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第七話

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うちから1キロ程離れた所に在るショッピングモール。
そこに向かう道中だけでも、エリーは大興奮だった。
最初のうちは蒼ネエも面白がってからかっていたが、ショッピングモールに着く頃には、なんだか凄く疲れている様に見えた。

「ねぇサトル…あの子大丈夫なの?」
そう言いながら、人差し指で軽く自分の頭を突いた。
「だから、何度も言うけど、ホントに別の世界から来たんだってば…。」
「うーん、信じがたいけど、信じるしかないのかなぁ…。」

大人になると『常識外の異常な出来事を受け入れる』ってのが出来なくなるらしい。
エリーのせいで徒歩15分程しか掛からないショッピングモールが凄く遠く感じた…。

「とりあえずエリーちゃんの服とか買ってくるから、サトルはお茶でもしてて。後で連絡するね。」
相変わらず一方的に話を進めて、蒼ネエはエリーを連れて売り場へと消えて行った。

俺…付いてこなくてもよかったんじゃねーの?


§


暇だ…別れて既に2時間程経っている。
女の買い物って、なんでこんなに長いんだ?
この2時間…ホント無駄だよな…。
コーヒーショップでスマホを弄りながらの2時間。
これって後で合流したらよかったんじゃね?

「お待たせぇ♪」
そんなに大きなショッピングモールでも無いのに、何処で何やってたんだか、やっと二人は帰ってきた。

「遅い!もう昼じゃん…。」
ちょっとムッとして見せた。

「お昼奢るからさ。」
右手でゴメンのポーズをとってフードコートに向かって歩き出した。

「はい、これ持って。」
強引に紙袋をいくつか渡された。

「こんなにいっぱい何買ったんだよ。」
「私のお下がりだけじゃ可哀想じゃない?だから安物でも新しい服とかあったら嬉しいかなぁって。」
「蒼葉ちゃん…本当にこんなに沢山買って貰って良かったのか?」
「何行ってんの。私たちもう友達でしょ?しかもルームメイトじゃない。それにもう直ぐ夏のボーナスたから♪」
「俺には?」
「なんでサトルにまで買ってあげなきゃいけないのよ!」
「不公平だ!じゃせめてフードコートじゃなくて一階のレストラン街に連れてってくれよ。」
「う…せっかく安くあげようとしたのに…まぁ待たせちゃった分と荷物持ちって事で…仕方ないか。」

半ば渋々といった感じで進行方向を変え、一階のレストラン街に向かう事になった。

エリーはと言うとショッピングモール内でも落ち着きがなく、目にする全てのモノを珍しそうに見ていた。


§


昼飯は俺のリクエストで『しゃぶしゃぶの食べ放題』となった。
余程腹が減っていたのか、エリーはジャンジャン肉を追加していった。

「気持ちいい食べっぷりだねぇ。そんなに美味しそうに食べてくれるなら奢った甲斐があったってもんよ。ほらサトルも食べな、どーせ普段ろくなの食べてないんでしょ?せっかくの食べ放題なんだから。」

確かにコンビニ弁当中心だけどさ…時間があるときはちゃんと作ってんだぞ…って言うと「じゃあ食うな!」って言われそうなので言わない。

「エリー、野菜も食べろよ。」
肉ばっかり食べてるエリーの器に白菜を突っ込んでやった。
「何をする!私は肉が食えれば良いんだ!野菜なんか入れるんじゃない!」
「ダメよエリーちゃん、好き嫌いなんかしちゃ。」
「…蒼葉ちゃんが言うなら仕方ないか…。」


§


「買い物も終わったし、飯もくったし、そろそろ帰りますか?」
たらふく食べて満足そうなエリーの顔と蒼ネエのか食べ放題にしといて良かったぁ』って顔が対照的で笑える。

二人の買った、大量の荷物(俺だけでも紙袋4つ持ってる)を抱えてショッピングモールを後にした。

流石の炎天下で汗だくになりながらの帰り道、休憩がてら公園に立ち寄った。

近くにあった自販機で炭酸ジュースを買って、公園の隅っこにある東屋あずまやで涼んでいる俺と蒼ネエとは対照的にエリーは公園で遊んでたガキンチョの遊び相手…と言うよりは餌食になっていた。

「蒼葉ちゃん…サトルゥ…助けてくれぇ…。」

力なく助けを求めるエリーの声を聞き流し、冷たい缶ジュースを首筋に当てて体の熱を下げる努力をしてみるも、ほぼ無風状態のため、効果を呈していない。

「頑張れよー。」
とりあえず、エリーに励ましの言葉をかけてみる。

小学校低学年だろうか女の子一人と男の子四人に纏わり付かれて、滑り台やジャングルジムに連れて行かれて遊ばれているエリーに同情しつつも、こんな炎天下でも走りまくってる子供たちに感心する。

俺も多分ガキの頃は、あんなだったんだろうけど…今ほど暑くも無かった様な気がする。

しばらく放置してると、公園の向こう側の林辺りで遊びはじめた。
それを遠目に眺めていると、男の子が一人こっちに走って来た。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!」
「俺はお前の兄ではない!」
「そーじゃなくて、お姉ちゃんが大変!」
「なに?お姉ちゃんが変態?」
「小学生相手にボケかましてないで、行ってあげなさいよ。」
このクソ暑いのに構ってられるか…とも思ったが蒼ネエに促され、渋々男の子について行ってみた。

林に近づいてようやく事態が飲み込めた。
野良犬にしては立派な一匹の…いや大きさ的に一頭って言うべきじゃないのかと思うくらいに大きなハスキー犬が木の下で唸っていた。
遠巻きに男の子が3人、俺たちが戻ってくるのを待っていた。
犬の目線の先の木の上にエリーと女の子がしがみついて居るのがみえる。
よく見ると毛で隠れているが、ハスキー犬には首輪が付いている。
鎖がはずれて脱走してきたのか?何処かの飼い犬なんだろう。
そもそも脱走してしまうような繋ぎ方をしている飼い主に問題が有るような気がするが、何をやったらそんな所に追い詰めらるんだ?コイツは…。

「サ…サトル…。」
そう言えばエリーのヤツ、いつの間にか『サトル』って呼ぶようになってるな。
「得意の魔法で追い払えばいいじゃないか。」
「そ…それがダメなんだ…杖が無いと魔力をコントロール出来なくて…。」
あの杖ってそんな役割りがあったんだなぁ。
「と…とにかく、そのモンスターをどうにかしてくれ!」
確かに大きさはモンスターみたいだけど…犬じゃん。

とりあえず男の子達に被害が及ばないように蒼ネエの所まで行かせ、近場にあった太めの枝を手に小石を投げつけて犬の注意を引こうと試みてみた。

何個目かの小石が犬の鼻先に当たってやっとこちらに意識が向いた。

獲物を横取りされてたまるかと言った感じの目で此方を睨みつけ、低いうなり声で威嚇してくる。
負けじと枝を両手で握り、此方も臨戦態勢をとった。

『ピューゥ♪』
何処からか聴こえた口笛の音に犬の耳がピンと立ち、急に大人しくなった。

「すみませーん。大丈夫ですかぁ?」
後ろから如何にも金持ちそうなオッさんが駆け寄ってきた。
「申し訳ない、大丈夫でしたか?コイツ時々繋いでる鎖を外して脱走しちゃうんですよ…。」
その一言に、なんかムカついた。
「は?時々って、今日が初めてじゃ無いってこと?だったら外せないように対策すべきだろ!噛み付かれでもしたらどーすんだよ!」
「本当に申し訳ない…。」
「ちゃんと管理出来ないんだったら犬なんて飼うな!」
本気でムカついたので思わず怒鳴りつけてしまった。

飼い主は『なんだこのガキ』って顔で此方を見たが、睨み返すとそそくさと犬を連れて帰って行った。

「もう降りてきて大丈夫だぞ。」
両手を伸ばして半ベソかいてる女の子を抱えて降ろしてあげた。
「お前も早く降りてこいよ。」
「あ…いや…ちょっと…。」
「ビビり過ぎて腰でも抜かしたか?」
「ば…何を言う!こ…腰など…。」
「解った解った、手ぇ貸してやるからさっさと降りてこい。」
エリーが居た世界には、やっは犬っていないのかな?モンスターが居るらしいから生態系も全然違うんだろうなぁ。

先に降ろした女の子とエリーを連れて東屋まで戻ると、俺は男の子達にまるでヒーローを見るような眼差しで見つめられた。
ちょっと気分良いな。

でもなんか今日は無駄に疲れる…。
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