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二章 恋愛編

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「あ、あの、ちょっと待っ……てっ、ほ、ほら、篤が……!」

 急に思い出した事案に慌て出した私をベッドに縫い止める七緒さんは、今更? みたいな顔をする。

「篤さん? とっくに帰ったよ」
「………………………帰った?」
「仕事で呼び出しがあって、君がエステに行っている間にジムから戻ってきてすぐにホテルを出たよ」

 そう言われてみれば、この部屋にもさっきの部屋にも篤の荷物は無かったような……? 

 篤が最初の頃のような警戒心を七緒さんに向けなくなったのは良かったと思っているけどーーーでもだからって、どこからどう見ても狼だとわかっている人のところに、妹を置き去りにするのはいかがなものかと思います兄さん……!


「やっと二人きりだ」


 その言葉にハッとした。

 しかも二人でベッドの上にいる。
 部屋の中の空気は一瞬にして何か濃厚なものに変わったような気がして、私は思わず唾を飲み込む。

「うちの会社の社員はこのホテルには泊まっていない。それにここの部屋は広いから、廊下に声は漏れない。良かったね、もう声を我慢しなくていい」
「い、いえあのっ、これから夕飯の時間だし……!」
「夕飯までは十分時間がある。それにーーーをすると言っただろう?」

 笑みを含んだ声で言いながら、あっという間に私の服を脱がせる七緒さんは非常に楽しそうだった。完全に獲物を捕らえた眼で私を見ている。それは通常運転のいつもの七緒さんで、私の記憶を読んだ形跡やそれに対する動揺、といった様子は見られない。ホッとしつつも、脱がせやすい服を着ているわけではないのになぜ毎回するっと脱がせられるのか……なんて他人事のように感心していた私はアホなのかもしれない。
 気がつくとあっという間に下着姿にされてしまっていた。毎回のこのパターン、なぜ何も学ばないのだろう私。
 我に返って今さら無駄な抵抗と知りながらもシーツの上を少しづつ逃げるように動く。当然すぐに捕まって、足首を掴んだ七緒さんに引き戻された。

「……七緒さんは、なんでそんなに、その」
「なぜそんなに、がっついているかって?」

 七緒さんは肌に丁寧にキスを落としつつ私に視線を寄越しながら言う。自覚はあるらしい。

 誰かと比べるほどの経験なんてないけれど、この人はスキあらば襲ってくる気がする。だからがっついているという評価は正しいはずーーーとはいえ、七緒さんは帰宅時間が遅かったり会社員以外の仕事で深夜まで帰って来ない、というのがまだ短い同居の中で何度もあって、同居しているからといってイチャつくほどの余裕が(七緒さんに)ある状況ではなかったので、完全オフな今はこうするのは自然なのかもしれないけれど。

「君が翌日に仕事がある日はだめだと言ったから、その言いつけは守っているじゃないか」

 ーーー言った。
 確かにそんな事、言った気がする。

 でも、さもその言いつけを守っている風に言うけれど、そもそも翌日に影響出そうなほどにいたす人に対しての、常識的な予防線なのだから仕方ないわけで。

「言いつけを守ってるって……だからってそれ以外の日はいつでもして良いってワケじゃ」
「ーーー俺としたくない?」

 そう言って私をベッドに押し付けて見下ろす彼は、普段会社で見知っている、眼差しから指の先まで理知的な男ではなかった。

 わずかに乱れた髪や熱のこもった瞳で私を見下ろす様子に、思わず私の息も乱れる。

「……したくないとかじゃなくて、その、心の準備が」
「そう」

 七緒さんが嬉しそうに言う。
 言いながら私の身体を這う指先がブラ紐に手をかけたので、思わずその手を止めた。
 ……わからなくなる前に、ちゃんと伝えなくてはいけないと思ったからだ。

「それにっ、わ……私、その、すると身体がなんだか変で。…………もっと変になりそうで、不安で」

 私が私じゃなくなる。
 回数を繰り返すごとに、その感覚が強くなる。快感に流されて翻弄されて、全部わからなくなってしまうようなーーー

「それは君が俺のだから。つがい相手とのセックスは最上の快楽らしい。だから怖がる事は無いよ」
「最上の…………えっと?」

 今、この人、耳を疑うような事をお上品な顔でさらっと言ったような……?
 思わず見返すけれど、七緒さんは真顔だった。

「つがいというのは運命の相手だと言われている。なにせ術者が生まれた時点で、つがい相手は決まっているからね。早ければ1歳児で相手を判別出来る」
「生まれた時から……?」
「そう。だから男の術者は生まれた瞬間からつがいを探していると言っていい。そしてつがいの女性は、つがい相手の男に出会えば身体が変化する。つがい相手の性欲に呼応するし、求められればそういう反応も強くなる。変になるのではなく、それが自然のつがいとしての反応……佐保?」

 私が眉間にシワを寄せていたからだろう、七緒さんが不思議そうに私を見つめる。



 ーーー運命、という言葉は昔から嫌いだった。



 つがいという仕組みは、自分の意思は皆無なのだろうか。
 私だけでなく七緒さんでさえも、つがいという運命の名のもとに、そうなると最初から決まっていたという事なのだろうか。



「……やだ……」



 あまり表情に変化を出さない七緒さんが、私の言葉に少し驚いたような表情を浮かべた。

「運命なんて……嫌」

 口にすれば、運命という言葉はやはりとても嫌な響きだった。

 七緒さんが私を欲するのは運命?
 私をつがいと決めたのは誰? 七緒さんじゃないの? ……運命が決めたの?


 私はそんなものに決められたつもりはない。
 私が七緒さんが好きなのは、つがいだからじゃない。私の意思で、七緒さんを選んだ。

 それは私が違う世界出身で、元からこの世界のルールから外れていたからこそ、そう強く思うしそう確信している。ーーーだって生まれる前から好きだったのだから、絶対に違う。運命とは違う。


「運命なんかじゃ、ない、から……」


 けれど、言葉は尻つぼみになった。
 今、七緒さんが私の横にいる理由が本当にのでは、と考えてしまったのだ。

 そして同時に、逆に運命で決められていなかったとしたら、この人はーーー七緒さんの意思は、私を選ばない可能性があったのではないか、と。

 それを考えた瞬間、とても深い絶望を感じた。

 私を選ばなかったとしたらーーー

 他の女に優しく話しかけたりするのだろうか?
 他の女の髪を撫でてキスをするのだろうか?
 他の女の首を……私にしたように、噛むのだろうか?


(嫌だ)


 私以外の女なんて、指一本ですら触らないでほしい。


(ーーー嫌、絶対に嫌……!)


 一気に吹き出した自分の強い感情が怖い。


 私の七緒さんへの執着は、綺麗な感情だけではない。長い間、七緒さんを追いかけて来たものだ。

 自分でもおかしいんじゃないかと思う。
 だって、あの頃ーーー前世で、私は小説を読んで、だと思ったのだから。たぶん……いや、間違いなくおかしい。


「運命じゃなくて、俺が君自身を好きじゃないと嫌?」


 その言葉に私は頷く。
 ……たぶんまた、七緒さんは勝手に私の心の声を聞いたのだろう。私の言葉足らずの言葉で、そこまで理解するのは難しいはずだ。

 でも、もはやそんな事はどうでも良かった。私の心なんて、最初から七緒さんに聞かれても嫌だなんて一度も思っていないのだから。ただ、前世の情報だけはーーー知られて七緒さんに怖がられる事が怖かった。

 もし知られて、この人から奇異な目で見られたら。
 七緒さんから警戒を含んだ目で見られてしまったらーーーそれだけが怖かった。


「運命は嫌い?」


 私の顔を覗きこみながら、七緒さんは確認するように尋ねる。


「……嫌い」


 私はそう答えて、七緒さんを見上げる。

 運命は前世でも私には優しくも都合良くもなかった。振り回されるだけだった。
 もうあんな事は、あんな悲しい事は、もう嫌だ。


 ーーー運命なんてクソくらえだ。


 そう思っていたのに、現世でもまた私は運命に振り回されていたのだから、好きになれるはずがない。


「そうだね……運命なんかじゃない」


 身体を包む暖かい温もりと、いつの間にか私の眦を伝う涙を吸う唇に、七緒さんから言葉以上の答えを知る。
 私の片手の指先に七緒さんの指先が絡む。その絡んだ指先から、その仕草から、明確な愛情を感じた。

(ああ、そうか)

 思えば、最初から彼から愛情を感じる仕草はいくつもあった。私がだとは思わなかっただけで、何度も。
 キスも抱擁も、愛情を感じないものは無かった。あれらはフリなんかではなく……彼は確かにずっと愛情を示していてくれていたのだと今さら気がついて、自分の鈍感ぶりに恥ずかしくなる。


「俺が、君を欲しいと望んだ。許しもキスも、欲しいのはずっと君からだけだ。愛しているよ……だから俺だけを見て」

 七緒さんから初めて聞いた明確な言葉に対して、私はただ頷くだけしか出来なかったけれど心の底から喜びを感じた。

 義務感でも運命でもなく、私自身を愛して欲しかった。
 私を見て欲しかった。
 それを望んでいたのは、前世の私なのか現世の私なのか、今は分からないけれど。


「私も………………好き、です」


 順番が逆だけど、いまさらの告白に七緒さんは見た事のないような優しい笑みを浮かべて、私の唇に優しくキスをしてくれた。








 身体がやたらと熱い。
 たぶん、熱いのは七緒さんの身体が熱いせいだ。彼の舌が私の首筋を舐めている。少し荒い吐息に、今にも噛みつかれそうで背筋がゾクゾクする。すると、ふ、と笑う気配がする。

「っ、あ、……え?」

 私と七緒さんの身体の位置が変わる。
 私が七緒さんの身体の上に乗せられて跨ぐ状態になっていた。私のショーツ越しに七緒さんの下肢が……気のせいか、七緒さんのズボンの生地越しに、その、何か硬いものが当たっているような気がするような……。
 身じろぎするものの、七緒さんは私の腰をがっしりと掴んで1ミリも逃げさせてはくれない。

「せっかく両思いになったんだから……ね?」

 両思いという言葉を早くも武器のように使う男に、私はちょっとだけ早まったかもと後悔した。

「今日は君からして」

 熱い吐息で言われてしまい、硬直する。

「……し、して、って……どう、すれば……」
「キス」

 七緒さんから完全な命令口調で言われて、私の心臓は急にドキドキする。……この調子で命令され続けたら、全部従ってしまいそうな自分が怖い。
 ふわふわした意識で上体を伸ばし、唇を合わせようとした瞬間、ショーツの中に七緒さんの指が入ってきた。お尻を撫でたり際どい所をくすぐったりとやりたい放題だ。

「ん、ぁ、……や、も、待っ……あっ」

 腰が前方に逃げる。
 けれどそれは七緒さんの下肢にさらに私の腰を擦りつける形になってしまい、自分の痴態に顔を赤くした。七緒さんの長い指はさらに深くショーツの中に潜りこみ、そこから粘着質な音がかすかに聞こえてきて、思わず自分の唇を噛む。

「ほら、キスを忘れてる」
「ん、ぁ……は、はい。………っん、 ん、ぁ……ッ!」

 今度はキスしたとたんに、伸びてきた指にブラ越しに胸先をイタズラをするように抓られた。痛さではなく、甘い痺れが全身に広がる。

 七緒さんは片手で器用に私のブラを外すと、乳房から先まで形を確認するようになぞる。

「ここはエステでやってもらった?」
「え? む、胸……? ……そんな所までやるエステメニューがある、の……?」
「さあ?」

 クスクス笑いながら七緒さんは、私の肌を確認するように指をすべらせながら言う。触れられているだけなのに、ぬるま湯に浸かっているように気持ちが良い。

「背中はずいぶんと手触りがいいから、胸までしたのかと思って」
「背中、は、オイルでマッサージしてもらったから……んっ」
「なら、エステでどれだけ手触りが良くなったのか恋人として全身くまなく確認させてもらおうか」

 胸を触っていた指は肩や首、背中腰を這い回るように動いて、私の身体の奥から湧き上がるゾクゾクを引き出していく。ちなみにもう片方の手は下肢にいやらしく触れ続けている。
 息が乱れてしまい、どうしたら良いのかわからないまま七緒さんを見ると、七緒さんは目を眇めで私を見ていた。

「可愛い。……ね、気持ち良い?」

 頷くと、満足げに七緒さんは微笑む。

「じゃあ、ちゃんと言って」
「ちゃんと?」
「どこをどうすると気持ち良いか、言って」
「……う……」

 具体的に言うなんて、初心者の私にはハードルが高すぎる。けれど七緒さんは許してくれないだろう。なんか目がそう言ってる。
 確か一番最初も同じ質問をされた。その時答えられなかった私に、彼は『じゃあ次からかな』と言った。
 そう、ーーーやはりあの時点で、本当に次もするつもりだったんだと気がついて愕然とした。


「ちゃんと言えるだろう?」


 獲物をいたぶる動物みたいな目をして七緒さんが言う。ものすごく生き生きとしている。この猛禽類に勝てる気がまったくしない。
 私は覚悟を決めたーーーというか諦めた。

「……っ、……全部、き、気持ちいいから……、全部して………っ」

 口に出すと涙で眼が潤んだ。羞恥の感情が高ぶると涙が出るなんて初めて知る。
 どこをどうして欲しいなんて、まだ数回しかしたことない私にはわからない。そもそも触られると、全部気持ち良いのだから。

 そんな私を見て七緒さんは悪い男の笑みを浮かべた。最悪だ。この男、恋人が泣いてるのに大喜びしている。本当に最悪。

「御意に、女王様」

 ふざけた口調でそう言うと、あっという間に体勢が入れ替わる。再び私は下から七緒さんを見上げる事になった。余裕ある笑みを浮かべた七緒さんは、私の耳元に口を寄せる。

「女王様の好きなところを舐めてあげるよ。どこからにしようか?」

 いつもより低い声。声に含まれた情欲とけれどそれ以上の大人の男の余裕に、私は唇を噛みしめる。
 ……それにしても女王様を連呼するのは恥ずかしいからやめてほしい。以前下僕呼ばわりした事、実は気に障っていたのだろうか。

「女王様は、やめて……」
「女王様だよ。君の為だけに、君を守る為だけに皆が動く」
「皆?」
「君はただ、下僕に適当に褒美をやればいいんだ。何も気にせず、ね。俺たちーーーいや、俺にまかせて……だから褒美をくれるね?」

 七緒さんはそう言うなり、私の脚をすくいショーツを脱がすと自分の肩に乗せた。言っている意味を理解する間も返事をする間も無く、あっという間に私の中心部に顔を埋める。
 慌てて両腕を突っ張って退けようとしたものの力ではかなわず、七緒さんは花芽を唇に挟んで舌先でくすぐるようにつつき、舐め出した。彼の頭を押しのけようとした手はすぐに髪の毛をかき回すだけになる。

「…………あぁっ! ……は………ッ、んん、っ、あっ、ぁ……っ! や、やぁ………ッ」

 急激な快感は、身体がついていかない。
 びくびくと脚が震える。
 そこを舐めるいやらしい音だけがやたらと部屋の中に響く。わざと大きな音を出しているのではないかと勘ぐってしまうくらい、その音は私を羞恥で染めた。

「ぁ、んっ、………っ、ぁ、あっ、………ッ!」
「舐めただけなのに……こんなにして」

 粘着質な音とそれを確認するような七緒さんの指の動きに、私は思わず自分の顔を両手で覆った。

「だ、だって……!」
「俺に反応してくれているんだろう? 嬉しいよ」

 そう言って次の瞬間には花芽の下ーーー入り口に柔らかい舌が触れ、私の腰は浮き上がる。

「え、ぁ……? ……ぁ……そこ、………ぁッ」
「じっとして。奥まで舐めてあげるから」
「あ……だ、だめ……っ」

 私の抵抗をものともせず、舌はゆっくりと潜り込んできた。

「…………っ! ……んぅっ、んん、……は………ッ」

 そんな所を舐められているという事実に、よくわからない快楽が身体の奥から指先までを侵食していく。

「………ッ、ああっ、ん、ぁ……ッ、 や、そんな、奥……っ」

 内側を探る舌に腰が揺れる。
 むずむず、する。
 そのむずむずを七緒さんが舐めとる。そうするともっとむずむずする無限のループに、されていることが何なのかすら分からなくなってくる。

「ふ、ぁ……、ん、んんっ、ぁ……ッ、や……、や、もう、………んっ、ぁっ、ーーーッ!」

 一気に上りつめた私に、七緒さんが笑った気配がして視線をそちらに向けた。けれど真っ先に視界に入ったのは私は両脚で、さっきまでは七緒さんを挟んで閉じ気味だったはずなのにいつの間にか受け入れるように開いている。思わず、自分のはしたなさに目をそらした。

「………ん、………ゆ、ゆび?」
「まだ一本だけしか入れてない。もう少ししたら入れる数を増やすけど、ね」

 目をそらした隙に指が入れられ、弛緩していた足の指に力が入る。

「……今日は、直接君に触れたい」

 以前は冗談ごかして言っていたけど、今の七緒さんの口調は真剣そのものだった。
 真意を探ろうと七緒さんを見る。社会人なら、ましてや普段から理性的な七緒さんがそんな事を欲に流されて考え無しで言うはずが無い。私の視線を受けて、七緒さんは困ったように笑う。

「だめかな?」
「……だ、だめ、ですっ」

 その笑みを見て、一瞬いいかと心がグラついてしまったけれど。
 それを打ち消すようにして私は首を振った。さすがにこれは流されてはダメな問題だ。一人の問題ではなくなる。

「わかってるよ。そういうのは結婚してから、だろう?」
「なら」
「だから婚姻届けは今日出す。正確に言えば今日、篤さんが出してくれる」
「……………………………はい?」



 言っている意味が全体的にわからない。日本語が理解出来ない。




「ーーー篤……は、仕事で帰ったって」
「そうだよ、だから仕事に戻るついでに出してくれるそうだ。芹沢家の人間はマークされているから役所に行こうものならすぐに邪魔が入るだろう。その点、部外者でかつ守護がある彼なら、安全に婚姻届けを出せる」
「出せるとかそういう問題じゃなくてーーーだいたい私、婚姻届けなんて書いてませんけど!?」

 そう言った私に、七緒さんは小さく笑う。それはまさに企みが成功した人間の、性悪な笑みだった。

 知ってる。その顔知ってる。小説で読んだ。敵を罠に嵌めた時に描写されていたーーーわあ、ほんとに小説に書いてある通りの表情だーーーと、私の思考は逃避した。

「篤さんがマンションに来て君についての話をした日、俺と食事した後に婚姻届を書いたよ」

 まったく心当たりのないことを言われて思い返すけれど、そんな事をした記憶の断片すらない。というか、その食事の後の記憶がそもそも無いのだ。
 指輪を買わないとね、と指を触られたあとボーっとして気がつくとマンションで押し倒されていたのだからーーー

「……ひょっとして私の記憶があやふやで、ボーっとしてた間に、何かした?」
「何かしたとは心外だな。君にプロポーズして、婚姻届を書いてもらっただけだよ。もちろん君に無理矢理書かせるなんてするはずもない。積極的に書いたのは君自身だしね」

 私が積極的に婚姻届を書いたという様子を思い出したのか、七緒さんは私から目を逸らして吹き出して笑った。ひどい。

 ーーーだいたい、なぜそんな重要な話を、今言うのでしょうかこの鬼畜は。

「怒った?」
「あ……あたりまえですっ」

 怒ったというか、呆れている。思わず上半身を起こして抗議する。

 七緒さんは私の反応に笑いながら服を脱ぎだした。鍛えられた身体は体脂肪率が低そうで、腹筋にうっかり見惚れた私は再びベッドに押し倒された。

「今それを教えたのはね、君に考える隙を与えたくないからだよ」
「え? ……ん、んん……ッ」

 急に首を舐められて、お尻から頭の先までをゾクゾクとしたものが駆け上がっていく。

「君が諦めて俺を受け入れる顔が見たい」
「も……、また、変なことを……っ」

 抵抗した両手は片手で押さえつけられる。上から顔を覗き込まれているだけなのに、全身に絡みつくような視線を感じた。

「結婚したらと言ったのは君だろう? 婚姻届は今日出されるし、何か問題があるかな」
「そ、そんなの、大アリですっ」
「……なら聞くけど、どんな問題が?」

 問われて、どんな問題も残っていない事に気づく。
 私の意思を丸無視したやり方を責めたい所だけれど、七緒さんなら婚姻届を偽装して勝手に出すという選択肢もあったはずだ。むしろ芹沢七緒ならそうする。その上でぐうの音も出ない理屈でねじ伏せる。
 それでもそうせずに、私自身に婚姻届にサインをさせて、わざわざ篤に提出を依頼するという周りを巻き込んだ形にしたのは、ひょっとして彼なりに手順を踏んでいるという証拠を残したいからーーーだろうか?

「約束通り責任は取ったよ」
「せ、責任って……」
「指、二本入ったけどまだ狭いね」
「う、……んんっ?」

 七緒さんが私の下肢で再開した指の動きに、私の膝頭が揺れる。

「いつもよりキツい。ほら、もっと力抜いて……ああ、もしかして今日は中で出されると思って緊張してる?」
「………っ!」

 七緒さんがわざと俗物的に言うのに反応して、思わず目に涙が溜まる。それを見た七緒さんの喉仏が、唾を嚥下する仕草で動いた。

 性急に腰を掴むと、腰を密着させる。
 入り口に熱いものが擦り付けられて、背筋を何度もゾクゾクしたものが這い上がる。

「……挿れていい?」

 そう言いながら入り口に小さな動きで押し付けてくる。圧迫感を感じ、息が上がる。

「……っ、あ、……だって、赤ちゃん出来ちゃ、……んんっ」
「ん、わかってる」

 首に鼻先を擦り付けるようにしながら、七緒さんが言う。
 初めて見る、甘えた仕草に心臓が早鐘を打つ。さっきまであんなに悪い顔をしていたくせに、本当に狡い。

 挿れていいと返事もしてないのに、そこに圧迫感を強く感じて私は慌てた。

「ぁ……も、もう、はいっちゃって、る……っ?」
「まだだよ。まだ……入り口に少しだけ、ね」

 けれどその圧迫感はそのまま私を貫いた。

「ん、あッ………!?  ……あ、………はッ、ぁ、……ッ」
「少しだけ挿れて様子見ようと思ったけど無理だった。ごめんね」

 ちっともごめんなんて思ってなさそうな顔で七緒さんは言う。鬼だ。

「痛い?」
「……だい、じょうぶ」
「気持ち良い?」
「……よく、わから……っ、……ぁっ、ああっ」

 揺さぶられて、私の肩の横に手をついている七緒さんの腕を思わず掴む。

「俺は気持ち良いよ。君の体温も、濡れているのも直接感じるから」
「……あ、……ッ、ゃ、ぁあ……っ!」

 奥をゆっくりした動きで突かれて、脚が突っ張る。

「ん………締まるね、ここがいい?」

 突くスピードは変えずに、七緒さんは私を観察しながら問う。


 ーーー私を、見ないで欲しい。
 きっと今、可愛くない、必死で変な顔をしていると思う。だって呼吸するので精一杯なのだから。

「可愛い、佐保」

 可愛くない。私なんて、ちっとも可愛くない。
 首を振ると、笑う気配。

「好きだよ、佐保」

 何度も揺さぶられながら、耳元で吐息混じりで聞いた言葉が幻聴なのかそうでないのか、判断出来なくなっていた。

「ああぁっ、………ッ! ぁ……ッ! あッ、ンンッ」

いつの間にか抉るように突かれて、呼吸すら忘れそうになる。

「……もうイきそう」

自嘲気味に七緒さんは言うと、私の腰を抱き直した。

「あ、ああぁッ、ん、ぁぁ……ッ、あぁ……ッ、……ッ!」

激しい動きに、呼吸すら追いつかなくなる。

「……っ、出すよ」

 言われて、ゾクゾクとした快感に指先まで震えた。触れられている腰も、奥も、七緒さんの吐息も、全てが私を支配する。ーーーとうとう全てを支配される。


「ッ、………ぁッ、ッ、はッ、……ぁッ……ッ!  あッ、……ッ、ぁっ、んっ、………あ、あああぁ……ッ!」


 強く押し付けられた腰の奥ーーー熱い何かが奥に叩きつけられたのを感じ、私は意識を飛ばした。






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