翡翠の環−ご主人様の枕ちゃん

綿入しずる

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Ⅱ‐回青の園

服ⅰ

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第九の月 二十二日
今日はいっぱい果物をもらった。
夜会の服は見た目はきれいだけど、着ている意味がないんじゃないかと思った。でも物によってはご主人様の帯一本くらいの値がするのだそうだ。帯を買ったほうがいいのではないですかと言ったら、遊びに金を使うのも大事なのだと教えられた。金持ちのことはむずかしい。
…仕事は、それなりになれたと思ったけど、やっぱりまだ覚えることがたくさんある。
向いていないと思うけど……がんばります。


 身を清めて離れに戻されると、待っていたらしい、部屋着で酒を飲んでいた主人はその手を止めてすぐに俺を呼び寄せた。冷房をやっていたザフラが小さく手を振って部屋を出ていくのを横目に、俺は冷気を引き継いで急いで近づく。
 部屋に残るのは俺と主人だけだったが、テーブルの上は酒瓶と共に果物などが並んでいて、宴会のような鮮やかさだった。
「さて、まずは脱げ」
 今日はするらしい。
 脱げ、と言っても俺が自分で脱ぐんじゃなくて、主人の手が脱がせてくる。さっき巻いたばかりの帯を解いて、上も下も取り払う手に抗わず。下着も靴もついでのように指先で引っ掛けて床に落とされる。
 まともな服なんてあまり着てこなかった奴隷の身とはいえ、人前で素っ裸を晒すのは落ち着かない。ましてきちりと服を身に着けた主人の前では。けれど主人はそんな俺に構わず急ぐこともなしに、酒瓶の陰に置かれていた蓋付きの箱を開けて何か取りだした。
 布。なのは間違いがない。小さいがカーテンのようにも見えた。薄く透ける紗がひらと揺れる。淡い緑色。銀色の縁どりと編んだ細工がついている。
「足を上げろ。……右もだ」
 指示されて子供のように着せられる段階でようやくそれが服だと分かった。俺が鈍いのではなくて、本当にそうでもしないと服とは分からない代物だったのだ。いや、着ても正直服と言っていいのか分からない。
 布を足から胴へと引き上げた主人の手が細工の部分を首輪に留めると、前掛けのようになって胸の前と腰回りだけを覆う。肌触りはやけにいいが、幅も丈も足りてない。背中は何もないし乳首は見えるし股のところがギリギリというか――動いたら見えてしまうし、布が薄すぎて、動かなくても透けているのではないか。裸のほうがましだ。
 そういう意図の服だろう。
 服と言っても多分、夜会の服だ。前に着せられた物よりも薄くひらひらしていて、他の奴隷が着ていた物に近い、こんなの着ても暖かくもないし肌も守れない、ただ飾るだけの布。
 腰には細い銀の紐を締め、それきりで服は終わりだった。同じ箱から銀の鎖――以前にも見た覚えのある装飾品を取り出す主人に、俺は恐る恐る震える声で問う。
「あの、夜会か何かあるんでしょうか」
 こんなので外には出れないし、支度するなら俺も主人も使用人たちに囲まれそうなものだが、こんな服はあのときくらいしか覚えが無い。
「出たいか? ……庭くらいなら連れ歩いてやってもいいが」
 目を細めた主人に聞き返され、必死に首を横に振る。促す手に両手を差し出して枷のように鎖で繋いだ腕輪を着けられる。いつもと同じ流れで膝の上へと呼ばれて抱え上げられ、持ち上げた右足にも鎖と宝石の重なった飾りが留められた。腕輪も足のこれも大したものではなくうっかり引っ掛けると切ってしまいそうな細さだが、動くと肌を擽って気になる。
 横に抱いた俺の全身を確かめて、主人は満足気だ。
「うん、なかなか似合う」
 似合いはしないと思う。こんなの着せるんだったらせめてビリムとかジザとか……いやそもそもこんな服、下着にもならないし布の無駄では。なんて意見が聞き入れられるわけがないのは知っていた。衣装の恥ずかしさに身を縮めながら黙っていると主人が動いて、口に葡萄の一粒が押し込まれた。
「私一人が見るのに着替えさせてはいけないということもあるまい」
 人前に連れ出されるわけではないと分かってひとまず心底ほっとした。甘く瑞々しい葡萄の実を噛んで、ならこの後はどうされるのかと主人の顔と動きを窺ったが。
「では酌でもしてもらおうか」
「え……」
 言葉は意外なものだった。こんな格好をして、するんじゃないのか。
 からかわれているのかと思ったが、すぐに酒瓶を手渡されるので冗談ではないようだ。この香りと薄白い色はアザラン酒だろう。冷やして、差し出される盃にそっと注ぐ。
 酒瓶を持って冷やすのもあの夜会の日のようだ。ただ此処はあの異様な空気の天幕ではなくて、慣れた香りのする静かな離れで、主人の傍。
 格好はともかくいつもと変わらない。と思うのだが、やっぱり何より、格好が問題だった。
 抱えられて膝を曲げていると裾が股へと落ちてきて気になるし、そうじゃなくても透けて見えている気がする。晒された胸のほうも、こんな布でもあると隠している場所との差ができてしまって強調するようだ。
「ひうっ」
 主人の視線がじりつくそっちばかり気にしていたら、不意打ちで背中を撫でられて変な声が出た。つい体を前に逃がしてしまって抱えた瓶の中身が揺れる。
「お前は背も弱かったか?」
 主人がそうやって触るとどこもかしこも弱い。くすぐったくて、今は危ないから止めてほしい。
「鞭の痕はないが、お前はあまり打たれなかったのか」
「……いえ、よく打たれたと思います。でも妖精憑きネ・モは脈に近ければ治りが早いと、聞いた、ことが」
 この屋敷も脈の上にある。些細な怪我の治りは早い気がする。この前の痣もすぐに消えた。
 なんて言っている間も掌が背を撫で続けて――ちょっと腰の辺りに差しかかっては引き返したり。もどかしい動きをする。体の芯がぞわぞわする。今日はそういう感じかと、ようやく俺にも納得がいった。
「つくづく便利な体だな」
 言って何気なく、今度は脇腹へと手が差しこまれる。身を捩りかけてぐと体を縮めて留めた。装飾品の鎖が揺れて、瓶と触れ合い音を立てた。
「ごっ――あんまりやると落ちますっ」
「じっとしていればいいだろう」
 瓶も俺も落ちそうだと言うと、俺のほうは抱え直された。瓶は握りしめているしかない。左手はそうして背や、腰。脇腹をくすぐり撫でてくる。右手は綺麗な玻璃ガラスの杯があるのに構わず、その底や指で太腿を擦る。いつもよりさらにゆったりとした、酒を飲みながら寛ぐ時間に合わせた愛撫。
 その合間に葡萄や柘榴が口へと運ばれ、食べさせるついでに唇や頬を揉んでいく。
 ――息が、上がってきた。まだ伽を言いつけられたわけじゃないのに、俺のほうがそういう気分になってしまって意識が融けてくる。気づけば杯が空になっていて催促されるのに、慌てて瓶を傾けた。酒の冷え具合を褒めて頭を撫でてくる手も心地良い。
 それが盃二杯分続いた。
「っん」
 見計らったように、盃の底が灯りに晒されている乳首を掠めた。それまで触れられていなかったのに硬くなっていて、その微かな刺激もずくんと響いた。
 このままではこの前のような失態をする破目になるのではと、焦り始める。早く抱くと言ってほしい。そういう風にしてほしい。そうすれば主人に使ってもらう、せめてものかたちは整うから。
 思っても意地の悪い主人はなかなか言い出してはくれず、また脇腹をくすぐられて身を捩る。短い裾が捲れて慌てて押さえた。ちらと見上げて窺うと金色の光とぶつかってまた慌てる。きっと主人は俺の考えなどお見通しだろう。
 かといってねだることなど出来るわけもない。俺はあくまで使われる側なんだから。主人が言い出すまで、我慢しないと。
 言い聞かせて堪えて、主人が酒を飲み干すのを待つ。摘まんだ果物が主人の口に入るのか、俺の口元に寄越されるのかを目で追って確かめて気を逸らす。逸らすつもりが、主人の指や唇の形、動きに別の向きで欲が湧いてきて困る。
 そして不意に、腰に硬い物が触れていることに気がついて、それまでとは違う動揺が走った。
「……」
 どうしよう、奴隷として何かすべきなのでは。何か言うべきなのでは。でもどうしたら。
 押しつけられるでもなくそうなっているだけだが、主人自身が気づいていないわけもない。
 やがて主人の動きが止まり、じっと俺の顔を見つめて――狼狽えた俺を見て、くくと喉を震わせて笑い始めた。
「生娘のようだな。奉仕の作法は仕込んでいないものな」
「……どうぞ使ってください」
「健気さはいいが色気が無い。――やり方を教えてやろう」
 かろうじて絞り出した言葉は無下にされる。俺に色気なんて求めるほうが間違ってると思う。けど、俺は奴隷だから、言われたら仕方がない。
 主人は酒杯を置いて、俺の手からも冷えた瓶を取り上げた。こめかみに口づけて囁かれると、買われたばかりの頃、尻を慣らされていた時期を思い出した。
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