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第八話

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日曜日は結局、買い物と公園での一件で疲れ果て、たいして何もすることもなく過ぎて行った。

そして容赦無く日付は変わる。
一番心配していた月曜日がやって来た。
改めてどうしたものかと、早朝から頭を悩ませる。
エリーについてだ…。

よくよく考えて見ると、コイツには住民登録どころか国籍すら無い訳だ。
それって何かとやばく無いか?
もし、怪我でもしたらどーする?
もし、警察に職質されでもしたらどーする?
色々とヤバい事にならないか?
とにかく目立つ行動は控えさせよう。
とりあえず今日は一日中家に居てもらうしかないな…。
でもただ『ここに居ろ』と言っても、何もすることがなければ好奇心で外に出ようと思うかもしれない。
そこで俺は考えた。
昨夜エリーと話して解ったことが一つある。
どうやら、エリーの使っている『言語』は限りなく日本語に酷似した言語なのだと言うことだ。
ただ違っているのは文字だけなのだ。
なんとなく平仮名には似ているみたいだけど、まぁ、そもそもお互いの世界にしか無いものは、その名称すらわからない訳で…。
でも、文字の翻訳は可能なはず。
せめて平仮名に当たるモノの一覧表を作らせて、時々出てくる聞いたことのない…と言っても彼女には当たり前に使っている単語を出来るだけ書き出してもらう、勿論その意味も。
そうすれば対応表も作れるし、もしかしたらエリーが日本語を読めるようになるだけじゃなくて、俺も向こうの文字が読み書き出来るようになるかもしれない。
これは、つまらない学校の勉強よりも確実に楽しいはず!

「っと言う訳で、俺は学校に行ってくる。」
「じゃ私も仕事に行ってくる。エリーちゃん家から出ちゃダメだよ!」
「う…うん。」
「絶対だからな!…いやフリじゃないぞ!ちゃんと『一覧表』作っとけよ!」
「まかせろ!」

ちょっと不安はあるけど信じてやるしかないな…。


§


「サトル~、飯行こうぜ」
昼休みを知らせるチャイムが鳴ったと同時に高校に入学してすぐ仲良くなったクラスメイトの成瀬なるせが声を掛けてきた。
「悪りぃ、今日弁当なんだわ。」
「なにぃ?まさか彼女が出来たとか言わねぇよな?」
「なんだよそれ、発想が飛びすぎなんだよお前は。」
「じゃ屋上行かね?売店でパン買って来るから。」
「オッケー、んじゃ先に行っとくわ。」

成瀬とは入学式以来妙に気が合って良く連んでる。
家が離れてることもあって、まだ学校以外で会ったことはないけど、親友の一人って言っても過言ではない。

ウチの高校、昼休みは屋上への出入りが自由に出来るようになっている。
いくつかのテーブルと椅子なんかも用意されてはいるが、利用者の殆どは男子生徒…何故かって?日陰が少ないから特に夏場は日焼けを気にする女子には不人気なようだ。

そんな訳で、屋上に行くといつの間にか定位置ってのが決まってて、俺もいつもの場所に腰掛ける。
そこで待っていると、程なくしてビニール袋を片手に成瀬がやって来た。

「お待ち。売店空いてて良かったよ。食堂の方は相変わらず多かったけどな。」

俺も時々利用してるけど、ウチの学食…なんか元どっかのホテルの料理長やってたとかって人が入ってるから、日替わり定食一つとっても激ウマなのだ。
しかも学食だから超低料金!

しかし今それを考えるのは危険だ…。
蒼ネエが作ってくれた弁当と比較してしまいそうだ…。

「お!愛妻弁当?」
「だから彼女も居らんっち言うとろーが!」
「え?自分で作ったと?」
「まさか…従姉妹のネエちゃんだよ。」
「なに?禁断の…。」
「ちゃうわ!」

コイツには、多分悪気なんで微塵も無いんだろうけど、何にでも興味を持つと聞きたくなってしまう性格なんだろうな。

「…そー言えばさ、お前、金曜…。」
「あぁ死ぬかと思った。」
成瀬が全部言い終える前に割り込んだ。

「でもピンピンしてんじゃん。不死身かよ(笑)」
「運が良かっただけだよ。ブックスタンドと商品棚の間に倒れこんだみたいだからさ。」
「うん、ニュースで言ってた。何回も映像流れてたもんな、あれ絶対『衝撃映像百連発!』とかって番組で使われるぜ。」
「うわぁ…マジか…。」
「まてよ?そーゆー場合って出演料的なモンって貰えんのかな?」
「知るか!貰えてもお前にはやらんぞ。」
「えー、冷たいヤツだなぁ。心配してたんだぞぉ。」
「出演料の話ししてるヤツを信用出来るか(笑)」

その後も昼飯を食いながら、事故の話を続けた。
勿論エリーやミヨの話しは伏せたまま。

そう言えば、成瀬のヤツさっきから何見てるんだ?
フェンスに寄りかかった俺の後ろを気にする様に、しきりに視線だけを送っている。

「おい、サトル。」
「どーした?」
「校庭の向こう側…ほらフェンスの所見てみろよ。」
「ん?」
なんか嫌な予感しかしないが、ゆっくり振り向いてみる。

「さっきからあの子、ずっとこっち見てるんだよな。俺に気があんのかな?」
「んな訳あるかよ…。」
『お約束』なセリフにツッコミを入れつつ、そこに立っている人影に唖然とした。
洋服は何処にでも居そうな感じなんだけど…杖持ってるし…お前もか…。
そんな使い古された『お約束』は要らないって….。
思わず頭を抱え込んでしまった。

「屋上に居る誰かの知り合いかな?ちょっと声かけてくる!」
そう言うと、成瀬は勢いよく屋上から出て行った。

ヤバイ、成瀬の好奇心に火がついた。
このまま『知らないフリ』をしたところで、エリーからバレそうな気がする…いや確実にバレると断言できる。

そう結論付けると追いかけるしか選択肢はなかった。


§


一足先に成瀬はエリーに声を掛けていた。
「ねぇねぇ、キミ高校生?ウチの学校じゃないよね?今日は学校サボったの?屋上に誰か知り合いでも居たのかな?」
矢継ぎ早に質問を繰り出す成瀬と、それにたじろぐエリーのもとに小走りで近づいた。

「あ!サトル!」
俺を見つけて満面の笑みを浮かべながら手を振ってきた。

「なんだ…お前の彼女か…。」
「「違ーーーう!」」
「そ…そんな…二人して全力で否定しなくても…。」
成瀬がつまらなそうに此方に目を向ける。
「い…従姉妹だ。」
思わず口から出まかせを言ってしまった。
「え?弁当の?」
すかさず食いついてくる。
「いや…その妹の…帰国子女で…。」
「怪しい…。」

なんか見透かされてる気がする。

「見てくれ!出来たぞ!早いだろぅ。」
エリーは着ている服には不釣り合いな大きめの皮のバッグから数枚の紙を取り出し、俺に差し向けてきた。
「早く見せてやろうと思ってな。」
…いや…ここで見せられても…。

「なんだこれ?」
成瀬が興味津々って顔で覗き込んでくる。
しばらく凝視していたが、途中で諦めた様で「さっはぱり分からん。」と首を振った。

「それは帰ってから見てやるから。お前は早く家に帰れ!」
「なに怒ってんだよサトル。せっかく来てくれたのに可哀想じゃん。」
ヤバイヤバイ…問題を起こさないうちに、早く帰ってくれぇ…。
「この子、帰国子女なんだろ?…ん?ちょっと待て…今のお前の言葉になんか違和感が…。」
「ん?俺なんか言ったか?」
「確か…『帰ってから見てやる』とか『早く家に帰れ!』とか…?」
ハッ…しまった…つい…。
「まぁあれだ、色々事情があってさ…今ウチで居候してんだわ。」
「え?お前両親が海外行ってるから独り暮らしって言ってたよな?って事は…。」
「違う違う、蒼ネエ…コイツのネエちゃんも一緒に住んでんの!」
「こ…この野郎…なんちゅう羨ましい生活してやがる…。」
「いやいや…従姉妹だし…。」
「それでもだ!こんな可愛い妹なら、お姉さんもさぞ美人だろ!羨ましすぎる!是非とも夏休みには、遊びに行かせてもらう!」
なにが『それでも』なんだよ….。
ちゅーか、遊びに来るって…なんとか家に来るのは阻止しなければ…。

まぁとりあえず、エリーは帰国子女の従姉妹って事で誤魔化せたのかな?
そこが一番心配なんだけど…。

「ねぇねぇ、サトルはここで修行してるのか?」
「修行じゃなくて勉強な…いいから早く帰っとけ!道わかるか?」
「大丈夫だ、この魔道具を使えば…。」
「解った解った見せなくていいから…とにかく早く帰ってくれ…。」
コイツ何を取り出そうとしたんだ?
こんな所で怪しげなモノを取り出されたら元も子もない…。

エリーは、ちょっとムスくれながらも帰路についた。
「寄り道とかすんなよー!」
そう声を掛けた所で昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
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