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第三話

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大きな屋敷の裏庭、いつもと同じ場所に転送されて辺りを見渡していると、横で成瀬が軽くパニクっているのがわかった。
実際には、一度コッチの世界に迷い込んだ成瀬と保田に使ってるんだけどな。
あの時は「目を閉じてろ。」って言ったから多分何も見てなかったんだろう。

「えーっと…今のが転送ってヤツだ。」
成瀬に説明を始めようとした時、裏口の扉が開いた。

「サトルさん。お久しぶりです。」
リンゼだった。

「そちらの方は?」
いつもなら、俺の横にはエリーが立って居る訳なんだけど、明らかに別人が居るのでちょっと困惑した表情を浮かべて居る。

「あぁ、エリーならアルヴィスに乗ってコッチに向かってる。それとコイツは…。」
「どうも、成瀬悠斗です。悠斗って呼んでください。」
さっきまで惚けて居たのが嘘みたいに成瀬はキメ顔でリンゼの前に立っていた。

「リ…リンゼです…。」
成瀬に圧倒されてか、困惑しながらペコリと頭を下げた。

「ホント…お前ってヤツは…。あ、そう言えばリンゼ、アルヴィスの小屋…。」
言いかけて、裏庭にあった筈の小屋を探した。
「勿論アルヴィスはもうあの小屋に収まらないですよ。なので今はサトルさん達がゲートって呼んでるモノがある丘に住まわせています。ゲートも守れるし人も滅多に近寄らないので。」
「あぁ、それでか…。」
「あ、それとひと月ほど前からサトルさんのお友達と仰る方がが滞在して居るのですが…。」
「俺の友達?」
「はい、ユウキさんって方です。」
「え?ユウキが?なんで?」

アイツ一人でコッチに来たのか?

「ユウキはどこだ?」
「今日はシエラさまと出掛けておられます。夕方には帰って来ると思いますが。」
「…ちょっと待て…まさかアイツが犯人か?」
「なんの?」
成瀬は話の内容が掴めず、まるで頭の上に巨大なクエスチョンマークが浮かんでいそうだった(笑)

「ほら…その ユウキがロッカーの鍵を閉め忘れたかなんかで、お前達がコッチの世界に迷い込んだんじゃないかって事だよ。鍵が掛かってなかったって言ってただろ?」
「あぁ…そういう事か。まぁでもそのお陰で、異世界の事を知れたし、もう気にしてないから良いけどさ。」
軽いヤツだ…どうしたらこんなに楽天的になれるんだろ?

裏庭で話をしていると、フッと辺りが暗くなった。
まだ昼間だと言うのに…?
空を見上げると大きな翼を広げたアルヴィスがゆっくりと降りて来るのが見えた。

え?
アイツ何処に降りる気だ?

「アルヴィスが帰ってきましたね。サトルさん前庭に行きましょう。」
あぁ前庭に降りるんだ。
確かに裏庭とは違ってあそこなら…。

リンゼは裏口から屋敷内を抜けて玄関へ出ていった。
俺たちも後を追う。

重く大きな扉を開けはなつと、丁度アルヴィスが着地する瞬間だった。
成瀬はと言うと、屋敷の中をキョロキョロと眺めながら、少し遅れて前庭に出てきた。

首の付け根の鞍に目をやると、アルヴィスの首筋を撫でながら話しかけているエリーとは対照的に茫然自失状態の保田の姿が見えた。

「保田ぁー大丈夫かぁ?」
成瀬が声を掛けるが、反応が無い。
見るからにグッタリしている。

「エリー!保田がくたばってる!早く降ろしてやれ!」
エリーは俺の呼びかけに応じる様に、上半身を後ろに回転させて右手を上げて杖を保田の頭上にかざした。

保田の身体は糸の切れた操り人形の様に首と両手足をだらんと垂らした状態で、ゆっくりと宙に浮かんで地面に降ろされた。

側に駆け寄っていった成瀬とリンゼが保田の介抱にあたっている。

エリーは保田を降ろし終わると、鞍から飛び降りた。
「早かったな。ここまで10分も掛かってないんじゃないのか?どんなスピードだよ…。保田があんな風になるのも分かる気がするよ…。」
「サトルも後で乗ってみるか?」
「いや…絶叫マシンはちょっと…。あ、それよりユウキがコッチに来てるみたいだ。」
「え?」
「ひと月くらい前から居るらしいから、もしかしたらアイツが部室のロッカーを開けたままだったんじゃ無いかと思うんだけど。」
「それで成瀬くん達が…。」
「多分な。」


§


シエラ邸の前庭に丸いテーブルと椅子を並べて、リンゼの淹れてくれたお茶とお菓子を食べながらくつろいでいると、ユウキとシエラが帰ってきた。

「おー!サトル!久しぶり!」
「 久しぶりじゃねぇーよ!お前だろ!ロッカーの鍵開けっぱなしにしてたの!」
近付いてくるユウキに叫んだ。
その言葉に『あっ』って顔で体裁悪そうな顔をした。
「ごめん…。多分閉め忘れた…。」
やっぱりか…。
まぁ犯人がわかったから良かったけど…。

「あ、シエラさん。ユウキのヤツなんか迷惑掛けてないですか?」
「いや?買い物の時の荷物持ちなんか、なかなか役立ってるぞ。」
「シエラさん、そりゃないですよー。」

よく見たらユウキの両手には大きな荷物が下げられていた。
「なんだ荷物持ちで使ってんだ、それなら役に立ちますね(笑)」
「…サトルまで…。」

そのやり取りを見ていた成瀬が背中を肘で小突いできた。
「なぁ、あの美人どんな関係だ?俺らにも紹介しろよ。」
あぁ、すっかりコイツらのコトを忘れてた。
「えっと、この人は魔法彫金師のシエラさん。で、この屋敷の主で、俺とエリーがこっちの世界で厄介になってる。」
「シエラ・アストムだ、ヨロシクな。」
「あ、な、成瀬です。成瀬悠斗です。以後お見知り置きを。」
成瀬のヤツ何カッコつけてんだ?(笑)
「保田貴志です。」
保田もいつのまにか前に出て挨拶してるし…コイツら…。

「なぁ、厄介にって…部屋借りてるって事か?」
「あぁ…。」
「こんな美人と同じ家に…羨ましいヤツ…。俺にも部屋貸してくんないかな?」
成瀬…ブレないなホント…。
とりあえずスルーしておこう。

「で、こっちがユウキ。だいぶ歳上に見えるだろ?でも元々は同い年だ。」
「え?どういう事?」
保田が『なんで?』って顔で首を傾げてる。

「ほら、こっちの世界は時間の流れが違うって言っただろ?で、コイツ高校に入学した後すぐ何ヶ月もこっち世界に迷い込んじゃってさ…。」
「そっか、向こうでは同い年の筈なのに歳上になっちゃったって…ややこしいな。なんて呼べば良いんだ?ユウキさん?」
「ユウキで良いよ。ヨロシク。」
「ども。」

その後、ライエルさんとリンゼの事も改めて紹介して屋敷に入った。
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