56 / 61
曹操の使者
しおりを挟む
魏延は大口を叩いたことを後悔していた。
曹操を倒す。
口で言うのは簡単だが、現実に行うのは容易ではない。
曹操は中原と華北を有し、新たに涼州を版図に加えた。
兵の動員数が桁外れに大きい。
だが、打倒曹操は敬愛する劉備の悲願でもある。
軍師将軍に抜擢してくれた恩を返すためにも、なんとか曹操に対抗できるようにし、倒さねばならない。
「諸葛亮殿、益州では何万人の兵を動員できるでしょうか」と魏延はたずねた。
「現状では、対外戦争に使えるのは、せいぜい五万人というところですね」
「十万人欲しいです。いや、できれば二十万人……」
孔明は苦笑した。
「二十万人はむずかしいですが、十万の兵は集められるよう努力してみましょう」
魏延は部下となった劉封、劉循、馬忠に言った。
「少ない兵力で曹操に勝つには、工夫が必要だ。武器を工夫したいと思う。攻城兵器、そして弓や弩などの飛び道具を研究しよう」
「雒城では、攻城やぐらや投石車に苦しめられました。よいお考えだと思います」と劉循は答えた。
214年秋、曹操軍十万が津波のように漢中郡を襲った。
漢中郡は益州最北の郡。
五斗米道の指導者、張魯が支配し、彼の弟、張衛が漢中軍を指揮している。教徒がそのまま兵士となっており、弱くはない。
張衛は陽平関で防衛した。よく戦い、曹操軍を突破させなかった。
「曹操と張魯が戦っている。われらはどうすべきだろうか」と劉備は魏延にたずねた。
「張魯に味方して、曹操と戦いたいところですが、まだ戦端を開く準備が整っていません。我々は益州を取ったばかりです。国力を充実させ、兵力を増大させる必要があります」
「のんびりしていると、われらを上回る勢いで、曹操がますます強くなってしまうが……」
「荊州や揚州とも足並みを揃える必要があります。関羽様や孫権様は戦えるのでしょうか」
「どうだろうな。そちらはおれが気を配っておこう。魏延は益州軍を強くすることに集中せよ」
魏延は張飛や馬超ら益州の有力な武将とも話し合った。
「おれは曹操と再戦したい」と馬超は言った。
「兵をどんどんおれのところに送れ。鍛えてやる」張飛は張り切っていた。
215年に入り、曹操は陽平関に大規模な夜襲をかけた。
陽平関はついに落ち、張魯と張衛は降伏した。
「この勝利の勢いに乗って、劉備を攻撃しましょう」と夏侯淵は曹操に進言した。
「漢中郡制圧という目的は達した。欲張りすぎると、足をすくわれる」
曹操は根拠地の冀州魏郡に帰還した。
赤壁の戦いで負けた後、彼は慎重になっている。
漢中郡を手に入れた後、曹操は成都に使者を送った。彼の軍師のひとり、賈詡。
劉備は孔明や魏延とともに、賈詡を迎えた。
「劉備様、このたびはお会いくださり、ありがとうございます」
「そなたのことは知っている。宛城の戦いで曹操殿を敗走させたこともあるな」
「あのときは張繡様に仕えていました。いまは曹操様の臣でございます」
賈詡は並はずれた知謀の士である。
「用件を言ってくれ」
「それでは単刀直入に申し上げます。劉備様、わが殿と同盟を結び、揚州を攻めませんか」
「私は孫権殿と同盟を締結している」
「劉備様が曹操様と手を結べば、揚州を攻略するのはたやすいことです」
「その後で、私は曹操殿に滅ぼされるであろう」
「曹操様は天下統一だけを望んでいます。天下が安らかになった後は、漢の皇帝にこの国をすべて渡し、親政していただくと言っております」
「それは殊勝なことであるな」
「丞相の地位を劉備様に譲ってよいとも言っておられます」
「考えておこう」
劉備は賈詡を歓待し、魏へ帰した。
「殿、曹操と同盟を結ぼうと考えておられますか」と魏延は訊いた。
「まさか」
劉備は苦々しく否定した。
「曹操は同じような使者を孫権殿にも送っているだろう。彼の得意な離間の計だ」
「そうですよね」
「揚州との同盟を堅持し、曹操を倒すというおれの方針に変わりはない。魏延、益州兵を強くし、戦えるようにせよ」
「はい」
魏延が軍師府に戻ると、劉循が新兵器のことを孫尚香に説明していた。
「これは小型連弩という武器で、矢を連射できるのです」
「劉循、それはまだ秘密の試作品だ。奥方様にお見せできるようなものではない」
魏延が叱ると、劉循は頭を下げてあやまった。
尚香が劉循をかばった。
「魏延様、すみません。わたしが無理を言って、見せてもらったのです」
尚香は軍事に興味津々で、よく軍師府へやってくる。劉封、馬忠とも親しくなっている。
劉備が苦笑しながら、妻を好きなようにさせていることを、魏延は知っていた。
「奥方様は戦争が好きなのですか?」と魏延がたずねると、尚香は首をかしげた。
「戦が好きかどうか、わたしにはよくわかりません。でも、玄徳様や策兄さんのことは好きです。玄徳様が戦うから、わたしも戦いに無関心ではいられません」
尚香が亡き英雄孫策をいまでも愛していることは、蜀では有名になっていた。
「私は戦争は嫌いです。人がたくさん死ぬ。だからこそ戦に勝ち、戦乱を終わらせなくてはなりません」と魏延は言った。
「わたしもそう思います。やっぱり戦はよくないですね。どんどん勝ちましょう」
魏延は尚香との話につい引き込まれた。
「そのためにも、小型連弩を完成させなくてはならないのです。これはすごい兵器で……」
彼は劉循の手から開発中の兵器を奪い、美貌の劉備夫人に説明し始めた。
劉封、馬忠もやってきて、会話の輪に加わった。
やれやれ、軍師様が率先して、奥方様に秘密をすべて教えてしまっているじゃないか、と劉循は思った。
曹操を倒す。
口で言うのは簡単だが、現実に行うのは容易ではない。
曹操は中原と華北を有し、新たに涼州を版図に加えた。
兵の動員数が桁外れに大きい。
だが、打倒曹操は敬愛する劉備の悲願でもある。
軍師将軍に抜擢してくれた恩を返すためにも、なんとか曹操に対抗できるようにし、倒さねばならない。
「諸葛亮殿、益州では何万人の兵を動員できるでしょうか」と魏延はたずねた。
「現状では、対外戦争に使えるのは、せいぜい五万人というところですね」
「十万人欲しいです。いや、できれば二十万人……」
孔明は苦笑した。
「二十万人はむずかしいですが、十万の兵は集められるよう努力してみましょう」
魏延は部下となった劉封、劉循、馬忠に言った。
「少ない兵力で曹操に勝つには、工夫が必要だ。武器を工夫したいと思う。攻城兵器、そして弓や弩などの飛び道具を研究しよう」
「雒城では、攻城やぐらや投石車に苦しめられました。よいお考えだと思います」と劉循は答えた。
214年秋、曹操軍十万が津波のように漢中郡を襲った。
漢中郡は益州最北の郡。
五斗米道の指導者、張魯が支配し、彼の弟、張衛が漢中軍を指揮している。教徒がそのまま兵士となっており、弱くはない。
張衛は陽平関で防衛した。よく戦い、曹操軍を突破させなかった。
「曹操と張魯が戦っている。われらはどうすべきだろうか」と劉備は魏延にたずねた。
「張魯に味方して、曹操と戦いたいところですが、まだ戦端を開く準備が整っていません。我々は益州を取ったばかりです。国力を充実させ、兵力を増大させる必要があります」
「のんびりしていると、われらを上回る勢いで、曹操がますます強くなってしまうが……」
「荊州や揚州とも足並みを揃える必要があります。関羽様や孫権様は戦えるのでしょうか」
「どうだろうな。そちらはおれが気を配っておこう。魏延は益州軍を強くすることに集中せよ」
魏延は張飛や馬超ら益州の有力な武将とも話し合った。
「おれは曹操と再戦したい」と馬超は言った。
「兵をどんどんおれのところに送れ。鍛えてやる」張飛は張り切っていた。
215年に入り、曹操は陽平関に大規模な夜襲をかけた。
陽平関はついに落ち、張魯と張衛は降伏した。
「この勝利の勢いに乗って、劉備を攻撃しましょう」と夏侯淵は曹操に進言した。
「漢中郡制圧という目的は達した。欲張りすぎると、足をすくわれる」
曹操は根拠地の冀州魏郡に帰還した。
赤壁の戦いで負けた後、彼は慎重になっている。
漢中郡を手に入れた後、曹操は成都に使者を送った。彼の軍師のひとり、賈詡。
劉備は孔明や魏延とともに、賈詡を迎えた。
「劉備様、このたびはお会いくださり、ありがとうございます」
「そなたのことは知っている。宛城の戦いで曹操殿を敗走させたこともあるな」
「あのときは張繡様に仕えていました。いまは曹操様の臣でございます」
賈詡は並はずれた知謀の士である。
「用件を言ってくれ」
「それでは単刀直入に申し上げます。劉備様、わが殿と同盟を結び、揚州を攻めませんか」
「私は孫権殿と同盟を締結している」
「劉備様が曹操様と手を結べば、揚州を攻略するのはたやすいことです」
「その後で、私は曹操殿に滅ぼされるであろう」
「曹操様は天下統一だけを望んでいます。天下が安らかになった後は、漢の皇帝にこの国をすべて渡し、親政していただくと言っております」
「それは殊勝なことであるな」
「丞相の地位を劉備様に譲ってよいとも言っておられます」
「考えておこう」
劉備は賈詡を歓待し、魏へ帰した。
「殿、曹操と同盟を結ぼうと考えておられますか」と魏延は訊いた。
「まさか」
劉備は苦々しく否定した。
「曹操は同じような使者を孫権殿にも送っているだろう。彼の得意な離間の計だ」
「そうですよね」
「揚州との同盟を堅持し、曹操を倒すというおれの方針に変わりはない。魏延、益州兵を強くし、戦えるようにせよ」
「はい」
魏延が軍師府に戻ると、劉循が新兵器のことを孫尚香に説明していた。
「これは小型連弩という武器で、矢を連射できるのです」
「劉循、それはまだ秘密の試作品だ。奥方様にお見せできるようなものではない」
魏延が叱ると、劉循は頭を下げてあやまった。
尚香が劉循をかばった。
「魏延様、すみません。わたしが無理を言って、見せてもらったのです」
尚香は軍事に興味津々で、よく軍師府へやってくる。劉封、馬忠とも親しくなっている。
劉備が苦笑しながら、妻を好きなようにさせていることを、魏延は知っていた。
「奥方様は戦争が好きなのですか?」と魏延がたずねると、尚香は首をかしげた。
「戦が好きかどうか、わたしにはよくわかりません。でも、玄徳様や策兄さんのことは好きです。玄徳様が戦うから、わたしも戦いに無関心ではいられません」
尚香が亡き英雄孫策をいまでも愛していることは、蜀では有名になっていた。
「私は戦争は嫌いです。人がたくさん死ぬ。だからこそ戦に勝ち、戦乱を終わらせなくてはなりません」と魏延は言った。
「わたしもそう思います。やっぱり戦はよくないですね。どんどん勝ちましょう」
魏延は尚香との話につい引き込まれた。
「そのためにも、小型連弩を完成させなくてはならないのです。これはすごい兵器で……」
彼は劉循の手から開発中の兵器を奪い、美貌の劉備夫人に説明し始めた。
劉封、馬忠もやってきて、会話の輪に加わった。
やれやれ、軍師様が率先して、奥方様に秘密をすべて教えてしまっているじゃないか、と劉循は思った。
20
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』でも同時掲載しています◇
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる