勇者の従者

夏海 菜穂(旧:Nao.)

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1.ことの始まりは一本の剣

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 悪気はなかった。
 いや、本当に悪気はなかったんだ。
 ちょっとだけ『あ、面倒なことになりそう』って思ったから……。

「ゆ、勇者だ!!我が村の者が勇者に選ばれたぞ!!」

 沸き立つみんなの前で、聖剣を手にした青年。
 周りの拍手に戸惑う彼は僕の方を振り返った。
 その目は、「なんで俺??」と物語っている。

 親友が勇者になってしまった。



 僕の代わりにーーー。




※※※※※※※※

 話は数刻前に遡る。

 今日は日差しが強く、まだ午前中だというのにとても暑い日だった。本当に暑い。暑すぎる。
 そんな日であっても、農作業をしている人達は汗を流しながら、手早く収穫を済ませていく。
 僕は近所のおばあちゃんのお手伝いで、その収穫物を荷車に載せていた。

「いつも手伝ってくれてありがとうね、フィール君」
「いえいえ。こちらこそ、おばあちゃんの作った野菜をお裾分けしてもらってるんです。お互い様ですよ~」

 おばあちゃんの作る野菜はどれもサイズが大きくて美味しい。
 特にキャベツは、両手で抱えるほど大きくてずっしりと重い。味は甘みがあって生でも食べられるから、僕はおばあちゃんのキャベツ以外はもう食べられない。
 いや、嘘です、食べられます。他の農家さんのキャベツも美味しいよ!
 おばあちゃんはそんな大きなキャベツを長年作り続けてとうとう腰を痛めてしまい、僕がこうやってお手伝いをさせてもらっている。
 今日も立派なキャベツを荷車に載せ終えると、畦道の向こうから誰かが走って来るのが見えた。

「おーい!フィ~!」
「レオ?」

 興奮した様子で走ってきたのは、隣の家に住む幼なじみで親友のレオンだった。
 この村ではあまり見ない、光に透けたベッコウ飴のような金髪を持ち、黙っていれば王子様のような見た目でよく女の子たちの視線を集めている。中身は残念ながらちょっとおバカなのだけど…そのギャップもいいらしい。

「フィー、今すっげぇ豪華な馬車が来てるぞ!広場に村のみんなを集めるようにって村長が言ってる!」

 キラキラと青空のような青い目を輝かせる親友は、早く早くと僕の腕を引っ張っていく。相変わらず力が強すぎる。
 って、ちょっとちょっと!僕は今お手伝いの真っ最中なんだよ!

「ちょっと待ってよ、レオ!このキャベツを運んでからにして!!」

 レオンは僕の言葉に振り返って、たくさんのキャベツが載った荷車を見ると、また僕の腕を引っ張っておばあちゃんのもとへ走った。

「それを早く言えって!ばあちゃん、ごめんな!俺も一緒に運ぶよ!フィーは後ろから押してくれ!」
「おやまあ。村長さんが呼んでおるんやろう?運ぶのは後でええんよ?」
「よくないよ!ばあちゃんもこの村の一員だろ!家までキャベツを運んだら、ばあちゃんも一緒に行こうぜ!俺が背負って行くからさ!」

 何でもないように笑う親友はまるで太陽のようで眩しい。
 おばあちゃんは最初は驚いた顔をしていたけど、レオンの屈託のない笑顔に最後は「じゃあ、そうさせてもらおうかねぇ」と微笑んだ。
 レオンのいいところはこの底抜けの明るさと優しさだ。僕も何度もこのレオンに救われている。

「よ~し!マッハで運ぶぞー!ばあちゃん、ちょっと日影で待っててな?すぐに行って帰って来るから!」
「おばあちゃん、水分摂って待っててね」
「本当にありがとうねぇ」

 おばあちゃんを木陰に連れて行ってベンチに座ったのを見届けて、急いでレオンと一緒におばあちゃんの家の納屋にキャベツが載った荷車を運び入れた。
 納屋の戸をしっかり閉めて、早足で来た道を引き返す。
 途中で村の人達を何人か追い越した。たぶん、みんな同じ場所に向かってるんだろう。 そういえば、なんで呼ばれてるんだろう?

「ねえ、村長さんはなんでみんなを呼んでるの?」
「それがさ。豪華な馬車から出てきた人がなんかすっげーきれいな剣を持って来たんだ」
「ふーん?」

 なんで剣?
 疑問に思って首を傾げていると、レオンはさらに続けて言う。

「その剣は、えっと…せいけん?って呼ばれててさ。その剣を使える人を探してるらしい」
「ええ?この村で剣を扱う人なんていないじゃないか」

 僕達が住む村は辺境にあり、畑を耕す農家が多いから、鎌や鍬はあれど剣はない。そんな穏やかな村では争いごともないから必要ないものなのだ。
 おばあちゃんのところに戻った僕達はちょっと休憩して、おばあちゃんと広場に向かった。
 そこにはレオンの言うとおり、村中の人達が集まっていて、その中心には立派な馬車が停まっているのが見えた。
 その馬車の前では、同じような紋様が刺繍されたマントを纏った騎士が数人いて、白くて裾の長いローブを着た人が人々を見回しながら何かを言っている。

「他に剣に触れていない者はいないか?」
「あと若い者が二人とお婆さんがおるはずです」

 ローブの人の近くにいた村長さんがそう答えた。
 どうやら、僕達が最後のようだ。

「はいはーい!ここにいまーす!」

 レオンは明るく返事をして、おばあちゃんを背負ったまま村人達をかき分けていく。僕もその後をついて行った。

 馬車の前まで来ると、そこには美しい装飾が鞘全体に施された剣がこれまた美しい宝石箱のような箱に横たわっていた。
 なにこれ、ここだけ異次元じゃない??
 そう思うほど、目にした剣は言葉に尽くせないほど美しいものだった。
 剣はふわふわと光の粒を纏っていて、剣自体が輝いているように見えた。

「貴方がた三人で最後ですね。では、順にこの剣を鞘から抜いてみてください」

 ローブの人がそう言って、剣の方へと僕達を促した。
 まずはレオンに背負われていたおばあちゃんが言われた通りにやってみたけれど、光の粒がただ逃げるように散るだけで、鞘から剣を抜くことができなかった。
 そして僕の番になって、剣の傍まで歩を進めると光が強くなったような気がした。びっくりして周りを見回したけど、誰も何も言わない。


 あれ…?もしかしてこの光、僕にしか見えてない?

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