恋愛発電

みらいつりびと

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 昼休みに学食でお弁当を食べるのに慣れ、罪悪感が薄れてきた。
 ユナさんは日替わり定食を食べている。ごはんと豆腐の味噌汁に、鶏の唐揚げとキャベツの千切り。揚げたてで衣が光っている唐揚げは、見ているだけで唾液が湧いてくる。これでコスパが売りのチェーン店より安いのだから、たまには弁当をやめて、食べてみたくなる。
「ねえユナ、この卵焼きと唐揚げ、交換しない?」
「そのトレードは成立しない。千歳のお母さんの卵焼きが甘くて美味しいのは知ってるけど、この大きめで熱々かつジューシーな唐揚げとは釣り合わない」
「くっ、じゃあウサギリンゴもつける」
「そんなにほしい、この唐揚げが?」
「ほしい」
「では卵焼きとリンゴ、プチトマトと交換しましょうか」
「なんだと、プチトマトまで要求するのか、悪徳商人め……」
 千歳は要求に応じていた。
 わたしのお弁当箱の中には、ごはんと冷凍食品の唐揚げ、茹でた野菜しかなく、残念ながら交渉材料となり得るほどの料理がなかった。

 学食から教室に戻ってきたとき、森口くんから話しかけられた。
 彼とユナさんの席の間を通って、自席に戻ろうとしたら、おずおずと声をかけられたのだ。
 めったにないことだ。挨拶以外で森口くんと話すのは初めてかもしれない。
「あ、相生さん、本が好きだよね」
「うん、好きだけど……」
「ときどき休み時間に読んでいるもんね」
「うん」
「僕も本が好きなんだ」
「わかってるよ。森口くん、たいてい休み時間に読書してるよね」
「あ、ああ、そうなんだ」

 森口くんとはここのところよく目を合わせている。
 授業中に後ろを向くと、だいたい彼がわたしを見ているのだ。
 最近のわたしのメイン発電相手。
 その森口くんと対面で会話している。ドッドッと胸が高鳴り、発電機がヴュイーンと回転した。
 千歳とユナさんがわたしたちに注目している。
 森口くんはなにげなさを装おうとしているが、顔から発汗し、必死でわたしと話しているのがバレバレだ。
 わたしは緊張した。
 なにを言われるんだろう。
 まさかこの場でいきなり告白とかないよね。

「それでさ、僕、文芸部に所属しているんだけど、先輩から本好きがいたら勧誘しろって言われてて」
「あ、そうなんだ」
 わたしは少しほっとした。さすがに告白はないな。自意識過剰すぎたかも。
「よかったら、相生さん、文芸部に見学に来ないかなあって思って」
「部活はあんまりやる気がないんだけど……」
「あ、そうなんだ、ごめん」
「でも、文芸部はちょっと気になるかも」
 あっさりと断わるにはもったいないお誘いだ。
「そ、それなら来てみない? 活動は毎週水曜日だけだから」
 食い気味に反応する森口くんが可愛い。
 すごく発電できる。
「わたし、小説とか書けないよ」
「別にかまわないと思うよ。ほとんど読むだけの部員もいるし」
「森口くんは書く人なの?」
「うん。少しだけ」
「そっかあ、すごいね」
 ヴヴンヴンヴンヴンヴンヴオーン。
 発電してる、発電してる、わたしいま、めっちゃ発電してるぅ。

「すごくなんてないよ。小説書いてる人なんて星の数ほどいるし。クオリティが問題なんだ」
「森口くんの書いた小説、読んでみたいな」
「たいしたことないよ。恥ずかしくて読ませられないなあ。でも、部に入ってくれたら、読んでもらうことになるかも。部員の作品は読み合っているから」
「うーん。ちょっと考えさせて」
「急には決められないよね。文芸部、毎週水曜日に図書室の隣で活動しているから、もしよかったら来てみてよ」
「ありがとう、誘ってくれて」
 わたしは微笑んでみせた。
 森口くんも笑った。ぎこちない笑み。女の子慣れしていないのがうかがわれて、とても可愛い。
 ふだんは無口で人見知りっぽい彼がわたしに声をかけ、文芸部に誘ってくれた。きっと、相当の勇気を振り絞ってくれたんだろう。
 うふふふふ。
 わたしは自席についてからも、会話を反芻して発電しっぱなしだった。
 
 千歳がにやけながらわたしの耳元でささやいた。
「先輩が勧誘しろって言ったなんて口実。森口くん自身が奏多を入部させたいんだよ。どうするの?」
「わかんない」
 彼女はわたしから離れ、一色くんとこそこそ話し出した。
 堀切くんがわたしの方を向いている。
 知多くんは友だちと馬鹿話をし、高笑いをした。
 午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴り、歴史の教師が教室に入ってきたが、わたしは森口くんとの距離を詰めるべきかどうか考えつづけていた。
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