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一章 邂逅編
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私の職場は駅から直結している大きなビルにある。
複数の会社が入っている複合施設で、一階から三階まではレストランやバル、カフェやパン屋などもあり、私は昼食で時々利用している。
今日は紙袋に入れられたテイクアウトのハムサンドを手に持ち、オフィス階への専用エレベーターの前に立つ。
エレベーターが降りてくるのを待ちながら、隣に立つ瑠璃が、
「あーあ、いいなーイケメン上司。佐保は来週からイケメン上司の元で働けて良いわね」
とニヤニヤして言う。
さっき昼食を買いに出る時にフロアの入り口で一賀課長とすれ違った。その際に、
「今から食事?」
「そうです」
「そうなんだ、いってらっしゃい」
……という会話を目撃してからの、彼女のニヤニヤが止まらない。
普通の会話でニヤつくところなんてないと思うんですけど。
「私もイケメン上司にいってらっしゃいって言われたい。上司がイケメンに変身しないかな……」
無茶を言う瑠璃が所属する課の経理課課長は、温厚な人柄という話だ。
間違っても薬盛ったり無理矢理キスしたり壁ドンしたりしないと思う。あ、こうやって思い返すと本当に最低だなあの人。
「人間、顔じゃなくて人柄だよ」
「あんたにだけは言われたくなーい」
瑠璃のブーイングを受けた時、ちょうど目の前の降りてきたエレベーターの扉が開く。
よく見知った顔と目が合う。
「……」
「……」
なぜ、篤とエンカウントしてしまうのか。
そういえば、取引先の会社が同じビル内にあると以前言っていた。打ち合わせか何かだろうか。
スーツは武装だと自分で言うだけあって、何が自分を一番引き立たせるのか分かっている篤は、今日もスーツ選びも手は抜かない。
今日は今期物の流行りの型のイギリスの某ブランドのスーツだ。
モデルのような体型なので、正直何着ても様になると思うのは身内の贔屓目かもしれないけれど。
どこも露出してないというのに、漂う色気が半端ない。
篤を目撃したエレベーターフロアにいる女性たちが、惚けた様子で篤を見ている。
華やかな美貌は、一瞬驚いたあとは、私を見て嬉しそうな笑みを浮かべた。
エレベーターから出てきて聞く。
「今からお昼?」
私が手に持った紙袋を見て言う。
「佐保、野菜はちゃんと摂ってる?」
「……」
お前は母親か、というセリフが出てきて思わず脱力する。ええ、兄ですね。……ちなみに野菜は嫌いです。
「今晩ちゃんと話をするから、逃げないでね」
笑顔で言うけど、威圧的だ。
やだなあ、と顔を背けよそ見をすると、篤の背後に、異国の血が入っているのか彫りの深い顔立ちの男がいるのに気がついた。
(あの人、どこかで……見た?)
すごく、良く知っているような。
ずっと一緒にいたような……?
男の方もいぶかしげに私を見て、しだいに驚愕の顔になる。
男の口唇が、動いた。
声は出ていないけれど、その声は私には聞こえた。
「篤、ごめん。また後で」
「え? 」
いきなり動いた私に驚く篤を横目に、私はさっきから目が外せない男の元へ行く。距離はたった5歩程度なのに、気がはやってものすごく遅く感じる。
「……ミッチー!!」
受け止める腕。懐かしい匂いがした気がした。
「……! うわ、……やっぱりお前か! ……おいっ、またすぐそうやって抱きつくのヤメろ!」
「道雄、なんでここにいるの!?」
「それはこっちセリフ……。あと人前でミッチーって呼ぶなと何度も……あー、すいません円乗寺部長、すぐ戻るんで五分休憩とらせて下さい」
ミッチーこと道雄は、部長と呼んだ篤にそう言って、私をビルの外へと連れて出た。どうやら道雄は篤の連れだったらしい。
「お前、時と場合を考えろよ……」
「だって……もう会えないと思ってた」
「俺もだよ、ーーー姉貴」
弟の道雄はそう言って、私の頭に手を乗せた。
「……縮んだな」
相変わらずひどい弟だった。
道雄は私の一歳下の弟だ。ちなみに弟と言っても前世の方のだ。
顔立ちはまったく違うのに、なぜかすぐにわかった。それは弟も同じだったようだ。
これが転生マジック……! ? 見て分かるなんて超能力っぽい。ただ一回しか使えないけど。
そして今世では私の兄の部下だと言うから驚く。
五分休憩と言って上司である篤を待たせているので、連絡先を交換するとすぐに戻っていってしまった。相変わらずクールな弟だ。
スマホに登録された弟の名前は三国圭。
(今はこんな名前なんだ……)
しみじみしながら、スマホ画面から顔をあげるとそこには怖い顔をした瑠璃がいた。
ごめん、すっかり忘れてた瑠璃……。
「浮気は許さないわよ」
…………はい?
「芹沢様がいるのに、他の男の胸に飛び込むなんて」
「いや、あの、今のは弟……そう、弟みたいなものだから。すごい久しぶりに会ったから思わず」
というか、瑠璃、私は一賀課長とは付き合っていないんですけど……。浮気とは一体。
これは早めに瑠璃の誤解をとかないといけない、と思った。今日はそれとなく何度か言ったけれど、照れなくていいのよ? とあしらわれているけど。
「……それに、もう一人とも、今晩とかなんとか」
「あれは兄」
一応隠しているとはいえ、瑠璃ならばいずれ一賀課長経由で、篤が兄とわかるだろうから隠す必要もない。
「……兄弟?」
「う、うん」
弟の方は厳密には違うけど、違いはないので頷く。
「ならいいわ。……佐保のお兄様、素敵ね。今度合コンに呼びたいわ」
「はは……聞いてみる」
どうやら弟の方は瑠璃の好みではなかったようだ。残念。性格は弟の方が優しいんだけどね?
複数の会社が入っている複合施設で、一階から三階まではレストランやバル、カフェやパン屋などもあり、私は昼食で時々利用している。
今日は紙袋に入れられたテイクアウトのハムサンドを手に持ち、オフィス階への専用エレベーターの前に立つ。
エレベーターが降りてくるのを待ちながら、隣に立つ瑠璃が、
「あーあ、いいなーイケメン上司。佐保は来週からイケメン上司の元で働けて良いわね」
とニヤニヤして言う。
さっき昼食を買いに出る時にフロアの入り口で一賀課長とすれ違った。その際に、
「今から食事?」
「そうです」
「そうなんだ、いってらっしゃい」
……という会話を目撃してからの、彼女のニヤニヤが止まらない。
普通の会話でニヤつくところなんてないと思うんですけど。
「私もイケメン上司にいってらっしゃいって言われたい。上司がイケメンに変身しないかな……」
無茶を言う瑠璃が所属する課の経理課課長は、温厚な人柄という話だ。
間違っても薬盛ったり無理矢理キスしたり壁ドンしたりしないと思う。あ、こうやって思い返すと本当に最低だなあの人。
「人間、顔じゃなくて人柄だよ」
「あんたにだけは言われたくなーい」
瑠璃のブーイングを受けた時、ちょうど目の前の降りてきたエレベーターの扉が開く。
よく見知った顔と目が合う。
「……」
「……」
なぜ、篤とエンカウントしてしまうのか。
そういえば、取引先の会社が同じビル内にあると以前言っていた。打ち合わせか何かだろうか。
スーツは武装だと自分で言うだけあって、何が自分を一番引き立たせるのか分かっている篤は、今日もスーツ選びも手は抜かない。
今日は今期物の流行りの型のイギリスの某ブランドのスーツだ。
モデルのような体型なので、正直何着ても様になると思うのは身内の贔屓目かもしれないけれど。
どこも露出してないというのに、漂う色気が半端ない。
篤を目撃したエレベーターフロアにいる女性たちが、惚けた様子で篤を見ている。
華やかな美貌は、一瞬驚いたあとは、私を見て嬉しそうな笑みを浮かべた。
エレベーターから出てきて聞く。
「今からお昼?」
私が手に持った紙袋を見て言う。
「佐保、野菜はちゃんと摂ってる?」
「……」
お前は母親か、というセリフが出てきて思わず脱力する。ええ、兄ですね。……ちなみに野菜は嫌いです。
「今晩ちゃんと話をするから、逃げないでね」
笑顔で言うけど、威圧的だ。
やだなあ、と顔を背けよそ見をすると、篤の背後に、異国の血が入っているのか彫りの深い顔立ちの男がいるのに気がついた。
(あの人、どこかで……見た?)
すごく、良く知っているような。
ずっと一緒にいたような……?
男の方もいぶかしげに私を見て、しだいに驚愕の顔になる。
男の口唇が、動いた。
声は出ていないけれど、その声は私には聞こえた。
「篤、ごめん。また後で」
「え? 」
いきなり動いた私に驚く篤を横目に、私はさっきから目が外せない男の元へ行く。距離はたった5歩程度なのに、気がはやってものすごく遅く感じる。
「……ミッチー!!」
受け止める腕。懐かしい匂いがした気がした。
「……! うわ、……やっぱりお前か! ……おいっ、またすぐそうやって抱きつくのヤメろ!」
「道雄、なんでここにいるの!?」
「それはこっちセリフ……。あと人前でミッチーって呼ぶなと何度も……あー、すいません円乗寺部長、すぐ戻るんで五分休憩とらせて下さい」
ミッチーこと道雄は、部長と呼んだ篤にそう言って、私をビルの外へと連れて出た。どうやら道雄は篤の連れだったらしい。
「お前、時と場合を考えろよ……」
「だって……もう会えないと思ってた」
「俺もだよ、ーーー姉貴」
弟の道雄はそう言って、私の頭に手を乗せた。
「……縮んだな」
相変わらずひどい弟だった。
道雄は私の一歳下の弟だ。ちなみに弟と言っても前世の方のだ。
顔立ちはまったく違うのに、なぜかすぐにわかった。それは弟も同じだったようだ。
これが転生マジック……! ? 見て分かるなんて超能力っぽい。ただ一回しか使えないけど。
そして今世では私の兄の部下だと言うから驚く。
五分休憩と言って上司である篤を待たせているので、連絡先を交換するとすぐに戻っていってしまった。相変わらずクールな弟だ。
スマホに登録された弟の名前は三国圭。
(今はこんな名前なんだ……)
しみじみしながら、スマホ画面から顔をあげるとそこには怖い顔をした瑠璃がいた。
ごめん、すっかり忘れてた瑠璃……。
「浮気は許さないわよ」
…………はい?
「芹沢様がいるのに、他の男の胸に飛び込むなんて」
「いや、あの、今のは弟……そう、弟みたいなものだから。すごい久しぶりに会ったから思わず」
というか、瑠璃、私は一賀課長とは付き合っていないんですけど……。浮気とは一体。
これは早めに瑠璃の誤解をとかないといけない、と思った。今日はそれとなく何度か言ったけれど、照れなくていいのよ? とあしらわれているけど。
「……それに、もう一人とも、今晩とかなんとか」
「あれは兄」
一応隠しているとはいえ、瑠璃ならばいずれ一賀課長経由で、篤が兄とわかるだろうから隠す必要もない。
「……兄弟?」
「う、うん」
弟の方は厳密には違うけど、違いはないので頷く。
「ならいいわ。……佐保のお兄様、素敵ね。今度合コンに呼びたいわ」
「はは……聞いてみる」
どうやら弟の方は瑠璃の好みではなかったようだ。残念。性格は弟の方が優しいんだけどね?
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