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第7章
雨は必ず上がるから。
しおりを挟むまるで沙也加の涙を隠してくれているかのように、空も大粒の涙を流していた。傘も差さずに、行く当てもなく歩いていた。濡れて冷たくなっていく身体も、ぺったりと見すぼらしく張り付いた髪もどうでもよかった。ただ、悲しかった。
初めからおかしな出会いだった。犯罪紛いに誘拐されて、蓋を開けてみたらそれはイケメン社長だった。本当に漫画の様な話しだ。
人肌に触れるのがご無沙汰だったから、どんどんと付け込まれていつの間にか好きになっていた。釣り合わないからと何度も諦めようと思ったのに、走り出した気持ちは止める事など出来なかった。何処が好きなのかなんて、今だにわからない。ただ、大谷貴臣という人間が好きにだった。不器用で偉そうで、何でも出来て・・・子供みたいな貴臣が私の心を捉えて放さなかった。
「う、う、うああぁぁん、あああ」
たくさんの人が振り返ってこちらを見ていた。それでも大声で泣きたかった。歩きにくいパンプスは脱いで両手にブラ下げるように持っていた。ストッキングは破けてしまい、素足がコンクリートに当たるたびにズキズキと痛んだ。
遠巻きにこちらを見る人たちは、くすくすと笑いながら通り過ぎていく。手足の感覚も薄れてきて、パンプスを既に三回も落としてしまった。体力は極限まで減っていて、仕方なく広場のベンチに腰かけた。目の前の道路を色んな種類の車が走り去っていく。
もう、このまま溶けて排水溝のもっともっと向こう側へと流れていってしまいたかった。
彼らに特別扱いされているのだと勘違いしていた自分が恥ずかしくて、消えてしまいたかった。
どのくらいそこにいただろうか。
雨は降り止まずに、今だ沙也加の身体を濡らしていた。涙は枯れた。昔読んだ本では、”涙が枯れることは無かった”って書いてあったのに嘘だ。それとも私の悲しみがちっぽけだからだろうか。俯いて自分の足を見ると、怪我をした野良猫みたいだと思った。
ざざざざざざ、ぽたぽたぽた。
急に頭上から弾む様な音が聞こえてくる。膝小僧に絶え間なく落ちていた雨粒は無くなり、髪から落ちる雫が時折思い出したように落ちた。視線を少しずらすと、傷だらけの足のすぐ横に革靴が見える。そのままなめるように革靴の人物を見上げた。
「え? どうして貴方がここに・・・?」
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