10 / 61
洛陽
しおりを挟む
涿県へ帰って、劉備は母の死を知った。
「十日前、突然倒れて死んだ。長くは苦しまなかったよ」
叔父の劉子敬が教えてくれた。
「そうですか……」
劉備は悲しみ、落涙した。もう少し早く帰ってきて、ひとめ会いたかったが、どうにもならない。
苦しまなかったという叔父の言葉が救いだった。
彼は半年ほど喪に服した。
187年夏、劉備は関羽、張飛、簡雍を居酒屋に集めた。
「いつまでも悲しんではいられない。なにか始めようと思う」
劉備は白濁した酒を飲みながら言った。
「兄者、なにかとは、たとえばどんなことですか」
「洛陽へ行ってみたい」
洛陽は、漢王朝の首都である。
「おう、いいじゃないですか、洛陽。おれも行ってみたい」
「ここにいる四人で行かないか」
「殿、もちろん付き合うつもりはあるが、闇雲に行っても、路銀の無駄遣いになるだけだぜ」
「完全な闇雲でもないさ。盧植先生が尚書令になっているらしい。なにか仕事を斡旋してくれるかもしれない」
尚書令とは、皇帝の文書を扱う尚書台の長官である。かなりの高官で、権力の中枢のひとり。
盧植は左豊に讒言されてしばらく牢に入っていたが、大将軍の何進にその有能さを買われて、再び活躍するようになっていた。
「殿の師匠が尚書令なら、確かに仕事にありつけるかもしれないな。行ってみる価値はありそうだ」
「行きましょう、兄者」
「おれは、劉備兄貴にどこまでもついていくぜ」
「決まりだな。旅に出よう、洛陽へ!」
いつものように張世平と蘇双に出資してもらい、四人は涿県から出発した。
幽州涿郡は中国の北東部にある。
冀州に入って南下。司隷に至ってから、西へと進路を変えた。
洛陽に到着。五十万人が住む華やかな都である。宮殿が建ち、官衙が並んでいる。立派な屋敷や商店も多数ある。
「すげえ! 綺麗な女の子がたくさんいる!」
張飛ははしゃいだ。
一行は飯屋に入り、旨い酒を飲み、美味しい料理を腹いっぱい食べた。
劉備たちは尚書台へ行き、盧植に会った。
「よく来たな、劉備。そして簡雍、関羽、張飛」
盧植は劉備たちを忘れておらず、歓迎してくれた。尚書令となっているが、気さくである。
簡雍はさすがだと感心し、関羽と張飛は感激した。
「先生、おれたちは皇帝陛下と民衆のために働きたいんです」
「素晴らしい志だ。しかし、いま洛陽は陛下の外戚と宦官とが対立して、いろいろと大変だぞ」
「世の中が乱れていることは承知しています。だからこそ、おれはがんばりたいんです」
「その言やよし」
盧植は彼らを何進に推薦してくれた。
劉備は何進配下の将校となり、関羽たちはその下で兵士となった。
各地へ赴き、乱を何回も平定した。
その功で劉備は、高唐県の県令となった。
彼は汚職を取り締まり、県内で公平な政治をして、民に慕われた。
仕事を終えると、劉備、関羽、張飛、簡雍はたいてい酒場へ行き、飲んだくれた。
劉備の酒は陽気で、彼の周りには人がたくさん集まった。
高唐県は平和だったが、洛陽は乱れに乱れていた。
外戚の何進と宦官の蹇碩が対立。何進は蹇碩を殺した。
その後も外戚と宦官の争いはつづいた。何進と袁紹は、宦官を威圧するため、外部勢力の董卓や丁原を招き入れようとした。
董卓の凶暴性を知っていた盧植や曹操は反対したが、彼は洛陽へやってきた。
盧植は洛陽の政治に絶望し、辞職して故郷へ帰った。
何進は宦官に殺害された。
袁紹が激怒して復讐し、宦官たちを殺しまくった。
洛陽は大混乱に陥った。皇帝が宮殿から脱出するほどの乱れようだった。
その隙をついて、董卓が皇帝を手中にし、政権を掌握した。
董卓は丁原の部下、呂布を篭絡して味方にし、丁原を殺させた。
袁紹と曹操は洛陽から逃げ出した。
董卓の恐怖政治が始まった。
彼は皇帝を交代させた。新皇帝は董卓の傀儡。
董卓は前皇帝とその母を毒殺した。
皇帝陵をあばき、財宝を私物にした。
富商から金を巻きあげた。
美人を集めて、ことごとく犯した。やりたい放題……。
袁紹や曹操、孫堅などの董卓を排除しようとする勢力が集まり、反董卓連合軍を結成した。
董卓は洛陽を焼き払い、守りやすい長安に遷都した。
董卓軍と反董卓連合軍が対峙した。
袁紹が連合軍の盟主となったが、彼は敗北を怖れて、動こうとしなかった。
曹操は汴水で董卓旗下の武将徐栄と果敢に戦ったが、敗北し、逃走した。
孫堅は陽人の戦いで勝利し、董卓軍に損害を与えたが、猛将呂布を殺すことはできなかった。
劉備は高唐県にいて、董卓との戦いでは出番はなかった。
董卓は反董卓連合軍との戦いでは生き延びたが、呂布に裏切られ、暗殺された。
その呂布も、李傕と郭汜の軍に敗れ、長安から追い払われた。
中国は混沌とした群雄割拠時代に入った。
劉備は、盧植が辞職した後、高唐県令を罷免された。
四人は涿県へ帰った。
「これからどうしようかなあ……」と劉備はつぶやいた。
黄河の北、河北で袁紹と公孫瓚が争っている。
「公孫瓚殿の加勢をしようか」
191年、劉備たちは公孫瓚のもとへ行った。
「十日前、突然倒れて死んだ。長くは苦しまなかったよ」
叔父の劉子敬が教えてくれた。
「そうですか……」
劉備は悲しみ、落涙した。もう少し早く帰ってきて、ひとめ会いたかったが、どうにもならない。
苦しまなかったという叔父の言葉が救いだった。
彼は半年ほど喪に服した。
187年夏、劉備は関羽、張飛、簡雍を居酒屋に集めた。
「いつまでも悲しんではいられない。なにか始めようと思う」
劉備は白濁した酒を飲みながら言った。
「兄者、なにかとは、たとえばどんなことですか」
「洛陽へ行ってみたい」
洛陽は、漢王朝の首都である。
「おう、いいじゃないですか、洛陽。おれも行ってみたい」
「ここにいる四人で行かないか」
「殿、もちろん付き合うつもりはあるが、闇雲に行っても、路銀の無駄遣いになるだけだぜ」
「完全な闇雲でもないさ。盧植先生が尚書令になっているらしい。なにか仕事を斡旋してくれるかもしれない」
尚書令とは、皇帝の文書を扱う尚書台の長官である。かなりの高官で、権力の中枢のひとり。
盧植は左豊に讒言されてしばらく牢に入っていたが、大将軍の何進にその有能さを買われて、再び活躍するようになっていた。
「殿の師匠が尚書令なら、確かに仕事にありつけるかもしれないな。行ってみる価値はありそうだ」
「行きましょう、兄者」
「おれは、劉備兄貴にどこまでもついていくぜ」
「決まりだな。旅に出よう、洛陽へ!」
いつものように張世平と蘇双に出資してもらい、四人は涿県から出発した。
幽州涿郡は中国の北東部にある。
冀州に入って南下。司隷に至ってから、西へと進路を変えた。
洛陽に到着。五十万人が住む華やかな都である。宮殿が建ち、官衙が並んでいる。立派な屋敷や商店も多数ある。
「すげえ! 綺麗な女の子がたくさんいる!」
張飛ははしゃいだ。
一行は飯屋に入り、旨い酒を飲み、美味しい料理を腹いっぱい食べた。
劉備たちは尚書台へ行き、盧植に会った。
「よく来たな、劉備。そして簡雍、関羽、張飛」
盧植は劉備たちを忘れておらず、歓迎してくれた。尚書令となっているが、気さくである。
簡雍はさすがだと感心し、関羽と張飛は感激した。
「先生、おれたちは皇帝陛下と民衆のために働きたいんです」
「素晴らしい志だ。しかし、いま洛陽は陛下の外戚と宦官とが対立して、いろいろと大変だぞ」
「世の中が乱れていることは承知しています。だからこそ、おれはがんばりたいんです」
「その言やよし」
盧植は彼らを何進に推薦してくれた。
劉備は何進配下の将校となり、関羽たちはその下で兵士となった。
各地へ赴き、乱を何回も平定した。
その功で劉備は、高唐県の県令となった。
彼は汚職を取り締まり、県内で公平な政治をして、民に慕われた。
仕事を終えると、劉備、関羽、張飛、簡雍はたいてい酒場へ行き、飲んだくれた。
劉備の酒は陽気で、彼の周りには人がたくさん集まった。
高唐県は平和だったが、洛陽は乱れに乱れていた。
外戚の何進と宦官の蹇碩が対立。何進は蹇碩を殺した。
その後も外戚と宦官の争いはつづいた。何進と袁紹は、宦官を威圧するため、外部勢力の董卓や丁原を招き入れようとした。
董卓の凶暴性を知っていた盧植や曹操は反対したが、彼は洛陽へやってきた。
盧植は洛陽の政治に絶望し、辞職して故郷へ帰った。
何進は宦官に殺害された。
袁紹が激怒して復讐し、宦官たちを殺しまくった。
洛陽は大混乱に陥った。皇帝が宮殿から脱出するほどの乱れようだった。
その隙をついて、董卓が皇帝を手中にし、政権を掌握した。
董卓は丁原の部下、呂布を篭絡して味方にし、丁原を殺させた。
袁紹と曹操は洛陽から逃げ出した。
董卓の恐怖政治が始まった。
彼は皇帝を交代させた。新皇帝は董卓の傀儡。
董卓は前皇帝とその母を毒殺した。
皇帝陵をあばき、財宝を私物にした。
富商から金を巻きあげた。
美人を集めて、ことごとく犯した。やりたい放題……。
袁紹や曹操、孫堅などの董卓を排除しようとする勢力が集まり、反董卓連合軍を結成した。
董卓は洛陽を焼き払い、守りやすい長安に遷都した。
董卓軍と反董卓連合軍が対峙した。
袁紹が連合軍の盟主となったが、彼は敗北を怖れて、動こうとしなかった。
曹操は汴水で董卓旗下の武将徐栄と果敢に戦ったが、敗北し、逃走した。
孫堅は陽人の戦いで勝利し、董卓軍に損害を与えたが、猛将呂布を殺すことはできなかった。
劉備は高唐県にいて、董卓との戦いでは出番はなかった。
董卓は反董卓連合軍との戦いでは生き延びたが、呂布に裏切られ、暗殺された。
その呂布も、李傕と郭汜の軍に敗れ、長安から追い払われた。
中国は混沌とした群雄割拠時代に入った。
劉備は、盧植が辞職した後、高唐県令を罷免された。
四人は涿県へ帰った。
「これからどうしようかなあ……」と劉備はつぶやいた。
黄河の北、河北で袁紹と公孫瓚が争っている。
「公孫瓚殿の加勢をしようか」
191年、劉備たちは公孫瓚のもとへ行った。
21
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる