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許都の劉備
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劉備と呂布が覇権を競った徐州は、結局、曹操の手に落ちた。
呂布は死んだ。劉備は生き残り、曹操の客になった。許都で遊び回っている。
劉皇叔は人気がある。献帝からたびたび呼ばれ、話し相手になっている。
劉備は気の利いたことを言えないが、なんとも言えないおかしみや柔らかさがあって、帝をほっこりさせている。
その劉備の魅力が、曹操にはわからない。ただのぼんくらにしか見えない。
「なんであいつは人気があるんだ?」
謎である。
関羽や張飛が異様なほど劉備になついている。彼が行くところ、ずっとついて回りたいようだ。
宮殿、居酒屋、食堂、娼館、官僚の家、武人の家、劉備はいろいろなところに行くが、たいてい関羽と張飛が付きまとっている。
ふたりは異常に強い。張遼が関羽と試合をしたが、打ち破られた。
「さすが関羽殿。かないません」
「自分より、張飛の方が強いですよ」
張飛は試合をしない。上半身裸になり、蛇矛という柄が長く、刃が蛇のようにくねくねと曲がった武器を振って、鍛錬している。彼が矛を振ると、風が唸る。
曹操は劉備がうらやましい。関羽と張飛が欲しい。
豪商の麋竺と弁舌巧みな孫乾も得がたい人材だ。欲しい。
酒ばかり飲んでいる簡雍というやつはどうでもいい。劉備と簡雍は同類にしか見えない。ふたりとも役立たずだ。
なんで劉備は部下からあんなに慕われている?
曹操の部下まで、劉備と付き合い出した。郭嘉などは、毎晩一緒に酒を飲むようになった。
曹操は郭嘉にたずねた。
「劉備をどう思う?」
「大変な英傑ですね。殿の覇業をさえぎるのは、あの方でしょう」
「では、殺しておかねばならんな」
「だめです! 劉備さんを暗殺したら、殿の人望は地に落ちます」
曹操には劉備の魅力がわからないが、気になって仕方がない。
彼は権力者の曹操にすり寄ってこない。
劉備に左将軍の位を与え、親しく付き合ってみた。宴席では、隣に座らせた。
「左将軍など、名ばかりですね。私には軍事の才能はありません。負けてばかりです」
曹操は困惑した。本当にそう思っているのか、それとも遠回しにもっと上の位を寄こせと言っているのだろうか。
「では三公になりますか」
「とんでもない! 名ばかりの将軍でけっこうです」
本当に三公にはなりたくないようだ。
欲望はなく、能力もない。やはり平凡人にしか見えない。
「劉備を生かしておいてはなりません」と言ったのは、荀彧だった。
「ただの平凡な男にしか思えんのだが」
「そうですね。あの人は牧も、太守も、県令ですらろくに務まらないでしょう」
「そうだな。徐州では治績がなく、結局、呂布に奪取された」
「しかし、天下は彼になびくかもしれません」
「天下人の器量だと言うのか?」
「皇帝しか務まらない、そんな人に見えます」
そんな人間がいるのか、と曹操は仰天した。荀彧は慌てて首を振った。
「言葉が滑りました。言い過ぎですね。なんとなく、思ったことを言ってしまっただけです。ただの印象です」
荀彧には、曹操には見えない劉備の本質が見えているのかもしれない。
宴席で、曹操の後ろに許褚、劉備の背後に張飛が立っていたことがあった。
酒宴が終わり、自宅に帰る道すがら、許褚が汗びっしょりになっているのに気づいて、曹操は驚いた。
「どうした、虎痴」
虎痴は許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いところがあるので、曹操は愛情を込めて、そう呼ぶ。許褚は主にだけ、そのあだ名で呼ぶのを許している。他の者が言うと怒る。
「疲れました」
「おまえが背後に侍るだけで疲れるなど、珍しいではないか」
「隣に張飛がいたものですから。やつが殿を襲ったら、我は命を捨てねばならぬと覚悟していました」
曹操は、ようやく劉備が容易ならぬ人物だと認識した。
呂布のようにわかりやすく怖ろしい男ではない。だが彼の周りには、恐るべき者たちが集まっているではないか。郭嘉などは、落とされる寸前のようである。智者がついたら、天下を飛翔するのではないか。
急に、早く殺さねば、と焦燥感にかられた。
その頃、陰謀が進行していた。
曹操を煙たく思う献帝と董承が、暗殺計画を練り、劉備を引き込もうとしていたのである。
密室でその謀を聞かされたとき、劉備は危ういと思った。曹操の権力は宮中にも蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、秘密は守りがたい。
許都にいては危ない。この陰謀に巻き込まれるのはごめんだ。
「袁術が皇帝を詐称しているのは、許しがたいことです。討たせてください。左将軍らしいことをしてみたいと存じます」
劉備は曹操に向かって言った。
袁術は伝国の玉璽を所有している。197年、勝手に皇帝に即位した。国号は仲。
劉備が許都から出ていくのはよいことなのだろうか。袁術を討ってくれるのなら、利があるのだろうか。
曹操は混乱した。劉備が絡むと、判断力が不思議と鈍る。
「さしたる兵力は与えられないが……」
「かまいません。わが手勢だけで、仲などというふざけた国は蹴散らしてみせます」
劉備はさっさと許から去っていった。
むろん関羽、張飛らの姿も首都から消えた。
曹操は一抹の寂しさを覚えた。
「あーあ、龍を天に放ってしまいましたね。袁術を倒し、劉備さんが皇帝になってしまいますよ」と郭嘉は言った。
曹操は慌てて、朱霊に劉備と共同で袁術を倒すよう命じ、後を追わせた。
呂布は死んだ。劉備は生き残り、曹操の客になった。許都で遊び回っている。
劉皇叔は人気がある。献帝からたびたび呼ばれ、話し相手になっている。
劉備は気の利いたことを言えないが、なんとも言えないおかしみや柔らかさがあって、帝をほっこりさせている。
その劉備の魅力が、曹操にはわからない。ただのぼんくらにしか見えない。
「なんであいつは人気があるんだ?」
謎である。
関羽や張飛が異様なほど劉備になついている。彼が行くところ、ずっとついて回りたいようだ。
宮殿、居酒屋、食堂、娼館、官僚の家、武人の家、劉備はいろいろなところに行くが、たいてい関羽と張飛が付きまとっている。
ふたりは異常に強い。張遼が関羽と試合をしたが、打ち破られた。
「さすが関羽殿。かないません」
「自分より、張飛の方が強いですよ」
張飛は試合をしない。上半身裸になり、蛇矛という柄が長く、刃が蛇のようにくねくねと曲がった武器を振って、鍛錬している。彼が矛を振ると、風が唸る。
曹操は劉備がうらやましい。関羽と張飛が欲しい。
豪商の麋竺と弁舌巧みな孫乾も得がたい人材だ。欲しい。
酒ばかり飲んでいる簡雍というやつはどうでもいい。劉備と簡雍は同類にしか見えない。ふたりとも役立たずだ。
なんで劉備は部下からあんなに慕われている?
曹操の部下まで、劉備と付き合い出した。郭嘉などは、毎晩一緒に酒を飲むようになった。
曹操は郭嘉にたずねた。
「劉備をどう思う?」
「大変な英傑ですね。殿の覇業をさえぎるのは、あの方でしょう」
「では、殺しておかねばならんな」
「だめです! 劉備さんを暗殺したら、殿の人望は地に落ちます」
曹操には劉備の魅力がわからないが、気になって仕方がない。
彼は権力者の曹操にすり寄ってこない。
劉備に左将軍の位を与え、親しく付き合ってみた。宴席では、隣に座らせた。
「左将軍など、名ばかりですね。私には軍事の才能はありません。負けてばかりです」
曹操は困惑した。本当にそう思っているのか、それとも遠回しにもっと上の位を寄こせと言っているのだろうか。
「では三公になりますか」
「とんでもない! 名ばかりの将軍でけっこうです」
本当に三公にはなりたくないようだ。
欲望はなく、能力もない。やはり平凡人にしか見えない。
「劉備を生かしておいてはなりません」と言ったのは、荀彧だった。
「ただの平凡な男にしか思えんのだが」
「そうですね。あの人は牧も、太守も、県令ですらろくに務まらないでしょう」
「そうだな。徐州では治績がなく、結局、呂布に奪取された」
「しかし、天下は彼になびくかもしれません」
「天下人の器量だと言うのか?」
「皇帝しか務まらない、そんな人に見えます」
そんな人間がいるのか、と曹操は仰天した。荀彧は慌てて首を振った。
「言葉が滑りました。言い過ぎですね。なんとなく、思ったことを言ってしまっただけです。ただの印象です」
荀彧には、曹操には見えない劉備の本質が見えているのかもしれない。
宴席で、曹操の後ろに許褚、劉備の背後に張飛が立っていたことがあった。
酒宴が終わり、自宅に帰る道すがら、許褚が汗びっしょりになっているのに気づいて、曹操は驚いた。
「どうした、虎痴」
虎痴は許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いところがあるので、曹操は愛情を込めて、そう呼ぶ。許褚は主にだけ、そのあだ名で呼ぶのを許している。他の者が言うと怒る。
「疲れました」
「おまえが背後に侍るだけで疲れるなど、珍しいではないか」
「隣に張飛がいたものですから。やつが殿を襲ったら、我は命を捨てねばならぬと覚悟していました」
曹操は、ようやく劉備が容易ならぬ人物だと認識した。
呂布のようにわかりやすく怖ろしい男ではない。だが彼の周りには、恐るべき者たちが集まっているではないか。郭嘉などは、落とされる寸前のようである。智者がついたら、天下を飛翔するのではないか。
急に、早く殺さねば、と焦燥感にかられた。
その頃、陰謀が進行していた。
曹操を煙たく思う献帝と董承が、暗殺計画を練り、劉備を引き込もうとしていたのである。
密室でその謀を聞かされたとき、劉備は危ういと思った。曹操の権力は宮中にも蜘蛛の巣のように張り巡らされていて、秘密は守りがたい。
許都にいては危ない。この陰謀に巻き込まれるのはごめんだ。
「袁術が皇帝を詐称しているのは、許しがたいことです。討たせてください。左将軍らしいことをしてみたいと存じます」
劉備は曹操に向かって言った。
袁術は伝国の玉璽を所有している。197年、勝手に皇帝に即位した。国号は仲。
劉備が許都から出ていくのはよいことなのだろうか。袁術を討ってくれるのなら、利があるのだろうか。
曹操は混乱した。劉備が絡むと、判断力が不思議と鈍る。
「さしたる兵力は与えられないが……」
「かまいません。わが手勢だけで、仲などというふざけた国は蹴散らしてみせます」
劉備はさっさと許から去っていった。
むろん関羽、張飛らの姿も首都から消えた。
曹操は一抹の寂しさを覚えた。
「あーあ、龍を天に放ってしまいましたね。袁術を倒し、劉備さんが皇帝になってしまいますよ」と郭嘉は言った。
曹操は慌てて、朱霊に劉備と共同で袁術を倒すよう命じ、後を追わせた。
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