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赤壁の戦い
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208年冬、曹操軍と孫劉連合軍は、長江を挟んで対峙した。
赤壁の戦いが始まったのである。
曹操軍の兵力は四十万。連合軍は四万にすぎない。
劉備は十倍の敵と対決することに不安を感じたが、周瑜は平然としていた。
周瑜と孔明が打ち合わせをした。
「劉備軍は、私の指揮下に入ってください」と周瑜は要求した。
「わが軍は揚州軍に協力しますが、指揮権はあくまでも劉備様にあります。それは譲ることはできません」と孔明はつっぱねた。
周瑜は鼻白んだが、無理強いはしなかった。
「総攻撃のときは、歩調を合わせてくださいよ」と言うにとどめた。
曹操の大水軍が、長江北岸の烏林から出撃し、南岸の赤壁へ迫ってきた。
周瑜はただちに迎撃を命じた。
「水戦では、周瑜殿の指揮に従え」と劉備は旗下に指示した。
曹操は大軍で一気に押しつぶそうとしてきたが、周瑜は水軍を巧みに指揮して、曹操水軍を自軍の下流に誘導した。
水戦では、上流にいる軍の勢いが強い。初戦は連合軍が勝った。
曹操側はいくらか軍船を沈没させられて、退却した。
水軍戦術においては、揚州軍の優越が明らかとなった。
以後、曹操は船を温存することにし、烏林に大軍をとどめて、守勢に転じた。
連合軍が攻めてきた場合のみ、迎撃した。
完全に守りをかためた曹操軍を攻略することはむずかしく、戦線は膠着した。
「曹操軍に精彩がないな」と赤壁から対岸を遠望しながら、劉備はつぶやいた。
「どうやら、敵陣では疫病が流行しているようです」と孔明は答えた。
「疫病?」
「はい。曹操軍は兵糧が全軍に行き渡らず、兵が飢え、弱っています。その上、慣れない南方の風土に悩まされ、疫病が流行り始めたのです。曹操は軍事よりも、疫病対策に忙殺されているらしいです」
「そうか。この戦、勝てるかもしれんな」
「勝たなくてはなりません。ここが正念場です」
孔明は周瑜と頻繁に会った。
「曹操軍を撃滅する作戦はありますか?」と孔明はたずねた。
「火攻めをしたいと考えています」と周瑜は答えた。
孔明はしばらく考え込んだ。
「風向きが悪いですね」
「そうなのです」
この季節、この地域では、北西の風が吹く。
その風向きでは、敵の船を焼くと、味方の船に飛び火してしまう。
「南東の風が吹くのを待っています。風が逆になれば、総攻撃を仕掛けます」
周瑜は多数の快速船に薪と油を乗せ、いつでも火攻めができるように準備した。
快速船団は燃えたまま曹操水軍に突入する決死隊である。
決死隊の指揮官には、孫堅の代から仕えている宿将、黄蓋が志願した。
彼はこの戦いを孫家に対する最後の奉公と考え、死を賭して敵を撃ち破る覚悟を決めていた。
曹操軍の動きは鈍い。
疫病の流行は深刻だった。
曹操は医者を大量に雇い、野戦病院を設営して、疫病に罹った兵士たちを療養させていた。
数万の兵士が、病気のために戦線から離脱している。
「殿、ここはいったん、撤退するべきではありませんか」と曹操の軍師、賈詡は進言した。
「だめだ。この戦いに勝利すれば、私の天下統一は成るのだ。踏ん張らねばならん」
曹操はそう答えたが、心中では迷いに迷っていた。
私は揚州軍ではなく、疫病に負けるのか……。
そして、南東の風が吹いた。強風。
黄蓋隊が曹操水軍に突入した。
黄蓋は敵船と接触する寸前に自船を燃えあがらせ、曹操の船に激突させ、長江に飛び込んだ。
快速船の船首には鈎針が取り付けられていて、敵船にぶつかったら簡単には離れないようになっている。
他の快速船も同じように突入し、激突した。
長江を懸命に泳ぐ決死隊員を、救助船の乗組員が引き上げていった。
黄蓋は死を覚悟していたが、生き延びた。
曹操の大船団は燃えあがった。
火の海が生じた。
北西の季節風が毎日吹いていたので、火攻めに対する警戒は薄かった。
逆風になった日に奇襲され、曹操はまんまとやられてしまったのだ。
荊州中から集めてきた船はことごとく焼け、船上の兵士たちの多くが焼け死ぬか、長江に飛び込んで溺死するという末路をたどった。
「なんということだ……」
曹操は呆然と燃え沈む船団を眺めていた。
「殿、負けました。退却するしかありません」と賈詡が叫んだ。
「ああ……」
曹操は返答とも嘆きともつかぬ声を発し、突っ立っていた。
周瑜と劉備の軍が長江北岸に上陸し、火攻めから掃討戦に移ろうとしている。
「殿!」
賈詡から耳元で叫ばれ、曹操は我に返った。
「わかった。ただちに撤退する。全軍、江陵城へ向かえ」
「殿、援護します。馬に乗ってください」
許褚が曹操の馬を引いてやってきた。
「おお、虎痴か。頼む、私を守ってくれ」
虎痴とは、許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いために、そう呼ばれていた。
許褚はそのあだ名を嫌い、曹操以外が言うと怒った。曹操は愛情を込めて、虎痴と呼びつづけている。
「そこにいるのは曹操か。その命、もらったぞ」
張飛の隊が襲ってきた。
「殿、ここはおれが防ぎます。逃げてください!」
「虎痴、死ぬなよ!」
許褚隊と張飛隊がぶつかった。
両隊は互角だった。許褚が奮戦している間に、曹操は脱兎のごとく逃走した。
曹操軍は赤壁の戦いで大敗北した。十万を超す兵士が死傷。
しかし、曹操は江陵城へ逃げ延び、死ななかった。
曹操は曹仁に三万の兵を与えて城を守らせることにし、自身は傷心を抱えて許都へ帰還した。
孫劉連合軍が進軍してきて、江陵城を包囲した。
「こんな城はひと揉みにして、荊州を征服してやる」
周瑜は意気盛んだった。
赤壁の戦いが始まったのである。
曹操軍の兵力は四十万。連合軍は四万にすぎない。
劉備は十倍の敵と対決することに不安を感じたが、周瑜は平然としていた。
周瑜と孔明が打ち合わせをした。
「劉備軍は、私の指揮下に入ってください」と周瑜は要求した。
「わが軍は揚州軍に協力しますが、指揮権はあくまでも劉備様にあります。それは譲ることはできません」と孔明はつっぱねた。
周瑜は鼻白んだが、無理強いはしなかった。
「総攻撃のときは、歩調を合わせてくださいよ」と言うにとどめた。
曹操の大水軍が、長江北岸の烏林から出撃し、南岸の赤壁へ迫ってきた。
周瑜はただちに迎撃を命じた。
「水戦では、周瑜殿の指揮に従え」と劉備は旗下に指示した。
曹操は大軍で一気に押しつぶそうとしてきたが、周瑜は水軍を巧みに指揮して、曹操水軍を自軍の下流に誘導した。
水戦では、上流にいる軍の勢いが強い。初戦は連合軍が勝った。
曹操側はいくらか軍船を沈没させられて、退却した。
水軍戦術においては、揚州軍の優越が明らかとなった。
以後、曹操は船を温存することにし、烏林に大軍をとどめて、守勢に転じた。
連合軍が攻めてきた場合のみ、迎撃した。
完全に守りをかためた曹操軍を攻略することはむずかしく、戦線は膠着した。
「曹操軍に精彩がないな」と赤壁から対岸を遠望しながら、劉備はつぶやいた。
「どうやら、敵陣では疫病が流行しているようです」と孔明は答えた。
「疫病?」
「はい。曹操軍は兵糧が全軍に行き渡らず、兵が飢え、弱っています。その上、慣れない南方の風土に悩まされ、疫病が流行り始めたのです。曹操は軍事よりも、疫病対策に忙殺されているらしいです」
「そうか。この戦、勝てるかもしれんな」
「勝たなくてはなりません。ここが正念場です」
孔明は周瑜と頻繁に会った。
「曹操軍を撃滅する作戦はありますか?」と孔明はたずねた。
「火攻めをしたいと考えています」と周瑜は答えた。
孔明はしばらく考え込んだ。
「風向きが悪いですね」
「そうなのです」
この季節、この地域では、北西の風が吹く。
その風向きでは、敵の船を焼くと、味方の船に飛び火してしまう。
「南東の風が吹くのを待っています。風が逆になれば、総攻撃を仕掛けます」
周瑜は多数の快速船に薪と油を乗せ、いつでも火攻めができるように準備した。
快速船団は燃えたまま曹操水軍に突入する決死隊である。
決死隊の指揮官には、孫堅の代から仕えている宿将、黄蓋が志願した。
彼はこの戦いを孫家に対する最後の奉公と考え、死を賭して敵を撃ち破る覚悟を決めていた。
曹操軍の動きは鈍い。
疫病の流行は深刻だった。
曹操は医者を大量に雇い、野戦病院を設営して、疫病に罹った兵士たちを療養させていた。
数万の兵士が、病気のために戦線から離脱している。
「殿、ここはいったん、撤退するべきではありませんか」と曹操の軍師、賈詡は進言した。
「だめだ。この戦いに勝利すれば、私の天下統一は成るのだ。踏ん張らねばならん」
曹操はそう答えたが、心中では迷いに迷っていた。
私は揚州軍ではなく、疫病に負けるのか……。
そして、南東の風が吹いた。強風。
黄蓋隊が曹操水軍に突入した。
黄蓋は敵船と接触する寸前に自船を燃えあがらせ、曹操の船に激突させ、長江に飛び込んだ。
快速船の船首には鈎針が取り付けられていて、敵船にぶつかったら簡単には離れないようになっている。
他の快速船も同じように突入し、激突した。
長江を懸命に泳ぐ決死隊員を、救助船の乗組員が引き上げていった。
黄蓋は死を覚悟していたが、生き延びた。
曹操の大船団は燃えあがった。
火の海が生じた。
北西の季節風が毎日吹いていたので、火攻めに対する警戒は薄かった。
逆風になった日に奇襲され、曹操はまんまとやられてしまったのだ。
荊州中から集めてきた船はことごとく焼け、船上の兵士たちの多くが焼け死ぬか、長江に飛び込んで溺死するという末路をたどった。
「なんということだ……」
曹操は呆然と燃え沈む船団を眺めていた。
「殿、負けました。退却するしかありません」と賈詡が叫んだ。
「ああ……」
曹操は返答とも嘆きともつかぬ声を発し、突っ立っていた。
周瑜と劉備の軍が長江北岸に上陸し、火攻めから掃討戦に移ろうとしている。
「殿!」
賈詡から耳元で叫ばれ、曹操は我に返った。
「わかった。ただちに撤退する。全軍、江陵城へ向かえ」
「殿、援護します。馬に乗ってください」
許褚が曹操の馬を引いてやってきた。
「おお、虎痴か。頼む、私を守ってくれ」
虎痴とは、許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いために、そう呼ばれていた。
許褚はそのあだ名を嫌い、曹操以外が言うと怒った。曹操は愛情を込めて、虎痴と呼びつづけている。
「そこにいるのは曹操か。その命、もらったぞ」
張飛の隊が襲ってきた。
「殿、ここはおれが防ぎます。逃げてください!」
「虎痴、死ぬなよ!」
許褚隊と張飛隊がぶつかった。
両隊は互角だった。許褚が奮戦している間に、曹操は脱兎のごとく逃走した。
曹操軍は赤壁の戦いで大敗北した。十万を超す兵士が死傷。
しかし、曹操は江陵城へ逃げ延び、死ななかった。
曹操は曹仁に三万の兵を与えて城を守らせることにし、自身は傷心を抱えて許都へ帰還した。
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