劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

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破竹の進撃 そして李厳との戦い

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 私と魏延は益州の地図を見ていた。
 南鄭から成都までの進路を確認していたのである。
 広漢郡の葭萌県、梓潼県、涪県、綿竹県、雒県を突破し、蜀郡の成都県に至るのが、最短の道。
 このうちもっとも頑強なのは、広漢郡の首府雒県と益州全体の首府成都県であろう。
 劉璋は成都城にいる。

「もっとも短い道を行きましょう。益州は大きく、成都を落としたとしても、抵抗勢力は残るでしょうが、劉璋殿を降伏させてしまえば、あとはなんとでもなります」と魏延は言った。
「そうですね。益州の軍すべてと戦うのは馬鹿げています。まっすぐに成都へ向かいましょう」と私は答えた。

 魏延は攻城兵器を揃えていた。
 投石車二十台。
 衝車十台。
 梯子車五十台。
「攻城は守備兵の十倍もの兵力が必要とも言われています。我が軍はそれほどの大軍ではありません。攻城兵器を使い、科学的に城を攻めます」
「科学的とは聞き慣れない言葉ですね」
「行動が論理的であるということです。合理的と言ってもよいですね」
 私は魏延の話に感心した。
 諸葛亮に勝るとも劣らない軍師だ、と思った。

 葭萌城に到着した。
 投石車、衝車、梯子車を駆使し、攻撃した。
 城兵は巨石の飛来に怯えているようだった。
 梯子車を城壁に寄せ、衝車を城門にぶつけた。
 味方の士気は高く、敵は逃げ腰だった。
 わずか一日で葭萌城陥落。犠牲者はほとんど出なかった。

「魏延の攻城はつまらんのお。わしは汗ひとつかいておらん」と黄忠が言った。
「戦いはこれからですよ。成都に近づくにつれて、抵抗は大きくなるでしょう」と魏延は答えた。
「私にはまったく出番がありませんでした。戦士として働きたいです」と孟達は言った。
「降兵は千人です。これを我が軍に組み込まなくてはなりません。人事と兵站は大忙しですよ」法正はため息をついた。
「魏延殿の攻城は無理がなく、目を見張るものがありました。さすがは劉禅様の軍師です」と王平は感心した。 
 私は彼らの会話を聞きながら、果汁を飲んでいた。
「皆さん、ご苦労さまでした。明日からもよろしくお願いします」

 梓潼城、涪城も、魏延の科学的攻城により、簡単に陥落した。
 劉禅軍は破竹の進撃をしている、と言ってよいであろう。 

 綿竹県に入った。
 斥候が、驚くべき報告をもたらしてきた。
 敵が綿竹城に籠城しておらず、城の前で布陣しているというのである。
 兵力は約五万で、李厳将軍が率いているとのことだった。
 李厳は野戦で雌雄を決しようとしている。

 李厳正方。成都県令をつとめていた有能な行政官で、軍事の才能も豊かであるという評判がある。
 副将は黄権公衡。彼は騎兵を従えている。

「これは驚きました。野戦を挑んでくるとは。益州にも、勇気のある将軍がいるのですね」と魏延が言った。
「李厳殿と黄権殿は、益州を代表する将軍です。劉璋様は勝負に出ました。綿竹で我らを撃破するおつもりなのでしょう」と法正は言った。
「私は李厳や黄権にも劣らぬつもりです」と孟達は力んだ。
「正面から戦っては、我が軍にも大きな犠牲が出そうですね。なにか策を考えねば」と魏延。
「魏延、策を弄するのはやめよう。わしは李厳殿と戦いたい。ここは益州軍と堂々とぶつかり、撃ち破ろうではないか。敵は野戦を挑んでいるのだ。ここで怯んでいるようでは、とうてい曹操とは戦えまい」と黄忠は言った。その姿には威厳があった。
「しかし黄忠殿、自分たちはこの先、雒城と成都城を落とさねばならないのです。ここで多大な犠牲者を出すわけにはいきません」 
「勝てばよいだけのこと」
「黄忠殿、敵は精鋭であると思われます」
 魏延は慎重だった。
 黄忠は戦意を面に表していた。
 私は深く考えてから言った。
「魏延、ここは戦いましょう。堂々と戦うことも、士気を保つために必要です。黄忠、孟達、王平、そして魏延、全力で戦い、勝ってください」
 私は、人前では魏延、ふたりきりのときは文長と呼ぶようにしている。
「おう。それでこそ劉備様の太子です、劉禅様」
 黄忠はうれしそうだった。

 先鋒の黄忠隊は、魚鱗に陣を整えた。
 中軍の魏延隊も、その後方で魚鱗。
 孟達の騎兵隊は、歩兵隊の右翼で縦列になり、突撃の態勢をとっていた。
 王平の親衛隊は後尾にいて、私の周りを守備していた。

 対する李厳軍も、魚鱗の布陣。
 黄権の騎兵隊は、李厳の陣の左翼にいる。孟達隊の正面である。

 夜明けからしばらく、劉禅軍と李厳軍は静かに睨み合っていた。
 中軍から鉦の音が響いてきた。
 魏延が突撃の合図を出したのである。

 黄忠隊が突撃を開始した。
 李厳隊もすばやく対応して、こちらに向かってきた。
 激突。
 魏延の中軍も動いて、歩兵の総力戦が始まった。
 私はじっと戦いを見つめた。
 王平は私の横に立ち、無言で戦場を眺めていた。
 空は快晴だった。
 戦場は荒地で、砂塵が舞っている。
 孟達の騎兵隊が突進し、李厳軍の側面に当たろうとした。
 黄権隊がそれを阻止し、騎兵同士の戦いが勃発した。
 がっぷり四つになり、夕方まで勝負がつかなかった。
 隙なく、李厳軍が引いていった。
 黄忠、魏延、孟達も退いた。

 その夜、魏延が私の天幕へやってきた。
「李厳という将軍、容易ならぬ敵です。我が軍は張飛殿、趙雲殿に鍛えられた精鋭なのに、互角に戦っています。黄忠殿は李厳殿と一騎打ちをしていました。それも互角で、決着がつかなかったのです」
「素晴らしい男ですね、李厳将軍」
「感心している場合ではありません。ここは敵地の真ん中なのです。のんびりと戦っているわけにはいきません」
「どうしましょうか、文長」
「やはり策が必要です」
「どのような策ですか」
 魏延が、私に作戦を説明した。
「わかりました。やってみてください。黄忠ともよく打ち合わせをし、実行してください」

 三日後、早朝から再び戦闘が行われた。
 黄忠と孟達の軍が、李厳と黄権の軍と組み合った。
 やはり互角で、決着がつかない。

 正午頃に異変が起こった。
 戦場の後方、綿竹城に劉禅と魏延の旗が掲げられたのである。
 これこそが魏延の策だった。
 野戦を挑んだ李厳の隙をついて、空同然の城を攻める作戦。
 魏延率いる五千の歩兵が夜間に行軍して、城の西の山中に潜んでいた。
 野戦の最中に衝車を活用して、綿竹城を攻撃。
 魏延は鮮やかに落城させて、旗を掲げた。

 本拠である城を奪われて、李厳軍に動揺が走った。
 黄忠隊と孟達隊がここぞとばかりに攻勢に出て、李厳軍を押しに押した。
 城から魏延隊も出撃した。
 挟撃されて李厳軍は壊乱。
 勝った。

 黄忠が李厳を生け捕りにしていた。
 縄で両手を縛られた李厳が私の前に引き出された。
「李厳殿、見事な戦いぶりでした」と私は言った。
「敗軍の将に言葉はない。早く首を斬ってください」
「あなたを殺したくない」
 李厳は首を振った。さっさと斬首してくれという意思表示のようだ。
 私はさらに言葉を重ねた。

「李厳殿、劉璋様と我が父劉備を比べて、どちらがすぐれていると思いますか」
「言うまでもない。乱世を駆け抜け、生き延びて荊州を得た劉備様の方がすぐれています」
「あなたは、すぐれた将に仕えたいと思わないのですか」
「それは……」
「私たちは、いずれは魏と戦い、天下を平定したいと考えています。そのためには、優秀な人材がたくさん必要です。李厳殿、劉備と私の力になってください」 
 しばらくの間、李厳は呆然と私を見つめていた。
「わかりました。私の命、劉禅様に捧げます」
「では以後、私の将軍となってください。軍師は魏延です。私と魏延の命に従い、成都攻略に協力してください」
「はい」

 私は孟達を見た。
「黄権殿はどうなりましたか」
「殺せず、捕らえることもできませんでした。逃げられました」
 孟達は残念がっていた。
「逃げに徹した騎兵を捕らえることはむずかしい。仕方ありません」
 私は配下の将軍たちを見回した。
「次は雒県です」
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