているはず。全部わかった上で、それでも私は悪戯でも彼をひとりにさせるつもりなんてない。
「普通ってつまんないと思っていました。一年前の自分は。でも普通って幸せなことだと理人さんが教えてくれました。そして私は残念ながら普通の女で、きっとこれからも普通なんです。普通の定義なんて十人十色で、普通じゃない出来事も乗り越えながら普通に暮らして行きたいんです」
「そうか」
ベッドに転がったままの私と、あぐらをかいて座っている理人さん。向こうを見ている理人さんの声は平静を装っていて、でも表情はきっと・・・野良猫のように警戒している。捨てる、なんて言ってないよ。
「理人さんと一緒に、ですよ」
その瞬間振り返った理人さんの表情を、私は一生忘れない。
ずっとつまらないと思っていた私の人生は、興味を惹かれる不思議な求人を手にした時から変わった。それはただのキッカケにすぎなくて、そのチャンスの糸を掴もうと思った私の意志が人生を変えたんだと思う。つまらない人生を変えられるかどうかは、その人生の主人公である私にしか変えられないし貴方にしか変えられない。
現状維持だと思っていたけれど、いつしか周りは結婚したり海外に行ったり、事業を始めたりして少しずつ進んでいた。現状維持は周りが進めば進むほど、自分は後退しているということになる。それに気付かせてくれたのも理人さんだった。置いていかれている不安はあまりにも大きく、私を重く揺さぶってきた。頑張りたくても頑張れなくて、それでももがいて目標を持って進めば必ず結果はついてくるんだ。
普通であることは何一つ悪いことではない。むしろ普通であることは難しく、最高である。その人生の中で『今だ』って思う瞬間は心が震えて、アドレナリンで馬鹿になれる。きっとそれでいい。勇者じゃなくていいよ。その人生の主人公は貴方なんだから。
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