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森口誠
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わたしを先導してくれている男子のフルネームは森口誠。
知多くんとちがって明らかに女慣れしていない感じで、わたしに歩調を合わせるのに微妙に苦労しているのがわかる。
それは不快ではない。
むしろ新鮮で好ましい。名は体を表すと言うけれど、実に誠実そうな男の子だ。
「まだ残暑がきびしいし、かき氷屋さんに行こうと思うんだけど、それでいいかな?」
お、なかなか良さそうなチョイス。ぜひ食べてみたい。
「食べたいなー。連れていってよ!」
「うん。じゃあ、向かうね」
森口くんは河城駅前へ行き、線路沿いの道を北上した。
まもなく『蔦屋』というお店に到着。店の壁に蔦がからまっている。初めて知る店だった。
彼は慣れたようすで店内に入った。
メニュー表にはレモンタルト、宇治抹茶あずき、アールグレイ、チョコピーナッツバター、いちごみるく、きなこもちなど個性的なかき氷が並んでいた。これは美味しそう。
「どれかおすすめはある?」
「たぶんどれを食べても美味しいと思うよ。僕は抹茶が食べたい気分だから、宇治抹茶あずきにするつもり」
「迷うなあ。どうしようかなあ」
森口くんは行儀良く両手を膝の上に乗せて、わたしが決めるのを待っている。背筋がぴんと伸びていて、座り姿が美しい。彼は実はすごくいい男なのではないかと思えてきた。発電に最適かも。
「チョコピーナッツバターにする」
「わかった。注文するね」
「すみません」と店員さんを呼んで、「宇治抹茶あずきとチョコピーナッツバターをひとつずつお願いします」とていねいな口調で言う。育ちが良さそうな雰囲気が出ている。教室の中では目立たないけれど、こうしてふたりきりで対面していると、とても惹かれるものを感じた。
かき氷が届く前に、おしゃべりをした。ふたりだけだと、彼の口調は意外と滑らかだった。
「川尻唯さんの事故はショッキングだったね。相生さんも百人級を装着していると聞こえていたから、すごく心配したよ」
「ご心配をおかけしてすみません。このとおり元気です」
わたしの方が緊張してきた。森口くんに変な女だと思われたくない。妙な欲が出てきてしまった。
「本当によかった」
口数はけっして多くはない。でも真心がこもっているように聞こえる。
あわわわわ、なんか格好いい。森口くんを舐めていた。わたしを含めて、うちのクラスの女子は男を見る目がないのかもしれない。堀切くんや知多くんより良さげだぞ。
「相生さんと本の話をしたかったんだ。恋愛小説が好きなんだよね。1番好きな本はなに?」
「うーん、1冊を選ぶのはむずかしいな。古い本だけど、村上春樹の『ノルウェイの森』とか好き」
「あ、それ僕も好き。古い本だと、吉本ばななさんの『うたかた』が好きだな」
「ああ、いいよねえ、吉本ばななの初期作品。『キッチン』とか『TUGUMI』とか」
「綿矢りささんの『蹴りたい背中』は?」
「大好き!」
「住野よるさんの『君の膵臓をたべたい』はどうかな?」
「それも大好き! 3回読んだ!」
うわあ、森口くんと趣味が合う。知多くんには無理して合わせなければならなかったけれど、自然体で話せる。
俄然、彼を手に入れたくなってきた。
わたしが頼んだチョコピーナッツバターかき氷が届いた。
「溶ける前にどうぞ」
「では、お先にいただきます」
スプーンですくって口に入れると、氷がさらりと溶けた。氷の粒がかなり細かいみたいだ。
チョコクリームにピーナッツバターが混ぜてあって、コクのある甘味。ものすごく美味しい。『蔦屋』は『鏡石珈琲』に勝るとも劣らない名店だと確定。良い店を教えてもらった。森口くんの点数がさらに上がる。
少し遅れて、宇治抹茶あずきかき氷も到着。それも美味しそう。わたしの物欲しそうな視線に気づいたのか、「食べてみる? まだ僕は口をつけていないから、食べていいよ」と森口くんが言った。
「そんな、悪いよ」
「食べたいなら遠慮しなくていいよ。僕は何回か食べているから」
彼はわたしの方へかき氷を押し出した。スマートな仕草だった。女慣れしていないと見えたのは節穴だったとすら思えてきた。
「では、お言葉に甘えて少しだけ……」
わたしは抹茶かき氷をひと口だけ食べた。濃い抹茶の味がした。
「美味しい」とわたしがつぶやくと、「よかった」と彼が言った。とろけるのはかき氷ではなく、わたしの心の方かもしれない。
最高に美味しいかき氷を食べた後、お茶を頼んで、おしゃべりをつづけた。こんな名店にもかわらず、店内の埋まり具合は半分程度で、しばらく座っていても追い出されることはなさそうだ。
「文芸部の部誌の件だけど、書いてみる気は本当にないの?」
唐竹部長に言われたときはけんもほろろに断ったけれど、森口くんに訊かれると、わたしは考え込んでしまった。書くのはやっぱり面倒だけど、スパッと断って、感じ悪いと思われたくない。
「小説とか、どう書けばいいのかわからないよ……」
「小説の書き方に決まりはないよ。好きなように書けばいいんだ」
「と言われても、書きたいことがないのです」
「最近、衝撃を受けたこととかない?」
「あ、それはあれです。川尻唯ちゃんの死……」
森口くんがかたまった。
「ごめん、悪いことを訊いちゃった」
「いいの。そうか、発電のこと、書いてみようかな……」
「面白いテーマかも」
「書けるかどうかわからないよ」
「結末まで書けなくてもいいと思うよ。チャレンジだけしてみたらどうかな?」
「考えてみる」
森口くんがにっこりと笑う。その笑顔に痺れた。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ。
わたしは小説を書いてみようと決めた。
知多くんとちがって明らかに女慣れしていない感じで、わたしに歩調を合わせるのに微妙に苦労しているのがわかる。
それは不快ではない。
むしろ新鮮で好ましい。名は体を表すと言うけれど、実に誠実そうな男の子だ。
「まだ残暑がきびしいし、かき氷屋さんに行こうと思うんだけど、それでいいかな?」
お、なかなか良さそうなチョイス。ぜひ食べてみたい。
「食べたいなー。連れていってよ!」
「うん。じゃあ、向かうね」
森口くんは河城駅前へ行き、線路沿いの道を北上した。
まもなく『蔦屋』というお店に到着。店の壁に蔦がからまっている。初めて知る店だった。
彼は慣れたようすで店内に入った。
メニュー表にはレモンタルト、宇治抹茶あずき、アールグレイ、チョコピーナッツバター、いちごみるく、きなこもちなど個性的なかき氷が並んでいた。これは美味しそう。
「どれかおすすめはある?」
「たぶんどれを食べても美味しいと思うよ。僕は抹茶が食べたい気分だから、宇治抹茶あずきにするつもり」
「迷うなあ。どうしようかなあ」
森口くんは行儀良く両手を膝の上に乗せて、わたしが決めるのを待っている。背筋がぴんと伸びていて、座り姿が美しい。彼は実はすごくいい男なのではないかと思えてきた。発電に最適かも。
「チョコピーナッツバターにする」
「わかった。注文するね」
「すみません」と店員さんを呼んで、「宇治抹茶あずきとチョコピーナッツバターをひとつずつお願いします」とていねいな口調で言う。育ちが良さそうな雰囲気が出ている。教室の中では目立たないけれど、こうしてふたりきりで対面していると、とても惹かれるものを感じた。
かき氷が届く前に、おしゃべりをした。ふたりだけだと、彼の口調は意外と滑らかだった。
「川尻唯さんの事故はショッキングだったね。相生さんも百人級を装着していると聞こえていたから、すごく心配したよ」
「ご心配をおかけしてすみません。このとおり元気です」
わたしの方が緊張してきた。森口くんに変な女だと思われたくない。妙な欲が出てきてしまった。
「本当によかった」
口数はけっして多くはない。でも真心がこもっているように聞こえる。
あわわわわ、なんか格好いい。森口くんを舐めていた。わたしを含めて、うちのクラスの女子は男を見る目がないのかもしれない。堀切くんや知多くんより良さげだぞ。
「相生さんと本の話をしたかったんだ。恋愛小説が好きなんだよね。1番好きな本はなに?」
「うーん、1冊を選ぶのはむずかしいな。古い本だけど、村上春樹の『ノルウェイの森』とか好き」
「あ、それ僕も好き。古い本だと、吉本ばななさんの『うたかた』が好きだな」
「ああ、いいよねえ、吉本ばななの初期作品。『キッチン』とか『TUGUMI』とか」
「綿矢りささんの『蹴りたい背中』は?」
「大好き!」
「住野よるさんの『君の膵臓をたべたい』はどうかな?」
「それも大好き! 3回読んだ!」
うわあ、森口くんと趣味が合う。知多くんには無理して合わせなければならなかったけれど、自然体で話せる。
俄然、彼を手に入れたくなってきた。
わたしが頼んだチョコピーナッツバターかき氷が届いた。
「溶ける前にどうぞ」
「では、お先にいただきます」
スプーンですくって口に入れると、氷がさらりと溶けた。氷の粒がかなり細かいみたいだ。
チョコクリームにピーナッツバターが混ぜてあって、コクのある甘味。ものすごく美味しい。『蔦屋』は『鏡石珈琲』に勝るとも劣らない名店だと確定。良い店を教えてもらった。森口くんの点数がさらに上がる。
少し遅れて、宇治抹茶あずきかき氷も到着。それも美味しそう。わたしの物欲しそうな視線に気づいたのか、「食べてみる? まだ僕は口をつけていないから、食べていいよ」と森口くんが言った。
「そんな、悪いよ」
「食べたいなら遠慮しなくていいよ。僕は何回か食べているから」
彼はわたしの方へかき氷を押し出した。スマートな仕草だった。女慣れしていないと見えたのは節穴だったとすら思えてきた。
「では、お言葉に甘えて少しだけ……」
わたしは抹茶かき氷をひと口だけ食べた。濃い抹茶の味がした。
「美味しい」とわたしがつぶやくと、「よかった」と彼が言った。とろけるのはかき氷ではなく、わたしの心の方かもしれない。
最高に美味しいかき氷を食べた後、お茶を頼んで、おしゃべりをつづけた。こんな名店にもかわらず、店内の埋まり具合は半分程度で、しばらく座っていても追い出されることはなさそうだ。
「文芸部の部誌の件だけど、書いてみる気は本当にないの?」
唐竹部長に言われたときはけんもほろろに断ったけれど、森口くんに訊かれると、わたしは考え込んでしまった。書くのはやっぱり面倒だけど、スパッと断って、感じ悪いと思われたくない。
「小説とか、どう書けばいいのかわからないよ……」
「小説の書き方に決まりはないよ。好きなように書けばいいんだ」
「と言われても、書きたいことがないのです」
「最近、衝撃を受けたこととかない?」
「あ、それはあれです。川尻唯ちゃんの死……」
森口くんがかたまった。
「ごめん、悪いことを訊いちゃった」
「いいの。そうか、発電のこと、書いてみようかな……」
「面白いテーマかも」
「書けるかどうかわからないよ」
「結末まで書けなくてもいいと思うよ。チャレンジだけしてみたらどうかな?」
「考えてみる」
森口くんがにっこりと笑う。その笑顔に痺れた。
ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ。
わたしは小説を書いてみようと決めた。
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