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三章 地獄編
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「道雄? どうしたの?」
先程別れたばかりの弟に再び現れた理由を尋ねる。けれど彼は七緒さんを見て言った。
「あんたに……相談事がある。姉貴も含めてだけど」
「俺はいいが、佐保については断るよ」
道雄が何の相談事かまだ言ってもいないというのに七緒さんは私に関する部分だけ勝手に断ってしまう。なんだか過保護具合が篤に感化されているような……むしろ篤より酷くなってきたような気もする。出会った頃は私に薬を盛るような過保護とは正反対の人だったと思うと感慨深い。あのままでなくて本当に良かった。
でも道雄が七緒さんにする相談事なんて、まずお化けとか非現実な方面の話のような気がするけど、私も含めるという事は一体どういう話なんだろうか?
「それは無理。……そもそもこっちだってあんたを関わらせたくない。あんたを関わらせる事自体が俺にとって苦渋の決断なわけ」
その言い方は、まるで七緒さんが部外者のように聞こえた。首を傾げながら道雄を見ると目が合う。
「姉貴、結論から言う───晴海さんがここにいるかもしれない」
「晴海さんが?」
「桜子と話をした結果、可能性としては高い」
厳しい顔で道雄が言う。
つまりそれを言うために道雄は戻って来たのだろう。
晴海さんがここにいる、とは現世にいるということだろうか。私たちと同じように転生している、ということ?
優しい彼がこちらにいるのなら、どんな人生を歩んでいるんだろうか。今の彼は学生なのだろうか? 社会人なのだろうか? 困った、まったく想像出来ない───
けれど懐かしい気持ちになっている私とは違い、道雄はずっと厳しい顔をしている。
「三国、その名前以上の情報は不要だ」
七緒さんが首を振って言う。
「なんでだよ、あんたそもそも晴海さんが親戚の男だっていう情報しか知らねえだろ」
「知っている。だから彼の存在は不愉快だからそれ以上は聞きたくないな」
「は?」
道雄は訝しげに七緒さんを見る。
「───彼女の事を『八重』と呼び捨てで呼ぶ、あの眼鏡の男だろう」
ものすごいざっくりだけど合っている。眼鏡の、のあたり微妙に力が入っているようにも聞こえたけど、私が好きな眼鏡は七緒さんのであって、他の人の眼鏡には反応しないのでそこは完全に誤解です。
「姉貴、晴海さんの事何か言ったわけ?」
「う、ううん。言ってない、はず……」
七緒さんの前で私が口にしたのは晴海さんの名前だけだし、親戚のお兄さんだと説明しただけだ。私への呼び方や眼鏡をかけている様を話した事はない。
「佐保は俺のつがいだ。だから彼女の記憶にある彼の姿は見えているし知っているよ」
そういえば晴海さんの事を思い出した時に『他の男の事を思い出すのは許さない』と言われた事があった。ならばすでにあの時には七緒さんに晴海さんの記憶が見えていたという事だろうか?
今日の、夢と現実があやふやで晴海さんの姿を七緒さんに重ねて見てしまった事も、私が説明する以上にわかっていたという事?
「ああ……なんだっけ、つがいだとイメージが繋がってるとかなんとかってやつ? 何、記憶まで見えんのかよ」
道雄が嫌そうな顔をして言う。
姉貴はそれでいいのか? まあいいんだろうな、と三秒くらいで納得して私から目を逸らしたのを見逃してない。もちろんいいわけがない。
「どっちにしろ姉貴の記憶の晴海さんは本当の晴海さんじゃねえ。あいつ姉貴の前でだけ猫かぶってたから本性は全然違う」
「本性?」
「分かりやすく言えば年齢の割には落ち着きが無いサイコパス」
「それはずいぶん興味深い」
七緒さんの微動だにしない表情から、言葉ほど興味なんて持っていないのがわかる。というかサイコパス呼ばわりとはひどい。私が知る晴海さんは、いつも優しくて楽しくて穏やかな人で私に居場所を与えてくれた大人だ。
「ついでに言えば、さっきは訂正しなかったけど……晴海さんは姉貴の旦那だった」
その言葉に、一瞬思考が停止した。ダンナ───旦那……?
晴海さんは……結婚していた?
誰と結婚? 姉貴? 道雄に姉貴と呼ばれていた人が私以外にいたっけ?
驚愕の情報に固まる私を尻目に二人は会話を進める。
「佐保の記憶の彼の左手には指輪が見えたからね。そうじゃないかとは思ってた」
「ああ、それで恋人か夫か聞いたのか。悪かったな言わなくて。余計な事だから言う必要は無いと思って」
「別に指輪を見なくともあの猫撫で声を聞けばわかる。少なくともただの親戚には思えない」
「ちょっと待って。晴海さんが結婚してたの? 私聞いてないよ!」
……なぜか道雄が私を哀れむような顔で見た。
「……中村八重に決まってんだろ」
「八重がナニに決まってるの?」
「晴海さんの結婚相手」
「いやいやいや、まさかでしょ?」
「……やっぱりそこ、まだ記憶無し?」
私は何度もうなずく。
そんな記憶はまったく無い。……道雄の口調だと、私の記憶が無い事には気付いていたようだ。
「……あの、確かに、私と結婚するって晴海さんに言われた記憶はあるけど、結婚した記憶はまったく……」
あの話はあの一瞬、あれきりだと思っていた。まさかその先があるとは思ってもいなかった。
「……俺が覚えてる限り、祝言はあげてない。一緒にも暮らしていなかったから夫婦としての生活もしていない」
そ、それって結婚しているって言うのかな?
つまり籍だけ入れた状態なだけだったという事かな?
記憶の無い状態では何も分からないし、何の説明も出来ない。……これはたぶん、まずい。
───おそるおそる七緒さんを見ると感情の見えない顔で私を見つめていた。
先程別れたばかりの弟に再び現れた理由を尋ねる。けれど彼は七緒さんを見て言った。
「あんたに……相談事がある。姉貴も含めてだけど」
「俺はいいが、佐保については断るよ」
道雄が何の相談事かまだ言ってもいないというのに七緒さんは私に関する部分だけ勝手に断ってしまう。なんだか過保護具合が篤に感化されているような……むしろ篤より酷くなってきたような気もする。出会った頃は私に薬を盛るような過保護とは正反対の人だったと思うと感慨深い。あのままでなくて本当に良かった。
でも道雄が七緒さんにする相談事なんて、まずお化けとか非現実な方面の話のような気がするけど、私も含めるという事は一体どういう話なんだろうか?
「それは無理。……そもそもこっちだってあんたを関わらせたくない。あんたを関わらせる事自体が俺にとって苦渋の決断なわけ」
その言い方は、まるで七緒さんが部外者のように聞こえた。首を傾げながら道雄を見ると目が合う。
「姉貴、結論から言う───晴海さんがここにいるかもしれない」
「晴海さんが?」
「桜子と話をした結果、可能性としては高い」
厳しい顔で道雄が言う。
つまりそれを言うために道雄は戻って来たのだろう。
晴海さんがここにいる、とは現世にいるということだろうか。私たちと同じように転生している、ということ?
優しい彼がこちらにいるのなら、どんな人生を歩んでいるんだろうか。今の彼は学生なのだろうか? 社会人なのだろうか? 困った、まったく想像出来ない───
けれど懐かしい気持ちになっている私とは違い、道雄はずっと厳しい顔をしている。
「三国、その名前以上の情報は不要だ」
七緒さんが首を振って言う。
「なんでだよ、あんたそもそも晴海さんが親戚の男だっていう情報しか知らねえだろ」
「知っている。だから彼の存在は不愉快だからそれ以上は聞きたくないな」
「は?」
道雄は訝しげに七緒さんを見る。
「───彼女の事を『八重』と呼び捨てで呼ぶ、あの眼鏡の男だろう」
ものすごいざっくりだけど合っている。眼鏡の、のあたり微妙に力が入っているようにも聞こえたけど、私が好きな眼鏡は七緒さんのであって、他の人の眼鏡には反応しないのでそこは完全に誤解です。
「姉貴、晴海さんの事何か言ったわけ?」
「う、ううん。言ってない、はず……」
七緒さんの前で私が口にしたのは晴海さんの名前だけだし、親戚のお兄さんだと説明しただけだ。私への呼び方や眼鏡をかけている様を話した事はない。
「佐保は俺のつがいだ。だから彼女の記憶にある彼の姿は見えているし知っているよ」
そういえば晴海さんの事を思い出した時に『他の男の事を思い出すのは許さない』と言われた事があった。ならばすでにあの時には七緒さんに晴海さんの記憶が見えていたという事だろうか?
今日の、夢と現実があやふやで晴海さんの姿を七緒さんに重ねて見てしまった事も、私が説明する以上にわかっていたという事?
「ああ……なんだっけ、つがいだとイメージが繋がってるとかなんとかってやつ? 何、記憶まで見えんのかよ」
道雄が嫌そうな顔をして言う。
姉貴はそれでいいのか? まあいいんだろうな、と三秒くらいで納得して私から目を逸らしたのを見逃してない。もちろんいいわけがない。
「どっちにしろ姉貴の記憶の晴海さんは本当の晴海さんじゃねえ。あいつ姉貴の前でだけ猫かぶってたから本性は全然違う」
「本性?」
「分かりやすく言えば年齢の割には落ち着きが無いサイコパス」
「それはずいぶん興味深い」
七緒さんの微動だにしない表情から、言葉ほど興味なんて持っていないのがわかる。というかサイコパス呼ばわりとはひどい。私が知る晴海さんは、いつも優しくて楽しくて穏やかな人で私に居場所を与えてくれた大人だ。
「ついでに言えば、さっきは訂正しなかったけど……晴海さんは姉貴の旦那だった」
その言葉に、一瞬思考が停止した。ダンナ───旦那……?
晴海さんは……結婚していた?
誰と結婚? 姉貴? 道雄に姉貴と呼ばれていた人が私以外にいたっけ?
驚愕の情報に固まる私を尻目に二人は会話を進める。
「佐保の記憶の彼の左手には指輪が見えたからね。そうじゃないかとは思ってた」
「ああ、それで恋人か夫か聞いたのか。悪かったな言わなくて。余計な事だから言う必要は無いと思って」
「別に指輪を見なくともあの猫撫で声を聞けばわかる。少なくともただの親戚には思えない」
「ちょっと待って。晴海さんが結婚してたの? 私聞いてないよ!」
……なぜか道雄が私を哀れむような顔で見た。
「……中村八重に決まってんだろ」
「八重がナニに決まってるの?」
「晴海さんの結婚相手」
「いやいやいや、まさかでしょ?」
「……やっぱりそこ、まだ記憶無し?」
私は何度もうなずく。
そんな記憶はまったく無い。……道雄の口調だと、私の記憶が無い事には気付いていたようだ。
「……あの、確かに、私と結婚するって晴海さんに言われた記憶はあるけど、結婚した記憶はまったく……」
あの話はあの一瞬、あれきりだと思っていた。まさかその先があるとは思ってもいなかった。
「……俺が覚えてる限り、祝言はあげてない。一緒にも暮らしていなかったから夫婦としての生活もしていない」
そ、それって結婚しているって言うのかな?
つまり籍だけ入れた状態なだけだったという事かな?
記憶の無い状態では何も分からないし、何の説明も出来ない。……これはたぶん、まずい。
───おそるおそる七緒さんを見ると感情の見えない顔で私を見つめていた。
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